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セサミストリート

 肩をブルブルと震わせて、ギュッと目を瞑った後に隣の子が本日何度目かの言葉を口にした。


「寒…」


 その姿を見下ろした後、せめてと手を差し出した。

 すると待ってましたと言わんばかりにか細い指先が絡まってきて僕の体温を奪い始めた。

 -----冷え性も大変だ。

 詩織の白い手を見つめてふいに思った。

 そういえば去年の冬も外を歩けば何メートル毎に寒い寒い言っていたのを思い出した。けれどもまぁ、仕方がないと思う。今日は確かに寒い。というのも、11月の初めだというのに真冬並みの寒波が日本列島を襲ったらしく、この冬1番の冷え込みを本日は記録している…ハズ。そのくらい寒い。しかもだ、さっきも暦の日時を言ったかと思うけれど、こちらとしては昨日までは結構暖かかったから皆油断してコートなんて羽織って来た人は皆無で、勿論下に何かを着込んできたという人もほぼいない。学ランを着た僕だって多少寒いと思っているのだから、超冷え性で寒いのが苦手な詩織は尚のこと最悪だと思っているだろう。

 右手をカーディガンのポケットの中に突っ込んで、また同じ言葉を繰り返す彼女に応援メッセージをこっそり送る。


「ほら、ヅラ校長の話もうすぐ終わるから頑張って」

「…そうよね」


 んっと気合いを入れ直して指が離された。

 -----あら?

 言わなきゃよかったかなと離れた手を名残惜しく眺めると、そんな僕の心は理解していないくせにまだ暖かい手首部分をキュッと握りなおしてきた。…これが噂に聞く“握って離して”っていう恋愛テクですか? なんて馬鹿なこと考えて時計を見ればそろそろ17時過ぎ。


 全く、これだから帰りの会の後にある全校集会は嫌いだ。ついでに言えば、もう全校生徒と全職員にヅラがバレてしまっているのに未だ大丈夫だと思ってヅラの毛をしきりに気にする校長の話も、もういい。僕が気がついただけでも「で、あるからして」をすでに15回は言っている。いつになったら帰れるのかと、うんざりしていると同じ話をもう1度繰り返し始めた。心の中で「ひぃいいい」と叫ぶと僕の手首を握る手の力も強くなった。持ち主の顔を見れば我慢できなくなったのだろう「帰ろう」と口パクで言ってきた。

 眉をハの字にして困った顔するとブランコのように前後に手を揺らし始めた。

 滅多に自分勝手すぎる無茶なわがままを言わないこの子がここまで言うのは相当堪えているということなのだろう。しかし皆も我慢している中抜け出すことも出来ないし、かと言って、一度言い始めたら頑として動かない親友を説得するのも無理そうだ。はぁとため息を吐きつつ、頑固な彼女のために本当に一肌脱ぎ、真っ黒な学ランを横に投げた。


「それ羽織って」

「え、でも」

「…僕は王子で君はナイトでしょ? だったら、信長に仕える秀吉みたいに学ラン暖めといて」


 それ以上は耳を貸さないと顔を見ることなく言い捨てると、小さく「ありがとう」と言ってきた。視界の端で金ボタンをせっせと留め始めるのを確認して、真っ黒なパーカーの裾を出来るだけ伸ばした。

 校長の話が終わり、全校集会が終了を迎えた瞬間、身震いしてパーカーを被り腕をギュウと組んだ。

 -----やっぱり、さ、寒い!!

 こんなに長引くんだったら詩織に学ラン貸すんじゃなかったと少しだけ後悔した。けれどそれは言わない約束。

 とりあえず帰ろうかと言いつつ、学ランを受け取るため手を出した。

 ドキリとした、詩織のその表情に。切ないような拒むような、それでいて何かを懇願するような瞳に、学ランのおかげで上がった体温で頬が色身を帯びていて…。少しだけ突き出されたアヒル口の唇に思わず目を奪われた。

