パパと彼女の間
<orz orz orz orz orz ヘタレヘタレヘタレの馬鹿、orzorz 鬱、ヘタレ、僕の馬鹿…>
一人でパソコンを打ち込んでいる。打つのはさっきからorzとか鬱とかヘタレの馬鹿とかそんなのばっかり。
原因は先日のクリスマスにある。いや、クリスマスが楽しくなかった訳じゃない、決してそんなんじゃない。僕にしてみれば人生最良の日だったのは間違いなかったし、幸せにどっぷり肩まで浸かって危うくのぼせ上がってブクブク頭まで沈んじゃうとこだった。そう、沈みきってしまった僕はやらかした。
キーボードを機関銃のように叩きながら一人叫ぶ。
「あー!! なんで言うの忘れてたの!?」
詩織をホテル(家の方)に送り届けるまでの間に「初詣一緒に行こう」って言おうと思ってたのに。クリスマスは誘ってもらったから、今度は僕がって思ってたのに…。幸せすぎて忘れていました。しかもその幸せの継続期間は物凄かったらしく、僕が初詣に誘っていないと気がついたのはつい今さっき。日にちにして12月30日、時刻は16時、場所は実家にて。うん、結構致命的です。すでに誰かと予定を入れている可能性があるこの時間帯。
ハーとため息を思いっきり吐いた、手は動かしたまま。
-----姉さんいればよかった。
初めて本気で思った。そうでしょ? 彼女がいれば口を開けば「詩織ちゃんは?」と僕の名前は言わなくても彼女の名前を耳にタコができる程言って、加えて「詩織ちゃんを初詣に誘ったんでしょうね?」と目敏くイベントのことを聞いてくる。が、今回は彼女が本日の夜までいないってこともあり、そして僕は受験勉強というものに追われ、詩織と電話はするもののその話題は一切二人とも出さなかったし、さらに実家に帰った安心感で本気で元旦のことを忘却の彼方へ飛ばしていた。
分かってる。パソコンに向き合ってばっかりじゃなくって、さっさと電話かけて予定聞いてアポを押さえればいいってことぐらい。分かってる。分かってるからちょっと待って。今度はヘタレを忘却の彼方、インターネットの世界のどこかに置いてくるから、戻って来れないくらいの3階層下辺りに葬り去るから、ちょっと待って。
何度かスクロールボタンを押しても画面が病的とも取れる文章(?)になる頃、ようやく僕の指先が止まった。そのまま保存せずに削除。机の上にある携帯を持って慣れた手つきでカチカチっと操作してすぐさま耳に手を当てる。するとすぐさま詩織の声が聞こえきた。
-----イケル、行くんだ!!
来年の目標はヘタレからの完全脱却だと大学合格という大舞台をかなぐり捨てて決めつつ、喉を鳴らした。
『あの、元旦…予定は未定だったりする?』
聞けば同じ調子で笑いながら『予定は未定よ』と返してくれた。グッと握り拳を作って誘いの言葉を言った瞬間だった、答えを聞く前に部屋のドアがノックされる。慌てて詩織に謝って、通話のままにしてノックに応えれば父さんが顔をのぞかせた。
「ユーヤ、明日の夜は予定を入れてあるか?」
「ううん、大丈夫だけど。どこか出掛けるの?」
「お前がT大を受けるということを学長に言ったらぜひパーティーにと言われたんだよ。だから…来なさい。あ、あと詩織ちゃんも誘いなさい」
「え?」
僕が疑問系を返すなり「父さんが言ったって言えば大丈夫だから」だなんて言ってすぐさま顔を引っ込めて行ってしまった。
-----何、その自信!?
僕とは正反対で押せ押せ(?)な性格で自信満々な父さんに半分飽きれながらも携帯を手に取った。
『ごめん、父さんと話してた』
『いいのよ。それで、さっきの応えなんだけど元旦のお誘い受けるわね。場所は去年と同じ所でいいのかしら?』
『うーん、受験だからね。学問の神様で有名な所でもいいかなって思ってるんだけど。あ、それから明日の夜も開いてたりする?』
『開いてるけど、どうしたの?』
『明日T大の…多分、学内のメンバーでパーティーがあるみたいで、君も誘いなさいって言われたんだけど。その…父さんが別に言ってるだけだと思うから、断ってくれてもいいと思うんだ。どうせおじさんばっかりだし』
『ユーヤのお父さんが誘ってるのよね?』
『うん』
応えれば一瞬のためらいもなく彼女が言い放った『おじさまがそう言うなら行くわ』と。
大きく目を開け、詩織の反応に狼狽えた。二人を繋ぐものと言えば僕で、でも僕さえ知らない何かが二人の中で取り交わされていて二人を繋いでいると言うことを一瞬で悟ってしまったから。
僕があまりに面食らっていたので、電話越しにもその空気が伝わったのだろうか? 詩織は「じゃあまた、詳細はメールでお願い」とそそくさと電話を切り上げてしまった。
-----一体、何!?
