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山田家*独り立ちの儀式

 結局僕はチョコレートと詩織に酔わされて、バレンタインで沸き起こった疑問を捨てざるを得なかった。まぁ質問攻めにしたってきっと答えてくれなかったと思う。ま、うまくお互いに誤摩化したと言うか、なんと言うか…とりあえず二人の中では以降はそのことについて禁句なのだと悟ったね。だからもう話題に出さないし、疑問にだって思わない。詩織が白だと言えば黒い物も「白」だと答えるし、殺されたって文句は言わない。

 そんな思いを馳せて、今僕は一人電車に揺られている。何をしているかって? じゃあまずはヒントから。これから会う人は姉さんと母さん。さらにヒント、昨日の出来事を思い出してほしい。そう、今から大学の近くに家を探しに行くのだ。え? 自宅から通え? イヤだよ。一度一人暮らしの甘い蜜を吸っちゃうとご飯の支度とかその他諸々面倒な事は多いけれど、それを差し引いても一人がいい。それに在学中…出来れば大学院を卒業するまでは父さんとは他人として過ごしたいからね。加えて言うなら自宅から大学まで高速使ってと結構時間かかるんだもの。


 なんて言ってたらもう、大学の最寄り駅。電車を降りて駅を出れば姉さんと母さんが手を振ってくれた。

 こうやって家を見て回るのは実は今日で2回目。前にも言ったかと思うけど…前回はなんとなく「ここら辺に住むのかぁ」と雰囲気を味わうだけで本気で決めるつもりはなかった(受験の前だったし)。でも今日は本番。なるべくなら今日中に決めて帰ろうと思っている。一応二人にもその旨は伝えておいたんだ、するとありがたい事に二人はすでに前に訪れた不動産屋さんからの助言とインターネットで良さそうな所を調べてきてくれたらしい。


「じゃあ…もう資料は見なくていいかな?」

「そうね。最終的に決めるのはユーヤだけど、いいなっていう候補は何件か決めてあるのよ。ね、母さん」

「ええ。だからこの前行った不動産屋さんの人に連れて行ってもらって、実際に見た感じでいいんじゃないかしら? 家の事は女の方が詳しいんだから母さん達に任せなさい!」


 妙に自信満々で胸を張る母さんに苦笑する。まぁなんだかんだ言って僕が「ここでいいよ」なんて言ったって二人が気に入らずに「そんなところダメよ!」なんて反論されてしまえば鶴の一声、僕には決定権なくなってしまうのだから。逆にこうやって彼女達が候補を挙げている中からココというのを僕が選ぶ方が正解だね。ってか、現在住んでいる部屋を決める時もそうだった。まるで自分たちの新居を探すような口ぶりで「そこはキッチンが狭い」とか「南向きじゃなきゃ嫌」とか「クローゼットは多きくなくちゃ」なんてあーだ、こうだ言って結局決めたのは母さんが一押しの場所に決定したんだっけ。ま、さすが主婦と言うか使い勝手が良くて僕としても気に入っているから逆に感謝してるよ。

 不動産屋さんにつくと2回目とあって前に担当をしてくれた人が慣れた口調で「では早速行きましょうか」と色んなキーが付いた鍵を持って僕らを誘った。


 まずはお部屋探し1件目。鍵を突っ込んでドアを開けば何も置かれていない静寂の部屋が姿を現した。って、なんか広くない? だってダイニングキッチンにリビング、寝室が付いてるんだもの。眉を潜めた。そしてそのまま感想を述べる。


「なんか、広すぎじゃない?」

「いいのよ。どうせ大学6年制でしょ? 絶対に荷物増えるからこれくらいがちょうどいいのよ。どうせ家には滅多に帰って来ないんでしょ?」


 至極最もなことを言って姉さんは手をヒラヒラ振る。まぁ言われてみればそうかもしれないけれど…うーんと唸りながらも逆らってもいい事がないのは知っているから黙って、クローゼットを開けたり、お風呂を覗いてみたりしている二人の後に続く。

 と、母さんの動きが止まった。


「ここはもう角部屋は開いてないの?」

「申し訳ないんですが、現在開いているのはこちらのお部屋のみでして」

「そう。じゃあ…次お願い出来ます?」


 どうやら窓が少ない事が気に入らなかったらしい。僕はそんな事気にしないんだけど…一度振り返りながら1件目を後にした。

 お部屋探し2件目。今度は先程と同じ感じでダイニングキッチンにリビング、寝室がある部屋だ。でも前回と違い、角部屋で窓が1つ寝室側に付いていた。収納も大きく僕はいいんじゃないかと思っていたんだけど…二人は納得いっていないようで、


「窓がねぇ、西側なのは夏熱いわよね」

「私もそう思うわ。ユーヤ、どうなの?」

「僕は別に…」

「「じゃあ次に行きましょう」」


 別にって言葉はここでも大丈夫っていう意味だったんだけど、どうやら二人の頭がすでに“合格点ではない”と判断していたため、否定的な意見ととったようだ。ま、いいけどね。ってか、僕はもうすでに疲れてきたよ。

 実は部屋を巡ってまだ2件目だけど、相手は姉さんと母さんだよ? 一人を相手にするのでも振り回されまくるのに、タッグを組んだ二人が僕をあっちこっちに呼びつける。僕が母さんとお風呂場で話をしていると姉さんが寝室で僕を呼び、そうかと思うと玄関へ母さんが呼び、そうかと思うと姉さんが…と言う感じですでに満身創痍。家族4人なら父さんがいる分クッションになって別にいいけれど、二人の強過ぎるパワーを直に浴びて僕はすでに参り気味だ。それに実はすでに駅を降りてから3時間は経過している。隣で運転している不動産屋さんもご苦労だね。僕以上に二人に何やら説明を求められて…。

