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X'mas + 遅刻サンタの下手な言い訳

 -----ヤバいって!!

 時計を見れば約束の時間をすでに5分過ぎている。階段を一気に駆け下りて、病院から出るなり携帯を取り出した。が、まさかの事態。何度携帯の電源ボタンを押しても起動しないのだ。そう、いつの間にか電池切れしてらしい。携帯を変えてそろそろ2年、そういえば最近電池の減りが早くなくなってたよなと、これじゃ携帯の意味がないと、なんで昨日の夜充電し忘れたんだと、僕は馬鹿かと自分自身と携帯にぶちキレた。

 しかもだ。ホテルからココまでは救急車では5分もかからなかったけど、人間の脚ではどんなに頑張っても40分はかかる。


 焦りながら大通りに飛び出してタクシーを捕まえようと手を挙げる。

 が、本日はクリスマス。

 満車のランプを光らせたタクシーしか見当たらない。クッと下唇を噛み、脚の裏で地面を打った。時折振り返ってはタクシーを探すけど、全然空車は見つからなくって。時間とタクシーがドンドン通り過ぎていく。

 冬の夜なのに、額を拭いながら駆ける。冷たい空気が喉の奥の気管を突き刺して、呼吸をする度言いようのない痛みを走らせる。脚はどんどん鉛のように重くなり、速度も落ち始めた。

 -----なんで、悪いことなんてしてないのに!!

 けれど、僕以上に今、イヤな気分になっている人がいるのだと思い直してさらに脚を繰り出す。と、僕の限界の中の限界が訪れた。意思とは関係なく勝手に失速し、やがて脚が止まってしまった。脇腹を押さえて荒く息を吸っては吐き出す。その息はもう、白いのかさえも霞んだ視界では識別出来ない。


 -----妖しげな宗教入会するよ!?

 項垂れながら神に脅しをかける。だけど、答えなんて返って来なくって。

 代わりに頭の中を支配する、言い訳の準備。


 僕は、なんて言えばいい? 交通事故にあった人がいたから、その人の容態を見ていたら、実は大量出血の疑いがあって、だからか救急車両に一緒に乗り込まされて病院まで行ったのはいいけれど今度はその人の奥さんが慌てふためいていたから落ち着くのを待ってから病院を出たんだけど、タクシーが捕まらなかったから走ってきていたら遅刻しました…??? こんなドラマなこと、絶対に信じてもらえないよ!! あれだ、アレと一緒だよ「妊婦さんがいたから病院まで付き添ってた」っていう有名な(?)遅刻のいい訳だ。さすがの詩織だって「嘘つかないで!!」って怒るに決まってる。


 息が少し整ってきたトコロでまた走り出す。


 -----病院の言い訳は絶対に無理だ!!

 そうだろ? 連絡出来なかったのは携帯を見せれば充電が切れているのを分かってもらえる。けど、病院は証拠がない。「確かに交通事故があったよ」だなんて誰が証言してくれる? しかも大量出血って言ったって彼は外傷はほとんどなくって言い方悪いけど、僕に1滴の血も付いていない。そう、僕には彼女を説得出来るただの1つでさえ持っていないのだ。

 あるのは汗だくになった僕だけ。そんなの、遅れてきたんだから当たり前だ。

 だけど、僕の脚は鈍足状態。走っているつもりなのに全然速度が上がらない。しかも未だタクシーを捕まえられない。


 時計を見ればすでに30分の遅刻。

 連絡も入れずにこの時間は厳しいと思う。もう、激怒して一人で部屋に行っているかもしれない。それならまだいい、家の方のホテルに帰ってる可能性もある。そうなれば、きっと僕が謝罪の電話を入れた所で着信を取ってもらえるかも妖しい。最悪の場合、この冬休みが終わるまで彼女と喧嘩したままになってしまう。

 ------もう、全く、僕は一体何をやってるんだ。一番大切な約束を遅刻するなんて!!

 泣きそうになりながらも脚を急がせる。けれど浮かんでくるのは悪いことばっかりで…。が、神は僕のことを見捨ててはいなかった。振り向いた瞬間、空車のタクシーを発見した。手を挙げれば僕のために速度を落としてドアを開けてくれた。行き先を告げ、呼吸を整えながらパタパタと仰ぐ。そしてもう1度言い訳を考える。だけど、絶対に許してもらえるような言い訳は浮かんで来なくて、気分も体と一緒でグロッキーになるばかりだった。しかも、もう少しという所で渋滞にはまるし。


 ようやくホテルの前に辿り着いた時には40分の遅刻だった。

 タクシーにお金を支払い、不安な気持ちでホテルマンが開けてくれるドアをくぐった。フロントを無視して、ロビーを見渡せば…

 -----いた!!

