X'mas + 悪いサンタのムーンウォーク
グシグシと目蓋を擦って鼻をすすり、フーッと息を吐ききる。
赤い封筒をそっとしまってから振り返る。視線の先には外界とのチャンネルを閉ざして眠る詩織。
「今度は僕の番かな?」
そうは言いつつも、この子みたいに嬉し泣きをさせられる訳じゃない。けれど、まぁ僕の得意な“不意をつく”は出来るだろうと小さな箱を片手に握った。ペタペタとスリッパの音を立ててベッドに近づく。床に膝をついて顔を眺めれば、安心しきって眠る顔が目に入ってきた。
ため息一つ。
-----信用し過ぎ。
全く、僕を何者だと思っているのか。はっきり言おう、多分僕は今流行の草食系男子には属していないと思う。特に最近はそう思うね。あー、ガッツリ肉食系でもないけれど。言うなればパンダかな。あれって笹ばっかり食べてるイメージがあるけれど実は肉も食べる個体もあるし、縄張り争いは結構獰猛。だからさ、イメージなんかでそんなに信用してもらっても困る訳。まぁヘタレですけど。
枕元に置かれたクリスマスブーツに腕を伸ばして数個のお菓子を抜き去り、ランプの横に並べ立てた。
視線を戻すといつの間に寝返りを打ったのか、完全に僕に背を向けている詩織。
-----危険を察知でもしましたか?
クッと笑って起きていないことを確認するため名前を呼ぶ。しかしやっぱり寝息しか返って来なくて…。
もう1度ため息を吐いて小さな肩を掴む。腕に力を込めて背中をベッドに付けさせた。
手の中にあるソレを一度見てから、立ち上がる。
スプリングに腰が沈んで、軋む音が部屋に響く。それでも起きない彼女の顔の横に左手をつけば、振動が伝わり黒髪がさらりと落ちて…僕の行く手を阻む。だからスッと彼女の髪をかきあげて耳に引っ掛けた。
時折、聞こえてくる外の喧噪に耳を貸しながら閉じられた眼と10秒間見つめ合って顎に手を添えた。
「言ったでしょ? 次はないって」
右手で僕の都合のいい具合に角度を決めて…距離を詰める。
-----Do you wanna X me?
まるで恋人のような口ぶり。この劣情、君には分かるまい。こんなに近くて触れているのに知られてはいけないなんて。
そう、閉じた瞳は何も知らない…。
指先で髪を弄ぶが如く右手を動かす。永遠を楽しみたいのに、それが出来ない。そう、起きられてしまっては秘め事は出来ない。
仕方なく僕は舌をチラリと出しながら、詩織から赤いモノを貪り取る。一旦体を離して左手にある文字盤を見下げれば23:59。なんて運命的なんだと思いながら、もう一度顎に手を添えた。
さぁ始まりにして終わりの時間を刻もう。
漆黒のアルムバントゥウーアを見つめれば、妖しく光って促してくる。今か今かと歩みの遅い針を睨みつける。けれど時間は一定で、僕の心を焦がすだけ。一度彼女の綺麗な顔を見つめて視線を戻せば、
秒針が57秒に到達。
-----Please hook up with me…
3秒後、僕は詩織へ“X”した。
部屋の中が薄暗く、しかし一部分だけ明るいのに気がついてゆっくり起き上がる。
隣には昨晩のことは何も知らず、未だ眠るLOVER。口の中で「おはよう」と挨拶をして眼鏡をかけてベッドから抜け出す。まだ起きてないよね、と洗面所から戻ってきてみれば全然問題なんてなかった。安堵のため息を吐きながらケースに眼鏡をしまって、またシーツに滑り込む。
体は隣の美女がよく見える側に向けて、決して眠ってしまわないように瞳を閉じた。視神経が働かなくなったせいか、代わりに聴覚が意識を支配して、外の鳥の声と布擦れの音がよく聞こえる。
ただただ呼吸を繰り返すことだけに専念して、時間を過ごす。飽きずにずっとその“時”を待つ。
どのくらい時間が経ったのだろう? 僕のものではない、シーツの擦れる音が辺りをウルサくし始めた。
「んっ」
起き上がる音が聞こえて、薄目を開ける。
すると彼女は伸び上がって一度洗面台に向かい、戻ってくるとこちらをチラ見してからベッドに飛び乗った。赤いクリスマスブーツが手に取られる様を伺う。取り出されるは、昨夜僕が握っていた小さな箱。まずそこで口の端を少しだけ持ち上げる。しかし、気がつかれないようにすぐに戻して、息を飲む彼女を観察する。