不審しぎる二人に心の中で突っ込みを思いきり入れた。
「あら、そんないいスーツ買ってあったかしら?」
「前に言わなかったかな? ほら、去年の沖縄旅行の時に委員長の所が着せてくれたって。実は売り物だったらしくって袖通したし似合ってたからって送ってくれたんだよ」
「そう言えば裕くんの友達、大企業の令嬢だっていってたわね。私も泊まりに行っちゃおうかしら」
「…いいけど、ドレスは貰えないと思うよ?」
「えー!?」
まるで僕と同じレベル、いや、僕より年下のように可愛い言動をする母さんに半分飽きれながら手渡してくれたネクタイをつける。ついでにポケットに入っていたニコちゃんマークのバッジをリビングのテーブルの上に置いた。
そろそろ出かけるというので、詩織に連絡をして車に乗り込んだ。
「ホテルの前、駐車禁止だけど大丈夫だろうからここにいるよ。ユーヤ早く行ってきなさい」
「しっかりエスコートしてね。もう始まってるんだから」
「……」
帰るまでが遠足…みたいなことを言わないでほしいと思いつつも、すぐさまドアから脚を出した。駆けて自動ドアをくぐれば顔見知りのフロントのお姉さんが僕を見るなり声をかけてきてフロントからベルを鳴らしてくれた。お礼を言いつつ待てば、エレベーターからコートに身を包んだ詩織がヒールを絨毯に埋めながら歩いてくる。
にっこり笑いながら手を差し伸べれば、今日はドレスを着てお姫様気分なのか、小指ではなく上に乗せるように手を重ねてきた。だから歩きながら言う。
「姫、それは去年の沖縄の時のドレスで?」
「そうよ。ふふ、ユーヤもその時のね」
「そ。あー、今日は完全にお姫様扱いしたいんだけど…僕、君の左側がいいんだよね、それでもいいかな?」
「? それってエスコートに関係あるの?」
「まぁ。パーティーの時とかはさ、普通男の人が右側なんだよね。ナイトだから」
「…利き手で守れるようにってことね」
「そういうこと。あと、こうやって車を開けた時に誘いやすいように…ね?」
ウィンクしながら笑って詩織が乗り込んだのを確認してドアを閉めた。反対側に回って扉を開けると、父さんと詩織がアイコンタクトを取っているように見えた。でもそれは本当に一瞬で、僕が疑問に思う前に詩織が明日の話を始めたのですぐに頭から離れてしまった。
ホテルについて4人で会場まで脚を運べば、やっぱりほとんどがおじさんというかおじいちゃんでほとんどを締めていた。父さんはまずは母さんと一緒に挨拶をしてくるからと二人で行ってしまった。
後ろ姿を見ながら小さくため息を吐く。
「…ごめん。多分これ面白くないと思う」
「そんなことないわよ」
「そう言って頂けるだけありがたいです」
もう1度息を短く吐いて、ご飯を取って隅っこ(立食なため)で人の動きを観察しながら談笑する。すると詩織が僕のツボを押さえてくる。
「ねぇここにいるのって教授とかお医者様とか理事の人ばっかりなんでしょう?」
「まぁ父さんの同僚だから、だいたいそうなるかな。どしたの?」
「あんまり…フサフサな人がいないなぁって、そう思ったのよ」
言われてみれば確かに。男の人でフサフサしているのは僕の父さんと数人の若い人ばっかりで他は見事にツルンと頭皮が光っている。し、毛がある人も明らかに後ろの方から、横の方から引っ張り上げて誤摩化そうと必死だ。逆を言えば、うちの校長みたいに明らかなヅラな方がいないのが不思議だと思う。そこにアイデンティティを感じているのか、それともそれを被ったら負けだと思っているのかは定かではないがヅラは見当たらない。医学の力で直す気なのだろうか?
