X'mas + サンタの相棒は魔法使い
結局、遅れた罰は詩織の怒った振りでチャラになったようで、もう1度謝ると何度も言わなくていいと言われてしまった。胸を撫で下ろし、部屋の中を見てさらに安堵のため息を吐いた。まぁ分かっちゃいたけれどベッドが二つだったからだ。え? 残念なため息じゃないのかって? …3分の1はそうかも、否定はしない…。
とりあえず荷物を置いてコートをハンガーに上着を引っ掛けご飯のことを聞こうとしたら、詩織が「あ!!」と大きな声を出した。普段では考えられないような音量にビクつく。
「な、何!?」
「ちょっといいかしら?」
言うなり僕の左手を掴んできた。そして時計を見るなり「大変!!」と、まるでアリスに出てくる白兎のように大急ぎで僕の腕を引いて走り始めた。釣られた魚のように部屋の外へ連れ出され、エレベーターにまた乗せられる。上昇を続ける赤いランプを見つめて着いた先は最上階の展望台。そこは平壌駅周辺のビルが一望出来るとまではいかないけれど、ある程度見渡せるスポット…みたいなんだけど、大通りの向かい側はオフィスビルが乱立しているため、夜景はあまり楽しめそうにない。というか、大通りの並木にイルミネーションを施してあるから外に出た方がいいんじゃないかという感じだ。だからなのか、僕たちの他に人はポツリ、ポツリとしかいない。
しかし、彼女はそんなこと気にしていないようで僕を窓際のベンチに座らせ、真っ黒な時計を「貸して?」と抜き去ってしまった。何が始まるのかとその様子を見守っていれば、自分の腕の中へ納めてから大きな窓へ脚を踏み出した。
しばらくそのまま、ジッと針が動くのを見つめていた彼女だけど時間がきたのだろう。ふいに口を開いた。
「ナイト兼魔法使いはクリスマスでさえ操れるのよ?」
言っている意味が分からなくって聞き返そうとしたら、人差し指を出し「シー」と無音の世界に導かれる。
口をつぐんでさらに傍観していると詩織がもう1度時計を見てタイミングを見計い、
「ONE!!」
か細い指が東のビルを差した。
すると、まるで光の魔法がかかったかようにオフィスビルがきらめいた。
驚いて目を剥くと、今度は指が増えてピースを向けてくる。
「TWO!!」
Vサインが僕の視線を西のビルへ促すとまたもや、点灯された。
満天の星空のように輝く漆黒の瞳を見れば、イタズラ笑みを零して指揮者の如く両手が上げられた。
「メリークリスマス、イブ!!」
声が上がった瞬間、目の前のビルがクリスマスツリーのようにイルミネーションを始めた。
あまりに完璧なタイミングと方向に本当に詩織が魔法をかけたのかと錯覚を起こす。いや、もう僕の頭の中では彼女は魔法使い。タネなんか想像する気にさえなれない。ただただ光り続けるビル群に目を輝かせるだけ。
と、詩織が僕に赤と緑の2つの封筒を差し出してきた。
「クリスマスプレゼント第2弾よ。でも気をつけて。赤は私が眠ってからじゃないと開けられないわ」
「どういうこと?」
「ふふ。それは私がそれを阻止するからよ」
顔をしかめる。つまり、赤い封筒の方は彼女が見ていない所で開けなくてはいけないってことだ。じゃなきゃ何かしらの制裁が加えられるってことだろう。こくこくと頷いて赤いそれだけ上着のポケットに封筒を納めた。
残った緑色の封筒を空にかざす。
「こっちは今でもいいのかな?」
「ええ、多分」
「多分?」
聞けばこっちはKENさんからの預かりものらしい。
-----もしかして、去年くれなかった観戦チケットかな?
淡い期待を抱きながらノリのくっついた部分を剥がし、中身を覗く。そこにはチケットと1枚の手紙が入っていた。一度詩織の顔を見て先に便せんだけ取り出す。
<メリークリスマス、兄弟。冴えないお前に俺からプレゼント1つだけくれてやる。今お前が詩織と一緒にいることを容認していることだ。これ以上はねーだろ?>
確かにと唇を歪ませると、いきなり赤い字で<警告。コレから下は絶対に詩織に見せるな>なんて書いてある。スッと詩織に背中を向けて体を小さくしてその下を読み進める。体がビクッとなった。小首を傾げて僕の後ろ姿を眺めている子の顔をゆっくり振り返ってみた。だって、
<今夜指1本でも触れてみろ、マジで殺す>
なんて書いてあるんだもの。
-----ゆ、指さえ!?
