X'mas + 遅刻サンタのその理由
「僕のイブはいいことないよね」
誰に言うでもなく、ポソリと呟いた。
しかし、これから始まる幸福のためだったとすれば、なんとなく「大目に見てやろう」っていう気分になる。というか、しておきたい…。
時計を見れば約束まで1時半も余裕があった。ここからゆっくり歩いても待ち合わせの場所には15分程で着く。詩織との約束はホテルのロビーで待ち合わせだから先に行ってもいいけれど、そういえば僕はしなくちゃいけないことがあったのだと近くのデパートに脚を踏み入れた。
デパ地下で買い物をして外に出た瞬間、目を合わせてはいけない人と目が合ってしまった。別に知り合いじゃいない。ほら、よく街とかで見かけるじゃない、変な宗教の勧誘のアレ。今、明らかにその人と視線が繋がっちゃったんだよね。僕さ、背こそ大きいけれどKENさんの言うように“優男”だから、昔っからこういうのに目をつけられやすいんだよね。
面倒だなと思っていたら、僕の心中なんて察することもなく相手はニコニコしながら近寄ってきた。そしてお決まりのあの台詞を繰り出してくる。
「貴方のために祈らせて下さい」
「いえ…」
結構ですと付け加えようとしたら、間髪いれずに「今、貴方不幸だと思ってるでしょ?」と言葉を遮ってきた。確かにと一瞬だけ思うとそこは心を呼んだかの如く、やっぱりねと相づちを打って、失礼にもこう切り出してきた。
「イブにカノジョにフられた。違います?」
まぁイブに街に出てきてるっていうのに少し浮かない顔して歩いていたら、大抵そうだろう。ある意味イベントと心理と行動を良く掴んでいるなと感心しつつも、僕の不幸はそんなもんじゃないと知らしめしてやりたくなって口を開いた。
「違います。ただ、朝から砂を食べさせられそうになり、その上砂まみれにされて…さっきはガチホモだと20人以上の世間様に勘違いされました」
「そ、そうですか」
あまりに想定の範囲外だったに違いない、勧誘者の顔が明らかに引くついている。ココだなと確信して立ち去ろうとしたら、意外に食い下がってきて「そんなに不幸なら」としつこく言われた。あのね、しょっぱなから僕に対して「カノジョにフラレタ」なんて決めつけて、失礼だと思っていたけれど「そんなに不幸」って他人に決められたくないよ。そうだろ? 僕は今からHAPPYになるために出来事を背負ったのだ。今から会う相手が大好きな時代劇の歌詞にもあるじゃないか“人生楽あれば苦あり”って。だから、いいことはなかったけど総合すれば不幸じゃない。イブに詩織と会うのにマイナスになる訳がない。
結構ですと何度も断るけれど、なぜか向こうはイケルと思ったらしく、執拗に追いかけてくる。
-----あー、もう!!
イラっとした瞬間、ニョキと僕の悪いSが角を出した。斜め後ろで「そこの集会場で祈らせて下さい」と言う勧誘者に振り返った。
「僕のために祈りたいんですよね?」
「はい、貴方のために10分。いえ、5分だけでいいんです。来て下されば全身全霊を込めて祈ります」
「…そんな5分とか10分とかケチケチ言わないで、一生祈って下さい」
「え?」
「だから。僕が幸福になるように、神も何もかなぐり捨てて僕のためだけに一生、休まず祈って下さいって言ってるんです」
真顔で言うと勧誘者が固まった。
ふんと鼻を鳴らしてその場に置いてけぼりにする。だって、毛頭相手にする気もなかったし、Sっ気だしてもフェチも面白さも感じないんだもの。振り返ると、勧誘者はチックを起こして走って集会場の方(?)へ行ってしまった。
S>宗教勧誘 の図式が頭の中で出来た。
-----もう、あんなのに絡まれるのイヤだし、先に行こう。
まだ1時間はあるけれど、待つのだって悪くない。ホテルのロビーになら新聞ぐらいならあるから、それでも読んで時間を潰そうと待ち合わせのホテルに脚を伸ばした。
右側には詩織と約束したホテル、斜め前にはスクランブル交差点。これを渡ってしまえば数歩で着くなと考えていると、横を僕と同じバイクが通り過ぎた。おっ、と視線で追いかけると車道の信号がグリーンになって、車が流れ始めた。
-----あ!!
