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受験戦争 ~愛か、試験か~

 僕の母さんは正直に言って可愛い。まぁ年は44歳と僕ら高校生にしたらかなり上だけど、それでもキュートだと思う。前にも言ったことがあると思うけど、どうやら20代くらいから顔は変わっていないらしく、未だ街を一人で歩くと20歳くらい年下の人から同い年くらいの様々な男の人にナンパをされるくらいだ(それがさらに自信をつける元凶)。まぁ母さんの本当に可愛いトコロは外見じゃない。真面目な話をする時以外はなんて言うか、年甲斐もなく天然というか自由人というか、動きと言動が可愛らしい所が多々ある。本当に2児の、高校生と社会人の子どもを持つ母親かと息子の僕でもたまに心配になる程だ。

 そんな僕の母さんがセンター試験前夜(と言っても夜10時)、家を訪ねてきた。


「ど、どうしたの!?」

「だって裕くんの試験明日でしょ? 色々大変だと思ってお手伝いに来たの」


 聞くに、どうやら試験当日に寝坊をしたり、病気になったりしないか心配で来たらしい。気持ちは嬉しいけどね、イヤな予感がプンプンするのは僕だけだろうか。まぁせっかく来てくれたものを追い返す訳にもいかないので、すぐさまお風呂を湧かして先に入ってもらった。…この時点で少し可笑しいと思っていたんだ、僕のこと心配して来たというのになぜ僕が気を使ってお風呂を湧かして先に母さんを入らせなきゃいけないのか…? うーむ、と首を捻りつつ湯船に浸かっていると脱衣所の扉がドンドンと叩かれ「ドライヤーどこ!?」と聞いてきた。しかも出たら出たで「母さんはこの深夜番組を毎週楽しみにしているの」なんて言って自分の布団も僕に敷かせた。そして今夜の極めつけは…


「ユーヤと同じ部屋で寝るのなんていつぶり?」

「父さんに自慢しなきゃ」

「ねぇ詩織ちゃんとは最近どうなの?」

「おじいちゃんの跡は継がないで、どこに行くの?」

「夜食作ってあげるの忘れてたね」


 と布団に入ってからずっと話しかけられて、寝るに寝られず。最終的に「早く寝なさい」と締めてきた。時計は深夜の3時を指し示していた…。

 いつもと違う感覚で脳が覚醒をされていく。まずは嗅覚が刺激された。

 -----あ、お味噌汁の匂い。

 ふんわり香ってくる香ばしいような懐かしいような匂いに少しだけ顔がほころぶ。と、次は聴覚が起き出してジュワーパチパチ、という小気味のいい音が耳をくすぐ…ジュワーパチパチ??? すぐさま眼鏡を取り起き上がって振り向くと、タイミングを見計らったかのように母さんが「はい」とテーブルの上にご飯とみそ汁を出してきた。ん? と首を傾げながらも顔を洗うために母さんの後ろを通ると、揚げ物がされていた。

 -----まさかとは思うけどさ…。

 部屋に戻ってきたら、テーブルの上にはまさかのまさか、トンカツがホカホカと湯気を上げて僕を待ち構えていた。しかも、ケチャップで「GO FIGHT WIN!!」の文字。思わず愕然と両膝両手を床につけた。


「どうしたの? トンカツ嫌いじゃないでしょ?」

「そうじゃなくってさ、朝からコレは…消化に悪いし、消化に悪いと頭に血がいかないんだけど」

「え!?」


 驚き、シュンとなるのを見て「しまった!!」とすぐに方向転換。


「だ、大丈夫。今日は英語と国語とか…そんな頭使わないヤツだし」このくらいじゃ僕の成績に響くわけないよと、励ましながらご飯を食べた。衣が妙に痛かったです。

 時計を見ながら、そろそろかなと立ち上がった。今日は一度大正学園に行き、そこから学校のバスに乗って試験会場へ行くのだ。だから少し早く家を出なくてはいけない。余裕を持って行こうとコートを手に取ると母さんもコートに袖を通し始めた。


「うあ、思ったより積もってるね」

「そうね」


 ヒールなんだから気をつけてねと鍵を閉めると、母さんが腕をギュと掴んできた。

 首を傾げる。


「僕、学校のバスに乗ってからいくから、駅まで送れないよ? 先に言ってくれなきゃ…」

「違うわよ。私がユーヤを学校まで送ってあげるの」

「は!?」


 声が裏返った。そんな、保護者同伴で登校なんて…恥ずかしいじゃないか。僕は18歳の男子高校生ですよ? 保育園児や小学校低学年じゃないんだからそんなこと…。とは思ったけれど僕が断れる筈もなく、一緒に来るのを了承することしか出来なかった。

 ギュギュと踏む度に音のする真っ白な道を歩きながら気がつかれないようにため息を零した。そういえば、坂東やその他数人のクラスメイト達が「明日、お母さんが付いてくるって聞かない」とか言って眉をハの字にしていたのを思い出した。聞いた時は別に何とも思っていなかったけれど、実際問題こうなると皆が肩を落としていた意味が頷ける。親バカもいい加減にしてほしいね。

 が、うちの場合はそれどころじゃなかった。


「きゃ、ゆ、裕くんそこ滑る!!」

「やだー転けそう!!」


 と、受験生に絶対言ってはいけない言葉を連発、しかも僕まで巻き込みそうになる事態だ。

 いや、もっと悪かった。

 校門前で皆が集まってワイワイ話をしたり問題を出し合っているところで、やらかした。やらかしてくれた。


「じゃあ母さん、気をつけて帰って?」

「ユーヤこそ気をつけて、頑張ってね」


 はいはいと頷いて手を振る。

 母さんもニコニコしながら満足気にターンをしようとした…刹那、母さんのヒールが思いっきり脚を滑らせた。あ、と思った時には久々なスローモーション世界。母さんのコートが翻って僕の方に手を出してくる。だから僕もそれに応えるように両腕を出して体を支える準備をした。ふわりと靡いた巻き髪が視界いっぱいに広がった。


