フェチから始まる新年
目を瞑って車内のアナウンスに耳を傾ければ僕の通っている高校の最寄り駅。
ゆっくり立ち上がってドアの前に立ち、電車が水平移動を止めるのを待つ。ドンドン減速して停まった瞬間、体がビクンと波打った。だって立っているドアの向こうには丁度向かい合うように真っ赤な着物を着た親友が立っていて、ドアの窓越しに目があったんだもの。
ドアが開く前に二人で眉をピクリと上げて、開いた瞬間に爆笑した。
「僕、何号車に乗ってるとか言ってないけど?」
「探す手間が省けてよかったでしょ?」
「確かに。あ、あけましおめでとう」
「ふふ。あけましておめでとう」
自分たちの偶然の確率に感謝と驚きを話のタネにしながら電車に揺られる。
本日の行き先は言わなくても分かるかとは思うけれど、初詣。でも去年行った場所ではなく、今年は受験生ということで学問の神様で有名な場所に参拝するのだ。勿論大正学園の生徒も乗車しているハズ。ただ、この号車には僕の顔検索に引っかかる人は乗っていない。多分ね、これ、一番端っこの乗りにくいヤツだからだと思うんだけど…。
-----ま、向こうに行ったらきっと誰かしら会うだろうね。
今日の深夜に“あけおめメール”送った時にも末長カップルも同じ神社に行くって言ってたし、坂東も初詣くらいは出掛けるって言ってたし(場所は知らないけど)、クラスの何人かも冬休みに入る前に僕たちが予定している場所に行くって言う話をしていた人もいたっけ。
電車を降りると詩織が顔を見上げてきた。
だから、からかうようにクスリと笑う。
「期待してる?」
「今年も応えられるの?」
「勿論」
言いつつ去年と同じように詩織の手袋を抜き去ってポケットに手を導いた。けど、ここで自分の手の侵入を止めた。去年はなんとも思ってなかったからまずは“キレさせないこと”と友情で動いていたからポケットにこのまま手を突っ込んで乗せるのは雑作もなかったけど、今の僕はそれだけではなくって…いろんな心が語りかけてきた。最初に声をかけてきたのは隠してある恋心で「見えてないんだし、握っちゃえ」と誘惑してきた。でも反対に新年を記念して舞い戻ってきたヘタレが「手、握っちゃうの? 大丈夫?」と聞いてきてて…
-----や、ヤバい。ドキドキしてきた。
多分、詩織は僕がポケットの中で握ったって一瞬ビックリするような顔するだけで嫌がる素振りなんて見せないだろう(心中は分かんないけど)。逃げられちゃう心配だってない。たまには(?)小指だけじゃなくってギュッとしたい。けど、けど、それってどうなの? 逃げられないからしていいって問題じゃない。そう、隣に寝てても何もしちゃいけないのと一緒だ。でもチャンスといえばチャンス。だけど、意識すればする程ヘタレが強くなり、さらに今度は友情が浮上してきて「親友なんだから節度はわきまえようよ」と制してきた。
一瞬だけ眉をピクリと反応させて詩織の顔を盗み見る。
-----YES、友情。
彼女の求めるものはここなのだからと恋心の一番弱い部分を付いて、握ることはせずに冷たい手の上に少しだけ指先を重ねた。ついでに「一生騙すんでしょ!?」ともう一声。しょぼくれた恋心をポイと投げ捨てて鳥居をくぐった。境内に上がり、並んで願い事をする。
-----大学合格…は、自分の力で何とかなりそうなんでヘタレの脱却で!!
多分叶うことはないだろうなと早くも神の返事を聞いた気分になりながら後ろを向くと詩織が否応無しにポケットに手を突っ込んできて「えへへ」と可愛く笑った。…やっぱり握ってもいいですか?
「おみくじ、おみくじ引きましょ?」
決まり事のようにせがむ彼女の為に同じくクジを引けば結果はやっぱり大吉。ふふんと鼻で笑って見せつければ詩織も同じように僕の顔の前に突きつけてくる。だからすぐさま自分のはクシャリと閉じて、得意の速読を生かす。
「あー、恋愛と家移りはいいみたいだけど肝心な大学受験がヤバいんじゃない? <感謝の心で一筋に勉学に励みなさい>だって。ほら、僕に感謝して」
「勝手に読んだわね!?」
「見てほしいから出してきたのかと」
「読むの早過ぎよ!! そこまで読まれるなんて…」
ブチブチ文句を言う彼女に笑って謝って、来るまでにあった露店で綿飴を買う約束をしてやる。が、機嫌を損ねてしまったのかおみくじを結びつけるなりポケットの中でちょっと強めに手の甲を抓られた。そしてそのままグイっと体の方向が変えられる。
「え、ちょ、何!? ごめんってば」
謝っているのに彼女は応えず、僕の視線を促すようにジッと一点を見続けている。怪訝に思いつつも目線の先を追えば…
「亮二!!」
「ユーヤ!!」
数メートル先で僕らと同じようにおみくじをくくりつけている友人達を発見した。駆け寄ろうと思ったら詩織は動かず、むしろ僕の体を利用して少し後ろに隠れるような体勢を取った。少し首を傾げてそんな彼女の様子を見つめていると、替わりに亮二が歩いてきてくれた。まずは昔のように手を出そうと思ったけれど躊躇う。そう、僕の右手は未だ詩織にされるがまま。
「ごめん、今日は左でいい?」
「あぁ」
何度やったか数えきれない程の友情の確認をしてから彼の隣に視線を移す。と、僕の右手がさらにキュッと抓られた。
-----ああ、勘違いしてるのか。
理解をしつつも目の前にいるから「人違い」だなんて誤解を解いてやる訳にもいかない。だから敢えて名前を零す。
「一嘩、久しぶり」
「久しぶり、だね」
なのに彼女は僕の手を離さない。…もしかしてそこじゃない?
