ボンボンショコラで酔わせて #1
「へぇ最近はこんなのあるんだ」
視線の先はいつもの真っ赤な箱が文字も写真も絵も、全てが反転したパッケージの板チョコ。どうやら“男性から女性へ逆チョコ”だから外見を逆にしたみたいなんだ。企業もうまいこと考えるよね。
感心しながら呟くと、隣に立つ末長がそれを手に取りイヤな笑いをした。
「買ってやろうか?」
「イヤだよ、ホモチョコなんて欲しくない」
げんなりした顔で言うと高笑いして敢えてレジに持って行っている。だから僕も同じ物を持って隣のレジに並ぶ。
「13日だな」
「そうだね、当日は休みだから13日に」
口の端をあげて見えない火花を散らす。お互いにどんな付加価値を付けて相手の度肝を抜かしてやろうかと思考を巡らせている。睨み合い、同時にお金を出して同時に受け取ってコンビニを後にした。
って、僕たちは別にホモチョコを渡しあう為に買い物に来た訳じゃない。もう分かっている人もいるとは思うけど、僕たちは詩織と神無月さんの「去年みたいに逆チョコ頂戴」というリクエストに応える為に二人で街に繰り出したのだ。で、目的の物を購入したからコンビニで立ち読みしても帰ろうと脚を踏み入れたのがことの発端。さて、どうやって末長にイタズラしてやろう?
そこでふと気がついた。
僕ってそんなことばっかりしてるような余裕はないってことに。末長はいいよ? 神無月さんからバッチリ本命チョコ&手編みの何かを貰えるのはわかっているのだから。でも僕は? 詩織に義理チョコでも個人的に貰える可能性はあるのだろうか。去年は貰えた、けど今年は…詩織に好きな人がいる疑いがある。しかもその相手は僕の父さん。叶わぬ恋をしているかもしれない女の子に義理チョコを考える余裕があるかどうかってことだ。今年の2月14日は休日だから、もしかしたら渡しに行っちゃうかもしれない…僕の実家に…うわ、考えただけで萎えるんだけど。
-----義理でもいいから貰えますように。
僕が末長への嫌がらせと、詩織の動向と、父さんへの不信感を募らせていたら、あっという間に時は過ぎて本日は2月13日、いうなればバレンタイン*イブの日になってしまった。今年も例の如く男子が通常日より少ない。全く、当日に焦ったって仕方ないと思う。そんな作戦無意味だと思う。というのも、僕はだいたいどこの子が誰にあげるか知っているのだ。
なぜかって? 実は最近僕は、妙に女の子に囲まれてた。羨ましいと思った? あ、僕がモテないの知ってるから落ちはだいたい想像つくからいいって? そう言わずに聞いてよ。実はいつもの勉強のことについてじゃなく、違う意味で質問攻めにされてた。内容はおおよそ「B組の××くんはどこ受けるの!?」「××くんはバレンタインに受験重なるって聞いたんだけど」こんな感じ。そう、僕が3年生のほとんどの人の勉強を見て、ついで志望校を知っている(質問された時の赤本や話から)から聞かれまくった。しかも僕が口が堅く、話しやすいせいかついでに恋愛相談まで付き合わされた(と言っても一方的に想いの丈を聞かされるだけ)。だから3年生の恋愛事情がどうなっているかって今すごく詳しい。
だから、彼らの行動にあまり意味がないのを僕は知っている。ま、意味ある人もいるけどね。
ポケっと今年のカップル成立は3組くらいかぁと窓の外を眺めた。
と、廊下で僕を呼ぶ声。
「山田くん、これC組とD組のクラス皆から」
「え!?」
思わず目を剥いた。だってそこにはA4程の紙袋いっぱいに入ったチョコレートの山。しかも梱包用紙も大きさも一つずつ違う。これって、明らかに一人一人もしくはグループ単位で用意してくれたものだよね?
受け取るのに躊躇しているとコロコロと女の子達が笑った。
「お返しは気にしないで。卒業後だから受け取れないし、先に貰う物は貰ってるもの。勉強と恋愛相談」
「でも…」
「悪いと思うならちゃんと受け取ってよ。2年生の頃からお世話になってるし」
「そうだよ。センターもばっちりだったし」
グイっと紙袋を押し付けられて苦笑する。「ありがとう」とお礼を言って受け取れば満足げな笑みを零して手を振りながら教室に戻って行く。見送って袋を見やれば、なぜかモテた気がするのは僕だけだろうか? ま、義理チョコですけど。それでも嬉しくてルンルンと教室の方へ脚を運ばせようとしたら…視界の端にいてはいけないものがいた。
顔を引きつらせ、なるべく早くドアに脚を繰り出すけれどそれ以上のスピードで悪魔が近づいてきた。ガラリと戸を開けると、ポールスミソのくっついた腕が伸びてきてガラリと閉められた。
「ヒッ」
「叫ぶなんて、酷いですよ」
いつもの如く「やだなー」とアッシュブラウンの髪をかきあげ口の端をあげている。
すでに涙目の僕は体を縮こませて抵抗を試みる。
「あ、あげないよ!? 用意なんてしてないから!!」
叫べば青柳くんはいつもの爽やかな笑顔で青いリボンの付いた真っ黒な箱を取り出した。思わず後ずさるとその分距離を詰められる。ピピピと目の下がチックを起こせば、フフフと妖しい声が聞こえてくる。
バッと左手を後ろに下げて受け取れないようにした。
けれど、彼の方が上手で…
