X'mas + 七面鳥の運命や如何に
クリスマスイブ当日、起き上がるなり動きやすい格好に着替えた。
別にウィンタースポーツに行くわけでも遊園地に遊びに行くわけでもない、理由は彼女とのデートスポットは砂場だからだ。え? なんで砂場かって、そりゃ相手は4歳児だもの。ああ、ちなみに言っておくけれど、決してカノジョではない。僕はロリコンじゃない。けど、まぁ誘ってきてくれるものをないがしろにも出来ないでしょ? 逆? 想いに応えるつもりがないんだったら突き放せ? はぁ…最もな意見だけど、それってもっと年齢が上なレディに対してでしょ。あくまで彼女はガール、preschool childだもの。いたいけな少女の心を傷つける方が悪い気がするし…ほら、保育園の先生を好きになっちゃうアレと一緒。学年が上がって小学生にでもなれば「そういえば好きだった」ってな感じになるからさ。
時間を見計らって机の上に用意しておいたプレゼントを鞄に突っ込んで家を出た。
大正ショッピングモールの近く、ブルーのマンションの前まで行くと、まだ約束の時間には10分も早いのに、駐車場の入り口で出逢った頃と同じように小さく丸くなって地面を眺めている雪姫ちゃんを見つけた。急いで駆け寄って声をかければ、パッと顔を上げて名前を呼んできた。
「待たせちゃったみたいでごめんね、寒かったんじゃないの?」
「ヘーキよ!」
ピョンとジャンプして立ち上がり、僕の小指を握って「そんなことより早く公園に行きたい」とせがむ子に、はいはいと笑って一緒に公園へ向かった。
公園内に入った瞬間、少し眉をしかめた。けれど雪姫ちゃんの前でそんな険しい顔を見せる訳にもいかず、すぐに柔和なポーカーフェイスに変える。しかし、それはすぐさま崩れそうになる…この一言で。
「砂場、砂場でデートなの!」
何がいけないかって? いや、わかるでしょ。僕だってもし、公園にいて、あまりに似ていない幼児(女の子)と高校生(男の子)の二人が入って来たらまず「兄妹だよね?」とジッと見つめちゃうね。その上で「デート」だなんて言葉が飛び出してきたら確実にその男の子を“妖しいヤツ”に昇格させるよ。そう。今、まさに僕がその男の子の状態に陥っているってワケ。僕は確実に周りのファミリーから“妖しいヤツ”あるいは“ロリコンおよび変態”の目で、少なからず見られている…。心が読めなくたって分かるよ、その目!! その表情で!! 全く、最近は世知辛い世の中だよ、昔なら近所の優しいお兄ちゃんで済んでただろうに。僕はロリコンでもなければ妖しいヤツでもない!!
なんでイブにそんなことを思われなきゃいけないのかと、なるべく気がつかない振りをしてお山を作るのを手伝う。
「ユーヤ、シュコップ取ってー」
ピンク色の小さなバケツに備え付けられたスコップを手渡せば、パシパシ叩いて山を整形し始めた。僕はてっきりそれは山だと思っていたんだけど、叩かれ過ぎてだんだん扁平になってきた。黙って見ているとそのまま押しつぶして、砂場の端っこにある乾いたサラサラな砂をかけている。そして仕上げと言わんばかりに、そこら辺にあった石をとってきて突き刺し始めた。
「できた!!」
「…できたね」
正直言って何が出来たかは僕の芸術センスでは計れなくって、賛同だけした。
と、せっかく作った何かの一部をスコップで掬い上げてスノープリンセスがにんまり笑った。そして僕の目の前に砂を突きつける。
「はい!!」
「…うん?」
「ケーキだかや、食べゆの!! あーん」
視線をずらして顔を覗くと、目がマジだった。
これは…振りなんて空気じゃない。僕はKYじゃないから空気が読める。でも、さすがにこの空気は読めないでしょ、飲み込めないでしょ、食べられないでしょ!!
仰け反りながら抵抗を試みる。
「ちょ、さすがに食べられ…」
「食べゆのー!!」
ガッと胸ぐらを掴まれて、小さな膝が太ももに乗っかってきた。ヤバいと思った時には僕も勢いに押されて後ろに肘をついた状態で…気づけば、ものすごい勢いでスコップが顔面に近づいてきた。
-----ひぃいいい!!
