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嘘つきのパラドックス #3

「え!?」

「振り向かないで。態度にも出さないで…」


 先程と変わらぬ笑みで僕を見上げ、表情とは全く別の言葉を発する。一瞬、眉毛をピクリと上げつつも慣れたポーカーフェイスで僕も今までと同じ笑顔を零す。


「こんな時間ってことは前に雨の日で会った人達かな? 卒業前のシメってヤツの」

「多分そうだと思うわ。ココ最近来ないと思って油断してたから失敗したみたいね」

「走るなら付き合うけど?」

「そうしてくれると助かるわ」


 二人でニッコリ笑って詩織が人差し指でGOサインを出した。僕の小指から冷たい指先が離れる。地面を脚の裏で蹴れば、後ろで明らかに僕らとは違う足音が数人分、バタバタと聞こえてくる。同じタイミングで水たまりを飛び越え、尚も走る。

 と、3人組の男達が脇道から飛び出してきた。

 -----間に合わない!!

 きっと彼女も同じ事を考えたのだろう。チッと舌打ちが聞こえ、視界の端には真っ黒な警棒。そして黒髪を靡かせながら姿勢を低く速度を上げていく。僕は逆に右足でブレーキをかけ、振り返った。

 -----1、2、3、4人…。

 前にいるのを足してまだ7人。大雨の日に囲んできた人数は15人はいた筈だ。多分、逃げても前から出てきた人達のように、どこからか出てくるに決まっている。もしくは携帯で連絡されるか…。それだけは避けなくてはいけない。


 すぐさま記憶の端にあった細かな地形図を引っ張りだして、目的の物をとる為に詩織のいる方へ駆けた。

 確か花屋さん横に…

 -----あった!!

 手を使うのももどかしく、軽く蛇口を蹴りながら下でダラケているホースの端を手に取った。すぐさま詩織とは逆の方向…4人がいる方へ向き直る。

 口の端を上げると先に向こうが速度を落としながら嘲笑してきた。


「おい、ひょろいの。そんなもんで俺たちをどうにか出来ると思ってるのか?」

「できるよ?」


 足下にはすでに大きな水たまりと、止めどなくさらにそれを広げようとする水道水。

 それに微笑むが如く視野を広くとりながら叫んだ。


「携帯を壊す事くらいは出来るよ!!」


 ハッとなって、各々があるべき場所に視線を向けた。

 ホースの端を強く持ち水圧をかければその分だけ水が弧を描き飛沫を上げる。後ろを向いた1人以外に、彼らが見やった場所辺りに水をかけた。そう、わざわざ今からする事を叫んだのは彼らの携帯がどこにあるかを知るため…。                                                                        

「「うわっ!!」」


 僕の行動に怯んだ隙に、背中を任せていた人物が脇から飛び出した。


「水かかってない人を!!」


 吼えれば瞬時に方向転換をし、体を捻りながらアタックがかけられる。唸る警棒に、付いていくかのように男の倒れる音がした。続けて繰り出される上段蹴りに顎がヒット、その流れのまま後ろ回し蹴りでもう一人が地面に沈んだ。

 と、彼女が3人目に突入にしようとした時、反対方向の男が携帯に手をかけた。

 -----多分死んでない!!

 僕もホースを投げ捨て走る。勿論、詩織とは違う方の人物へ。大きく脚を踏み出し、体重を乗せ軸足の方向をキュと変える。左足を振り上げながら回転すれば脚に小気味の良い衝撃が走った。振り抜けば手から携帯がこぼれ落ち、体が傾れていった。しかし男には目もくれず地面にプラスティックの音を奏でた物体へと腕を伸ばす。僕の指先が携帯へ引っかかる時、後ろでドサリと何かが落ちる音がした。

 半開きになっているものを拾い上げ、耳に当てる。


『おい!? クソ、花屋のとこだな…お前ら行くぞ!!』


 すぐにボタンを押して、後ろで倒れている背中にポンと投げ捨てた。

 そして険しい顔して見上げてくる子に謝る。


「ごめん、仲間呼ばれちゃったみたい」


 眉をハの字にすれば詩織が笑った。

 ゆっくり警棒を縮めながらポンと背中を1押ししてくる。


「いいわよ。逃げれば済むことだから」

「うん」

「それに巻き込んだのは私の方なんだから、そんな顔して謝らなきゃいけないのは私の方よ?」

「うん」


 キョロキョロ辺りを見渡して一番近くの角を曲がる。次いで自分のモッズコートを脱いで詩織に羽織るように促した。

 首を傾げる子に説明する「後ろから見ても赤いスカートが見えなければ背後から追いかける心配はないよ」。笑って受け取り、真っ白なコートを脱ぐ詩織を見ながら考える。このまま学校に行くか、それとも互いの家に帰るか。