青くなって、殺生なことをいうKENさんの妹に聞く。
「ね…KENさんにここに来ること言ってある?」
「言うわけないじゃない。言ってたら今頃ユーヤは生きてないわよ。でも、一緒にいることは知ってるんじゃないかしら? だってそれ「もしイブに会ったら渡せ、観戦チケット入ってるから」って送りつけてきたのよ?」
ということは、さらに彼は上手だったってことだ。僕たちがイブに一緒にいることを見越して、この文章を作ったことになる。しかも、しかもだ。同封されているチケットを見てみれば年越しファイトのVIP席が封入されている。なんて人なのだろう? 僕が彼のファンだということを知っておいて、敢えてVIPチケットを入れているだなんて。
-----ひ、引っかからないよ!!
普通この手紙を読んだら 一緒にいることを容認→今夜触れない→観戦に行く を選択するだろう。でも僕は彼の狡猾さを知っている(姉さんの時の教訓)。YES、これは罠。彼が大切な妹をイブなんかに男のところにいるのを許すわけない。つまり、上記の式を実行すればイブに一緒にいたことがバレて“ぶっ殺される”ってことだ。しかもヒントのように1番上に<1つだけプレゼント>と書かれてある。てことは、2つ(一緒にいることと観戦に行く)をとってしまってはいけないということ…。観戦に行ったりなんてしたら乱闘を装って殺られる罠だ。かいつまんで言えば、これを読んでしまった時点で時限爆弾の起爆スイッチを押してしまったことになる。
勿論僕は彼の大ファン。生で試合している所を見たい、超見たい、めっちゃ見たいけど…。下唇を噛み締めて手紙とチケットを封筒に戻して赤い封筒とは別の場所にしまう。
「…ねぇこれ、渡すの忘れてたか。ゴミに紛れて捨てちゃったかで読んでないことにしてくれる?」
「いいけど。いいの? チケット、入ってたんじゃないの?」
「命の方が大事だから」
クエスチョンマークを飛ばす詩織に苦笑した。
「ごちそうさまでした」
「どういたしまして」
エレベーターに乗りつつ、詩織のクリスマスプレゼント第3弾であった夕食のお礼を述べる。
カードキーで開けられるドアを押さえて、時計を覗けばすでに時刻は10時過ぎだった。そろそろ渡しておかないとと、ベッドの上でくたびれている鞄をかき回す。そして名前を呼びつつ僕のプレゼント第1弾を差し出した。
「クリスマスブーツね。中身は、お菓子かしら? デパ地下の」
「宗教団体から命をかけて守った、それね」
冗談を交えながら手渡し、付け加える「クリスマスらしく、君が寝てる間にその中にプレゼント入れておくからベッド横のランプの下にでも飾っておいてよ」。クスクス笑いながら頷く姿を見つつ、テレビをつければ彼女は先にお風呂に入ると言う。見送って次に僕がお風呂から出ると、彼女は電気をつけたままベッドの中で目を瞑って眠りに落ちていた。
-----夜はこれからですよ?
決して口には出せない言葉を飲み込んで代わりの言葉を出す。
「寝た?」
聞いても返事はなく、ただただ寝息が返ってくるだけ。しかも僕のプレゼントしたクリスマスブーツを枕元において。まるで子どもだと、せめて12時まで起きておいて去年みたいに「メリークリスマス」を言いたかったのにと思ったが、寝てしまっている子を起こすのは気が引ける。
まぁいいかと、僕も明日はこの子より早く起きなきゃいけないのだから早く寝ようとバッグに着ていた服を突っ込んだ。
「あ」
そういえば、と手を止めた。そう、詩織のクリスマスプレゼント第2弾である赤い封筒を見るチャンスだということを思い出したのだ。上着のポケットから赤い封筒を取り出し、ベッドに腰掛けながら封を開く。中には真っ白な1枚の二つ折りにされたクリスマスカード。中にはきっと彼女の大好きなメルヘンの世界が広がっているのだろうなと想像しながらカードを開いた。
そこには…
<そばにいてくれてありがとう>
溢れそうになる声を抑えるが如く口元を押さえた。しかし、声を出さないようにした代わりなのか、目元がウルっときた。男なのに情けないとは思いつつも、溢れる感情は抑えられない。もしかして「私が眠ってからじゃないと開けられない」って言っていたのは、君が恥ずかしいから? それとも、僕が泣いちゃうから? 贈り主は眠っているから真意は確かめられないけれど、確実に後者だと思う。そうでしょ? 詩織は僕なんかより何倍も賢くて、僕なんかより数百倍優しい。
ヤラレタ感で悔しいのと、言葉が嬉しいのと、詩織への想いと…
クリスマスイブの夜。
眠る彼女の横で一人、涙を零してしまった。