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X'mas + 正しい予定の立て方

 いつもの帰り道、いつもの如く小指だけ繋いで並んで歩く。

 けれど、僕は今にも走り出したい衝動に駆られている。いや、走り出しちゃダメなんだけど、でも、でも、こんなことするの人生で初めてでどうしたらいいか分からない。いや、分かってる。することは一つなのだから、体の準備は万端。だけど心がまだ、まだ、まだ、ついてきてくれない。たった一言、声に出すだけなのに…

 -----クリスマス、僕と一緒に。

 あーーーー!!

 無理。無理。無理。

 無理、無理。でも一緒にいたい。でも言えない。言える勇気が出て来ない。出てくるのは彼女の話に相づちを打つ言葉と軽い冗談。本当はこんなことしてる場合じゃなくって、バシッと誘うべきなんだろうけど、でも、勇気が出ません。


 多分ね、僕が詩織のこと去年みたいに好きだと気づいてなかったら普通に「今年の予定は? 未定? じゃあ来る?」なんて今の僕なら言えたかも(ここもあくまで、かも)知れないけれど…。好きだと分かったら、もう、もう、ヘタレの僕には無理です。好きだからクリスマスくらい一緒にいたい、けれど、なかなか言えない。今、究極の葛藤状態です。言えなきゃ一緒に過ごせないし、でも言うには根性がなくて。

 正直、今僕は猛烈に神無月さんのことを尊敬しているよ。そうでしょ? 彼女は末長とそこまで周りから見ても“仲がいい”ってわけではなかったのに、教室で堂々とクリスマスの予定を聞いて誘って、しかもイルミネーションの前で告白したんだ。なんて、なんて積極的かつ大胆な人なんだろう、勇気のある人なんだろう。僕なんか、約1年半ほぼ役得でベッタリそばにいて、去年一回クリスマスに一緒にいたって言うのにこのていたらくだ。ああ、神無月様。師匠でも仙人にでも神とでも崇めます、崇めますから僕に、僕に勇気を分けて下さい。

 学ランの第2ボタン辺りをキュッと掴んでアスファルトと見つめた。


「あの…」


 立ち止まって顔を上げれば小首をかしげた詩織。

 -----っっっ!!

 目を泳がせてすぐに俯き、また歩き始めた。


「何でもないです」

「あはは、変なユーヤ」


 こちらの心中さえも知らず、コロコロ笑う彼女を盗み見して、小さくため息を吐いた。僕の馬鹿。

 自分の情けなさを呪っても特に何が変わるって訳じゃない。仕方がないからポジティブに捉えることにする。

 -----明日こそは…!!

 そう、まだ12月の上旬。イベントがある日まで時間はある、最悪前日までに誘ってしまえばなんとかなる。今日出なかった分の勇気を繰り越しにしてもう1度、明日こそはと決意を決めた。

 決めたくせに今日も言えずじまいで、ホテルについてしまった。詩織に手を振ってすごすご家に向かう…。多分、フロントさん達には僕の後ろ姿は哀愁漂って見えているだろう。


 -----いやいや、今日こそは言うべきでしょ?

 シャカシャカと熊手で校門前の落ち葉を拾い集めながら、決意を決める。といっても、初めて誘おうとした日からすでに4日経っていて、毎日同じことを思っている気がする。馬鹿だと、ヘタレだと今ならなじってくれてもいい。自分でもそう思う。ああ、去年はよかった。姉さんが強制的にしてくれたから僕はメールを見せるだけで済んだ。しかもそのおかげで憧れの人KENさんとお話出来るようになったし、記憶はないけれど詩織と同じ布団で寝たらしいし(去年の自分が羨まし過ぎる)、そういえば24日から26日のお昼くらいまでずっと一緒だった。まぁコブ付きだったけど。今年はそれも期待出来ない。どうやら姉さんとKENさんはニューヨークかどこかでイベントを過ごすようなのだ。だから、もし詩織と一緒にいたいなら自分の力でなんとかするしかない。そう、なんとかするしか…。


