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これ以上は無理! ボーダーライン

「ごめん、もうちょっと」


 真っ青な空を見上げながら、後ろ頭をゴンと軽く壁に打ち付けた。

 吹いてくる風とオデコに貼られた冷却剤が確実に僕の体温を攫っていく。横目で漆黒の相棒を見ると、ココに来てすでに30分程経っていた。


「いいのよ。どうせ二人は聡が今面倒見てるでしょ? 別に文化祭だからってずっと見て回らなきゃいけない義務はないんだから、気にしないで。それに、ちょうど休みたかったからいいのよ」

「そう言って頂けると気が楽になります」


 深いため息を吐いて腕で目を覆った。

 全く、自分で自分が情けなくなってしまった。どうやら僕は先ほどの青柳くんの一件で叫び過ぎたのか、男にお尻を揉みしだかれたのがショックだったのか微熱を出してしまったようなのだ。まぁ確実に原因は後者なんだけど、まさか周りに言える訳はなく前者を理由にしている。詩織は僕がお化けが恐い訳ないと思っているから、僕が受験勉強やら休み時間を使って皆に勉強を教えているから疲れが溜まってだと思ってくれているみたい。しかも彼女のいい所は“ユーヤは優しいから疲れている原因を皆だと言えなくて、敢えて叫んだことにしている”とポジティブに持っていってくれているトコロ。僕ね、正直言って君のその心意気に感動してしまったよ。心底、屋上から君のために飛び降りて正解だったと思ったね。

 肩をくすぐる長い髪をジッと見つめた。

 すると彼女は僕の視線に気がついたのか、こっちを向いた。


「ねぇせっかく最後の文化祭っていう特別な日に屋上にいるんだから、あれ、やってほしいの」

「あれ?」

「1年前、ユーヤはあそこから飛び降りたんでしょ?」


 大きく目を開けた。

 まさか再現しろって言うんじゃないだろうね!? そりゃ今さっき僕は「君のために飛び降りて正解だった」なんて考えちゃったけど、もう1回なんて絶対にイヤだ。ってか、なんでそんなことしなきゃいけないわけ?

 彼女は空を見上げて笑う。


「だって、私その時の記憶なんてほとんどないのよ? いいじゃない、見せてくれたって。1回したんだから」

「1回したからもう二度としたくなんてないの」


 唇をすぼめて抗議する。けれど彼女は引き下がらない。


「じゃあ、同じことしろなんて言わないわ。柵の上に立つだけでもいいのよ」

「イヤだってば」

「押したり引いたりしないから」

「そんなこと言ったって、僕はしたくないんだよ」

「ユーヤのケチ」

「詩織の分からず屋」


 沈黙10秒。

 下がってきた熱を確認しつつ、おでこの冷却剤を剥がして立ち上がる。ティッシュに包んでゴミを丸めれば上目遣いで彼女がもう1度懇願してきた。だから丸くなったそれを軽く投げつけた。


「2度としないからね!?」

「いいじゃない…」


 詩織が頬を膨らませるのを合図に振り返って柵に走る。奥にある段差をリズムよく駆けると、自分の身長に120cm程プラスさせた視界が広がった。見渡せば、急に雲が動き出し、木々がざわめき、校庭を砂嵐が駆け抜け…世界が僕を祝福した。

 そう、ここは僕のお城のてっぺん。

 当たり前だと言わんばかりに、まるで王子のつけたマントのように学ランが音を立ててはためく。

 左手の漆黒の相棒を揺らせば、金属のこすれ合う音に合わせてライブか何か出し物のためにいる生徒や一般人達が屋上を見上げ始めた。

 だから声を張り上げる。


「I'm a Political decoy!!」


 どれだけの人にこれが聞こえているか、どれだけの人が理解できるかなんてどうでもいい。勿論格好付けてる訳じゃない。ただ、後ろのいる子がくれた僕のアイデンティティを知らしめたくなっただけ。ただ後ろにいる子の目線を独り占めしたかっただけ。ただ後ろにいる子に話しかけてほしかっただけ。


「どういう意味?」

「僕は影武者だって叫んだだけ」


 首を捻って付け加える「伝説の男のきょうだいの」と。にんまり笑えば相手も笑い「もう少しの間お願い」と言ってくる。悪くない表情だと満足感を得て、つま先に力を入れて後ろに飛び降りた。


「ふふ、また噂増えちゃうわね」

「皆の中で僕は一体どんな男になってるか、今度ぜひアンケート実施したいね。僕の憶測では、喧嘩が強くてどSで20人くらい普通に倒せて、この学園で1番強くて、そのくせお化けが恐い屋上好きかな…まんま詩織だよね?」

「そんなことないわよ、私は絶対にどSなんかじゃないわ」

「そう?」

「そうよ」

「だといいけど?」


 茶化して指を導き、口の端を上げる。


「まぁとりあえず最後の文化祭の思い出にはなったかな…?」

「そうね、ユーヤが熱出した締めくくりにはなったかしら」


 笑って二人でゆっくり振り返れば、階段をバタバタと駆け上がってくる音がした。開けるは…神無月さん。ゼイゼイと呼吸を繰り返しながら僕らに手の平を見せたまま制する。ようやく息が整った頃、彼女は詩織を見つめてから僕を見上げた。