ガツン。
小気味のいい音が鳴ったと同時に顎に衝撃が走った。そしてザーとテレビの砂嵐のような音がお腹の上で鳴った。そう、スノープリンセスからのクリスマスプレゼントは惜しく(?)も僕の口には届かず。砂の代わりに痛みを味あわせてくれた。しかも服を汚すと言うオマケつき…。
砂にまみれたパーカーから視線を上げれば、お姫様が目を輝かせて僕を見つめていた。
「…ご、ごちそうさまでした」
「あい!!」
僕の太ももを足蹴にしてまた砂場に戻る姿に安堵を覚えていたら、雪姫がまたスコップを砂のケーキに突き立てた。
そして喜色満面な顔で振り返る。
「ユーヤ、おかわりは!?」
保育園児に気圧された。何かが僕に警告を発している。けれど断れる筈もなく…「い、頂きます」こう応える他ないわけで…。
その後、僕は服の中まで砂まみれにされてしまった。
クリスマスイブは3人もの人とのデートという、言葉だけ聞いたらあまりにリア充なスケジュールですが…。山田裕也18歳、1人目のデートで早くもくじけそうです…。
姫を家まで届けた後、急いで自宅へ戻る。
次は今日1日の中で一番テンションの落ちる予定だけど、行かなきゃいけない何とも理不尽さと不満が入り交じったやるせないもの。そりゃ僕だって女の子とのデートだったら嬉しいけれど、これから一緒に時間を共有しなくちゃいけないのは男。分かってると思うけれど決して、絶対、神に誓って僕はホモでもなんでもない。1ミリも、1ミクロも、1ナノも、1ピコさえも男の子なんて好きじゃない。だけど行かないと僕の綺麗な体が、貞操が危ない。そう、これはクリスマスイブのある意味本当の聖戦。失敗した場合はヤラれる前に死を選びます。
「このまま行ってやろうか」
砂にまみれたまんまの汚い格好して行ってやりたい。けれど、最終目的地である詩織と約束の場所にそのまま飛んで行きたいからそれも叶わない。チッと舌打ちをしてシャワーのカランを捻った。
青柳くんとの待ち合わせは15時の平壌駅南口の金の女神像の前。
電車を降りて自分に言い聞かせる。
彼も言っていたじゃないかと、カフェでお茶するだけだと、話すだけだと、僕もあまり深く考えすぎずに末長と同じように対応すればいいのだと。よし、イケルと彼がバイということを置き去りにして男友達モードにエンジンをかけた。
駅構内を出ると、わかっちゃいたけどそこはすでにカップルの聖地だった。待ち合わせのためにすでにベンチはいっぱいで、たまに出逢ったカップルが嬉しそうにニコニコしながら手を繋いで街の方へ脚を運んでいる。なんとなく羨ましい思いを馳せてキョロキョロと周りを見渡せば、すぐにアッシュブラウンの癖のある背の高い男の子を発見することができた。なんでか? 別に僕と彼の間の運命があるなんてワケじゃない。実は彼はさ、あんまり描写はしていないけれど正直言って結構カッコいい部類の顔してるんだよね。そりゃ何人かの女の人が少し顔を赤らめて振り向いている先を釣られて見れば僕だってすぐに目に入れちゃうよ(本当は見つけたくないけど)。
決して雪姫ちゃんにしたように駆け寄ることはせず、のらりくらりと近づけば彼も気がついて顔をこっちに向けた。
「来ないかと思ってました」
「マワされたくないからね」
「はは、効果絶大ですね。…ムーンバックスでいいですか?」
頷くと彼はビックリする程の爽やかな笑顔で隣に並んできた。一緒に店内に入れば、やっぱりそこもすでに恋人達の聖地で、僕たちはなんとなく浮いた感じだ。はぁと小さくため息と吐いてモカブラックを注文する。そういえば…と思い出し、注文を言っている青柳くんに声をかけた。
「それ、奢るけど」
「え? いいんですか?」
「だって君にはプレゼントなんて用意してないから、これでいいでしょ?」
敢えて“君には”の部分を強調して言えば、眉毛をピクリと上げつつも「じゃあお願いします」とごっちゃんしてきた。でもその笑顔…なんか姉さんとは違う怖さだね。
席に向かい合わせになってコーヒーを口に含めば、なぜか妙に苦かった。
「で、何話すの?」
「そうですね、まずはテンション上げてもらうために詩織先輩の話でもしましょうか」