「って、あれ?」


 周りを見渡すとまだ周りには掃除をしている人はいるのに、僕の周りにいた男子がいなくなっていた。そして校庭に置き手紙ならぬ、ダイイングメッセージ(?)が…<クリスマス、予約取り付けに行ってくるから後を頼む!!>。

 ヤラレタ。

 僕が一人で考え事をしているのをいいことにうまく逃げられたなと、まぁ掃除の時間が終わった後でしっかりその分は支払ってもらおうと、かき集めた落ち葉を他のグループが入れているゴミ袋に入れちゃおうと熊手を置いた瞬間だった。声をかけられた。


「ユーヤ、一人?」

「…この状況、悲しいかな一人だよ」


 振り向けば向こうの方で同じく、女の子グループで落ち葉を集めていた筈の詩織が立っていた。

 ちゃんと体を向けて話を聞く体制に入れば、彼女は一度髪をかきあげてカーディガンのポケットに手を突っ込んだ。スッ引き抜かれるその手の中には何やら1枚のチケット。

 彼女は俯いて赤い石に負けない程耳まで染めて、口を開いた。


「ユーヤ、あの、クリスマスなんだけど。ホテル、行かない?」

「うん。……。…んん!?」


 即答したくせに、脳みそが一気にエンジンをかけて逆にエンストした。今、なんておっしゃいました…?

 あまりに僕が変な声と顔をしていたのだろう、詩織は頬を膨らませながら近づいてきた。


「だから、ユーヤと…」


 と、タイミングを見計らったように彼女の言葉半分で携帯がけたたましくなり始めた。バツの悪い顔をして携帯を確認すれば見たことのない電話番号。不信に思いつつも耳に押し当てれば、見知った、あの子の声。

 それは僕のファーストキスを奪った4歳児で…詩織の顔を見ると声が聞こえているのか口パクで「雪姫ちゃんね」と頷いていた。着信は携帯からじゃなかったから、これは彼女の家の番号だなと、前に携帯の番号を教えたことがあったなと僕自身も首を縦に振りながら用件を聞いた。


『どうしたの?』

『クスリマシュ!! 恋人同士なんだかやクスリマシュはデートすゆのぉ』


 大きく目を開いた。これは、どうやら雪姫ちゃんからのクリスマスデートのお誘い。でも僕は目の前の子から今お誘いを頂いたばっかりで…。とりあえず質問する。そうだろ、スノープリンセスはいくらおマセさんだと言っても実年齢は4歳児。いくらなんでも夜はない。時間を聞けば、午前中に公園の砂場で一緒に大きな山を作りたいのだとか。目の前の人物を見ればクスクス笑って「デート、楽しんできて」なんて浮気(?)を容認している始末。じゃあ…


「24日の10時に雪姫ちゃんの家の前でいいかな?」

「うん!!」


 楽しみにしてるなんて大人な言葉が返ってきて笑いながら通話を切った。

 ポケットに携帯をしまって謝りつつ、先程の話の続きをする。


「えっと、さっきなんて言ったんだっけ?」

「だから一緒にホテルにって言ったのよ」


 言いつつ、先程ポケットから取り出したチケットを突き出してきた。チャリティコンサートか何かかと目を通せば…。

 -----こ、これは!!

 これは、これは、よく漫画とか小説の展開でよくある、クリスマスは夕方から二人でラウンジに集合してホテルのレストランで食事して「部屋取ってあるから」って鍵渡してシャワー浴びてGO!!パターンの男女逆バージョンじゃ!? もしくは伝説の“プレゼントは私”ってヤツですか!? あり得る筈のない妄想が妄想を呼び、一人でパニックに陥った。

 あまりの衝撃(妄想)にチケットを持ったままフリーズしていると詩織が僕の指先からチケットを奪い去った。でも僕はまだ固まったままで、見えなくなった紙の代わりに地面を見続けた。


「い、嫌ならいいのよ。一人で行くのもなんだったし、でも神無月ちゃんや委員長はすでに予定があるから、その…」


 顔をまた真っ赤にしてモゴモゴしている様を見て、どこかに飛んで行っていた意識が小躍りしながら舞い戻ってきた。そして彼女を助けるべく、一緒に過ごすためすぐさま助け舟を出した。