 スタッカートを刻む鼓動を隠すように胸を手で押さえて喉を鳴らせば、彼女が動く。


「まだ脱ぎたくないの」


 稲妻が脳天を直撃したかと思った。頭の中が一瞬真っ白になって、指先から足先まで電撃が流れてスパークした。

 -----まだ…まだって。言い方ヤラしい…。

 なぜか妄想が駆け巡り、飛躍した脳内はパニック寸前だ。いや、パニックだからそんなことを思っているのかと飛び過ぎた思考を掴むが如く、グッと握り拳を作った。


「じゃ、じゃあ…返さなくていい」


 ふいと視線を避けて顔をそらせば視界の隅で、ビックリした顔の詩織が見えた。多分、僕の反応が想定外だったのだろう。わかるよ、その気持ち。いつものしてやられる僕の表情と一緒だもの。


「帰ろう」


 出口へゾロゾロと流れて行く陰を追いかけるように、床に転がっている鞄を掴んで先に脚を踏み出した。

 …前々から思ってはいたんだけど、ずっと気がつかない振りをしていたんだよね、僕。意識したら神無月さんの言った通りの人物になっちゃうんじゃないかって。のめり込んでしまいそうで危険視してた。でも兆候は…前々からあった。だからたまーにそれが僕と言う人間からはみ出して「あーあ」ってことが起こっていた。

 けど、今さっきのことで確信にも似た、何かを掴んでしまった。

 もう取り返しはつかないと思う。だから敢えて言おう。


 -----僕は…照れたり、羞恥している…そんな表情や声にフェチを感じちゃってるみたい…です。


 しかもあれだ、僕は分かってて楽しんでやってる傾向がある。記憶が新しいのからいくと先日の板倉くんに大学の評価表を見られた時、ピアスを開ける時、詩織に薬を飲ませようとした時、合コンに連れて行かれた時、ストーカーに狙われた彼女を救った後、リザを送った後…今はっきり思い出せる時だけでもこれだけある。多分、他にも未遂その他確信犯的なことはあるんだろうけれども、もうここは敢えて例は上げない。キリがない。

 下駄箱前でスニーカーに履き替えながら、新しい自分にこんにちはをした。

 -----そしてさよなら、僕のピュアだったハートさん…。

 小さくため息を吐くと、詩織が勘違いをして僕の顔色を伺ってきた。


「やっぱり寒いんじゃない?」

「いや、君程寒さは感じてないかな」


 自分の深層心理の叫びを聞いてしまったことが結構ショックで、寒さへの神経が閉ざされたのか実際そこまで寒さは感じていない。

 未だ心配そうな目で見つめてくる子に苦笑して「本当に平気だから」と校門へ促した。

 

 伸びた陰が縁石にぶつかって思ったより向こうに自分の陰があるのを不思議に思いながら通学路を逆走する。

 先週までだったら、一斉下校の日は僕らの周りにはたくさんいた。けれど、あと2週間程で文化祭ということで1、2年生は居残りをしているのか人が少ない。前にはさきほど僕らを走って追い越した人が1人、振り返れば誰もいなかった。

 視線を前に戻しているとふいに詩織が口を開いた。


「ユーヤ、ねぇ…もしかして怒ってるの?」

「なんで?」


 急にそんなことを言い始めたから正直ビックリした。だから普段なら「怒ってなんてないよ」と言う所を疑問系で返してしまった。 


「だって手…」

「ああ。ごめんね、さすがにこれ以上は僕も風邪引いちゃうかなって」


 パーカーのポケットに手を突っ込んだまま言えば、隣で不機嫌そうな顔をする詩織が目に入ってきた。

 これってさ、僕はポジティブに捉えていいのかな? 手を繋いでいないから彼女は不機嫌…そう解釈してもいいんじゃないだろうか。なんて嘘。きっとこれが僕じゃなくて末長で、彼がキレるのを抑えられたのならきっと詩織は同じ言動をして同じ表情を浮かべたはずだ。勘違いなんて妄想の中だけにしてよねと自身を叱咤しながらも、認めたばかりのSが疼き始める。これはきっと僕が君の不機嫌な表情なんかよりイイ顔を求めてしまっているから。

