プッツンガール #3
「知っての通り、僕は戦闘向きじゃ決してない。だから危なくなったら逃げるからね」
頷かれてしまうと、なんだか情けないようなラッキーなような。
--------はぁ。ま、とにかく自分が出来ることだけをしよう。あとは警察がなんとかしてくれるよね。
どうか警察が早く来ますようにと、きらりと光り始めた一番星に願掛けをした。
先程なんとか詩織を落ち着かせた後、僕はビルの様子を伺った。中の構造はよくわからないが、スーパー側は窓があるが全て閉め切られていて、一番上の階だけ窓が一つもなかった。ただ、回り込んでみると、1番上の階には東側だけ窓があり電気がついていた。他の階は非常用電灯のみしかついていないので、委員長がいる可能性が高いとすれば、灯りが灯っていた最上階が妖しい。さらに裏側まで見てみたが、通常ビルに着いてある非常用の螺旋階段はなく、2階以上に行くには正面にある半外階段からしか入れないようだった。前を通るふりをして半外階段を外から見るとアロハシャツを着たチンピラのような男が煙草を吹かして立っていた。何か通信するような手段をもっているかどうかは定かではなかったが、彼が動く度に金属の鳴る音が聞こえたので、もしかしたら中に入る為の鍵ぐらいは持っているかも知れない。
辺りが暗くなり始めた頃、自分で自分を奮い立たせ立ち上がった。
--------さ、行くぞ。
階段を上がる前、詩織の方を向くとなぜか思いっきり明るくウィンクされた。状況わかってるのかな? あーもしかして、もっとリラックスしろってこと?
男に見えない位置で大きく深呼吸をし、階段の1段目を踏みしめた。
「すみませーん」
「なんだお前」
キョロキョロしながら、アロハシャツの男に近づいた。警戒した様子は全くなく、顔だけこちらを向けて憮然としている。
「いや、今日バイトの面接に着たんですが」
「そんなもんここじゃしてねーよ、早く帰れボケ!!」
「す、すみません」
ペコリとお辞儀をすると、彼は「馬鹿が」と悪態をつきながらポケットに手を突っ込み、タバコとライターを取り出した。
-----今だ!
腰に当てておいた手を振り上げた。
驚いた男が手を見るため上を向く。その隙を狙って一気に詩織が男に駆け寄り、首を掴んだまま男を壁に押し付けると、ゴッという鈍い音がして手からタバコとライターが滑り落ちた。彼女は少し飛び上がって膝をあげ、何度かミゾオチに当て倒れかかった男の顎に掌底を食らわせた。
パグッという音が鳴り、男はドサリと倒れた。
「や、やりすぎじゃない?」
「ミゾオチじゃなかなか気絶しないのよ、ドラマじゃないんだから」
にこっと笑みを漏らしながらアロハシャツを腕の半分まで脱がせ、後ろ手になるように結ぶ詩織。なんか、手慣れてない?
「まープッツンしてたらこんな奴、もっと楽に倒せたんだろうけど」
キレてなくても十分強いよ…。声も出せずに死んで(?)いった男に心の中で合唱した。
ジーパンの後ろに付いているキーリングを徐に外し、彼女はドアの前でカチャカチャと鍵を1つずつ試し始めた。
男の足下に落ちているライターとタバコが目に入る。
------ゲームだとライターって必須アイテムなんだよなー。
必要ないとは思いつつ、一応ライターだけ拾っておく。ポケットに入れようとすると携帯に当った。やっぱり、一応警察に連絡しておいた方がいいのかな? ふと頭をよぎり、携帯を開けた。圏外…?!
