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抱きしめるより近くに

 学ランに袖を通してボタンを締め、ブルーのモッズを羽織る。

 パーカー部分が反対側になっていないことを確かめつつ、クローゼットを閉じていた時だった。携帯に着信が入った。急いで取ると「もしもし?」と詩織の声が聞こえてきた。頬の筋肉を緩ませてどうしたのかと聞く。

 すると彼女は少しくぐもった声で言葉を詰まらせながら応え始めた。


『あの、ユーヤ…今日は医学部編成の授業ある、かしら?』

『ううん、ないよ』

『そう。実は…お願いしたいと思ってたことが、あるの。もっと前に言おうと思ってたんだけど…なかなか言えなくって』


 言葉を選びながらゆっくり話すペースに合わせるように1秒置いてから相づちを打つ。すると声が途切れた。沈黙をどれくらい聞いただろう。何度か通話が切れたのかと通話時間が動いているのを確認しつつも声を待っていると、ボソボソっとまるで言葉を練習するかのように何かを口の中でささやいていた。

 そろそろかなと、さらに耳を傾けて口を閉じているとまた声を発し始めた。


『あの、私…ユーヤに』

『うん?』

『私ね、ユーヤに。その、今日一緒に来てほしい場所が…あるのよ』


 ようやく言い終わったから安心したのか、ふーと息を吐き出しているのが聞こえてきた。

 小さく笑って「放課後?」と聞けば、今からだと言われた。時計を見ながら待ち合わせ時間を聞きき、通話を終えて、すぐさま大正学園の事務へと連絡を入れて休む旨を伝えておいた。

 -----あ、どこに行くか、何しに行くか聞き忘れてた。

 詩織のあまりに真剣な声に一番大切なことを忘れて、了承してしまったことに気がついた。しかも学生の本分である学校に行くということを蹴って…。まぁそれがくだらないお願いだとしても、きっと僕は受け入れてしまうのだろうけど…自分は本当に詩織馬鹿だなと、こんなんじゃ卒業をする前に自分の想いに気づかれてしまうんじゃないかと一人でドギマギした。

 しかしとりあえず学生服はないだろうと部屋を継続して暖めつつ、ジーパンにシャツ&紫のセーターを着ていると詩織がインターフォンをならした。はいはいと扉を開けると彼女は、いつもとは違う格好をしていた。真っ黒のコートに真っ黒なスカートを合わせて、ダークベージュのストッキングをはいて靴まで黒。顔をしかめながらも部屋に促せば頷いて入ってきた。

 -----これは…。

 一つの仮説を立てながらも僕は知らないことになっているのだからと敢えて気づかない振りをする。

 いつもの定位置に腰を下ろすのを見届けた後、僕も定位置に着いた。


「ねぇユーヤ。今から言うことを聞いてから、行くかどうかを決めてほしいの」


 目を見つめると彼女はまた俯いて、ポツリポツリと話し始めた。


「もう、なんとなくユーヤは感づいていると思うんだけど、私とお兄ちゃんは両親がいないの。だから、こないだの三者面談だって…ユーヤの家族に頼んだの。ユーヤは何も聞かないから感づいているんだろうとは思ってたんだけど、本当はずっと言おうと思ってたんだけど、なかなか言葉にできなくって。とうとうここまできちゃったの。…それで、今から一緒に行ってほしいと思ってるのは、その、私のお父さんとお母さんのお墓なの。実は今日が命日で、だから。あ、なんでユーヤかって言うのはね、その、両親が死んで…ユーヤが初めての友達だから、報告したくって。もしよければ一緒に…行ってほしいの。でも、断ってくれてもいいの。ううん、急にこんな話、断られるの前提で言ってるからいいのよ。でももし、ユーヤが一緒に…」

「行くよ」


 大きな瞳をさらに大きくしながら詩織が伏せていた顔を上げた。

 少しだけ口の端を持ち上げてもう1度言う。


「詩織の両親のお墓参りでしょ? 行くよ」

「い、いいの?」

「うん。僕なんかでよければ」


 片手をついてティッシュを詩織に手渡した。流れては白いそれの一部分を濃い色へ変えて行く様を見つめる。時計の針が円を4分の1描いても泣き止まない子に、デコピンを喰らわせながら立ち上がった。

 クローゼットを開いて、真っ黒なセーターを取り出しながら言う。


「ほら、アッシーが着替えて来るまでに泣き止まなきゃ、置いて行くからね」


 ヒラヒラ手を振って、脱衣所へ向かった。






 電車に乗って、いつか詩織の家を訪ねてきた駅で降りて構内で花を買った。そこからタクシーに乗って数十分。小高い丘の上にある、見晴らしの良い霊園に僕らは脚を踏み入れた。…見上げれば空は白く、吐く息までが白い。頬を刺すように冷たい空気を切って歩く詩織の後ろをついていくと、一つの墓石の前で脚が止められた。

 そこは他のお墓とは違い、薄雪は積もってはおらず燃え尽きた線香だけが残っていた。振り返ると、僕と詩織以外の足跡。ジッとそれを眺めていると、前の子がこちらに振り向いた。


「ユーヤ、お参りする前に聞いてほしいことがあるの。私の嘘と、過去のこと」


 -----詩織の嘘…?

