きょうふのみそしる
僕は基本、運が悪い。くじ運ギャンブル運以外ははっきり言っていいとは言えない。だから人に見せたくない部分を見せたり、焦ったりすることが多々ある。
それとは反対に僕の隣にいる人、詩織は基本的に運がいい。だから彼女の焦った顔や恥ずかしいことになったことはあまり見たことはない。
しかし、僕は今、彼女がものすごく焦っている所を目の当たりにしてしまった。それはもう、見たことのない程狼狽えていて、お化け屋敷に入ったとき並み。普段なら彼女はそれを僕以外の人に見せまいと平静さを取り繕うのだろうけれど、それさえ出来ずにちょっと泣きそうだ。
原因は草原先生の言葉…
「センターに差し当たって大学合格していない者の3者面談を行う」
それはA0試験と指定校推薦を受けていない人全員が対象で必ず行わなければいけないモノらしい、と言えば、なぜ詩織がそんな状態になっているかは分かるだろう。そう、彼女の身内は“伝説の男”であるKENさんしか存在しないのだけど、詩織は彼と兄妹であることがバレるのを頑に嫌がっている(それが僕の不幸の原因の一つ)。だから今回の件は親友にとって最大のピンチとなってしまったようなのだ。
-----ついに本当のことがバレる日が来ちゃったね。
人ごとよろしく隣を見つめていると助けを求めるかの如く、僕の瞳をジーッと見つめてきた。だから頬杖を着いたまま応える。
「どうしろって言うの? まさか僕が保護者になれって?」
「…そうよね」
先に無理な旨を伝えると、ため息を吐きながら配られてきた面談の日程表と睨めっこを始めた。
僕だって鬼じゃないから助けてあげたいとは思うけど、そこばっかりはどうにも出来ない。それに卒業まであと3ヶ月程度、バレたってちょっとの間我慢していればいいのだからいいんじゃないかとも思うんだけどね。
しかし彼女は諦めがつかないらしくウンウン唸りながら何やら策を練っているようだった。
と、またこっちをバッと向いて、懇願するような顔をしてきた。
「ねぇユーヤのお父さんかお母さん貸してくれない?」
超突拍子もないことを言うもんだから頬杖をしている肘がずり落ちて体がガクンとなった。すぐに体勢を立て直して目を合わせると彼女の顔は大真面目で…
「聞くだけでもいいの。それでダメなら諦めるから、ね? 聞くだけでも」
反論しようとしたら、今にも泣きそうな目でウルウル上目遣いをされた。前も言ったけど僕は女の子の潤んだ瞳に弱い、それが好きな女の子なら尚更、効力は数十倍だ。だからマズいとは思いつつも、まるで操られた人形のようにコクリと頷いてしまった。ああ、僕の馬鹿。しかし約束してしまったものは約束してしまったもの…。
-----まぁ聞くだけならいいか。
どうせ僕も面談の話をしなくてはいけないのだからと放課後、僕の家でスカイプを使って両親に連絡を取ってみようと言う話になった。詩織をテーブルの前に待機させたままパソコンの電源を入れて電話を試みた。すると珍しく父さんが通信ボタンを押したようで、彼一人で挨拶をしてきた。にっこり笑って挨拶も早々に三者面談の話をし、日程を読み上げる。と、いつの間にか母さんも会話に加わってきて「この日はダメ」とか「ここは仮の予定が入ってるから何とも」なんて二人で話し始めた。
今がチャンスかもと詩織を呼び「自分で言いなよ」と促せば、少し顔を赤らめながら二人に事情を話し始めた。
内容を聞くなり、一瞬ビックリしたような顔をした両親はジッとこちらを見つめてきた。詩織は肩を落としながら僕の裾をキュッと握って諦めたような表情をした。
『あの、ダメならいいんです。ご迷惑をなら断っ…』
『キャー。詩織ちゃんのお母さんとして行くなら大歓迎よ。私、私が行くわ!!』
『母さんズルいぞ。詩織ちゃん、僕と行こう!!』
『あら、貴方はユーヤの面談に行けばいいじゃない。実の息子でしょ?』
『君だってそうだよ。僕が今までユーヤの教育の面倒を見てきたんだから今回は君の番だよ』
開いた口が塞がらなかった。
断るかと思いきや、両親はこぞって詩織の親になりたいと言い始めたのだ。ってか、僕のことをないがしろにし過ぎじゃない? 僕は二人の本当の息子ですよ?