 急いで駆け寄る。僕は朝に砂をかけられた時よりも、委員長に睨まれた時よりも、見知らぬ人たちにホモだと誤解を受けた時よりもずっとずっと心臓がバクバクして胃が縮こまってしまっている。詩織が僕の気配に気がついていない訳はないのに、彼女は新聞を手放す気配さえない。

 2メートル程距離を開けて、脚を止めた。

 詩織の指先がピクリと反応するのを確認し、息を飲み込む。


「あの、遅れてごめん」


 返事はなく、新聞もずっと持ったまま、僕に顔さえ見せてくれない。

 -----しまった。言い訳が…。

 結局いいものが思い浮かばずじまいでここまで着てしまったのだと思い出して、さらに焦った。けど、何かを言わなきゃこの沈黙は辛過ぎる。でも僕にはいい案なんてない。思い浮かぶまま口を開いた。


「実は、プレゼント買うの忘れてて。それで…デパ地下に行ったんだ。でね、出たら宗教勧誘の人がいて…む、無理矢理連れて行かれちゃって…なかなか集会場から出て来れなくって。一応、命からがら抜け出してきたんだ…。だから、遅れちゃった」

「……」

「あー。全部僕のせい。プレゼント買うの忘れてたのがそもそもの間違いで…」


 言葉途中で詩織が立ち上がった。

 怒鳴られるかと思って身構えたけれど、彼女は何も言わず僕の脇を通り過ぎて新聞紙を元あったであろう場所に戻してそのままエレベーターの方へ向かって行く。急いで追いかける。


「それで、僕が宗教勧誘を断れなかったのも悪くって。あ、それと…電池。携帯の電池切れちゃったから連絡も出来なくて…。それも僕のせい。昨日充電し忘れてたから。ごめんなさい」


 上昇するエレベーターの中で全部自分が悪いのだと、何度も何度も謝る。けれど、詩織は何も言わない。やがて箱が上昇するのを止めて扉が開いた。せめてと扉を押さえるけど、そこでも反応なし。普段なら「ありがとう」なんて言って笑みをこぼしてくれるのに…。

 心なしか乱暴に揺れる黒髪を追いかける。

 ある部屋の扉の前でカードキーが取り出され、ドアが開けられた。先に入って行く詩織を眺めつつ、1歩だけ脚を出してドアを押さえてそれ以上部屋へは踏み入らない。たった1メートルしか離れていないのに詩織が遠く感じる。

 すると詩織が部屋の中からこちらを向かずにようやく口を開いた。


「そんな言い訳、信じられると思う?」

「…ごめん」

「携帯は仕方ないわ。実は私も充電切れてたのよ。だから、ロビーで待ってたの」

「…ごめん」

「ごめん以外のいい訳はないの?」


 心臓がビクついた。声は全然怒ってなんていないのに、僕は確実に彼女に射抜かれた。

 パクパクと口を何度か開いたけど、なぜかのど笛がならない。仕方がないから口を閉じていても発音出来る「うん」という言葉を小さく出した。

 声が出せなくなった僕の代わり詩織が口外した。


「もっといい、言い訳すればいいのよ。例えば、このホテルの前でバイクと車の衝突事故があって、けが人を応急処置していたら救急車が来て無理矢理乗せられて病院に連れて行かれたって」


 大きく目を開いた。

 僕の眼にはイタズラな笑みで振り返る詩織。


「み、見てたの?」

「そうね。正確には遠目でチラッと見えただけよ。事故があった時は車の往来があってそっち側には行けないし、私が駆けつけた時には野次馬が多すぎて人と人の間から時計を見ながらユーヤが脈を測ってるらしき所しか確認出来なかったわ。そしたら救急車に無理矢理乗せられて行っちゃうでしょ? 本当はその時私から連絡すればいよかったんだけど、電子機器があるだろうから携帯かけられなかったのよ」


 最後に「ご苦労様」と付け加えて手招きする彼女を見て、安心したのかちょっと腰が抜けた。そんな僕を見て笑いながら腕を取って部屋に引き入れてくる。

 安堵のため息を吐くと、


「それで、さっきの言い訳なんだけど、どこまでが本当なの?」


 なんて聞いてきた。

 だから間髪入れず、言い返す。


「それも本当だって言ったら?」


 一瞬驚いたような顔をする詩織に微笑みかけると、彼女はサンタもさらに赤くなる程の笑みでのたまった。


「ユーヤが言うなら、信じるわ」



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