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嘘つきのパラドックス #2

 図書館を出ると、詩織と一緒に入館したときより明らかに時が経っている事が実感出来た。空は星も月も一切出ていなくて真っ黒で、空気は少し雨の降りそうな匂いを漂わせていて湿気を帯びていた。周りの建物を見渡せば各窓に電気が付いていて、車もライトで晃晃とアスファルトを照らしている。冬にしては少しばかりぬるい風がゆっくり吹いて、長い髪が流されて肩をくすぐって来た。

 鞄をかるい直して敷地内からでると、詩織が口を開いた。


「さっきの話、続きはあるのよね?」


 まだ僕が“キレるのを抑えられる理由”へ振るだなんて思っていないであろう詩織の顔を見た。しかし僕の答えを聞く前から彼女はこちらを一切向こうとせず進むべき道を眺めていた。…もしかしたら詩織は僕が今から話そうとしている事を理解した上なのかもしれない。そうだろ? この子は僕が知らない物を知っているのだから。でも、僕に話を振って来たって事は…

 -----核心に迫ってもいいってこと…?


「あるよ」


 答えると彼女はキュッを小指を強く握って来た。

 その反応に気がつかれないように喉を鳴らした。未だこちらを向かない彼女と同じ方向へ目を向けた。


「僕も君もここら辺が地元だと思うから、小さい頃奈良エキサイト遊園地には行った事あるとは思ってたんだけど。でね、前に話したよね。僕は観覧車に乗れないって、覚えてるかな?」

「…ええ」

「それって4歳くらいの時で、あの遊園地での出来事なんだ。でね、その事故が起こる前に僕はそこで迷子になったんだよね。当然、迷子になった僕はスタッフさんに迷子ルームに連れて行かれて迎えにくるまで預けられる事になったんだけど、そこで一人の女の子と出逢ったんだ。その子は泣いてる僕に「それ以上泣くなら風船割るわよ」「他の小さな子が泣いちゃうから泣くならこれは私の物よ」って脅して来たんだ。正直ビックリしたけど誘われるままその子と迎えが来るまでの間遊んでた。それでお父さん達が迎えに来た時…僕はその子の髪の毛を引っ張って転ばせて、泣かした。風船あげるって言ったんだけど、その子は物じゃ釣られてくれなくてさらに泣いてたよ。で、困り果てて…その子が泣き止むように両親がしてくれるみたいに抱きしめたんだ。…でもその後何かしたか、されたと思うんだけど、正直言うと観覧車の事件が心に強く残り過ぎていてその後の事を覚えていないんだ」


 そこまで話し、脚を止めた。当然詩織も歩くのを止めた。

 敢えて向かい合うように右足を1歩後ろに下げて漆黒の瞳を見つめた。


「僕、以前にも詩織に“キレるのを抑えられる理由”を聞いたけど、君は知っているくせに教えてくれなかったよね? それでずっと考えてた、どうして僕らがこんな数奇な関係になったのか。原因が知りたくて僕なりに色々考えて、行き着いたのがこの時の女の子との出来事…」


 大きな黒目が僕だけを捕らえた。


「その子の話し方は君とそっくりだった」

「その子は黒目黒髪で目の下に泣き黒子があった」

「その子は今思えば、正直君の面影があると思う」


 言うと詩織は僕から視線を外し斜め下をジッと見つめて、


「何が言いたいの?」


 僕の小指からスルリとか細い指を離した。

 冬のくせに湿気の強い風が吹いて彼女の黒髪がシャンプーの匂いをさせ、はためいた。

 耳元で風が走っていく音が聞こえ、次の瞬間白い光が彼女の右半身をライトアップしてすぐさま真っ赤な光が彼女の左半身を照らした。


「その時の子って、君じゃないの?」


 息を飲む音が聞こえた。

 街頭も何もないその場所では通り過ぎる車のライトだけが彼女の表情を読むヒントだ。バイクが通り過ぎた時、いつかしてみせた困っているような寂しそうな…それでいるのに唇の端が上がっている表情をしているような気がした。それでも僕は構わず突き進んだ。


「僕はさ“キレるのを抑えられる理由”は、ここなんじゃないかと思ってるんだよね。君が知っていて僕が知らない過去…僕が何かしたか、君が何かしたか、それは覚えていないけど、僕の記憶の中で可能性があるとすればココなんだ。まぁその子が君であったと仮定した場合だけど」