痛みに耐えながら、せめて抓るのを止めて!! と懇願する。すると神社内だからか、
「山田くん、その子カノジョ?」
神に願いが通じた。
そう、詩織が急に自分に話がふられたことと僕のカノジョだと言われたことにビックリしてギュゥウとしていた手を離したのだ(ポケットに入れたまま)。一瞬安堵したけど、すぐにどうでも良くなってしまった。だって挨拶もせず、さらに僕の陰に隠れるようにしてきたのだ。もう僕の真後ろにいると言ってもいい程に。
不思議に思いながらも少し首を傾げて眉をハの字にしている一嘩に首を振って否定した。
「違うよ、この子は僕の親友。ほら詩織、挨拶…」
しなよと言おうと振り返って笑ってしまった。だって後ろに行き過ぎて、体勢が可笑しくなっていたんだもの。顔を見れば痛いからなのか、それとも恥ずかしいからか、カノジョと言われて怒っているのか、分からないけれど少し顔を赤らめていた。
仕方なく助け舟を出してやる。
「ごめん、ちょっと人見知りする子だから。恥ずかしいみたい」
少し残念そうにしながらも「次の予定があるの」と亮二と仲良さげに手を繋いで、歩いて行く二人の後ろ姿を眺めた。何度か振り返っては手を振ってくる友人に僕も手を振る。二人の踏みしめる砂利の音が聞こえない距離に入ったくらいで詩織の手を今度は僕が抓った。
「ちょっと、なんで挨拶しなかったの?」
「…もう行ったの?」
「行った。行ったから、質問応えてよ。君、挨拶出来ない子じゃないでしょ?」
横目で睨むとマズいと思ったのか、シュンと俯いた。脚を出せばちょっと後ろを付いてくる。黙って答えを待っていると、唇を尖らせて抗議してきた。
「仕方ないのよ」
「何が? 挨拶しないことが?」
「…だって、顔、合わせ辛かったのよ。見た所…あの一嘩ちゃんて子は…ユーヤのこと虐めてたアイツのカノジョでしょ?」
「言ってなかったっけ?」
「言ってなかったわ。だから、驚いたのよ。いろいろと」
「いろいろと…何?」
顔を見ればまた顔を赤らめて、彼女らしからぬモジモジとした行動を始めた。
-----ヤバい、可愛いんですけど!!
叱る態のくせに何か小動物的なものを感じてしまって、キュンとしてしまった。やっぱり僕は詩織馬鹿です。
「あの1年生の子に似てたってことは、ユーヤが昔好きだった人でしょ? 本当に似てるなぁって思って。私、その、あの子に似た子を突き飛ばしたこと思い出しちゃったし…そ、それに、去年のバレンタインの時にあの子の知らないトコロで私、アイツに…」
見る間に茹でタコのように耳まで赤くする彼女を見て、ますます可愛いと思いつつも「ああ」とポケットの中で詩織の手を叩いた。この子にはこの子なりに考えていることがあったのだと、そりゃ僕が詩織なら走って逃げるなと思い直した。そして謝る。
「ごめんね、僕と亮二のせいで嫌な思いさせちゃったね」
「いいのよ」
未だ俯き加減で顔が桜色の親友の手を、赤ちゃんを寝かしつけるときのようにトントンと優しく叩きながら落ち着かせる。
そしてある思いが溢れてきた。そう、僕の大切な親友にこんな思いをさせるなんて…
-----やっぱり亮二許すまじ。
バレンタインの時のもあるけれど、継続して詩織の羞恥心を乱すなんて羨まし…いやいや、可愛い(フェチ)顔見せてくれてありが…いやいや、嫉…いやいや、僕もこんな顔にさせ…いやいや、いやいや、いや…
-----僕が照れさせた詩織の顔を見たい!!
結局行き着く先はここか!? と新年早々自分に飽きれた。
フェチから始まった僕の新年…大吉だったけど、前途多難な気がします。