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薔薇、虫、シフェノトリン

 最近の僕は…“伝説の男の弟”っていうよりも、“山田裕也”で定着してきたように思う。まぁそれって当人の欲目なんじゃないかとも思うんだけど、ほら最近は「伝説の男の弟」じゃなくて名字もしくは名前で呼んでもらえるし、3年生は2年の頃すでに仲良くなったけど1、2年生からも怖がられていないしね。それって僕のアイデンティティが弟を上回ったんだと思うんだ。ついに人柄の良さが分かったかと言ってやりたいね。口に出したら「いい人」じゃなくなるから言わないけどさ。ま、A組の子は相変わらず取り巻きのように来るけど、もう普通に先輩後輩みたいな感じだし…。そこは目を瞑っておいて。


 で、それはそれで僕としてはよかったんだ。最近までは。

 どういうことかって? 実はさ、僕が僕であると…やっぱりヘタレに見えちゃうみたいで、その…1年生の男の子達の詩織を見る目がね恋してる目なんだ。言ってる意味分かるよね? 3年生と2年生には昨年の修学旅行の件でチューした仲だと信じ込まれているから、彼女に手を出す気にもならなかったみたいなんだけど、1年生はそれを知らないからか、あまりしてほしくない目をしているんだよね。ついでに言うと「あゆむ事件」と「青柳くん事件」が起こったでしょ? あれでイケルんじゃないかと思わせてしまったようで…。


 僕も最初は勘違いかなぁ? って思ってたんだけど、末長も神無月さんも委員長もみんな口を揃えて「1年生が詩織ちゃん(さん)狙っている」って言ってる。それから僕も気をつけてみるようにしてたんだけど、お達しの通り、外で体育の授業の時は明らかに教室から詩織見てるし、廊下ですれ違う時もコソコソ見てた。YES、目の奥にハートマーク見つけました。鈍感な僕が見ても分かるくらいだから、かなりLOVEビーム出しまくってるね、あの子達。

 だからそろそろ僕も焦り始めてきた。なぜか? 答えは簡単、もうすぐ僕らも卒業&バレンタインだから彼らも活発になるだろうと踏んでいる訳。チャンスは残り少ないのだから、焦る気持ちは分かる。でも、僕としてはやっぱり気が気じゃなくて…。

 で、ついに心配していたことが起こった。


 いつもの質問呼び出しを受けてペンを回しながら教室の外に出て、問題文を読んでいるときだった。ふと、詩織のシャンプーの匂いが香ってきたから「お」と顔を上げた。そこには…少し困ったような顔した詩織と数人のブルーのエンブレムの男の子達。


「もう教室着いたから、いいわよ」


 言いつつ、一人の男の子が持っていた自分の鞄を受け取っている。

 -----持たせた…なわけないよね。詩織だもの。

 ジッと見つめる訳にもいかず、何も言わずすぐに質問へ戻る。ヤレヤレと首を回しながら自分の席に着くと、詩織が小さくため息を吐いた。


「…どうしたの?」

「それが、最近いっつもあーなのよ」

「何が?」

「さっきの。1年生がやたらと私の鞄を持ちたがったり、登校中話しかけてきたりするのよ。構ってくれるのはいいんだけど、鞄を持たせるのは違うと思うの。ユーヤならわかるでしょ?」


 A組の子達のことを言っているのだろう。確かに、慕ってくれるのは嬉しいけれど出来ることまで取られちゃね。でも無下に断ることも出来ないし、難しい所だと思う。けど…君と僕は決定的に違う。あの子達は…

 -----突き放せばいいと思う!!

 一瞬、悪い考えがひょっこり頭を出してきたけれど出てくる前に押さえつけて違う言葉を発する。


「うまいこと誤摩化しなよ。大事なものが入ってるからとか」

「…そうね。明日はそう言ってみるわ」


 その反応にホッとしつつも、頭の中で心の中でグルグル不安が渦巻いている。

 視線を机に戻すと、左手が拳を作っていた。ゆっくりそれを開きながら俯いた。

 と、すぐに彼女の声。


「ねぇ、ユーヤが良ければなんだけど…これから朝一緒に登校してくれない?」

「え?」


 大きく目を開け、顔を向ければ合掌して「お願い」と続ける。

 分かってる、分かってる。僕は詩織の親友で、彼女もそう思っているのは分かってる。何よりも僕らが急速に仲良くなれたのはあの理由なのだから、期待はしちゃいけないことは…


「ヒヤヒヤだったのよ。いつプッツンワード言われるか」


 -----やっぱりね。

 心の中で号泣しながらも、体は彼女に従順で…大きく頷いた。

 

 -----棚ぼた…ちょっと違う、こういうのなんて言うんだっけ…?