 話終わって気づく。いつの間にか詩織は拳を握っていた。そう、困惑の表情…にしては嬉しそうで、でも悲しそうな顔で…。

 だから胸が締め付けられて、息が苦しくなった。やっぱり聞いては、言ってはいけなかったのだろうかと思った。でも、僕だって当事者なのだから知っておきたい。もう、出逢って1年と半年が過ぎた。君は知っている筈だ、それがいかなる事柄であれ、僕が君の為に全てを受け入れることを。

 数台の車が通り過ぎた。


「……」


 どのくらい沈黙を守っただろうか。

 先に折れたのは、やっぱり僕だった…。

 頑固な君の事だ、いくら君が親友である僕の事を信頼してくれていたって一度言わないと決めた事は言わないのだろう。それが僕にとって「聞かない方がいい」事情であるならば、尚更優しい君は言葉にしたりなんてしない。僕だってそう、君と同類。僕は君の事を狂おしい程想っているけれど、決して言ったりしない。僕は優しいワケじゃないけれど、君が傷つくのは見たくない。

 小さくため息を吐いて、頬を崩した。


「さっきのは僕の推測。あくまで憶測。でもこれだけ答えてほしいんだ。“キレるのが抑えられる理由”の推理が、もし…正解でもそうでなくても君が一生言う気がないのなら「合っている」、もし将来僕に言うつもりがあるのなら「間違っている」って答えてほしい。もう、二度と聞いたりしないから」


 バッと顔を上げて詩織が、大きく目を開けて視線を繋げた。その吸い込まれそうな程きれいな黒真珠に僕は僕を見つけた。

 また乗用車が詩織にスポットライトを当てた。

 刹那、詩織の頬に一雫の涙が零れていた。体が反応を示した瞬間、伸ばしかけた手の甲に冷たい何かが降ってきた。それは彼女の瞳からじゃなくって真っ黒な空から。僕はそのまま手を伸ばし、彼女の指先を包み込んだ。地面を蹴れば、力を入れずとも本体も付いてきた。そのまま肌で水を弾き、コートに雫を吸収させながら一気に詩織のホテルまで無言で走った。

 軒先の下にきてようやく減速させて後ろを振り向けば、彼女の顔がはっきり見て取れた。睫毛に水滴が分散されて、瞬きする度にキラキラ輝いている。

 勿体ないと思いつつも、ポケットからハンカチを取り出し手渡す。彼女は柔和な顔でそれを受け取ってくれた。

 ふっと笑う。


「じゃあ、明日の朝は迎えにくるから」

「ユーヤの番だったかしら?」

「そうだよ。じゃあまた明日」


 言いつつ雨の中に飛びだした。すると、彼女が僕の名前を呼んだ。

 振り返ると彼女は唇を一度噛み締めてから、絞り出すような声で言った。


「合ってるけど、間違ってるわ!!」

「…ありがとう」


 手を振ってまた雨の中を駆けた。

 なんて僕の想い人はズルい人なんだろうと思いながら。






 

 玄関のドアを開けると、すでに昨夜の雨は降り止んでいて太陽の光が所々に天使の梯子を作っていた。

 敷地内の水たまりをよけて学園とは反対方向に脚を向けた。そう、詩織を迎えにいく為だ。昨日の会話から分かった人もいるとは思うんだけど、バレンタインの前くらいから僕らは一緒に登校している。それでさすがに詩織がいつもこっちに来てもらうのは悪いと1日おきに僕が迎えに行ったり彼女が迎えに来たりという生活になっているのだ。

 地面を見ながらいつもの道を通る。

 頭をよぎるのは別れ際の言葉。

 -----合ってるけど、間違ってるなんて…意味分からない。

 これはどちらにしろ答える気なんてないとも取れるし、今は言うつもりはないけれど将来いつか言ってくれるとも取れる。彼女は本当にズルい。僕が用意させてあげたなかった今までと変わらない状態の選択肢を強引にもぎ取ったんだから。

 ムーと唇をすぼめてホテルの近くのコンビニの前に立った。

 数分後、ホテルの方面から待ち人がいつものように歩いてくるのを目敏く見つけた。分かるように敢えてプクっと頬を膨らませれば駆け寄ってきた。


「遅れちゃったかしら?」

「いつも通りだよ」


 僕の真意を読み取れない彼女は真っ黒な腕時計に手をかけて時間を確認し始めた。文字盤を見終わると目をクリクリさせて小指を掴んできた。一瞬そんな彼女がもどかしくてツンとそっぽを向いてやろうかなんて思ってしまった。ま、しないけどさ。

 思考回路を切り替えて、歩きながら最近詩織も見始めたと言う深夜番組の話をする。駅前を曲がっていつも通り盛り上がり始めたときだった。

 彼女が笑いながら怖い事を言い始めた。


「私たち…つけられてるみたいね」



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