表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
160/253

漆黒のアルムバントゥウーア


 涙で目を少し腫らした姉さんと母さんは行くのを渋ったけれど、僕だってしたいことがあると言いくるめて、その脚で百貨店まで来た。

 4人でエレベーターに乗り込んで行きたい階のボタンを押せば、密室になって家族だけの空間になった。だから敢えて口を開く。


「幾らくらいまでの物ならいいの?」


 忘れている人もいるかも知れないからもう1度説明をしておこう。僕は本来18歳になったお祝いの品を買ってもらいに実家に戻ったのだ。だから今百貨店にいるって訳。


「美嘉子の時くらいまでならいいぞ」

「姉さん、いくらくらいの買ってもらったの?」


 言えば姉さんは女に光り物の値段を聞く物じゃないといいつつも、ヒントだと首に付けているネックレスを見せびらかしてきた。要はこれがその時の物で、自分で査定をしなさいってことだろう。高く見積もって選んでも買っても貰えないし「大は小を兼ねるってそういう意味じゃないのよ」と言われ、低過ぎてもなんだか損した気分になって、しかも「見る目ない」と言われることだろう。

 母さんを見てもニッコリ笑って何も言ってくれない。

 ----これは、山田家の“価値の分かる男”になるための試練ですか?

 勝手に命名して父さんを見れば頷いているだけ。

 これは本当に山田家の18歳になった時の試練なのだろうと解釈した。僕は姉さんと母さんの教育のお陰である程度のブランドの物は分かる。さらに僕はいじめを乗り越え、兄さんも受け止めたのだ。はっきり言って、心の強さはそこら辺の男子高校生なんかよりずっと鍛わっている…なんて少し自信を持ち始めたところだ。いいだろう。さぁ幼い頃から備え付けられたスキルと鍛え上げられた心で、物の価値くらいドンピシャリな査定をしてやろうじゃないか。


「見せて」


 姉さんの肩を回しながらまずは詰め具の部分を裏返す。

 -----ptの文字、プラチナか。

 チェーンを辿りながらもう一度姉さんの肩を回した。チェーンはそこまで太くなく、女の人らしい繊細な感じ。

 トップ部分を見れば三日月に数個の石が光っている。大きさはカラット数にして0.2程で色は赤1、透明2。

 -----ルビーにダイヤ。これは、多分姉さんが好きなブランドの…。

 ゆっくり手からネックレスを離して顔も離した。


「あら、もういいの?」

「だいたいの値段は分かったから。それの前後2,000円くらいの買い物してみせるよ」

「大きく出たわね」


 姉さんが妖艶な笑みを零した瞬間にエレベーターが開いたので、目の前の時計売り場へ脚を踏み入れていく。

 ここはプチブランドの物から有名ブランドの物、海外のアンティークの物まで様々な腕時計を置いている老舗中の老舗の2号店だ。待っていればお兄さんがニッコリ笑いながら「何かお探しですか?」とお辞儀をしてきた。


「この子のね、18歳になったお祝いに腕時計を探しているんだ。ユーヤ、見立ててもらいなさい」


 頷きながら家族4人でショーケースの前の椅子に腰を下ろす。するとお兄さんは僕の顔を見た後に鍵を取り出して白い手袋をはめたまま、ケースの中にある時計をかき集め始めた。


「社会人になってもお使いになられるなら、スーツのことも考えて選ぶことをオススメします」


 言いつつ、スッと専用のベルベットの小物入れに数個の時計を入れて、たたき台を出してくれた。上に乗っているのはDショックからSELKO、D&C等様々な物だった。視線を一度落としてから値札を見ること無く言う。


「D&Cはそのままで。スーツのことまで考えて買いたいのですが」


 言えば小物入れがなくなって今度は銀色の5つの時計が帰ってきた。

 すると僕の買い物なのに姉さんが身を乗り出した。


「ユーヤ、このポールスミソの青いの可愛い!! ほら、秒針が動く度に穴のことの色替わってるわ!!」

「こちらは今年のモデルで人気もありますし、年齢的にも丁度いいかと」


 確かに可愛い。僕だって平城駅周辺のショップで見かけて欲しいと思ってたよ。けどさ、それ、もう持ってる人が身近にいるんだよね。そう、僕に想いをよせてくれているバイの青柳くんがつけている…。僕はわざわざ人と同じ物なんて持ちたくなんてないし、彼とお揃いだなんて気がつかれでもしたら、それこそ僕のセカンドキスは彼が持っていってしまうよ。それだけは何としてでも阻止したい!! ということで、折角の助言はありがたいけれど却下とさせて頂きます。それに、目指している価格より低いんだよね。

