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受験戦争 ~詩織の受験、僕の受験~

 授業中、教室を見渡すとやはり寂しさを覚えざる得ない。

 理由はそう、受験のために試験を受けにいっている人がチラホラいるから席が何カ所も空いているため。加えて授業は2次試験の勉強、要するに自習で…教室内が全く活気に満ちていないと言うか静まり返っていて面白くない。ついでに言えば、隣にはいつもいる筈の彼女がいない。はい、僕がただ詩織がいないから拗ねているだけとも言えるね。こんなこと考えてないで本当はガリガリと勉強しなきゃいけないと思うよ? センター試験終わって父さんから「大学院まで行くつもりなら現役合格必須」ってプレッシャーかけられたから。止めてほしいね、どうせ僕の大学院に入ったら学費その他諸々は僕が稼ぐんだから(予定)、まぁ推薦がね、あるから言うことは黙って聞いておくけども…。

 一人、伸びをする。

 するとタイミングを見計らったかのように携帯が震えた。先生が他のクラスメイトの質問に答えているうちにポケットから取り出し、メールBOXを開いた。贈り主は右隣の空席の主。


<全教科終了!! センターが得点いっぱい取れたから余裕もって出来ちゃった>


 そう、今日は詩織の志望校であるF私立女子大の受験日で、それが無事に終わったと言う内容だった。

 チラリと本人のいない机とイスを見れば冷えたそれだけが見えるだけで、少し胸が痛んだ。恋心は加速しているのに、僕らの距離は離れる運命で、でもやっぱり引き止めることなんて出来ないし、かと言って彼女の受験の成功を本気で願っていない訳じゃなくて…だけど、着々と時間とその準備が整っていることが切ない。僕だって学園が入試でお休みの日に、早いけど一度母さんと不動産の下見に行ってきた。まだ部屋は決めていないけれど、何となく「今度はここら辺に住むのか」ってぼんやり近々現実になる想像をしたよ。でもその中にやっぱり詩織は、陰すらいなかった。こんな時ばかりはリアリストな自分を恨んだ。

 お疲れメールを返信すると、試験会場から出たのかすぐさま返信。


<多分6時過ぎには大正駅には着けると思うの。だから一緒ご飯食べましょ、実は頭使っちゃったからお腹すいちゃって>

<じゃあ前祝い。ファミレスでよければ奢るよ>


 久々に末長と二人で下校をしていると肩をポンポンと叩かれた。

 …実はさっきから不穏な空気を感じているのは感じていて、でも僕はそれを聞いてもいいのか迷っていたトコロだった。これは“来る合図”だなと口をつぐんで顔を見る…息を飲んですぐさま親友の頬をビンタした。


「痛っ!!」

「ご、ごめん」


 赤くなった頬を擦りながらギッと睨まれた。でも怯むことはせず、続けた。


「言われるのが怖かったんだもん。末長、僕を殺すつもりだったんでしょ?」

「おー、よくわかったな」

「わかるよ。時期的に…っていうか、初詣の話はしたけど、まだクリスマスの話聞いてない…から…さぁ」


 男同士のくせにモゴモゴ言って、チラリと顔を見れば超笑顔。

 -----ああ、末長が…。


「話さなくていいから」

「最初から言う気はない。勝手に山田くんが推測しただけだ。だけど、間違いとは言わない」

「……」


 まぁ前から感づいてはいたし、聞かされる覚悟も決めていたけど、いざとなると怖いもんだ。だから今日を選んだのかと本日は空席の右隣を見ながら敢えて違う話題を二人で焚き付けるように話しまくった。

 約束の時間を少し過ぎた頃、詩織が改札口を出てくる。顔を見れば電話以上に出来たということが分かるくらい笑顔で、僕も思わず顔の筋肉を緩めてしまった。そのままファミレスによってご飯を食べたんだけど、まぁその時の話が面白かったから聞いてほしい。