 朝だからか、嬉しい誤算だからか、それとも舞い上がっているからか全然いい言葉が浮かばない。そうでしょ? 好きな人と時間を共有するのが増えたのだから。今までクラスも一緒、ご飯も一緒、帰るのも一緒、放課後の勉強も一緒に加え朝の登校まで加わったのだからそりゃ僕だって嬉しい。ってどれだけ僕は一緒にいれば気が済むのか…。

 チラリと隣を見ると、まだ少し眠そうな顔をした詩織。


「朝…弱いんでしょ? 別に僕の時間に合わせなくたって、詩織の時間に合わせればいいんだよ? いっつも遅刻じゃないんだし」

「でも、質問があるでしょ?」

「そうだけど、別に趣味でしてる訳じゃないし。もうそろそろいいと思うんだよね」

「いいのよ。大学入ったら、これより早く起きなきゃいけない日もあるでしょ?」


 訓練だと気にしないでほしいと言って、自分の気を引き締めるが如く小指をキュッと掴んでくる。キュンとしたね。自分のためなんかじゃないくせに自分の所存だと言ってくるそのいじらしさに。そりゃあんまり話したことない1年生も好きになっちゃうよなぁとすでに安心してしまったのかポケッと考えてしまった。

 って、ダメダメ。何を気を抜いているんだ。お兄さんじゃないけれど悪い虫が集ってくる前に僕は防虫剤にならなきゃいけないのだ。

 ほら、気がつけば詩織の頭の向こう側で虫さん達がこっち見てる。

 -----しっかりしろ、山田裕也兼虫除けハーブ!!

 詩織を見つけてパッを明るくさせた顔を見つつ、僕も口の端を上げる。そのままSスイッチを入れて、正しく不名誉なあだ名“微笑みのどS”状態で詩織の頭越しに目を合わせた。ビクっとなる1年生達。その様子を眺めてさらに口を歪めれれば、俯かせることに成功した。

 そして詩織が顔を上げる一瞬前にスイッチを切り替える。


「…何笑ってるの?」

「別に?」


 何度かそれを繰り返しながら登校する。でも、教室に入る頃には、

 -----頬痛い…。

 朝から筋肉を使い過ぎたのか、頬と言うか顎と言うかなんかそこら辺の筋肉が悲鳴を上げていた。

 正直に言って敵が多過ぎる。もう、殺虫剤どころじゃなくてさ、今すぐ1年生の所に行って「僕のだ!!」と叫んでバルタンを投げ込んでやりたい。…できませんが。そうでしょ? 詩織は僕のカノジョじゃなければ、僕は彼女の意向に添って親友でいると決めたのだから。え? じゃあ邪魔するな? …うん、するつもりはない、詩織がその気ならば邪魔しない。でも彼女にその気がないのに言いよってくる分くらい撃ち落とさせてほしい。きっと、KENさんだって許可するね「全部撃ち殺せ」「1匹も逃すな」「お前がやらないなら俺が殺る」って、むしろ協力的だろうね。まぁ彼の場合、詩織がその気になっても「撃ち殺す」だろうけど。


 そんな生活を続けて3日。

 僕が詩織と登校してくるのを1年生達も学習し始めて、朝から彼女に近づこうとする輩はいなくなった。でも“人の口に戸は立てられない”と一緒でさ、人の想いも戸は立てられない訳。僕もそうだけど、想うのは人の勝手、自由だ。そこは僕にだって手の出せないトコロで詩織に接近して来ようとしている輩を物理的に来させないようにするので精一杯(姉さんやKENさんは違うかもしれないけど)。熱視線は防ぎようがない。ま、これは僕が落ち着かないだけで詩織は慣れているのか、気にもしていないみたいだけど。でも僕の頬もそろそろ限界だし、だいたいSっ気を男の子達に出したって楽しくなんてない。

 -----さて、どうするかな?

 まさか気にもとめていない詩織に「見ないで」なんて彼らに言わせることなんて出来ない(頼めばするだろうけど)。

 しかも僕は平日の明日、滑り止めの大学を朝から受けに行かなきゃいけない。だから出来ることなら今日中に、隙あらばと狙ってる虫さん達に引導を渡して、勝手だが受験に集中させて頂きたい。

 むーっと悩んでいると、いつの間にか4時間目の授業が終わっていた。


「ユーヤ、購買行きましょ」


 誘われるまま降りてみれば、大変なことに気がついた。進路指導室の下…1年生の教室がある2階に購買があるんだ。そう、つまりここは敵陣の真ん中だった。今週初めてココに来て気がついた。

 周りを見れば熱視線が僕の3度程向こう側を見てる。だからイタズラするみたいにその視線をヒョイと体を傾けて途切れさせてみたり、僕が繋いでみたりする。けれど、敵は一人じゃないから努力は転がっている石ころが解放されたダムの水を受けるが如く、流される。そう、止めようと思っても止められるようなものではない。

 もう今こそ「僕のだからそんな目で見ないで!!」と言って自爆覚悟でシフェノトリンを投下してやりたい。…できませんが。

 -----ああ、神様なんとかして!!

 渾身の力で願ってみた。

 すると…願えば通じるというのは本当だったみたいで、今の僕に取って都合のいい人が僕に影を落とした。



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