 見つめると、また朝と同じく目をそらすように俯いた。

 僕と詩織の間に1粒の空よりも真っ白な氷の結晶が舞い降りる。それが地面につくのを待ってから、彼女は薄く唇を開いた。


「1年前…。私、ユーヤに言ったわ。……。…私は…私の髪の毛は、お兄ちゃんと同じようにしたくてすっごく髪の毛を短くしてたって、言ったんだけど覚えてる?」

「クリスマスイブに、だよね。覚えてるよ」

「…本当は、それは嘘なのよ。本当は私、7年前の両親が死んだ日のことで、自分で長かった髪の毛を切ったの。理由は、両親の死は…私が、私が、私が…」


 言葉に詰まり、鼻をすすりながら大粒の雫を流し始めた。

 僕はその先の言葉を知っている。そしてその先の言葉が真実じゃないことも知っている。けれど、詩織にとってはそれが真実で…。本当は、僕の心は、彼女の心を救いたいと彼女の信じている過去をこの手で壊してしまいたいと思っている。でも、それは彼女の過去を否定することで、今まで歯を食いしばって生きてきた詩織を逆に傷つけてしまう行為。

 この子は僕とは違い、7年もの間胸を痛めて生きてきた。

 だから、黙って聞くことしか出来ない。だから真実ではないことを本当だと、彼女と共に信じてしまうことしか出来ない。

 それが僕にできる唯一の、彼女との共有ならば甘んじて受け入れよう。

 ゆっくりと息を吸うのが聞こえた。


「私が殺したも同然なのよ。だから、だから…髪の毛を切ったの」


 ようやく顔を上げた彼女に視線を繋げて無言の肯定をゆっくり繰り返す。それがどれだけ詩織を傷つけているか、どれだけ詩織を救っているか、計ることは出来ないけれど、僕はそれを繰り返す。

 いつの間にか雪が数えきれない程、空から降ってきていて、視界を五月蝿く落ちていく。それは彼女の頬に当たって、大粒のそれと1つになって重力に引かれゆき…彼女と共に僕の中に落ちてきた。

 立ち尽くして、目を落とす。まるで僕のことを誘うような漆黒の瞳に腕を伸ばした。けれど、彼女の背中に当たる寸前で握り拳に替え、ゆっくりと目蓋を閉じてから雪と同じ速度で自分のもとへ戻した。コツンとオデコが胸に当たる部分に神経を注いで、心が計れない代わりに詩織の体温を感じる。

 白い息が混じって、空にも混じって消えていく様を想像しながら口を開く。

 それは僕の腕の代わり。


「よしよし」

「…っ」

「よしよし」


 掴まれたセーターが、さらに強く握られた。


「よしよし」


 すすり泣く声に、僕の声が混じって散っていく。

 目を開ければ少しだけボヤけた視界に白の世界、そして目を落とせばそれとは対称な真っ黒な絹があって。なんて綺麗なコントラストなんだろうと思いつつも口を休めることはしない。まるで舞い降りてくる雪の如く…。

 散らついていた雪の結晶がなくなったころ、僕も声も、詩織の声もなくなっていた。

 だからポンポンと頭を2回軽く叩く。


「ほら、僕をティッシュ代わりになんてしてないで。早く僕を親友だと報告してよ」


 真っ赤に目を腫らした詩織がクシャリと笑って体から離れていく。

 上げられる小さな炎と線香の匂いに想いを馳せ、細い煙が風に流されるのを体ごと傾けて見届けていれば、いつの間にか祈り終わった詩織が僕を呼んだ。だから固い石の上を踏みしめて僕も緑色のそれに火をつけて、煙を上げる。

 膝をついて一度供えられた花を見た後、ゆっくり目を閉じて手を合わせた。

 そして漆黒の相棒に想いを届けてと、祈る。

 彼女は僕のことを親友だと報告しただろう。けれど僕の心の片方は恋心。きっとそれは彼女の両親にはバレていて…だから、親友としての僕の心が、この場にいていいのかと祈っている今でさえ後ろめたさを感じている。

 けれど、もう半分は友情で。だからこの場所に立てているのだともう片方が言う。

 そう、僕は彼女の親友。この場だけは親友としてだけ、祈ろう。


 -----どうか、詩織が正しいと思える道を歩ませて上げて下さい。


 どんな時も迷わず、感情のまま…道を歩ませてあげてほしい。

 何があろうと迷わず、彼女の正しいと思う道を突き進ませてあげてほしい。

 それが辛い現実であろうと、苦しい未来を作り出すモノであろうと僕は見守っていく。2人の代わりに、いや…3人の代わりに。決して僕は替わりになんてなれないけれど、それでも、僕は彼女のために出来ることをしてあげたい。

 でも、やっぱり最後に一つだけ…彼女を想う男としての僕に祈らせてほしい。

 

 -----僕が生み出した幸せを詩織に届けて下さい。


 親友だと紹介されて墓前で願うことではないのだと知っていつつも、溢れてくる感情に押されて祈る。けれど、それが詩織の幸せのためならば、なぜか許される気がしてまた祈る。

 ゆっくりと目を開け立ち上がると、未だ目の赤い親友が僕の小指を握った。

 二人で着た道を戻っている途中、なぜだか呼ばれた気がして…

 僕は振り返る代わりに左手の相棒を鳴らした。


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