 詩織が試験会場に入ったのは余裕がある30分前。いつも通りヘッドフォンをつけてテストの準備に勤しんでいたそうだ。どんどん集まってくる試験者にだんだん緊張し始めて、何度も何度もセンターの採点表を見ては「大丈夫」と自分に言い聞かせていたらしい。でもその緊張はすぐに解き放たれることとなったのだとか。なぜか? それは彼女の隣の席の子が明らかに可笑しかったから。妙に髪を気にして、テストだったら邪魔になるからかきあげるのが普通なのに逆に下ろそう下ろそうとして…。始めはこの子も緊張してるんだと思ってみていたらしいんだけど、詩織は気がついてしまった。その子の制服の肩があまりにもピチピチしていることに。それが気になるとコツを掴んだの如く見えてくる腹部のちんちくりん具合、スカート丈の可笑しさ…。さすがに「あれ?」と思い出して、ジッと見つめていると視線に気がついたのか一瞬こちらに向いたのだとか。ビックリして固まったらしい…その人は明らかに男だったから。最初自分が試験会場を間違えたのかと思って前の黒板を見た、けれどそこには<女子大>の文字が間違いなく書いてあって…。もう1度隣を見るともう相手はこちらを見ていなかったけれどやっぱりただのセーラー服を着た男子だったらしい。


「ユーヤみたいにハーレム作りたいなんて本気で考えたのかしら?」

「その人僕より真剣だよね。本当に試験を受けにいくなんて。僕、ちょっとそれは出来そうにないよ」

「ふふ。でもユーヤの方がうまくいったと思うわ。この前の、神無月ちゃんにメイクしてもらったのすごく可愛かったもの」

「その話は禁句だから。で? その人どうなったの?」

「それがね…」


 詩織は女装しているその人がだんだん可笑しく思えてきて、頭の中は逆に「女装してる」「女子大受けにきてる」だけに捕われて試験の緊張なんか吹き飛んでしまったらしい。それで、もう見ていられなくなった頃、反対側の女の子が詩織に話しかけてきたそうだ。「あの子、男の子じゃない?」って。コクリと頷くと相手もコクリと頷いて二人で“どうしたそうなった”のかの経緯を憶測しながら笑っていた。で、5分前になって試験官が来たから隣を気にしつつも受験者名とか色々書かされていたらしいんだけど…試験官も何かが可笑しいことに気がついたんだろうね。顔をしかめ、そのまま待機するように言いつけた後慌てた様子で部屋を出て行ったそうだ。しばらく待っていると数人の試験監督が血相を変えて飛んできて、彼はあえなく御用となってしまった…。しかも捕まった時「女の子だもん」と喚いて抵抗していたらしい。だから試験の開始がかなり延びたのだとか。まぁ詩織にとってそれは吉と出たようで、緊張はほぐれ集中して出来たし、さらに数人の友達まで作って帰ってきたのだとか。まぁ僕は詩織が良ければそれでいいけど…それにしても、


「なかなか出来ない体験したね」

「ええ。もし、ユーヤが試験会場に行って緊張したらこの話を思い出してほしいと思って、朝から暖めてたのよ?」

「…ありがとう。ね、もう1回最初から話してよ!!」

 同じ話なのに僕はまたしても爆笑してしまった。







 左手はつり革と鞄、右手は…詩織の指先がからまっている。

 僕は迷惑かけることになるからいいって昨夜の電話の時に断ったんだ。だけど、朝駅に行くと詩織が構内ですでに待っていて「どうせ学校休みなんだからいいじゃない」とすでに買ってあった僕の受験する大学の最寄り駅までの切符を2枚見せつけてきた。だから僕はあからさまなため息を吐きつつ、同行するのを了承してしまった…。そりゃ嬉しいよ? 好きな人が僕なんかのために、親友としてだけど応援に来てくれるって言うのは。けどさ、僕としては気が気じゃなくなる訳。理由は言わなくても分かっているだろうから言わないけれども…さてどうするか?