危ないと言おうとした時には遅かった。
左に曲がろうと発進した車は後ろから来ていたバイクに気がつかず、内輪差によってバイクが巻き込まれた…。車体がぶつかり運転者が投げ出される。体が大きく円を描き歩道の柵に体を打ち付けた刹那、けたたましいブレーキ音と女性の叫び声が混じった。
気がつけば僕の脚は駆け出していて、倒れているバイクの運転者に声をかけていた。
-----気絶!? 意識がない…?
声をかけても答えがないことに後ろで突っ立ている人に救急車の要請をお願いし、頭を打っていないのは見ていたため、すぐさま気道を確保する。10秒、呼吸の有無を確認してあることに安堵のため息を落とした。見た所出血もないが一応調べておこうと時計を見つつ、脈拍を測る。
1、2、3、4、5…45、46、47、48…99、100、101、102…眉を潜めた。秒針を見ればまだ45秒あたり。だけど…118、119、120、121…脈拍は120を数えたのにまだ計り始めて1分にならない、しかも脈拍が弱い。顔を上げてもう1度出血があるかを確認するが膝に擦り傷くらいしか見当たらない。しかし、呼吸は浅く速くて…。
-----大量出血してる!!
多分、外傷ではなくどこかで内出血を大量にしているのだろう。バイクの運転手並みに顔面蒼白になっている車の運転手に向かって声を張り上げた。
「すみません、車にクッションか何か積んでませんか!?」
「え、え」
すでにバイクを引いたことでパニックを起こしているのか、僕の言っていることを理解出来ていない。が、代わりに僕の様子を見ていた男性がすぐに立ち上がって車までは走って行き、クッションを投げてくれた。
「脚を上げてもらっていいですか、ええ。少しでいいです。クッションを下に敷きたいだけなんで」
野次馬している人にけが人の脚を少しだけ上げてもらいクッションを脚の下に入れて心臓より高くする。
脈を測りつつ、救急車を待てば、緊急病院が近かったせいかすぐさま救急隊員が駆けつけてきてくれた。だから担架で運んでいる隊員に並走しながら早口で現状報告をする。
「呼吸と脈は確認出来ました。頭も打ってなかったと思います。けど脈拍が弱くて1分間で…」
「すみませんが搬送しながらお話を聞かせて頂ければと」
「え!?」
「乗って下さい!!」
「え、ちょ!!」
引きずり込まれるように車内に押し込まれた。
-----ちょ、ちょっと待って!! 詩織と待ち合わせが!!
僕の心の叫びも虚しく、救急車両はサイレンを上げながら目的地であるホテルを遠ざけてしまった…。
さすがに機器を積んである車両の中で携帯を開く訳にもいかず、言われるまま、最初から目の前で横たわっている人の状況を話し、病院に着くのを待った。病院に到着するなり、手術室の前まで並走させられた。しかもそうこうしていたら、病院から連絡を受けたその人の家族(奥さん)が来て、パニックを起こしているのか、僕は医者でもなんでもないのに「正和を助けて下さい!!」と合掌されまくった。ヤバいとは思いつつも、まさか生死の境を彷徨っている旦那さんがいる人を落ち着かせもせず「ちょっと連絡を」とは出来ず…。冷静にさせることに尽力を尽くした。
数十分後、ようやく気の静まった奥さんが僕の顔を見て「もしかして予定があったんじゃないですか?」と言ってくれた。
なるべく笑顔を作る。
「そうですね。そろそろ行った方がいいかもしれないです」
「す、すみません!! ホントに、本当にありがとうございました」
ペコペコしながらお礼を言われるので、後ろ向きでニコニコしながら「大丈夫です」と廊下を歩く。最後に会釈を一つして階段に滑り込んだ。