「え!?」
驚きに満ちた声が上がる。またもや口の端を上げては元に戻す。
漆黒の目に映っているものはここからは見えないけれど、何を捉えているかは僕は分かっている。当てよう、その箱に入っていたのは詩織の赤い石のついたファーストピアスだ。
さぁ次ぎに行けと願えば眉を潜めて赤いブーツの底を覗いた。手を突っ込んで薄っぺらい1枚のカードを取り出して口を動かそうとしている。だから僕も相手に聞こえないように口の中で唱える。
「「君のピアスは箱の中。じゃあ、君へのプレゼントは? 探して!!」」
大きな目がさらに大きくなるのを見届けて、目蓋をしっかり閉じる。
すると枕をひっくり返したり、シーツを捲ったり、昨夜並べ立てたお菓子を持ち上げてみたりしている音が聞こえる。耐えられなくなって、シーツの中に潜り込んで唇で思いっきり弧を描く。今にも声が出来そうになり、体が小刻みに震える。けれど、布団の中での過呼吸は辛くってすぐにギブアップして顔をコッソリ覗かせた。
ゆっくり目を開けば、今度は自分の荷物の中をガサゴソ引っ掻き回している姿。
-----そんな所にはないよ。
思いつつも宝探しの気分を味わってほしくって、その後ろ姿を傍観する。と、今度は僕に近寄ってきた。そして僕が起きていることを知るなり、シーツをはぐって枕を奪い去る。ボトンと頭が落ちる。笑いながら見上げれば、見つめられた。
「立って」
言いつつ僕の腕を取ってベッドの下へ引きずり下ろす。そしてまるで出逢った頃のように僕に両手を上げさせて体を触ってくる。
鼻で笑って朝からキツい冗談を飛ばす。
「パンツまでは脱がさないでね」
「そ、そこまでしないわよ。でも、もし、そこまでしないと見つからない場合は…ユーヤを変態だって皆に言ってやるんだから」
「えー? 脱がせるのは君なのに?」
からかわれたのに、それを理解しているのかしていないのか顔を真っ赤にしてバッを顔を上げてきた。やだやだ、朝からフェチを感じさせないでよね。だけど、僕は素知らぬ顔して「ポケット見ないの?」と聞く。すると彼女は目を輝かせてズボンに手を突っ込んできた。が、見つからないらしい。仕方なく後ろを向くように言われて大人しく手を挙げたまま半周して首だけ回す。見守るけれど、彼女は見つけられない。
眉を潜めて今度は僕のコートを漁り始めた。それが終わると僕の鞄を突きつけて「開けて」と言ってくる。
「やだぁ、パンツ入ってるもん」
キャッとぶりっ子がするようにすれば、唇を尖らせてきた。
仕方ないなと、ヒントを与えてやる。
「詩織はさ、こんな言葉知ってる? “家の中の盗人はつかまらぬ”とか“己のまぶたは見えぬ”とか“知らぬは亭主ばかりなり”とか」
「え?」
「そもそも僕のプレゼントは何だと思ってる?」
「え? もしかして、あれはダミーなの?」
「何を持ってしてダミーだと言っているのかは僕も理解出来ないけど、そんなこと言ってるようじゃプレゼントはまだ僕の手の中だね」
手の内を見せつけるように突き出して手の平を見せる。
と、ペチンと僕の両手を叩いてきた。おや、キレるのが得意な詩織さんは逆ギレも得意ですか? 笑うとムーと唸って、未だ僕の周りをウロウロしている。しかも鞄をまた掴んで「やっぱり開けて」と言ってきた。
まさかね、僕だって汚れた服を見られたくない。だから頭をかきながら言う。
「I have to…I will give you a hint. Why don't you wash up one more?」
「ヒント? もう1度ゆっくり言ってくれない?」
「髪、しっかりかきあげて、もう1度顔洗っておいでよ。勿論、洗うときは目を閉じないで?」
今までにないくらいに大きく目が開いて、僕を置き去りにして洗面所に走って行ってしまった。ほくそ笑んで彼女が飛び出してくるのを待つ。数秒後、大きな音を立てながら髪を耳にかけた詩織が出てきた。
さらに口の端を上げて質問する。
「見つかったかな?」
彼女は最高にイイ顔をして、その漆黒の瞳の中に僕を閉じ込めた。
首を傾げると瞬きは2回。石は数えきれない程光る。
「ええ。鏡の中に見つけたわ」