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嘘つきのパラドックス #1

『じゃあ予定日までに本とか使わない物だけでもまとめておくよ』

『ええ。ユーヤが来るまでにこっちはこっちでしておくから、ちゃんと詩織ちゃんに挨拶してから来るのよ?』

『はいはい』


 僕の引っ越しの日程と詳細がだいたい決まった。

 こっちでまとめられる物はまとめておいて、当日は業者さんが入って搬送開始。その間僕は最後の掃除をして大家さんの所に行って引き渡しして、それから詩織に挨拶をしてから新しい家に行く。で、僕が大家さんと詩織に会っている間に家族が業者さんを使って部屋に搬入。その後合流という予定だ。まぁ、まだ1ヶ月以上も先なんだけど、引っ越しのシーズンだから早めに予約しておかないといい時間に引っ越しが終わらないからね。

 用件も話したしそろそろスカイプを終えようと思ったら、玄関が開く音がした。


『あ、父さん帰って来たの?』

『そうみたい。挨拶だけでもしておけば?』

『うん』


 姉さんが呼び、陰が画面上に落ちた。思わず叫んだ。


『ちょ!!』


 -----白い毛糸のマフラー!?

 それは神無月さんに聞かされた…詩織がバレンタインに向けて(?)購入されたと思しき毛糸で編まれたもので。一昨年までは見た事のないそれに釘付けになって口をパクパクさせてしまった。すると彼は僕の挙動不審な動きに気がついたのか、僕とそっくりな笑い方をしながらスカイプの向こう側でマフラーに手をかけた。


『コレくれたの、母さんじゃないぞ?』

『だ、誰?』


 知っているくせに聞く僕。知っているのを理解しているクセに敢えて謎掛けをする父さん。

 親子の駆け引きに彼はさらに唇の端を持ち上げた。


『詩織ちゃん』


 -----や、やっぱり!?

 聞くんじゃなかったと今更ながら後悔し、同時愕然とした。なんで分かっていた答えを求めてしまったのだろうと、もう疑問に思わないと決めたんじゃなかったのかと、詩織になら殺されてもいいと思ったんじゃないのかと自分を責めた。ついでにそれでも彼女の事を嫌いになれない自分にも失望した。ああ、ついでに息子に自慢してくる父さんにもね。

 そして確実に彼は僕の父さんだと思い知らされた。だって、


『ああ、ユーヤには内緒だったな』


 なんて実の息子さえも攻める、どSっぷりを発揮して来たんだもの。しかも、超満面の笑みで…。

 その瞬間溢れてくる衝動。

 -----ぜ、絶対超えてやる!!

 下唇を噛みしめて決意した。必ず超えてやろうと、男としても社会的地位も経済力も。ついでにどS度も勝ってやろうじゃないか、出し抜いて必ず今日の屈辱を晴らしてみせるんだ。姉さん以上にしたたかに計画的に軽やかに、しかし力強く、決して抜く事の出来ない返しの付いたエモノで。

 が、今はそんな事できない。だから仕方なく、


『と、父さんの変態!!』


 捨て台詞を吐いて同時にスカイプを切ってやった。…はい、負け犬の遠吠えです。

 多分、今頃実家ではある意味爆笑だと思うね。特に父さん。ふん、今のうちにせいぜい嘲笑っていればいい。引っ越し完了の瞬間が僕らの親子としての決別の時だ。6年間僕は今日の出来事を糧にして牙を研ぎ続けよう。覚えているがいい。6年後、独り立ちするついでにまずはどS度を陥落させてやろう。8年後、経済力で抜きんだしてやろう。12年後、父さんよりも若い段階で准教授職に付いてやろう。今まで育ててくれたお礼に全て抜きさって全てを手に入れてやろう。

 早速、自由に操れるようになったどSのスイッチをオールグリーンに入れた。

 -----ぶっ殺す!!