「い、嫌じゃない…し、さっき僕行くって言ったよ…」


 けれどすぐに失速して口の中だけで最後の方は発音してしまった。

 二人で俯いて多分1分は過ぎただろうか、バッと顔を上げる。

 そう、本来なら男の僕が誘わなきゃいけないトコロを誘ってくれた詩織にこんな気まずい空気を吸わせちゃいけない。せめて打開するのは自分だろうと息を大きく吸った。


「このホテル、平壌駅のとこだよね。現地集合? それとも迎えに…」

「…む、迎えはいらないわ」

「そう」

「ええ」


 また沈黙。ヤバいと思いつつ、ハッとした。急いで言葉にする。


「それ、君のお金じゃないの? 僕も半分出すよ」


 チケットを差しながら言えば、詩織の顔がようやくいつも通りに戻った。


「違うのよ。ほら、オーナーがね、いつも利用してくれてるからクリスマスくらいはワンランク上にってくれたのよ。だからタダ!!」


 えへへと自慢げに笑顔を零す子に安堵を覚えて「じゃあ詳しくは日程が近づいてから」と自分の掃除担当区域に走って行く後ろ姿を眺めた。

 -----YES!! Oh my goodnes!!

 人生最良の日はいつだ? と言われれば、迷わず今日だと確信を持って言おう。いや、当日か? …わかりません。とりあえず、有頂天という言葉は今の僕にあるのだろうと、先程の僕以外がいなくなって掃除を全て任せられるというちっぽけな不幸はこの幸福のためにあったのだとニヤついた。が、それはすぐに終わりを告げる。そう、僕は、基本的に不幸な人間。いいことがあるとそれを埋めるが如く、不幸と取らざる得ない出来事が待ち受けていて…時に幸福を貰った数倍の不幸を与えられる。

 ゴミ袋を貰いに行こうと反対方向を向いた瞬間、木の陰からこちらを見ている人物と目が合った。


「ヒッ」


 体をビクつかせると彼は僕が気がついたことににんまりしながら妙に素早く僕の前までザカザカ歩いてきた。そしてのたまう。


「俺ともクリスマスデートして下さい」


 彼の癖のある髪と共に山になった落ち葉も風に吹かれて、散らばった。

 そう、彼の名前は僕に想いを寄せるバイの男の子、青柳くん。嫌いじゃないし、いい子だと思うけれど、僕をそっちの世界に引きづり込もうと日夜、つけ狙ってくるのだけは止めてほしい。引くつく顔を押さえることをせず視線を外した。


「僕、僕、予定あるから」

「知ってますよ。午前はあの金髪ツインテールの幼児、夜は詩織先輩。そこで聞いてました」


 ある意味、詩織に気配を悟られないなんてすごいなと感心した。


「そこまで聞いたなら…」

「でもお昼は開いてますよね?」

「でも、準備とか」

「時間は取らせません。いいじゃないですか、それとも何ですか? 二人は良くて俺はダメなんですか?

「だって君は男の子だよ」

「酷!! 山田先輩酷い男ですね。男だからダメだなんて、今全世界のバイとゲイを山田先輩は敵に回しました。ついでに本当にマワしますよ? 勿論、僕のお仲間でですけど」

「!!」

「嫌なら、OKしてくれますよね? 大丈夫です、別に何もしませんから。ただ一緒にカフェでも行ってコーヒーブレイクしましょうって言ってるだけですから。ほら、男友達と変わりません。それでも断るって言うんだったら本当にマワ…」

「それだけは!!」


 涙目でデートすることを了承してしまった。

 イザとなると人間何でも出来るって言うけれど、僕は何も出来なかった。だって、だって、マワすなんて言うんだもん。僕は男になんてマワされたくもなければ、本当は彼とデートなんてしたくもないのに…。でも、でも、行かないとマワされちゃう…。

 人生初めて、1日に3人もの人とデートを約束出来た日:クリスマスイブ。普通ならこれって超モテ男のスケジュールだけど、僕の場合は一人は幼児、一人は男…。これは人生最良の日なのか、それとも最悪の日なのか。とりあえず、僕にもクリスマスシーズンが到来したのだけはわかった。



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