受験戦争 ~センター試験よ、永遠に~
センター試験、1日目。
「はい、キットカツゾウチョコ!!」
朝からの一連の動きでグッタリしていると、隣に座っていた詩織が小袋に入ったチョコを渡してきてくれた。お礼を言いつつ包みを破ろうとしたら制された。聞くに裏にメッセージを書いてあるからそれを読んでから食べてほしいとのこと。頷いて裏返すとそこには詩織の文字で<目指せ全教科満点!!>。僕も出来ることならばと思いますが…
ふっと笑って僕もゴソゴソ鞄から取り出す。
「多分、みんなセンターに必死だろうからそこまで心配はないとは思うんだけど、備えあれば憂いなしだから」
ビニールをビッと開けて白いそれを手渡す。
「…マスク?」
「そ。顔が見えるからプッツンワードが言われると思うんだよね。これならつけてても大丈夫だし、僕がいなくてもいいと思って」
互いににっこり笑って軽く問題を出しながら試験の時間を待った。
時間になり試験会場に入って現代社会の問題を開けて正直ビックリして、固まったね。試験を受ける時にこんなことになるなんて初めてだったけど、すぐに覚醒して鉛筆を動かした。なんで固まったかって? だって、僕が作った出題範囲が的中してたんだもの。
-----来年から予想問題集作って売ろうかな?
まぁこんな偶然もあるだろうと軽快に問題を解いていった。時計を見ればまだかなり時間が残っていて、逆から問題を解いてはマークミスがないかを何度も確認して数分…時計の針を見ながらカウントダウンを取る。
-----3、2、1…
「えんぴつを置いて下さい」
無事1つ目の試験が終わった。はーヤレヤレと肩を叩きながら立ち上がると、クラスの同じ教室内の1人のクラスメイトが超笑顔でジャンピングアタックをかましてきた。そしてそれは僕の想い人も一緒で…隣に座るなり「ありがとう」とメチャメチャ可愛い笑顔で言われた。キュンと、キュンとしました。
-----作ってよかった、マジで良かった。
幸せを噛みしめながらこっそりガッツポーズを取った。
センター試験受けている人でここまで浮かれトンチキになっている人物も珍しいだろうなと思いつつも続けて30分後に日本史が控えてある子のために問題を出してあげた。
「いってらっしゃい」
「行ってくるわね」
コツンと拳を突き合わせて詩織がバスを降りて行く。
時代劇が大好きな彼女なら大丈夫だと、僕は昨夜眠れなかった分を取り戻すべく目蓋を閉じた。
目を開けると丁度詩織が起こそうと口を開いた瞬間だった。こすりながら聞く。
「どうだった?」
「ふふ、大丈夫だったわ。でも残念、おえんのことは一言も書いてなかったのよ」
冗談を言う余裕があるということはかなり出来たのだなと頷いた。
そこからは怒濤のように国語、得意の英語をコナしてセンター試験1日目が終了した。
センター試験2日目。
今日の僕はかなりのハードスケジュール。数学2教科、化学に物理と4教科も受けなきゃいけない。幸い1教科目の生物は選択していないため、詩織と並んでポッキーを食べながら数学の最終チェックを入れていく。時間が来て問題を捲り、またビックリする。
-----絶対来年、プチアルバイトしよう。
そうだろ? 詩織に与えた(他の3年生にもだけど)数学の予想問題の改定前、改訂版を足して2で割ったようなものが出題されている。まぁ数値は違えど、引っかけも同じで…これは大正学園の生徒は僕に感謝しなくちゃいけないと思ったね。とりあえず、卒業までの缶ジュースは確保だとマークを塗りつぶした。
バスに入って席に戻ると、僕の顔をポーッとした顔で見上げる詩織と目が合った。
隣に腰を下ろしながらデコピンをかます。
「次の教科ないからって、ボーッとし過ぎ」
「だって、あんなに出るなんて思ってなかったもの。だから出来過ぎちゃって自分でビックリしてるのよ」
「作った僕がビックリだよ」
「そうよね…」
未だボケっとした顔で人形のようなフサフサな睫毛を動かす女の子。だから言う「実はさ、一押しは化学なんだよね」。でも気を抜かないでともう一度デコピンをした。
「あ、ユーヤは数学2もあるのね」
「そう。あとで化学の最終チェックするから、1回問題解いておきなよ」
「わかったわ。頑張ってきて」
-----頑張りますとも。
