お願い助けて! チャイルドライン
「本当にいいのか?」
「いいよ、一戦交えた仲だからね。ね、詩織」
「そうよ。せっかく来てくれてるんだし、皆で回った方が面白そうだもの」
聡とそんな話をしたのがつい先日。
そして僕と詩織はその約束を果たすため、<大正学園文化祭>と書かれた幟の下で1台の車を待っている。しばらくすると黒の4WDが僕たちの斜め前程で停車し、ドアがガチャリを開いた。出てくるのは聡の11歳違いの弟、旭くんと僕のファーストキスを奪った美少女、雪姫ちゃん。運転席から何度も聡のお母さんから「いつもすみません」とお礼を言われるので「こちらこそ」とすでに腕にぶら下がっている園児達を見ながら微笑んだ。
キャッキャとお祭り気分にハシャぐ子ども達に「じゃあまずは西側校舎から行こうか」と誘って手を伸ばせば、右手に詩織、左手に雪姫ちゃん、さらにその向こうには旭くんと何とも世にも奇妙な文化祭ダブルデートを開始させることとなった。
「食べられないものとか、苦手なものはあるかな?」
「私はねー、甘いのしゅき!!」
「俺は人参とお前が嫌いだー!!」
一人は質問と違うことを話し、一人は必要のないことまで話始めて口の端が上がる。
やっぱりこの組み合わせは面白いと思いつつも、漆黒の時計を見ながら脚の速度で時間を調節していく。ただいまの時刻は9時55分、出し物を始めるちょっと前だ。
「ご飯の前に色々食べさせたら、やっぱりダメかな?」
「…多少はいいんじゃないかしら。軽いものだけにしておけば」
それもそうだと頷いて、まずは部活動の出し物であるストラックアウトやコンピューター占いに連れて行く。たまに暴走する子どもをたしなめながら歩けば、やっぱり僕らは目立つようで振り返られる。1年経っても全然馴れないなと思っていたら目の前に本物のカップルがニヤニヤしながら立っていた。まぁイヤらしい顔しているのは末長だけだけど。
「いつの間に子どもなんて作ったんだ?」
「それって僕らが何歳のときの話? 僕、君と違って成長遅かったからさ」
シラっとお互いに牽制し合って、高笑いをする。
その間に子どもが大好きな神無月さんは目をハートにしながら二人にアメ玉を渡していた。ついでにこないだハロウィンで言っていた陸上部の動物喫茶に行ってほしいと言われ、頷いてカップルと別れた。
その話を聞くなりテンションを上げたスノープリンセスが満面の笑みで腕を引いてきた。
「どーぶちゅきっしゃ、行くー!!」
きっとこの子が想像しているのは、本物の犬や猫がいると思っているのだろう。ちょっとイヤな予感はしつつもどうしても行くと聞かないので言ってみれば、案の定…
「猫しゃんは?」
と聞いてきた。
詩織と顔を見合わせて、ウェイトレスさんを呼ぶ。
「ほら、この人が猫さん。お耳付いてるでしょ?」
説得するように言えば、彼女は一瞬落胆の色を目に零しながらも小さく「うん」と言っていた。仕方ないよね。きっと僕が同じくらいの年だったら確実に動物園みたいなものを想像して好きな動物とふれあえるのだと期待しただろうから。同じようにちょっぴりショックを受けた旭くんを見つつ、甘いものを注文してご機嫌を取る。けどやっぱり自我のある園児は不貞腐れ気味で…。
-----まだ1時間しか経ってないのに。
これじゃあお昼まで持たないとこっちまで少しブルーになり始めていると詩織が立ち上がった。そして何やらレジの前で話をしている。と、振り返ってニコニコしながらテーブルに近づいてきた。
そしてスッと二人の後ろに立ち、
「ふふ、雪姫ちゃんは白猫さん。旭くんはクマさんよ」
二人に付け耳を付け始めた。
周りから上がる黄色い歓声に少々ビックリしながらも、お互いの頭の上にあるつけ耳を見て自分の頭にも付け耳がついているのを確認すると「うわーい」と元気を取り戻した。
「ユーヤ、見て!! 猫しゃん!!」
「うん猫さん」
「可愛い!?」
