薔薇、恋、核弾頭スイッチ
僕に影を落とせる人なんてこの高校では人数が限られている。お金を払い、缶コーヒー(HOT)を受け取りながら振り返ればやっぱり想像した人だった。1年生達と詩織を見る目は一緒だけれど、安心してしまうのは彼の後ろにリザの陰が見え隠れするからだろうか? それとも意中の人が「絶対にない!!」「血判に誓う」「趣味じゃない」と散々ブー垂れているのを僕が知っているだろうか? どちらも正解だと思う。
すでに一方は猫が毛を逆立てるが如く臨戦態勢、もう一方は1年生の熱視線さえ冷えてしまうくらいのLOVEビームをかまそうとしている。小さくため息つきながら「おばちゃんに迷惑だから」とグイグイ二人の背中を押して廊下に出した。僕の脚が完全に購買部から出ると同時に、火蓋が切って落とされた。
「今年こそは貰うぞ、チョコ!!」
「絶対にあげないって言ってるでしょ!?」
「毎年言ってるんだからいいだろう!?」
「五十嵐にはリザがいるじゃない!!」
「アイツは違うって言ってるだろ!? そうか、ヤキモチか…」
「違うわよ!!」
バトルが激しくなるにつれて注がれる視線の大半が、いつも僕に向けられるような注目と好奇の目になっているのをある意味シメシメとほくそ笑む。番長の体と顔で天使だなんて言いたくなんてないけれど、いい具合、いいタイミングで来てくれたと心の中で褒めたたえた。
ついでに「もう止めなよ」と諭してみる。けれど、
「山田裕也は黙ってろ!! 大事な時なんだ!!」
なんて言って僕を相手にしてくれない。まぁ彼の言っている意味は理解してるけどね。だって毎年、詩織にバレンタインなんか眼中にないであろう月から猛アタックをかけ続けているのに義理チョコ一つ貰えていないらしいのだ。僕が詩織なら「誤解しないで」って言いつつ、円チョコくらいあげてもいいと思うんだけど…あ、でも完全に誤解されそう。ああ、だから詩織は絶対に彼にあげない訳ね。
一人で納得していつものプチ喧嘩が終わるのを見守る。先程まで考えていた“どうやったら詩織に付こうとする悪い虫を殲滅出来るか”を練りながら。
-----明日僕がいないと、朝がなぁ。神無月さん…いや、委員長がいいよね。車で送ってもらえば…
詩織が番長のスネをコンと蹴り、飛び上がって痛がるのを見つつ、さらに考える。
-----帰りは僕の方が早いだろうから迎えに…いやいや、さすがに可笑しいでしょ。どうする…?
黒髪の女の子が「しつこい男は嫌い」といつもの決め台詞を吐く。すると追いすがるように番長が「そんなこと言いつつ相手してくれる、やっぱり詩織は優しい女だ、好きだー!!」毎回違うバリエーション豊富な捨て台詞を…吐かなかった。かわりに今日はビックリする科白を紡ぎだした。
「そろそろはっきりさせようじゃないか」
「何をよ!?」
対峙する二人を尻目にまだ考える。
-----ご飯、そうだ。ご飯誘っておいて迎えに行くのがいいよね。場所は学校の向こう側にしておけば、迎えに行っても全然おかしくなんてないし。
「もし、俺の望んでいない場合だったら、もうすっぱり諦める。チョコが欲しいなんて言わない」
「本当ね!?」
「男に二言はない!!」
「わかったわ。私もちゃんと答えるわ」
-----じゃあ今日の帰りにでも明日の夕ご飯を誘って…
「山田裕也ー!!」
-----あ、何が食べたいかを聞くのが先かな…
「山田裕也ー!!」
体がビクついた。普通そうでしょ? 今の会話の流れから僕に話を振ってくるだなんて思っても見なかったもの。
二人の顔を何度も往復させながら呟く。
「な、何?」
「そうよ、何よ? ユーヤまで巻き込んで」
詩織を見て言ったのに彼女は僕と視線を繋げた後、すぐさま番長を見た。だから誘われる形で僕も彼の目を見る。
すると彼の厚い胸板がゆっくり膨らんだのが見て取れた。
「お前達、本当のことを言えよ。二人は付き合っているのか、否か…。どっちなんだ? 前に聞いた時は付き合ってないとか言いつつ、キスした噂があって、問いただせば山田裕也は誤解だと言う。そうかと思えば、毎日一緒に帰るのは当たり前で手を繋いでいて、詩織は「付き合ってるからだ」と俺を突き放す。しかし、山田裕也に聞けばまた違うと言う。どっちなんだ!?」
驚いて詩織を見た。そうだろ!? 僕は詩織が番長にそんなこと言っているなんて知らなかったんだ。そういえば、修学旅行前からあんまり僕に突っかかって来ないなぁなんて思ってたんだけど、そう言うことだったの!? 今更聞かされた詩織の嘘。しかし彼女は悪びれた様子もなく、はっきり言い放った。それは第1投目にしては巨大過ぎ、15歳になったばかりのピュア(?)な男の子達には残酷過ぎる言葉。でも、僕には嬉しすぎる言葉。
「何度も言ってるじゃない。付き合ってるわよ!! 別れようなんて思ったことなんてないわ!!」
敵陣の真ん中で、目標物自体が大爆発を起こした。
周りを見渡せば、今まで彼女のことを熱い視線で見ていた子達が揃って胸を抑えて眉をハの字にしてる。この時点で敵の司令塔部、通信機器、火薬庫等々戦術において重要なものがぶっ飛ばされたと僕は確信したね。今、番長と不特定多数の1年生の想いを一気に殲滅させる状態1歩手前まで来ている。もう1押しで彼らは確実に殺せる。