「ユーヤ!!」


 母さんが叫んだ瞬間、今度はなぜか僕の体が傾いた。あ、と思った時にはもう空しか見えなくて「青が綺麗」とか変なこと考えつつ、地面に叩き付けられた。なぜか? そんなの母さんが体勢を崩しつつも僕の体をグィとひっぱり自分はその勢いで姿勢を元に戻したくせに力のモーメントをこっちに向けたから僕が転けざるえなかったの!! 彼女は受験生を犠牲にして自分だけ生き残ったの!!

 雪のおかげで体はバウンドすることもなく、頭を強打することもなかった。一瞬ビックリしつつも、無事だと、ハーと息を吐きながら体を起こした。

 すると母さんが


「受験前に転けるなんて…大丈夫?」


 なんて言ってきた。

 -----貴方のせいですけど…?

 散々な目にあわせれ、すでに周りの目は僕のことを可哀想な目な人として捉えている。僕さ、姉さんと違ってわざとやってるわけじゃないから母さんのことすごく好きだし、そういうところ可愛いと思うよ? けど、今日のはわざととしかとれない。本当に父さんは20年以上も母さんと良くやって来れたと思う。これが愛の差ならば、それほど大きなものはないと思う。そうでしょ? 今日のはドジとかじゃ済まされない。危うく僕は頭蓋骨骨折して受験どころか生死の境を彷徨う所だった。さすがの僕もリミッターが外れてしまったらしく、苦虫を潰したような顔をしながらも笑顔を作って言う。


「母さん、もう今日の夜からはいなくていいから」


 誰かが「あ」と小さく呟いた。それだけ母さんの瞳は大きくなり、激しく揺らめいた。こんな所で、受験前に親子喧嘩なんてアレだけど、しっかり言っておかないときっと明日は今日の比じゃ済まない気がする。僕の勘が、時計がピリピリと危険だと予見している。


「か、母さんじゃ不満だって言うの!?」

「不満っていうか、一人で大丈夫だから」

「一人暮らしで大変だろうと思ってわざわざ来たのに、そんな血も涙もないこと言うなんて!! 裕くんはもっと優しいコに育てたつもりだったのに!!」

「来てくれたのには感謝してるから、でも大丈夫だから、今日はもう…」


 言いかけていると母さんはとんでもない行動をとった。

 どこから見えたのか、円を作って僕らのやり取りをまるで見せ物のように見ていた3年生達の中からすぐさま詩織を引っ張り出してきて喚く。


「詩織ちゃんと母さんどっちか選びなさい!!」

「は!?」


 意味が分からなくて素っ頓狂な声しか出ない。


「今夜一緒に過ごすなら、どっち!?」


 カノジョ(母さんは婚約者と未だ勘違い中)か、母さんを選べと。本当に優しいのならばここで母さんを選んでくれるはずだよね、裕くんと、暗に言っているのであろう。あのさ母さん僕はね、


「悪いけど、一人…」

「どっちなの、ユーヤ!?」


 一人という選択肢はどうやら何が何でも選ばせてもらえないみたいだ。ああ、僕なりのこれは優しさだったんだけどね。だよね? どちらを選んでも角が立つ。母を選べばわざわざ引っ張り出されてきた詩織に悪いし僕はマザコンの汚名、詩織を選べば母さんは「優しくないコ」と罵りながら嘆き悲しむ。

 頭一つでた僕は「お」と神のタイミングに感謝しつつ、ざわめく円の中心で母さんの指先を取った。


「裕くん、やっぱり優しいコだったのね」

「そうだね」


 にっこり笑って円を分け、すぐさま手を挙げた。するとバリバリという雪をタイヤが踏む独特な音がして、黒色のタクシーが停車した。大きく目を開けるレディーのために行き先を告げながら車内へ体を押し込んでやる。そのまま財布を出して諭吉を1枚、脚の上に置いた。

 そして父さんの口真似をし、


「愛してるよ母さん」


 すぐさまドアを閉めてから口調を戻して言う。


「でも、選ぶなら詩織かな。だから…か、えっ、て」


 そう、僕は実害のない子の方がいい。

 にっこり微笑むとなぜか車内の人物もにんまり微笑んだ。そして水平移動しながら口パクで「お馬鹿さん」なんて言ってきた。さらに僕の視線を促すようにトントンと後ろ側を指差して鳴らした。

 意味が分からなくて振り向くと…


「ギャー山田くんが詩織嬢を選んだ!!」

「人前で愛の告白!!」

「キャー!!」

「やだー、愛より上って何ぃ」

「試験前からヒートし過ぎだって!!」

「ちょ、なんでそうなるの!?」


 僕はある意味皆のカチカチに凍った緊張を解してしまったらしく、むしろヒートアップさせ、大正学園稀に見る第1志望合格者数を叩き出す年となった。まぁそれを知るのはまだ先の話で、今はそれどころじゃなくバスに乗るまでの数十分間、もみくちゃにされた。


 そして僕に新たな伝説ができてしまった。

 センター試験の日に人前で愛の告白をする男なのだと…。

 そして僕は確信した。

 朝からの母さんの異常とも思えるドジっぷりは実は罠、作戦のうちだったのだと。だって、試験直前にメール着ましたもの。


<詩織ちゃん、喜んでた?>


 いえ、恥ずかしがってました。



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