「しお…」

「本当なら帰った方がいいんでしょうけど、今日神無月ちゃんと委員長と約束してることがあるのよね…」

「……」


 それは彼女が学校へ行きたいと言う意思表示。

 -----こんなことも多分今日で最後だろうから…

 考えるのと同時に、なんとも言えない焦燥感が溢れた。あんな暴力的な事、全然好きでもなんでもないし、むしろ嫌いなのにどうして寂しさを感じてしまうのだろう? この1年と8ヶ月で僕の道徳心や理性は壊れてしまったのだろうか? いや、そんなことどうでもいい。


「じゃあ急いで行こう? 遅刻しちゃうよ」

「あら? すでにもう遅刻は決定よ。社長出勤も悪くないから」

「確かに」


 詩織の真っ白なコートを僕の鞄に詰めて、急ぎ足で学校を目指す。勿論詩織が角を曲がる度に注意を払いながら。何度角を曲がって何度辺りを見渡しただろう?

 大通りの向こう側に学ランだけど、明らかに色の違う制服を見つけた。それは詩織が注意を払っている学校とは反対側で…

 相手も僕の方を見て、目が合った気がした。

 -----この距離じゃ顔まで見えない。

 詩織は見知った人は気配で分かるが、いちいち絡まれた人の気配なんて覚えていられないのだろう。僕の手を引いて角を出ようとしている。「待って」と言おうと思った時にはもう遅くって詩織が細い道から大通りに飛び出した。遅れて数歩脚を繰り出せば、はっきり見え始める相手の顔。彼が口の端を上げる一瞬前に顔検索を始め、彼が携帯を取り出した時には僕も詩織の手を引いた。


「何!?」

「見つかった!!」


 すぐさま反対方向に向きを変えて駆けるけれど、その方向からも誰かが走ってくる足音。この時間帯…もしかしたら大正学園の遅刻組の子の可能性もなきにしもあらず。しかし正直可能性は少ない。さらに方向転換。先程来た道をひた走る。

 後ろで警棒の伸びる音がして、強制的に手が離された。振り返ればすでに足先とは逆方向へ駆け出している彼女。

 -----こっちから来たらどうするんだよ!?

 車は一方通行でも人間は自由に行き来出来るこの道。仕方なく僕は詩織を置いて先に脚を進める。建物と建物の間から体がでると同時に首を左右に振って人がいない事を確認する。

 -----よし!!

 もうこれは僕が学校に行くのを諦めて、バイクで送るのが得策だと算段しながら振り向き親友の名前を叫ぶ。ポクっといい音をさせながら詩織がこちらに走り込んでくる。速度を落とせない彼女の為に手を取って力を加え、力の方向を変えて家のある方へ誘う。


「どうするの!?」

「バイクで送るから!! 僕は休むよ」


 これだけ走って、すぐさま始まるだろう体育に出るなんて非力な少年には無理な話だ。多分授業中盤でオーバーワークが祟って吐いちゃうね。それでなくなって今日の男子体育の予定は大嫌いな持久走を予定しているから気が乗らなかった。元々乗り気じゃなくコレだけのことが起こるってことは、僕の頭の上にいる神様も腕の相棒も「今日はヤメとけ」なんて言ってるってことだと思うんだよね。もう単位は十分、成績も十分、出席日数も十分。今更島流しなんてあり得ないし、なったって関係ない。番長やその他新たなクラスメイトと卒業式までヨロシクしてやろうじゃないか。

 腹を決めれば後は簡単…? 今の状況をくぐり抜け制服を脱ぎ捨てて、バイクに股がればいい。追いかけられたって知るもんか。どこまでも疾走してやろう、いや、歯向かうのならひき殺してやろうか?

 一つ目の角を曲がり、もう1つの角を曲がる。

 同時に、僕らは舌打ちをした。そして詩織が不機嫌そうな声を出した。


「もう少し強く殴っておくんだったかしら」

「そうだね、やるならトコトンだったね。G並にしつこいからさ…」


 僕が舌打ちをし毒を吐くのも無理はない。彼らは僕と詩織が出逢った時も彼女を付けねらい、10月辺りでも彼女に突っかかってきて、さらに今日一度ホテル方面で気絶したにも拘らず尚、行く道を立ちはだかったのだ。

 スピードを落とす事なく、立ちふさがる男達の一人に伸ばしてあった警棒を突き立てた。



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