詩織の嘘に驚いているくせに、冷静に計算している頭…前者は友情、後者は恋心。完全役割分担して、体はポカンと口を開けさせ、頭はしめたもんだと小躍りしている。
が、番長の言葉で二つは一気に淘汰され…
「山田裕也、お前はどうなんだ? いつも否定ばかりで、正直聞きたいのはお前の方だ」
ヘタレが先導に立った。いや、元々ヘタレが先頭だった。
彼女に言われ過ぎておそらく免疫が付いてしまった番長がもう1度同じようなことを繰り返す。
「詩織はああいっているが、本当はどうなんだ!?」
「ど、どうって?」
「付き合ってるのか? 好きなのか? ちゃんと全部言え!!」
なんてことだ。ヘタレな僕に最終的な爆弾のスイッチが託された。きっとここで僕が「付き合っているし、好きだ」と言えば、番長はおろか、1年生達を確実に彼女のことを諦めさせることが出来る。それこそ中性子爆弾のように人体には核よりも強力な破壊力で再起不能は決定だ。たった一言言ってしまえば邪魔者を排除出来る。そう、これは僕に与えられたチャンス。
でもヘタレな僕は思わず助けを求めてしまった。
だからか、彼女は僕の目をジッと見つめて番長にバレないよう口パクで懇願してきた。
(付き合ってるって言って)
(好きって言って)
思わず息を引き取った、違った、息を飲んだ。早鐘なんか目じゃなく脈打ち過ぎて、爆弾の前に心臓が爆発するかと思った。瞳孔も小さくなれるとこまで縮こまった。血圧が上がる。頭に血が上り、頬は茹でタコなんて比じゃないほど熱い。今にも膝から崩れ落ちそうだ。缶コーヒーも手から滑り落ちる寸前だ。
僕は、今までに類を見ない程の狂喜に体の芯から震えた。
もう、もう今にも悶え死にそうだ。いや、死んでもいい。迷った顔してよかった、助けを求めてよかった、ヘタレで良かった、ヘタレ最高!! いや、神はヘタレか!? ヘタレが神なのか!? じゃあ脱却はしない方がいいか!?
舞い上がり過ぎて、あらぬ方向へ意識が飛んで行く。多分、脳内パニックだ。多分、これがあと1分でも続けば僕は死ぬ。アドレナリンの出過ぎで、死ぬ。でも死んでもいい。
「ユーヤ!!」
詩織の言葉にビックバンで広がり続けていた宇宙の端に到達していた意識が戻ってきた。ハッとなって前を見れば番長は僕のこと物凄い目で見ていて、詩織も珍しく眉を寄せてこっちを見つめてきてた。
喉を鳴らした。
そう、これは僕にとってチャンス。敵を殲滅できるのもあるけど、今気がついた。これはきっと最初で最後の詩織へ気持ちをぶつけるチャンスなのだ。きっと彼女の心には届かない。騙すための言葉だと取られる。でも、でも、言わないって決めた以上そう思わせるような言動は絶対にしてはいけないのだから、言えるとすれば今この瞬間だけ。そう、まさしく神が与えたもう一つのプレゼント。
恋敵共を陰も残らず殺せる爆弾であり、僕の想いの爆弾でもある核弾頭…使わないでどうする。
二度とチャンスはないのだと、自分に言い聞かせれば、Sっ気がヘタレに飛びかかって引きずり下ろし、恋心が友情に激しくラリアットをかました。二つを投げ捨て、Sっ気がグイグイ押して恋心を先導に立たせ、本能のまま僕を突き動かす。
俯いたまま、左手の缶コーヒーをギュッと握った。
番長も詩織もその他大勢の人達が見守る中、僕は爆弾のスイッチを…
「…っ!! …っ!!」
不発させた。
「「え?」」
いや、正確には押したけれど、誰も爆発に気がついていない。小さ過ぎた。そう、言ったつもりがあまりにも声が小さくて、僕の口の中でしか聞こえなかった。でも、僕は確かに言って、でも皆には聞こえてなくて、でも僕はちゃんと言って、でも皆の耳が聞き取れなくて…
ドーパミンが脳内で駆け巡り始めた。同時に口が動き、のど笛がなる。
「なんで…なんで…」
「お、おい。山田裕也…だ、大丈夫か?」
「なんで…」
「ゆ、ユーヤ…?」
「なんで…なんで…」
アドレナリンに替わり、頭の中で血管が変な音を立てた。
刹那。バッと顔を上げて、先程購買で買った缶コーヒーを床に投げつけた。
「言ったじゃないかー!! なんで皆聞いてないんだー!!」
山田裕也18歳、人生初めての告白は…結局僕の中だけで完結され、オマケにぶちキレるという醜態に終わった。
戦況報告:
1年生…僕のぶちキレ具合にビビって殲滅成功。
番長…僕のあまりの壊れっぷりに戦線離脱。
詩織…シャイボーイだと爆笑、ぶちキレ度に反比例するかの如く想いは全く届いていない模様。むしろ「キレる仲間ね」なんて言って喜んでいる。
結論と感想:
詩織が可愛過ぎた。それが敗因だと思う。
というか、反則でしょ? 口パクだけど、(付き合ってるって言って)(好きって言って)なんて…僕その時点で殺されてた。死人に口無しとはこのことなのかもしれない。ヤバい、思い出しただけで死にそう。ってか死ねる。もう、白旗振りまくって僕と言う王子は1国をあの子の為にダメにする、献上する。そう、僕はすでにあの子の奴隷。死よりも辛いことをされるなんて知っていたって喜んで付いて行く。骨抜きなんて比じゃない、魂抜きなのだから。
まぁ要はさ…
詩織の一人勝ちってことだ。