「うん、可愛いよ」
頭をクシャクシャと撫でれば本物の猫のように「ニャンニャン」とすり寄ってくる。やっぱニャン語は女の子のものだよね、番長なんかじゃダメだよねと、猫可愛がりにウリウリした。するとそれを見ていた旭くんが「雪姫ちゃんから離れろー!!」とクマよろしく僕に爪を立てて引っ掻いてきた。
「ちょ、痛い痛いから!!」
「ウルサーい!! お前なんかこうだ!!」
「ユーヤを虐めたらメー!!」
ギャーと3人で乱闘をすれば、詩織が笑って写メを撮っていた。
結局なかなか救出して貰えず…園児の力は意外に強くて僕の手の甲には赤い爪痕が数本、本当に動物に引っ掻かれたように出来てしまった。ボロボロになりながら「暴れて申し訳ないです」と謝りながら付け耳を返せば陸上部から「微笑みのどSも子どもには形無しですね」と言われてしまった。まぁ間違いじゃあない。
部活の方はあらかた終わったので、今度はクラスの出し物のある東側校舎へと脚を運んだ。
と、雪姫が大きな声を上げた。
「馬、お父さん、赤ちゃん、おじいちゃん、おばあちゃん、馬2!!」
なんて指を指しながら1-Aの子達をそう呼んでいる。
どうやら夏休みに隣の部屋で一緒に遊んだのを覚えているようで、その時の役柄を言っているようだ。苦笑する子達に「また遊んであげてよ」と言えば「今日は無理です」なんて断られてしまった。笑いながら出し物のドーナツを買い与えれば、スノープリンセスがふんぞり返ってのたまった。
「今日はユーヤとデートだかや遊んでゆ暇はないの! 今度相手ちてあげゆわ」
思わずその場にいる子達を目を合わせた。そして爆笑する。全く、末恐ろしい子です。
詩織と笑いながら方向転換すれば今度は旭が声を張り上げた。
「聡兄ちゃんのクラスだ!!」
見てみれば廊下に受付が出されて<天国と地獄>と書かれてある。どうやらクジを引いてそれ通りに入れと言うことらしい。でもさすがに園児を1人にする訳にもいかないので「引くのは2枚だけでいいかな?」と聞けば快諾してくれた。だから二人にクジを引かせれば、旭は天国、雪姫は地獄だった。すると詩織が間髪入れず旭くんの手を取った。
「私、天国がいいわ」
「…僕はかまわないけど、雪姫ちゃんは大丈夫? 怖くない?」
聞けば自信満々に怖くないと言う。妖しいもんだと思いつつも二手に分かれて別々の入り口の扉を開けた。入ってみれば地獄はお化け屋敷と変わらない感じ。だから声をかけながら歩く。
「怖くない?」
「ヘーキよ! ユーヤこしょ、怖いんでしょ?」
「僕? 僕もへい…」
平気だと言おうとして脚も口も止まった。ついでに思考も止まった。
だって、だって、お尻が鷲掴みにされて耳元で「山田先輩ってココ、いい形してますよね」なんて言ってくるんだもの。しかもこの声は…声なき悲鳴を上げて振り向けば、薄暗い部屋の中で「ドラキュラですから」と扮装した青柳くんがお尻を掴んだまま首に息を吹きかけてきた。
「っっっっひぃいい!!」
男にこんなことされたくないと自分でもビックリする程の悲鳴を上げた。
しかしそれが面白いのか、彼は逃がさないと言わんばかりに肩をガッシリと掴んできた。なで上げられる感触に本気で絶叫し、暗闇で見えにくい手を伸ばして園児に助けを求める。
「ゆ、ゆゆ、雪姫ちゃん助け…やめ、やめてぇ!! ひぃいいいいいい!!」
「ユーヤ!? どーちたの!?」
「揉ま、揉まなひぃいいいいいい!!」
僕があまりにも叫び続けるものだから、彼女も怖くなったのだろう…
「ユーヤぁああ!! うわーんっ!!」
「やーめーてぇー!!」
本気で二人で大合唱してしまった。
それは別れた詩織と旭くんや1-Dの子達だけに留まらず、1年生の階全体にまで聞こえる程の大絶叫だったらしく…僕はまたしても不名誉な噂を流されることとなってしまった。園児よりも先に泣き出し、しかも助けを求める超ど級のお化け嫌いだと…。
マジで地獄だった。