プッツンガール #2
結局お昼からの授業には末長の姿はなかった。
放課後になっても彼は現れなかったので、仕方なく3人で先に返ることにした。馬鹿だなアイツ、せっかく委員長の家に行くってのに。一応携帯にそのことを伝える文章を書き、(来たければ電話かメールして)と付け加えて送信しておいた。
「歩いて帰るなんて、久しぶりですぅ」
その場でクルリと回転してはスキップしてお店や道ばたの看板に目を通す委員長。その姿ははじめてのお遣い並みにたどたどしい。店先に並んでいる野菜を見ては「人参の葉っぱってこんな形なんですねぇ」と感心してみせたり、自動販売機に駆け寄って「ボタン押してみてもいいですかぁ?」と僕たち一般人には当たり前の行動をしてみては、いちいち喜んで跳ねていた。
僕と詩織はその姿を目を細めてみていた。父親になるって、こんな感覚なのかな?
-----そういえば家の人がいるんじゃない?
「家に行くのに、何も持っていかなくいいのかな?」
「いいんですよぉ。明日にならないとパパは返ってきませんし、ママは旅行中ですから」
そっかと、応えながら少し安心する。だって金持ちに何を手みやげで渡せばいいかなんて見当もつかないし。
再び、僕は彼女の奇怪な行動を観察し始めた。
夏の日差しと温度は、容赦なく僕達の体力を奪っていて、ようやくショッピング街の外れに位置する場所に着く頃には喉がカラカラになっていた。まー、いつもの倍の時間がかかったのは委員長のせいだけど。
「ジュースでも飲む?」そう提案すると、勢いのいい返事が返ってくる。お金を持ち歩いかないという委員長に500円玉を渡し、彼女の後に自動販売機のボタンを押した。
1人ふらーっと近くのベンチに向かう委員長を追いかける。
詩織は自販機にお金を突っ込んでいるところだった。
僕の後ろからすーぅっと車が減速し、前を歩く彼女の横に止まった。それからは、あっという間の出来事だった。
ガチャリとドアが開く音がしたかと思うと、黒い服を着た男達が2人出てきて委員長の腕を引っ張った。嫌がる彼女を羽交い締めにして、車に押し込み、自分達も乗り込むとウィンカーも挙げずに車は発進してしまった。
「「委員長!!」」
詩織と僕が駆け出した時には既に車は信号を右に曲がって行ってしまった後だった。
-------今のって、誘拐!?
走る速度を落として、ポカンと口を開けてその場に佇む。
まさか自分が誘拐事件の現場を目撃するなんて思っても見なかったから、どうしたらいいのかわからない。そ、そうだ警察!!
ズボンの後ろポケットに手を突っ込んで携帯を開けた。警察は何番だっけ!? 半分パニックになりながら110と画面に数字が表記された時、
「奏お嬢様の御学友の方ですね! お乗りください!!」
普段委員長が乗っている車の窓が空いて、声をかけられた。名刺を出され見ると、彼女の会社社長の秘書だった。
僕たちは頷くと、すぐさま車の後部座席に乗り込んだ。
「お渡しさせて頂きました名刺でおわかりかと思いますが、社長秘書の猿渡でございます」
発進してすぐに、猿渡さんなる男性が丁寧ながら、早口気味に僕らに説明を始めた。
「たぶんお嬢様は、我が社のライバル会社ブルージェネレーショングループの者に攫われたのではないかと」
「どうしてわかるんですか?」
以外に冷静になっている自分に驚いた。しかし今はそれどころではない。どうしてこんなことに…その思いだけが僕の中にリフレインする。
「鮎川社長が今直々に開発されている新商品、それが原因だと思うのです。内容は明かせませんが、それが世界に発売されてしまえば、ブルージェネレーションは壊滅的な打撃、損失を与えられてしまいます。ですので、販売もしくは開発の中止をお嬢様を人質に取ることで取引の対象とするつもりなのでございます」
「身代金って線は考えられないんですか?」
「考えられますが、別にブルージェネレーションじゃなくとも身代金をとるより新商品のデータを奪った方が遥かにお金になります。それに…」
「それに?」
「実は、社長宛に新商品の開発、販売を止めるよう意味した怪文書が…何度か」
言葉を濁したまま、猿渡さんは車のハンドルを切った。
言い方からして、結構前からそういう動きがあったのではないだろうか。それならば彼の言う、委員長を人質に新商品のデータあるいは原物との交換取引という線が最も濃そうだ。大人の知らない世界に、思わず唾を飲み込んでしまう。
「誘拐だとかそんなことはどうでもいいわ。それより、委員長の居場所は分かるの!?」
今まで黙って話を聞いていた詩織が、運転席と助手席の狭い空間に割り込む形で体を前に出した。
「大丈夫でございます。お嬢様の携帯には、万が一に備えてお嬢様の携帯の電波を追えるようシステムを搭載しております」
何やら手に収まる大きさの画面をチラチラ見ながら、またハンドルを切った。
赤信号で停止すると、猿渡さんは前を見たまま、ゴクリと喉を鳴らした。
「今、右手に見えている大きな白いビルにどうやらお嬢様がいらっしゃるようです。気づかれないよう、向こうに見えるスーパーの駐車場に駐車しますから。あ、あまり見ないでください」
僕が見たところ、全く変哲もないただの5階建てのビルだった。1階にはお店専用の貸し物件になっていて、2階から上は小さな窓だけがこちら側からは見て取れた。アパートやマンションといった感じではなく、すべて会社などが入るような感じの作り。そう、雑居ビルのような感じだ。
車から降りると、すでに山の向こうで夕日が沈みかけているのがわかった。
辺りは暗く、所々に見えるお店と街頭だけが晃晃と灯りと着け、肩を落とした人々は皆家路に着く最中のようだ。
「今から私は社長に電話をかけてきます」
「え、お父さんに? 先に警察じゃ」
「仮にも一部上場企業の社長の娘ですよ、マスコミに嗅ぎつかれたらどうするんですか!? まず社長に連絡、その後マスコミを押さえながら警察へ通報致します、いいですね。警察が着たらあのビルだと知らせてください。私からも警察上層部に掛け合って、人質救出最優先で行ってもらいますので。何かありましたら先程の名刺に携帯番号が書いてますから」
彼はさらに捲し立てるように「今社長は国際電話が繋がらない場所にいらっしゃるので、衛生携帯から連絡を取ってみます」と車を走らせて行ってしまった。
またしても僕はポカンと口を開けて、車の後ろ姿を見送るしかなかった。
すると後ろに立っていた詩織がビルに向かって駆け出した。
「待つんだ! 警察だって来るし、危ないよ!!」
「だから何!? 指を加えて助け出されるのを待てっていうの?」
「っ…そうだよ。誘拐をするようなやつらだ、銃だって持ってるかも知れない、いくら詩織が強くたって敵うなんて僕は思わない!!」
「それでも!!」
目を真っ直ぐ見て彼女は一瞬口を閉ざす。
見つめる漆黒の目に、僕は射抜かれた。
「行くのが友達ってもんでしょ!」
そして初めて気がついた。
彼女の美しさは、ただの外見だけのものじゃなくって、内面から綺麗なんだって。
僕は大きく息を飲み、大きくため息をついた。
「だったら僕も行く。もし委員長を発見しても、君がキレてたら意味ないでしょ?」
大きく見開いた目をした後、詩織はいつもの妖艶な笑みを漏らした。