 初めて野心方面が本気モードに入った。







 と、いうわけで早速、打倒父さんを実行するため大正駅裏にある図書館で勉強中だ。正直に言おう、受験勉強より気合入ってます。昔から書斎にはよく脚を踏み入れていたから、大学でどんな教科書でどんな内容を勉強するかなんて分かりきっている。大抵は頭の中に入っているけれど、新しい研究結果だって論文だってある、僕の漏れもある。すべてをまずは頭の中に叩き込んで、論理的思考は後回しにする事にした。あーでも、かなり心配なのがあるんだよね。その名も解剖学。あれって実習で…ひぃいいいい、想像しただけで鳥肌が立つ。いやいや、その前に注射も…ひぃいいい、あれって生徒同士で打ち合うんでしょ?(採血です)。怖い、怖過ぎるよ。下手な人がペアだったらどうしよう、ああでも女の子がしてくれるならなんとか…いやいや、女の子少ないんだよね…。多分ね5人いればいいと思う。試験の時点ですでに少なかったから…。

 -----ってことは、我慢して男に刺されなきゃいけないんだ。その前に僕も…

 段々指先が冷たくなってきた。


「ユーヤ、顔青いわよ」


 顔を上げれば僕とは反対に血色のいいサクランボ色の唇と頬をした詩織が本を持って立っていた。

 彼女はクスリと笑って向かい側のイスを引いた。そして本を持って来たくせにそれはポンと机の端に預けて見つめて来た。


「もう受験は終わったんだから遊べばいいのに」


 -----打倒父さん誓ったからね。

 思うものの、まさかそんな恥ずかしい事言えるわけもなく苦笑いして「予習です」と言っておいた。

 そこからはお互い自分の世界に入って僕はペンを、詩織は目だけ動かして時間を過ごしていく。

 一段落ついて、ふと思った。打倒父さんもいいけれど、もうこうやって時間を共有する時間は限られているのだからそれは後回しでもいいんじゃないかって。それより一緒にいれる時は少しでも多く話をして彼女といたという実感があったほうがいいんじゃないかって。


「詩織…」


 声をかけると顔を上げて首を傾げてきた。そして言われる「何?」。

 狼狽えた。本当に、僕が話したい事なんてなかったのに名前を呼んでしまったから。せめて内容を決めてから声をかけるべきだったと反省しながらも出て来た言葉でさらに後悔する。


「君、父さんに…」


 それは僕がこんな状態になった数時間前の出来事が色濃く頭の中に刻み込まれていたからだろう。聞くつもりなんてなかった。もうあちら側から調べは付いているのだから。それに父を超えると言う目標を果たす事で自分の中で清算させるつもりだった。全く聞くつもりなんてなかった。

 しかし言ってしまった言葉は訂正はきかない。変えられるのはコレから言う言葉だけ。

 口を動かしながら本気で焦った。

 ------何かないか!? 何か、あ!!

 僕が行き着いた先は…


「小さい頃、遊園地連れて行ってもらった事ある?」


 先日のバレンタインでスノープリンセスを抱きかかえた時に思い出したトコロだった。そう、僕が幼い頃出逢った女の子の…あの話だ。そのうち聞こうと思っていた事で、別に今日じゃなくても良かった。だけど、先に言った言葉の流れから可笑しくないのはコレしかなかった。さらに続ける。


「奈良エキサイト遊園地…に限っての話なんだけど」

「そこって前に、ユーヤと一緒に行ったあそこよね?」

「うん」

「あると思うけど、どうしたの?」


 そこまで話すと僕らの横に気配を感じた。見れば、図書館員さんが「シー」と睨みを利かせていたのだ。

 小さく「すみません」と言って詩織にも会釈をしてため息を零した。

 バツが悪くなって持ち出していた本を閉じると詩織も本を閉じた。そして口パクで「続きは帰りね」と言ってクルリと方向転換し、自分の借りた本棚の方へ歩いていってしまった。

 -----それって…!!

 僕は大急ぎで山のような本を元の場所に戻しに席を立った。


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