 -----わざと言ってる? 姉さん…。

 引っかけか、それとも本気で可愛いからそう言っているのかは分からないけれど「僕が決めるの」と小さい抵抗をして、さらにお兄さんにわかるように人差し指を立てて上を2回程指差した。すると彼は理解したのか頷いてワンランク上の値段の同じブランド達のものを持ってきてくれた。


 隣を見れば少しビックリしたような姉さんの横顔。にんまり笑いつつも他の物を物色。

 うーん、なかなかピンと来るのが無いんだよね。

 もう一度品替え、今度は違うブランド物を選んでもらう。と、心の中で僕の声じゃないのに僕と同じ声で「漆黒」と声が聞こえた瞬間、真ん中にある黒い時計が目についてきた。不思議に思いつつも声を出す。


「それ、試着いいですか?」


 左手を出しながら言えば、お兄さんは笑みを零しながら僕の腕に腕時計を這わせてきた。バンド部分はブレスタイプなそれはブレス部分もラグもベゼルもリューズも文字盤も全てが黒、数字を表す長方形の金属と針のみが銀と白なだけな全てが真っ黒な時計だ。けれど、洗礼されたフォルムに妖しく光る金属が僕を惹きつける。名前をつけるとするならば、それこそ“漆黒”という名前が似合うかも知れない。

 パチリと腕にはめられれば、圧倒的な存在感でインパクトを与えてくる。


「こちらはキャサリンハムレットの、Gやωでも最近人気が出てきたオールブラックタイプですね。最新のダブルレトログラドムーブメントが搭載されてます。10気圧防水ですし、ずっと使っていくには良いかもしれません。ただ、お値段が少々先程に提示させて頂いた物より…しかし何年も毎日付けると考えれば…」


 腕を裏返し値段を見て購入を決定した。


「これでお願いします」

「ありがとうございます」


 間髪入れずお兄さんが微笑んできた。

 すると姉さんがついていた頬杖を外しながら僕の腕を裏返してきた。結果を見る前に言ってやる。


「姉さんの買った物より少ーしだけ値段が張るかな?」

「裕くん…やるわね」


 姉弟でニヤリと笑って父さんを見れば、姉さんの解答を聞いた彼はゆっくりポケットから皮のウォレットを取り出してくれた。淵の浅い銀の皿に諭吉が指と同じ数だけと、漱石が1枚出される。だからお礼を言ってお兄さんにブレスの調節をしてもらった。そのまま付けて帰るかを聞かれ、頷く。取り扱いの説明を受けて保証書等を受け取った。


 ご飯を食べて車で家まで送ってもらう。

 手を振って踵を返し、敷地内に入って驚いた。

 だって、僕の家のインターフォンを今にも押そうとしている詩織がいたんだもの。口元をニヤつかせて音が鳴る前に口を開いた。


「ピンポーン」


 珍しく心底驚いた表情を見せる彼女に近づいてからキーケースを取り出した。鍵穴に突っ込んで扉を開ければ家主よりも先に脚が踏み入れられる。

 その姿を見ていたら“晋也”のことを思い出した。そして推測する、もしかしてさっきの心の声は僕の中で誕生を迎えた彼だったのではないのだろうかと。

 -----ねぇ生きていたら…次に入るのは僕? それとも君?

 問うてみたけれど答えは返って来ない。

 そりゃそうだ。実際に生きているのは僕だけだもの。それに…たまに思い出してくれるだけで良いから、後は自分の人生勝手にやってよ。そんなこと考えて何かを躊躇するくらいなら、その時間を使って何か現実の物を掴み取る努力をした方が良いんじゃない? 今の問いに僕ならそう答えてるから、きっと兄さんも思ってるね。

 悲しみは消せないけれど、前を向くことは出来る。

 兄さんが味わうことの出来なかった生を受けた楽しみを、彼の分まで謳歌するように楽しんでやろうと頭を切り替えて、片割れを心の一番大切な大切な深層心理と漆黒のアルムバントゥウーアの中にしまい込んだ。そう、時計は男の相棒。いつでもどこに行くのも一緒だ。例えるならば双子の兄弟のような存在とでも言おうか…。

 妖しく黒く光るそれを見てから、手招く親友の後を追うように家の中に滑り込んだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