 はぁとため息を零してお部屋探し3件目。部屋の間取りの資料を渡されるなり思わず、待ったをかけた。


「ちょっと、さすがに広過ぎでしょ?」


 僕がそう言うのも無理はない。だって1、2件目よりさらに1部屋多いのだ。ダイニングキッチンにリビング、寝室…そしてもう1つ寝室。もう、これは明らかに家族が暮らす規模の大きさだ。僕はあくまで一人暮らし、きっとそんなに荷物なんて増えないし、ましてやゲストルームなんて作る気なんてない。それにさすがにここまでの広さだと…家賃が心配だ。大学6年間はいいよ? 親持ちだから。でもその後の事がある。卒業したら僕は自分自身で家賃も大学の費用も捻出するつもりだ。部屋だけいい苦学生なんて、イヤだよ。

 側に立っていた姉さんにもう1度「広過ぎだよ」と抗議した。


「広いかしら?」

「広いよ!! 明らかに使わない部屋が出来るじゃない。勿体ないよ」

「詩織ちゃんが来た時用でいいじゃない。どうせ手なんて出せないヘタレなんだから」

「何その…」


 唇を尖らせた時だった。

 すでに視界の中から消えていた母さんが叫んだ。


「キャー、やだー。出窓可愛い!! 美嘉子ちゃん、来て来て〜」


 ハイテンションに姉さんを呼んでは、声を上げている。ため息を吐きながら姉さんの後を追えば、マジで出窓があった。

 -----僕、そんなのいらないよ。

 愕然となる当人を他所に、さらに家族は盛り上がる。


「南向きで東側のベッドルームに出窓…いいわよね!?」

「朝、気持ち良さそうね」

「でしょ? ここ、レースのカーテンにしたいわね」

「フリフリ、詩織ちゃん好きだものね。いいんじゃないかしら?」


 -----部屋の主になるのは僕だよ!!

 声を大にして言ってやりたい。なぜ住みもしない、遠くの県の大学に行く詩織のことを考えて僕の部屋を決めようとするのか。あれですか? 神無月さんのいう“詩織っちホイホイ”ですか? それとも猫は人ではなく家につくってヤツを想定してですか? 何か間違ってますよ、あなた方!! 住むのは僕、男です。男の僕の部屋にフリフリのカーテンなんて、正直気持ちが悪いとしか言えないんだけど!? きっと詩織も遊びに来ることがあった時ビビるだろうよ、爆笑するだろうよ「ユーヤの部屋なのにフリフリなんて!!」って。マジで勘弁して。

 ゲンナリして「ここはイヤだ」と言おうとした…ら、母さんが動いた。


「ここで決まりね!!」

「ええ、決まりよ。ね、ユーヤ」


 姉さんまで動いた。

 そして二人して似たような笑みで僕を見つめてくる。もう僕は蛇に睨まれたカエル状態だ。もう止められない。目の下がチックを起こしたけれど、ゆっくりと頷いた。

 -----6年住んだら引っ越ししてやる…

 しかし、その考えも僕自身も甘かった、昨日詩織から貰ったチョコレートなんかよりも甘かった。

 その甘さは不動産屋さんから見せられた資料と契約書で気がつく事となる。

 そう、まさにそれがこの瞬間。


「ちょっと、これ賃貸じゃないけど!?」


 資料が折れ曲がる程強く掴んで顔を上げれば、姉さんと母さんがシラケた顔で言う。


「何を今更言ってるの?」

「そうよ。今日見た3件全部賃貸じゃなかったわよ?」

「別に今買えなんて言ってないわ。こっちで頭金とかは払っておいて卒業したら契約切り替えるだけじゃない」

「私があの家を貰うから、貴方はマンションだって言ってるのよ」

「はぁ!?」


 それって後々僕に購入しろって言ってるよね? 半分くらいは出すから後は自分でなんとかしろってことだよね? ってそれって姉さんズルくない? ああ、だから家賃だって言って給料の半分以上を毎月母さんに渡しての? あれは家庭内ローンだったの?

 半分以上パニックに陥っているとさらに彼女達は追い討ちをかけてくる。


「だから広い部屋でいいのよ。将来家族持った時に部屋がないと困るでしょ?」

「そこまで計算して私たちは動いているのよ? どうせ貴方大学院まで行くんだったら12年はあそこに住む事になるんだから買った方がいいのよ。手放す時売れるし。賃貸じゃ返って来ないじゃない」

「詩織ちゃんも財産がある方が喜ぶと思うのよね」

「詩織ちゃんの為だと思えば、もう少し頭金増やしてあげてもいいわよね」

「あら、大丈夫よ。おじいちゃんからユーヤの入学祝いに貰ってる分、そっちに回すつもりなんだから」


 -----結局詩織の為ですか!?

 僕らはフィアンセじゃない、僕らは恋人でもない、それどころか詩織は僕の事なんて親友としてしか見ていない。なのに、なのに、僕は…。

 将来払わなくてはいけないローンと、彼女達のしたたかな計画にハマった事と、半分以上僕のためなんかじゃないこと、もう色んなことに愕然とした。ってか、これって暗に…


「だから詩織ちゃんをGET出来なかった場合は頭金全額返金してもらうわよ」


 -----そう言う事だと思ったよ!!

 僕は18歳という若さで、家のローンで頭を悩ませる日々が続いた…。


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