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薬と言う名のブーケを君に

 センター試験まであと10日を切りました。もう皆ピリピリ…授業も授業ではなく、ただただテスト問題をカリカリ解いていくだけの空間で、たまに分からない所がある人が手を挙げて先生に質問したり友達同士で教えあうだけ。あと5分で終業の鐘が鳴るかなと時計を見上げていると、先生が「あとは自習で、職員会議でお茶汲み当番だから」と居なくなった瞬間、詩織がコソコソ声をかけてきた。


「ユーヤ、ここ、これ分からないの」


 見れば僕の作った数学のセンター予想問題を解いていた。と言っても、前に渡した分は冬休み前に全問100点になれる程にやり込んでしまっていて「また、もし良かったら作ってほしいの」とお願いされたため、今、手元にあるのは冬休み中に苦手な数学と化学のみを新しく作って今朝渡したもの。受け取りながら、そういえば解答を作るの忘れてたなと忙しさにかまけて肝心な所が抜けていた自分を思い出した。

 イスを持っていき、詩織の机の上で説明しながらルーズリーフに解き方を書いていく。と、僕の腕が当たって問題が反対側にバサリと落ちた。「ごめん」と口を開いたら、僕の右隣の右隣に座っている神無月さんが拾ってくれた。そして徐にそれを見るとペラリと2、3枚捲りながら詩織の机の上に戻してきた。


「珍しいね、A4の問題集でこんな閉じ方」

「それはユーヤが…」


 マズいと詩織の口を塞ごうとした時にはもう遅くって「作ってくれたセンターの」と言われて、完全に塞いだ時にモゴモゴ「予想問題だからよ」と手を振動させられた。睨む時間も惜しく、すぐさま両手で顔を覆い床を何度か蹴って逃げようとした。けれど、焦り過ぎていて顔は隠せたけれど脚が床をバシバシと叩いただけで逃げられなかった。まぁ逃げると言っても50cm程離れた自分の席で、逃げるにさえ入らない。なのに僕はそれさえ理解出来なくて立ち上がって急いで自分の席に戻ろうとした。

 刹那…


「ちょ、山田っち。それ私も欲しい!!」


 予想外の反応が返ってきた。僕はてっきりからかわれるものだと思っていたから、意に反して顔から手を外して「は?」と裏返った声でマジマジと神無月さんの顔を見てしまった。すると間髪入れずもう1度同じような内容を繰り返す。


「山田っちのセンター予想問題だったら、欲しいよ!! 当たりそうだもん!!」


 大きく目を開けると、視界が広がり僕のことを見上げている他のクラスメイトも見えた。


「私も、私も欲しい!!」

「山田くんが作った予想問題なら俺もマジで欲しいんだけど!?」

「いっつもテストの山勘すごい当たるもんね!!」

「ちょ、それは先生達の出題傾向が…」

「大丈夫だって。山田くんのことだからセンターも出題傾向見ながら作ったんだろ!?」

「私も欲しいですぅ。それに、別に当たる当たらないの問題じゃないんですよぉ」

「そうそう。疑似センター試験にするだけだけら、いいじゃん!!」

「そ、そんなこと言ったって」

「何ー!? 詩織ちゃんには渡すけど私たちは渡せないって言うの!?」

「カノジョにひいきし過ぎだ!!」


 気がつけばAO試験と推薦組を覗いた全員から囲まれていた。引きつった顔で言う。


「ぼ、僕が作ったのは…その、数学と化学と現代社会だけで、ぜ、全部をカバーなんてしてないから疑似センターには…」

「それでもいいんだよ!!」


 誰かの一声に皆が頷く。

 僕も釣られて目を大きく開けたまま頷く。


「じゃ、じゃあ明日にでも持ってくるから、勝手にコピーし…」

「俺、なるべく早くがいいから放課後に山田くん家行っていいか?」

「あーそれイイ。俺も、俺も行く!!」

「えー!? じゃあ私も行く〜」

「だったら私も」


 今度は次々と皆が僕の家に来るだなんて言い始めた。ちょっと待ってほしい。そんな人数は絶対に入らないし、ていうか皆に部屋を拝まれるなんて冗談じゃない。末長一人でだってイタズラされたのだ、この人数…目の届かない所で何をされるか分かったもんじゃない。ってか、家だってそんなに知られたくなんてない。

 行こうとしているしている人たちを制する。


「ちょ、待って。ほ、放課後持ってくる、持ってくるから部屋には来ないで!!」


 チャイムと同時に叫んだ。







 放課後、帰りの会が終わるなり皆からキラキラして目で見つめられた。数人の目を流して、あからさまに大きなため息を零して無言で数回頷いた。そしてそのまま手を振りながら鞄も持たず、教室を後にする。階段を下りる所で右手の小指が冷たくなった。