「ユーヤ、早く!!」
「あ、うん」
すでに体半分ドアの中に入っている詩織が急かすように手招きをした。
部屋の中は外で見た通り、電気はついておらず非常灯のみが蒼く光っていた。後ろ手でゆっくりドアを閉めると、さらに闇が増し、目が慣れるまでしばらく時間がかかってしまった。ようやく目が慣れてきて周りを見渡すと、コンクリート造りでガランとだだっ広い1部屋だということが分かった。部屋の奥に階段の登り口と故障中と書かれた張り紙がドアの前に貼ってあり、使われた様子はなかった。ドアの様子からすると多分トイレだ。
詩織は床に耳を当て、僕が歩くのを止める。
「し、静かに。…水の流れる音、下水…?」
「ここは使われてないみたいだけど、今どこかで水を使ってるみたい。昔は会社か何かだったのかもね」
頷いて、ふわりと揺れる髪に並ぶ。
彼女は踊り場に脚を一歩入れると同時に、僕の前に手を置いた。待てということらしい。
「気配がする、2人…いや3人」
ゆっくりと踊り場から這うように両手をついて、3階の様子を伺った。ドアは開いたままで中の様子が見える。2階と同じようにガランとした部屋が広がり、一番奥に階段がある。2階と違うのはトイレの替わりにキッチンが備え付けられていることだった。
面倒くさい構造してるなぁ、頭を引っ込めながら考える。普通のビルだったら階段が続いていて一気に上の階までいけるのに、このビルは階の一番奥にわざわざ階段を作っている。このパターンでいくと多分一番上までそうだろう。どうしてそんなことにしたんだ、なんて作った人かデザイナーでないとわからないが、誘拐犯としてはこのビルを選んだのは頷ける。
「…気配が動かない」
「どこにいるかとかまでわかるの?」
「そこまではわからないわ。私だって普通の人間だもの、ただいるのがわかるだけ。でも…相手はプロじゃない。プロだったらあんな間抜けを出入り口の見張りにしないもの」
そこまで話すと彼女はゆっくり立ち上がった。前にもしたように、太ももから警棒を出すと、先を指で摘んでゆっくりと伸ばした。
たぶん、伸ばしきった時が合図。
腕が止まった瞬間、彼女は2段跳びで階段を駆け上がった。2、3歩遅れて追いかける。
詩織がドアをくぐった瞬間、右上から角材のようなものが振り下ろされた。しかしギリギリで避け、角材を持っていた手に容赦なく警棒がしなった。カランと床に木が落ちる音がして、手が引っ込められる時にはそのまま回転し、こちらを向く格好になった彼女の左肘が男の腹部にめり込むように入っていた。
詩織がスッと前に屈むと反対側から振り下ろされた細い金属棒が先程襲ってきた男の頭にヒットした。
「ガッ」
さらに体勢を低くした彼女は両手、片足をついて回転し、脚払いを掛けた。驚いたような顔のまま尻餅をついた男めがけて僕は飛び込んだ。というか、止まれなくて彼女の脚払いに一緒にかかってしまい、倒れ込んでしまったのだ。手をついた部分はちょうど男の顔で、鈍い音が僕の手の下で響いた。
「うわっ」
ピタリと、警棒が僕の脇腹の横で止まった。
多分僕が入ってくることを予想していなかったのだろう。そこは男の頭がある場所だった。
パチパチパチパチ。
誰かが手を叩いていた。パチンという音が鳴って、辺りが明るくなる。眩しくて目を細めると、階段の前で金髪の男がカメラ越しにニヤニヤしながらこちらを覗いていた。
「いやー強いね、お二人さん。ぶったまげちゃったよ」
くくく、と声を押し殺して笑っている。
僕が彼に気を取られている間に、詩織は走りながら体をひねり警棒を振り下ろさんとしていた。
「っと、俺は今回、戦闘要員じゃないんでね」
後ろに軽くジャンプをして避けると、彼は踵を翻し階段を脱兎の如く上って行った。
空を切った警棒を見やり、彼女はチッと舌打ちをした。
僕はようやく男の頭を離し、彼から離れた。男達はうめき声を漏らし、眼下に転がっていた。
「……」
-----こいつら、明らかに僕たちが来るのが分かっていた風な動きだったな。
首を傾げる。
「ユーヤ?」
「あ、ごめん」
男達から目を離し、詩織に走り寄った。
「あんまり足音立てると!」
「さっきの金髪に見つかっちゃったから、もう遅いよ」
「…そうね」
不機嫌そうな顔をして、警棒をペシペシ左手に降ろしている。
階段に入ると、すでに4階から明かりが漏れてきていた。