「…いいけど」
一応取ってきておいたシュガーをカップに突っ込んでクルクルかき混ぜる。少し苦みの引いたことに満足感を得ながら彼が話し始めるのを待った。
「山田先輩はどこまで知っているのか気になってるんですけど、実際どこまで詩織先輩のこと知ってるんですか?」
「どこまでって…さぁ? 時代劇好きのメルヘンってことは知ってるかな」
「家のことは?」
「家。僕も知ってることはあるけど、君が知ってる以上に知ってる可能性あるから、なんとも言えないかな」
「俺は先日知りましたよ。伝説の男の弟が実は山田先輩じゃなくて詩織先輩だったってこと」
「そう」
理事の孫だって言ってたなとコーヒーをすすりながら適当に相づちを打てば、いつの間にか彼女の話じゃなくて僕の話にすり替わっていた。で、要約するにどうして僕が伝説の男の弟と言われるようになったかを聞きたがっているようだ。だから詩織の話が前置きにあったのかと妙に納得しながら話せる部分だけを時系列順に話す。詩織との出会いから、番長との初コンタクト、委員長誘拐事件…
と、話の途中で彼がピクリと反応を示した。
「どうしたの?」
「いや、奇遇だな〜と思いまして」
「は?」
「さっきから思ってたんですけど、その委員長って鮎川家のお嬢さんのお話ですよね? 今、そこにいますよ?」
「え!?」
指を指す方向へ振り返ると、ちょうど委員長が店内に入ってくる所で、思いっきり目が合った。
ホント奇遇だなと、彼女もムーンバックスなんて大衆の来るような場所に現れるのだなと感心しつつ挨拶しようとした…ら、委員長はまるで貧血を起こしたかのように額に手を当て、仰け反る素振りを見せた。倒れるんじゃないかと驚いて立ち上がると、彼女はフラフラとしながらも僕たちのテーブルまで歩いてきて、袖口を掴んできた。
「だ、大丈夫? 貧血か何かだったら席譲る…」
「…××××」
「え?」
一瞬だけ聞こえた小さな声が、一体何を言っているか分からなくて聞き直した。
すると、少し涙の溜まった目でキッと睨まれた。あまりの剣幕にたじろぐ。
「田畑くんはどうしたんですかって聞いてるんですぅ!!」
「た、田畑くん!?」
「田畑くんですぅ、何、何をやってるんですかぁ!? 彼以外の男の人とク、ク、クリスマスイブにデートだなんて!! 浮気だなんて許せないですぅ!!」
一瞬何を言っているのか分からなかったけど、すぐに理解した。要するに委員長の頭の中ではもう僕は田畑くんとひっついていて、しかもこともあろうにそのまま僕が青柳くんと浮気をしていると思っているらしい。大変な勘違いだ、どうしたらそうなる!?
いまいち彼女の思考回路は理解出来ないが、急いで否定にかかる。
「お、落ち着いて。違う、違うから!!」
「何が違うって言うんですかぁ!?」
「委員長が思ってるような関係じゃない!!」
「嘘ですぅ。何もなければクリスマスイブだなんて大イベントに過ごす訳ないんですぅ」
「だから…!!」
ここまで言って僕はさらに最悪な事態なのだと理解した。
いつの間にか静まり返っていた店内を見渡せば、僕のことをあらぬ目で見つめてはコソコソ話す人々の姿。そう、ここはムーンバックス。客は僕らだけじゃない…。
「ホモだって」
「浮気って、ホモの世界でもあるんだ」
「バカ、逆に多いらしいぞ」
「男二人でイブに、妖しいと思ってたんだよねー」
僕は、僕は、青柳くんとそんな関係じゃない。もちろん田畑くんとだってそんな関係じゃない。委員長に「違う」とか「思っているような関係じゃない」って言ったのも“浮気”って言う意味合いじゃなく、そもそも根底の所から違うって意味で、
「ち、ち、ちが、ちが、違うんです」
「浮気っていう違うじゃなくって、根本から違うって意味で…」
「僕は、僕は、ホモじゃない、違うんです」
言っても言っても、お店の中ではお客さんどころか店員さんまでもが僕に視線を送ってきて…
「ち、違うんだぁぁぁああああああ!!」
ムーンバックスの中心で力の限り叫んだ。
クリスマスイブに公衆にホモだと誤解を受けるという醜態…。山田裕也18歳、2人目のデート(?)で燃え尽きた真っ白な灰になりました。