「山田っちのおかげでようやく見つけた…こんなとこにいるなんて。ずっと詩織っちを捜してたんだから」

「え?」


 言うなり、詩織に近づいてきて腕を取った。


「詩織っち、早く来て!!」


 言われるまま行けば、先ほどまで僕が見下ろしていた生徒と一般入場者達が集まっている所まで連れて行かれた。すると女の子達が数人やってきてあれよあれよと言う間に詩織を連れて行ってしまった。何がなんだか分からなくて周りを見渡していると、末長を発見した。急いで声をかければ横にズレて少し場所を空けてくれた。


「ねぇこれ何?」

「ああ、今年からミスコンあるんだ。なんで知らないんだよ、アンケート取っただろ?」

「…そういえばそんなことあったかな」

「その事前校内アンケートでトップ5に入った人を一般投票でグランプリを決めるんだよ。まぁ山田君が来る前に一般投票は終わっちゃったけどな。ちなみに詩織さんは見つからなかったからって写真でされてたぞ」


 だから人がこんなに集まっていたのかと、だから詩織が連れて行かれたのかと納得した瞬間、この状況に突っ込みを入れた。


「ヤバいって!!」


 そうだろ? 詩織は美人だと言われるとぶちキレる女の子だ。もし壇上に上がってあの言葉を言われた途端、彼女は誰彼構わず警棒でなぎ払いに行くだろう。それに今日は文化祭、わざわざ耳栓なんか持っている訳ない…。しかも今日は一般の人たちも入っている。生徒達だけなら学園側も詩織の暴力事件を黙認してきたけれど、こんな公の場、確実に処分が下る。よくて島流し、停学、悪けりゃ退学だ。っていうか、その前に血の海は確実…!!

 サァーと血の気が引いて停止した後、すぐに動き出す。


「ちょっと、ごめん。通して、すみません」


 人の波をかき分けステージへ近づいて行く。ギュウギュウと狭い道を通り抜けてようやく最前列から3番目程の所に来た。

 -----ここじゃ届かない!!

 しかし人が多すぎてこれ以上前には進めそうにない。

 アワアワして左右を見渡すけれど、どこからも僕が前に進めるような隙間もない。もう、これは詩織がキレないことを願うのみだ。

 -----どうか詩織がキレませんように、どうか彼女が耳栓を運良く持っていますように、どうか親友が自分が美人だと言われていると認識しませんように。できればグランプリになりませんように。


 僕の不安な気持ちを他所にアナウンスがミスコン候補の入場だと会場を煽り始めた。大きな歓声と共に出てくる可愛い子達の一番後ろに一生懸命耳を塞いでいる詩織の姿を確認する。せめてと詩織から一直線の場所に脚を運べば、彼女は僕に気がついて不安げな目で見つめてきた。

 だけど今の僕は何も出来ない。固唾を飲んで、彼女の為に祈る。

 また、司会者が僕の気持ちとは裏腹にハイテンションで司会を進行させて行く。


[実は大正学園のミスコンは今回が初めてではありません。実は8年前までずっと行われていた行事だったのですが、そのときの生徒会の方針で行われなくなってからこれまで8年もの間開催されていませんでした。が、今年は開校50周年ということもあり理事とも話し合った結果、このイベントが復活を遂げることとなりました。言うなれば復活の記念すべき第1回目のミスコンとなります。…では、どうでもいい下りはこの辺にして、いよいよ結果発表です。男性投票による開校50周年にして記念すべき復活第1回目、第42代のミス大正学園の栄冠を手にしたのは…268票を獲得いたしました…]


[3年B組 出席番号28番 虹村詩織さんに決定いたします!!]


 拍手と歓呼の声に僕も耳を塞ぐ。分かっていた結果に落胆したよ、そのうちの1票は僕だもの。268分の1の責任だけど、書かなきゃ良かったと思った。

 なんとか聞こえるアナウンスに合わせて司会者が親友のもとへと歩いて行くのを確認し、眉を潜めてもう1度周りを見渡す。


[おめでとうございます。いやー虹村先輩…栄えあるグランプリ、おめでとうございます。今のお気持ちは!?]

「…え、あの…」

[喜びで声もでないと言った感じですね!!]


 -----絶対そんなんじゃない!!

 キッチリ突っ込み入れれば、彼女を見ようと列が乱れた。そこだ!! と体を割り込ませ前へと進んだ…進まなきゃ良かった。


[では、復活と言うことで昔のミスコンと同じように“王子様選び”をさせて頂きます。これは大正学園ミスコンでは恒例だったイベントで、好きな男性を上げてもらい…そしてこれも恒例、二人でカラオケデュエットを歌って頂きます。まぁ皆様知っての通り虹村先輩には彼の有名な彼氏がいますからね。あ、今ちょうどこちらに…]


 マイクを持った男の子と結構な至近距離で目が合った。

 -----ひぃいいいい!!

 僕は何も見ていないと180度方向転換、人を押しのけ脚を繰り出す。


[ああ、山田先輩逃げないでください!! 他の生徒さん、ご協力お願いいたします]


 司会者がそう言った瞬間、周りにいた生徒達がニヤニヤしながら僕に一斉に飛びかかってきた。取り押さえられて、必死にイヤだと悲鳴を上げる。


「歌ってくださいよ」

「そうだ、山田くんの歌うとこ見てみたいしな」

「詩織嬢が待ってるぞ!!」

「さ、触らないで!! イヤだ!! なんで人前で歌なんか!!」

「山田くんの何歌うのー?」

「暴れるな、観念しろ!!」

「デュエットならあれがいー、IXILE&幸田未来の〜」

「いやいや、渋く金恋だよ。ね、山田先輩!!」

「絶対にイヤだぁああああ!!」

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