「ねぇ大学まで来る気?」

「だって駅から近いでしょ? 中を見学出来ればって思ってるんだけど」

「…僕はそこまで知らないよ。と…」


 父さんにでも聞いてみてよと言おうとして止めた。よく考えれば詩織は父さんの携帯を知らないし、かと言って僕がかけるのも今から試験だし、何より詩織に父さんの番号なんて渡したくない。これ以上、不安は増やしたくない。


「多分建物内は立ち入り禁止だし、そんな早く試験も終わらないからトンボ帰りをお薦めするよ」

「そうね。でも周辺散策もしたいし、もし先に帰る時はメールしておくわね。メールがなかったらどこかこの駅周辺でお茶してるから携帯してくれるかしら?」


 数回頷いて、了承していると一つ前の駅に電車が止まり始めた。そういえばここって両側のドアが開いて面倒なんだよなと、はぐれないように詩織の袖を握った。と、同時に人が押し寄せ、グイグイ押され…最初は中心の方にいたのに進行方向右側のドアギリギリまで追いやられてしまった。人と人の肉厚でマジ苦しい。


「し、詩織大丈夫!?」

「大丈夫よ」


 僕の脇腹辺りにギュウーと体が押し付けられる。本来なら、本来なら詩織の体が押し当てられるトコロなんだけどいつどこでそうなったのか、人の波に揉まれている間に僕の左手にある鞄が僕と詩織の間に挟まってくれちゃっている。

 -----あああ、鞄の馬鹿ぁ。

 クッと涙をのんでいると、こんなことを考えていた天罰なのか、大変なことが起こった。いや、不幸はその前から着実に迫っていたのだ…。

 電車のアナウンスが目的の駅を告げ、ガタゴト鳴る音がゆっくりになり始めた。進行方向左側、つまり僕たちの反対側のドアが開いた時、僕は…自分が不幸の中にいるのだとわかった。

 なぜか、体が動かないのだ。別に青柳くんがお尻を触りにきた訳じゃない、電車が漏電していた訳じゃない、詩織が「行かないで」なんて行った訳じゃない。前に行こうとしてもリードを繋がれた犬みたいに一定以上進めないのだ。不審に思って振り向けば…


「ちょ、ヤバい!!」


 僕のコートの端が反対側(開かない方)のドアに挟まれていた。ドンドン降りていく人々に焦る僕。けれど一生懸命引っ張ってもロックがかかっているかのようにビクともしない。ヤバいヤバいヤバい!! 次にこっち側のドアが開くのは2駅程先…。脳内時刻表を引っ張り出して確認するけれど2駅先から一番速い電車に乗って戻ってきても絶対に試験開始時間には間に合わない!! タクシーも同じく!!

 もう破れてもいいくらいの勢いで引っ張るけれど、僕なんかの力じゃ布切れはピッとも言わず。

 いち早く僕の異変に気がついた詩織が叫んだ。


「脱いで!!」


 ハッとしてすぐさま左手の鞄を手から離す。それは床に落ちることなく詩織が空中で難なくキャッチし、僕はその間に皮を剥ぐようにしてコートを脱ぎ去る。次の瞬間には寸分の狂いもなく、腕の中に鞄が投げつけられた。

 どっと押し寄せる人に鳴り始める発車のベル。

 ヤバいと一気に体は駆け出して左足だけを車外に出し、左手でドアを押さえながら振り返った。

 叫ぶ。


「詩織!!」


 腕を伸ばせば僕の意とは全く別の物、彼女の脚が物凄い勢いで近づいてきていた。

 -----え!?

 何かを考える前にそれは腰骨を捉えて、僕の体を勢い良く車外に突き飛ばした。

 締まり行くドアと宙に舞う真っ黒な絹糸。その真ん中にはどんな女神も叶わない美しい顔をした女の子が妖艶な笑みを零していた。そして聞こえてくる声。


「コートはあとで届けるから!!」


 ドッと背中と腰がプラットホームに落ちた瞬間、完全にドアは閉まった。エアブレーキの音が1度鳴り、詩織が勢い余ってガラスに手をついたのを最後に、電車が水平移動を始めた。僕の顔は電車の動きに合わせて動き、詩織は進行方向とは逆に顔を動かし、目が合ったまま遠ざかってしまった。

 -----嘘。

 何が嘘なのか。それでも訳が分からず、電車が見えなくなるまでジッとその後ろ姿を眺めることしか出来なかった。

 ようやく覚醒したのは詩織からのメールで…


<主席合格期待してる>


 この一言で僕は立ち上がった。

 適度な緊張と詩織の蹴りの痛みを試験会場に持ち込んで、多分今までにないくらいに集中して問題に没頭した。

 それは試験2日目まで効力を発揮し…

 彼女は僕の勝利の女神になっていたということを知るのはもう少しだけ先の話。


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