肩を小刻みに揺らして「くくく」と二人で笑う。はっきり言ってしまえば失礼だが、仕方ない。だって彼女ったらさらに追い打ちをかけるようなことを言うんだもの。「頭を使いすぎるから栄養が髪までいかないのよ」とか「横から風吹く時はどうするの?」とか「実際バーコードを作るには結構な長さがいるのよ」なんて言うんだもの。もう、持っている飲み物が今にもこぼれんとするくらいまで僕は追いつめられた。腹筋がよじれそうになるのを食いしばって「もう止めてくれ」と言おうとしたら、ある意味天の助け。父さんが僕の名前を呼びながら近づいてきた。
「詩織ちゃん、ちょっとごめんね。ユーヤを少し借りてもいいかな? 挨拶させたいんだよ。代わりに母さん置いて行くから」
こくりと頷く詩織に耳打ちする。
「じゃあ間近で見学してくるから」
明らかなイタズラな顔をする彼女に小さく手を振って父さんについて行く。彼に促されて名前と顔をインプットする度に見てしまう頭に浮かぶ詩織のあの言葉。笑顔で握手をする度に口の端が上がって最後の方は頬の筋肉が痛かった。解放されて急いで赤いドレスの女の子のところに戻って、彼女を横壁にして今まで貯めた分の笑いを爆発させる。
と、僕の笑いが収まらないうちに父さんが今度は詩織の名前を呼んだ。
不思議に思って振り向けば、僕の体があちらに向くのに合わせて詩織が綺麗な姿勢で長く細い脚を踏み出し父さんに近づいて行く。エスコート用に出された指先に白い指先が乗っかって二人は振り返ることなく上座の方へ歩いて行く。
思わず顔をしかめた。
そう、すっかりハゲ頭に気を取られていて忘れていたけれど、詩織は父さんに誘われてこの場に来たのだ。しかも父さんは自分が誘えば彼女は断ることはないという態で僕に呼ぶように言いつけた。しかもその自信を裏付けるが如く詩織はパーティーに出席することを考える素振りも見せず了承。さらに今日は車に乗り込んだ時、二人だけにしか分からないアイコンタクトを取っていたようだし…。
視線を上座に持っていき、見れば誰かと話しているようだった。しかし父さんと詩織の距離はかなり近い。
-----へ、変な関係だったらどうしよう…。
そういえば前に二人が偽の親子を仲良さげに演じた時、父さんが「うちにこないか」なんて言っていた意味ってまさか、父さんのトコって意味!? さらに詩織は「お願いします」なんて応えたって言ってなかったっけ!? どどど、どうする!? 僕は、僕はイヤだよ。実の父親と女の子を取り合うことになるなんてことになるのは。ってか、すでにそんな関係だったら萎えるんですけど、いろんな場所で。
まさかな考えが頭をよぎる。
-----って、そんなわけないだろ?
自分の飛躍した想像が気持ち悪くなって、舌を出しながら小さく「おえ」と言ってみせる。多分ね、これ、自分の親の考えてはいけないことの次に考えちゃいけないことだと思う。マジ、萎えるから。
ないないと思いつつも、視界に入る二人は妙に中が良さそうで…。僕は不安になる。
二人が何を話しているか、何が話題の中心なのか、何がそんな二人をくっ付けるのか、何が二人を繋いでいるのか。父親と親友兼好きな人のことでこんなこと考えることになるなんて本当に想定外もいいところだ。
こっちに歩いてくる二人の足下を見ながらコップに口をつける。
-----もし、想像が真実の場合は、マジで潰す!!
万が一“その時”がきたら僕は確実に壊れて、言うね、詩織に気持ちを打ち明ける。実際に刺し違えることはしないけれど、心くらいは刺し違えさせてもらおう。ま、まぁないと…おも、思うけど。
なぜだか“ない”方の自信が萎んでしまって心の中でもドモる。
と、まるで僕の気持ちが読めているかのように詩織が不安をかき消すように隣に並んできて体を密着させてきた。嬉しいのとコレは誤摩化しなのかと自分自身でも訳が分からなくなってきた。
前を見れば父さんが母さんのためにイスをどこからか拾ってきて「やれやれ」と仲良くご飯を食べ始めた。そっと隣を覗き込めばポケーっとシャンデリアを見上げる親友。疼く心を手の平で握って押さえつけるが、昨日置いてきてしまったヘタレはまだ戻って来ていないようで口を開いてしまった。
「ねぇ父さんといつの間にそんなに仲良くなったの?」
「いつの間にって、会うのはこないだの3者面談ぶりよ?」
見つめ合う。
-----嘘じゃない…?
自分なりの判断基準でそう思ったけれど、じゃあ今までの二人の妖しい動きはなんなのかという疑問は落ちない。
僕が眉間にシワを寄せていたからか、それとも欺瞞か、詩織がオデコを人差し指で突いてきた。
「まさかとは思うけど、おじさまと私が仲良くしてるからヤキモチ焼いてるの?」
「…違うよ」
ああ、これは二人の不審さにかこつけたヤキモチなのかと理解しながら否定をする。格好悪いじゃない、普通の男ならまだしも実の親に嫉妬の念を抱いていたなんて。…いや、抱かせる二人が悪いのか?
またわからなくなって今度は窓の奥の方を見ながら眉をひそめる。
「おじさまは素敵だけど、そんなのじゃないわよ」
「だからヤキモチなんて焼いてないってば」
しかし彼女は僕の心中を完全に把握しているのか僕に微笑みかけてくる。
小さくため息を吐く。
-----否定すればする程妖しいんだってば。
なんて反抗的な態度を心の中で取れば、それさえ詩織にはバレているのか小指がいつものように包み込まれた。それでも僕の心持ちはなんとなく複雑で、もう半分拗ねてしまっている状態だったのかもしれない。気がつけば唇を尖らせていた状態だった。
すると彼女は妖艶に笑った、
「そんなのじゃないのよ?」
まるで僕の機嫌を取るように。
僕は…彼女になら本気で騙されてもいい…そう思った。