「別に食べ物じゃないですし、そういう気持ちの物ですけど山田先輩は喜ぶ物ですよ」
なんて言いつつ、紙袋の中にヒョイと投げ入れてきた。しかもガッと袋を掴んで中身をかき回す。
「ちょ!!」
「取り出すには一度全部出さないといけませんね」
にんまり笑って「じゃあ帰されても困りますから」とそそくさと階段の方へ行ってしまった。
-----本物のホモチョコ…
呆然とその後ろ姿を見つめて、大きなため息を零した。そうだろ? 今から出して追いかけて返して、その現場を誰かに見られたらまたあらぬ誤解を受けてしまう。それにそろそろ委員長が登校してくる時間だ。もう、諦めて頂戴するしかない。
もう1度大きなため息を吐いて教室に戻った。
勿論教室に入れば数人の男子から「なんだそのチョコの山は!?」と羽交い締めにされた。だから黒に青いリボンのかかった箱を思い浮かべながら「一つだけならあげる」と言うと、サーッと皆が引いてしまった。どうやらあまりに悪い笑みを零していたようだ。
その後、末長にお互い嫌がらせチョコを上げて高笑いして、去年と同じく委員長の家で作ったと言うお菓子(今年はクッキー)を貰い、昨年と同じく詩織に声をかけた。
「はい、逆チョコ」
手渡せば顔がほころんだ。つられるように頬の筋肉が緩む。
鞄を肩にかけながら手を出した。
「帰ろうよ」
「いいわよ。でも条件があるわ」
差した指先を見た後、僕の顔を見てくる。彼女の指先にあるのは紙袋いっぱいに入った義理チョコの山。知ってたよ、詩織が朝からこれを狙っていたのは。何度も授業中こちらをチラチラ見ては下唇を噛みしめて目をパチパチさせていたもんね。ふっと笑って紅茶も付けておいた。
僕がお茶の準備を台所でして、カップとティーサーバーをテーブルに持って行くと、すでに2箱目が開封され始めていた。
眉をひそめると、何かを言う代わりに机の真ん中においてあるすでに中身が1つしか入っていない箱を指差す。言いたいことは分かっている、1つは残してあるから…ってことでしょ? 別に僕が言いたいのはそこじゃなくってさ。
「あんまり一気に食べると鼻血でるよ?」
「大丈夫よ」
見る間になくなっていくチョコレートを眺める。ま、行き先としては間違いではないよね。そうでしょ? これって半分はセンター予想問題のお返しだ、詩織がいなきゃ僕はあんなもの作らなかったもの。
紅茶を注ぎ入れて僕もチョコを口に入れた。ミルクだったようで、甘さが妙に口の中に残る。
と、詩織がまた最後の1粒のみ残して紙袋に手を突っ込んだ。
まだ食べる気なのかと、少しずつ食べて毎日着てくれた方が僕は嬉しいのになんて思いつつも口に広がった甘ったるさを流す為に紅茶を含んだ。吹き出すかと思った。だって、詩織の手には黒い包装紙にブルーのリボンがあしらわれた箱が握られていたんだもの。そう、青柳くんが紙袋に投げ入れたあれだ。
-----ヤバい!!
考える前にテーブルを鳴らして腕を伸ばした。
不意をつく形になったのが良かったのか、無事、僕の手の中には小さな箱がスッポリ包み込まれた。そのまま腕を引いて脇腹へ抱え込む。箱の軌跡に合わせて詩織の目が動いた。
「ちょ、ユーヤ!?」
「ごめん、これはダメ!!」
大きな目がさらに大きくなるのを見届け叫べば詩織が立ち上がった。だから僕もなぜだか立ち上がってしまった。
「なんでそれはダメなの?」
「…だ、ダメだから」
「…本命、本命チョコなのね!?」
「ち、違う!!」
多分そうだと思うけど、否定する。それは僕の願いかそれとも焦りからか。
詩織が1歩脚を伸ばした。その分後方へ下がる。
「じゃあ、ユーヤが好きな人からの物なのね!?」
「それも違う!!」
さらに後ずされば彼女が前に出る。何度かそれを繰り返せば、かかとがコツンと壁に当たり、もう逃げ場がないことを教えてくれた。
-----ひぃいいい!!
「隠さなくっていいじゃない、誰から?」
「だ、誰でもないよ」
必死になっていうと、プクッと頬を膨らませた。そして吐き捨てるかの如く僕を突き放した。
「もういいわよ」
方向転換し、テーブルの方へ脚を向けている。
大きく安堵のため息を吐きながら項垂れて定位置に戻ろうと脚を出した。
「で、誰なの?」
バッと顔を上げると見返って嫌にニコニコした詩織の姿。でも僕はビクつく。なぜならば…
-----目が笑ってない!!
これはヤキモチとかそんな問題じゃない。これは僕に詩織への秘密があるから、言わないから怒っている顔だ。そう、これは詩織が提示した僕へのラストチャンス。もしここで何も言わなければ喧嘩するのは確実。でも、僕はなんて言えばいい? 散々誤解を受けた後に「青柳くんから」なんて言って信じてもらえる? 「だったら最初からそう言えばいいじゃない」って言われない? それとも適当な女の子の名前を出してみる? でも僕にはそれは出来ない。だって、僕が本当に好きなのは目の前の詩織なのだから。
グルグル思考だけして固まった顔のまま目を合わせていると彼女は何も言わず、顔を反らした。そして自分の鞄を引っ掴むとスタスタ玄関へ歩き出してしまった。
ゆっくりと、部屋のドアが閉まった。