送り出しに笑顔で手を振って数学2、Bをコナした。
続いては化学…だったんだけど僕さ、危うく勘違いするとこだったよ「僕って天才…?」なんて。いや、現代社会に加えて数学もなかなかな的中率だったんだけど、化学は別格。瓜二つな問題がいくつもあって、思わず鼻で笑ってしまった。あまりに僕がニヤついているから試験官が不審そうに顔や机の上を見に来たくらいだ。カンニングじゃなく、勘ingです(?)とさらに笑った。
席を立つなり、大正学園の子達からグシャグシャと髪の毛をこれでもかと乱される。もう興奮し過ぎて何を言っているかも分からない。ま、言いたいことは分かってるからうんうんと頷いてるけども。さらに会うなり会うなりお礼を所かまわず言われるから、他校の人達からは「アイツなんだ?」みたいな変な目で見られた。
バスに戻れば先に乗り込んでいた全員から“ウカーレ”のスナック袋を投げつけられた。もう感謝されているのかなんなのかわからない。ついでに伝説の男の弟どこの騒ぎじゃなくなって「神」だとモテハヤされた。テンション高過ぎでしょ!? 腕いっぱいに黄緑色のそれを抱えて草原先生に貰った紙袋に突っ込んで上の荷物ラックに入れた。
センター試験が化学で終わり(文系のため)の詩織が満面の笑みで僕にキットカツゾウを袋ごと差し出してきた。1つだけ小袋を掴んで彼女の目の前でチラチラと揺らす。
「…お礼?」
「こんなに楽しいテスト、初めてだったもの。今度ちゃんとしたお礼するわね」
もう、その笑顔だけで僕は満足なんですけど…なんて言わないのは僕の意地悪かな。
僕が隣に腰を下ろすと、彼女もテンションが上がり過ぎているのか、それとも知恵熱でたのか、教科書を読んでいる僕のあらゆるポケットの中にキットカツゾウの小袋を詰めてくる。「溶けるから」と立ち上がって胸ポケット、腰ポケット、ズボンの前ポケットから出せば「問題も解けるのよ」なんて可愛いことを言って抜いた先からまた小袋を突っ込んできた。笑顔と行動が可愛過ぎて試験準備そっちのけで戯れた僕は、母さんが言うように本当の“お馬鹿さん”です。
まぁおかげで最後まで楽しく試験を受けることが出来たので、よしとしよう。
センター試験、翌日。
今日は学校で昨日までのセンター試験を各自採点する日だ。草原先生から配られてくる用紙を後ろに回してから詩織を見ると「あとで教えあいっこしましょ」と言われた。にっこり笑って了承した。
昨日、一昨日に持ち帰った問題用紙と解答用紙を並べ、スッと息を吸って赤ペンを持つ。マークミスはなし、飛ばしもなし、はっきり言って自信もある。よし、と気合いを入れて左指を這わせながら右手で円を描いていった。前の方から、後ろの方から横の方から、隣のクラスから雄叫びが聞こえるようになる頃、僕の筆もようやく止まる。解答用紙にシャーペンで1教科ずつの点数を書きながら僕も叫んだ。
「え!?」
何かの間違いだろうと、離したペンを握り直してもう1度採点してみる。だけど、結果は同じで…。
顔面蒼白になる僕。
その様子を眺めていた詩織が心配そうに声をかけてきた。
「ゆ、ユーヤ…何点だったの?」
ガバッと顔を上げて漆黒の目に僕の答案結果を突きつけた。大きくなる瞳の中に、僕の合計点数が移り込んでいる。紙を離してから喉を同時に鳴らして、目を合わせ二人で同じ数字を刻む。
「「894点…」」
言った瞬間、時が止まったかのように教室内がシーンした。それは嵐の前の静けさ。
僕の赤ペンがコロリと転がり落ちた、刹那…
「ギャー!! 神が神得点とった!!」
「つーか、逆に何間違えた!?」
「7科目受けてその点数ってことは満点何個!?」
ギャーと皆の手の中を回り回る僕の自己採点表。
話題の中心人物、当人の僕と言えば、逆にビックリし過ぎて放心状態でただただ詩織のきれいな顔を眺めることしか出来なくって、情けないけれど目の前の人物がデコピンしてきてくれてからようやく覚醒した。ビクッとなる体でハッとなる。
「詩織の点数は!?」
突き出してくる自己採点表…
僕の目には今までの彼女の頑張りの結果と、最高のいい笑顔。
「今までの最高得点を50点も上回れたわ」
拳を突き合わせるのに勢いを付け過ぎて、二人して痛い思いをしたのは言うまでもない。