 振り向けば詩織が「私も行くわ」とこれまた鞄を持たずに並んでくれた。

 こそばゆさを感じながらもわざわざ歩かせるなんて悪いなんて思う。


「…でもどうせ帰ってくるよ?」

「いいのよ」


 言いつつ、キュウと小指を強く握ってくる。お礼を言っていつものペースで歩いて家に入った。

 パソコンを起動させながら聞く。


「飲み物は…?」

「皆待ってるんじゃないかしら」

「いいと思う、印刷し終わるまで時間かかるし」


 ならば紅茶だと言う彼女の為にヤカンを火にかける。チラリと液晶画面を覗くと、まだブルーだった。カップと紅茶葉の缶を出して湯気が上るのを立ったまま待つ。


「ユーヤってやっぱり先生もいいわよね」

「何が?」

「将来の職業」


 そういえば前にもそんなこと言われた気がする。うーん、前に比べれば人に教えるのは嫌じゃないし楽しいと思える、むしろ勉強を教えることで皆と仲良くなるきっかけになったのだから逆に感謝しなければいけないなとぼんやり考えた。

 昇り始めた蒸気を合図に、ティーサーバーとカップにお湯を注ぎ入れた。もう一度ヤカンを火にかける。


「ユーヤは、どうしてお医者様を選んだの?」


 君がいいって言ったから…なんて言える訳もなく「うちは代々医者だから」と誤摩化す。

 すると彼女はふむふむと頷きながらさらに質問をしてきた。


「お医者様になった後はどうするの?」

「どうするって?」

「そのまま大学病院に残るのか、それともどこか違う病院に行くの?」

「僕は大学院に行こうかと思ってるよ」

「まだ勉強する気なの!? 何、何するつもり!?」


 あまりの驚きようと「何するつもり!?」なんて言い方にちょっとウケて笑いながらティーサーバーのお湯を捨てた。

 何をするも何も、僕は君が薦めるから医者を目指して君がキレるの治ると嬉しいって言うから投薬治療の研究できるようになりたいと思ってるだけ、僕はただ君を喜ばせたいだけ…なんて軽々しく言えちゃえば、僕はヘタレをとうの昔に脱却してる。口が裂けても目的は言えないと思いつつもシンク上で上がる湯気を避けて紅茶葉を入れてまたお湯を注いだ。もういいかなと小さく呟いてカップのお湯も捨て、詩織の前にカップとティーサーバーをおいてパソコンをいじる。


「何するって、研究したいだけだよ。投薬治療の」


 分かったような分かっていないような声を上げて、詩織が紅茶を眺めている。マウスを動かして印刷を始め、定位置に座って濃い赤の液体をカップに一気に注ぎ込んだ。

 と、詩織が紅茶を受け取りながら突拍子もないことを言う。


「投薬治療…。ねぇ、それって私のキレるのを治せるようなお薬も作れるのかしら?」


 -----元よりそのつもりです。

 なんてサラっと言えれば、きっと僕はモテ男に1歩近づけるんだと思う。ついでに照れる詩織も拝める。でもきっと言う前に僕の方が照れちゃって変な顔見られちゃう。

 カタカタとプリンターが起動を始めた。

 なぜか素直になれなくて、代わりにSがチョイと顔を覗かせた。向かい側に座っている子の鼻をキュッと摘む。


「作ってもいいけど、超苦い粉薬しか作ってあげないから」

「飲めなきゃ意味ないじゃない!!」

「僕が作ったものが飲めないって言うの?」


 あくまで粉は嫌だと主張する詩織に笑って「こうやって鼻摘んでてあげるって」とふざける。だけど、おふざけなのに彼女は大真面目に、


「だったら治らなくたっていい!!」


 なんて子どもみたいなことを言う。

 じゃあ僕が医者になって投薬治療の研究する意味がないじゃないか。根本的に僕の夢をぶち壊さないでと考えて、強く鼻を摘む。体が逃げて指が外れると、鼻の頭を少し赤くした詩織が僕の手をペシペシと叩きながら「治らなくていいのよ」とさらに繰り返した。

 やり過ぎたかなと反省しつつも目線をプリンターに持っていくと、


「ユーヤが側にいれば、薬なんていらないもの」


 僕の顔をプリンターよりも精密に、紅茶よりも赤くさせた。

 印刷は、とっくに終わってしまっていた。



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