やっぱり僕の方が不幸なのだと自覚したトコロであることを思い出し、ポンと手を打った。
『あ、やっぱり父さんでお願いしたいんだけど』
『え!?』
『いや。母さんの顔…バレちゃってるから』
覚えているだろうか? 僕が前に神無月さんのストレス発散方法に付き合わされて無理矢理化粧をさせられたことを。そこで僕はあまりにも自分が母さんに似ていたため「母さん!!」なんて叫んでしまったのだ。だから多分、衝撃的すぎて皆、僕のあの顔を覚えているに違いない。ということは、必然的に父さんにしか頼めない訳だ。
ガックリ項垂れる母さんの肩をニコニコしながら叩く父さんに二人でお礼を言いながらスカイプを終えた。
満面の笑みでお礼を言ってきた詩織に笑みで返す。
「よかったね」
-----僕の一家が君にメロメロで…。
自分だけじゃなく、姉さん、父さん、母さんまでもが詩織の魅力の虜になっていることに、心底血は争えないと思った。
結局、話し合い通り母さんが僕の保護者として、父さんが詩織の保護者として3者面談を受けることとなった。全く、虹村家と山田家で何を嘘つき大会をしているのかって話だけど…。まぁすでに二人は日程を調節してしまっているので何も言えない。
同じ日の放課後に三者面談を行うクラスメイト達と雑談をしながら保護者を待っていると、1番最初に面談を受ける子のお母さんがやってきた。皆でクスクス笑って「ソックリだ」と言っていると、また教室のドアが開いた。目を向ければ山田さん(男/48)。だけど彼は僕になんて目もくれずに偽の娘の名前をにんまりしながら呼び始める。
-----僕と同じ顔してる。
イタズラする時の自分の表情とソックリだと、こんなところも血は争えないと思いながらバレないように顔を伏せていると、詩織が「行ってくるわね」と僕らに手を振りながら行ってしまった。全く、もう1度言うけど、虹村家と山田家で何をやってるんだって話だよ。でも詩織は至って真面目だし、父さんはノリノリと言うか嬉しくて仕方ないみたいだし。娘いるくせによくやるよと思うね。
今まで1度も直接対面なんてしたことないくせに、まるで本当の親子のように振る舞いながら教室を後にする二人を皆で見送った。
と、ドキリとすることを言われた。
「詩織ちゃんのお父さん、あんまり似てないね」
-----そりゃ僕の父さんだからね。
笑いながら「そうだった?」なんて誤摩化していると、タイミングよくその子の保護者が来てくれた。その場に残った皆で手を振り、その後2人程の保護者を見たら、ようやく見知った声が僕の名前を呼んだ。
「うあ、マジで似てる!!」
「山田くんが叫んだ意味分かった…」
「女装版、山田くんだ」
「ということは、あの麗しいお母様もどS?」
立ち上がりながら諭す。
「萎えること言わないでよ」
急いで脚を出したのに、母さんは少し不機嫌そうな顔をしつつ、腕を組んで溜息を漏らしてきた。
そして一言。
「裕くんより詩織ちゃんがいい」
「酷いこと言わないで」
毒を吐かれて子どもなりに傷ついたと唇と尖らせれば、向こうも唇をすぼめてきていた。親子を感じました。
面談が行われている生徒指導室の前まで行くと、まだ1番最初の人は終わっておらず、廊下に出されたイスに親→子→親→子の順番で並んでいた。一番奥に座っている父さんと詩織をチラ見すると二人は何やら笑顔で話し込んでいる様子。内容は何かは聞こえないけれど、うまくやっているようだと安堵した。
僕の面談が終わって母さんと別れ、教室に戻ると詩織がゆっくりと顔を上げて微笑んできた。
一度廊下を見てから自分の席に向かう。
「どうだった、うまくやれたかな?」
「ええ、とっても」
言えばクスクス笑って「血は争えないわ」なんて言っている。
「どういうこと?」
「だって、ユーヤと一緒で息も合わせやすいし。何より堂々とイタズラっていうか、大胆なこと言うのよ?」
「…なんて?」
「じゃあ一つ。「娘じゃないと考えられませんよね?」って発言してたわ。もう、私の方がヒヤヒヤしちゃったわ」
「あぁ」
なんだかくすぐったさを感じて顔をそらして鞄を手にかけた。
手を差し出せば小指が握られる。
-----そういえば…。
「ねぇ廊下でさ、父さんと何話してたの?」
問えば、彼女は艶麗な笑みを零して人差し指を唇の前に持っていく。
ドキリとした。
「内緒よ」
一瞬、詩織のあまりの表情の良さに心を奪われかけたけど、すぐにかぶりを振って引き戻す。
-----妖し過ぎ。
まさか父さん、姉さんみたいに「ユーヤのことを捨てないでやってくれ」なんて言ったんじゃないだろうね?
眉を潜めれば脚を踏み出しながら顔をほころばせた。
「将来についてよ」
「将来?」
「あら、不満げな顔ね。でも、面談に来てるんだから当たり前でしょ?」
さらに眉を寄せ、眉間にシワを寄せた。
僕には話していた時の二人の表情がそんなに大切な話をしていたようには見えなかったからだ。
絶対変なことだったんだと確信してため息を吐いた。すると詩織が僕の指をキュゥと強く握って、イタズラな顔をした。
「教えて上げましょうか? 「うちにこないか?」って言われたのよ」
大きく瞳を開けた。
それはどういう意味なのか、「将来、山田家に嫁ぎにこないか」なのか「そのうち山田家に遊びに来ないか」なのか…それとももっと別の意味か。前後の話の内容を聞いてみないと分からない。
「ねぇそれってどういう意味?」
「どういう意味だと思う?」
あざ笑う彼女に何度も教えを乞うた。けれど「これ以上は応えられない」なんて勿体振られてしまった。
唇を尖らせると、
「じゃあ回答だけ。私は「お願いします」って応えたわ」
これはどう転んでも喜んでいいっていう前兆?
何度考えても分からなくって、何度聞いてもやっぱり教えてもらえなくって。
僕が意味をはっきり知ることになるのはもっとずっと後のことだった。