 ほら、そんな顔してないで。

 敢えて笑みを落として眉をピクリと上げて妄想を言葉にする。


「君こそ、何不機嫌そうな顔してるの? 僕とそんなに手を繋ぎたい?」


 見る見る赤くなる顔を見て、心の奥底から歓喜が満ちあふれてくる。やっぱりフェチはこれだと確信しつつ「嘘だよ」と手を出した。

 けれど小指はいつまで経っても冷たくはならない。

 …自業自得って奴だね。どうやら僕があんなこと言ったから繋ぐに繋いで貰えないみたいだ。


「ごめんってば、さっきのからかっただけだから。気にしないで」

「……」

「ねぇ機嫌直して」


 謝っても言葉も指先も僕に応えてくれない。ご機嫌を取ろうとアイスを提案したけど無視された。

 何度そのやり取りを繰り返しただろうか? 詩織がようやく唇を動かしてくれた。


「私が恥ずかしい思いをしたんだから、次はユーヤの番でしょ?」


 顔を見ればイタズラな笑み。

 大きく目を開いた。


「怒ってなかったの?」


 わざとらしく肩をすくめてみせる親友を見下ろして目を伏せた。だって、僕がその言葉を言おうとしたらジーっと顔を見てくるんだもの。

 少し紅潮した頬を冷えてしまった指先で掻いた。


「そんなに見ないでよ、言うに言えなくなるから」

「あら、まさか照れてるの?」

「そんなこと…」

「だったら言えるわよね?」


 クスクスと笑って先ほどの仕返しだとばかりに責められてキュウと心のどこかが縮こまった。でも、代わりにそこから空気が送られてしまったのか、またSの心が「ヤラレタと見せかけてやりかえそう」と甘くささやいている。

 それもそうだと、でもせっかくならば時限爆弾を仕掛けてやろうと口を開いた。


「Please hook up with me…」

「え?」

「…恥ずかしいから聞き直さないでよ」


 唇を突き出して照れた演技をした。

 彼女がひっかかるのを祈って。


「なんで英語で言ったの?」

「だって恥ずかしいもの、僕にだって羞恥心くらいあるんだから」

「そうね。じゃあ応えは…」


 サクランボ色の唇が発音を刻むため、笑ったように広がり始めた。


「YESよ」


 その姿を見てほくそ笑む。

 確かに手を掴むっていう意味もある。手を組むって言う意味もある。けれど、この言葉はもっとたくさんの意味がある。僕が言ったのはそんな子ども地味た意味じゃない。君がその意味を知らないだけで、僕はすべての意味を知っている。

 だから君が「YES」と応えただけで、ニヤけ顔が止まらない。


「ちょ、何その顔。間違ってたの!?」

「いや正解だよ。ほら、早く手を出して」

「…そうかしら?」

「考え過ぎじゃない? まぁでも他の意味もあると言えばあるけど…教えようか?」


 バッを顔を上げて不安げな目で見つめてくる。

 ゾクリとなる背筋を「まだだ」と心で制して、漆黒の瞳だけを取り込んだ。

 ほら、まずは君のせいで寒くなってしまったこの指と心を温めてよ。その驚きと照れた表情で…。


「君が学ラン取って寒くなったんだから、その分…」


 言い終わる前に僕にとっての極上な表情が現れるを我慢できずに口の端が歪んだ

 が、やっぱり詩織は僕の想定の範囲には収まらない子だ。求めていた表情とは別の、イタズラな笑みへと移行させていく。


「その分、暖かいコーヒーで返すわね。それでいいかしら?」

「……。お願いします」


 真っ赤な自販機に走っていく後ろ姿をため息つきながら追いかけた。

 僕が言った本当の意味なんて全然理解なんてしてないくせに、その後を言わせてくれないなんて想定外もいいところだ。僕の走り出したSっ気と想いはもう遥か彼方へ行っちゃいましたよ?

 全く、彼女が本当の意味を知り、本物の時限爆弾のスイッチをhookするのはいつになることやら…。ま、いいけどね。時限爆弾だから。

 -----でも、早めに一発ドカンとヤってくれると嬉しいかな。

 手渡される缶コーヒーを受け取りながら、指先同士をリンクさせた。


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