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追憶のツヴィリンゲ #1

 湧き出てくる湧き水のように涙は留まることを知らず、気がつけばベッドの上で泣き疲れて眠っていた。

 時計を見れば時刻は既に夜19時を過ぎていて、携帯を見れば無視をした姉さんからのメールがBOXに1着届いていた。そう、僕はお腹が痛いとメールで姉さんに嘘をついて明日に買い物をズラしてもらおうとしたのだ。多分、着信が無いので了承のメールだったのだろう。開いてみればやっぱりで、明日僕を送るついでに皆で百貨店に行くのだと書いてあった。まぁ今頃見たって意味ないのだけれど。

 眺めているとまた姉さんからメール。


<ご飯はどうするのよ? いらないなら冷蔵庫に入れておくからお腹大丈夫になったらチンして食べなさい。それからお風呂はちゃんと入っておきなさい。2階の方を用意しておいたから>


 ありがたいとは思いつつも、憎悪が僕の中で沸々と表れては消えていく。

 -----いや、姉さんが悪い訳じゃない。

 彼女に非なんて全くないのだから責めるのも憎らしく思うのもお門違いだとかぶりを振って、お礼のメールを送信しておいた。

 クローゼットを開ければ、内側に備え付けられた鏡に映った真っ赤な目と腫れた目蓋が「泣きました」と言っている。こんな姿は見せたくないとパジャマを引っ掴み、2階に気配が感じられないことを確認してからお風呂に押し入るように入った。服を脱ぎ捨て湯船に浸かりながら目蓋を冷水シャワーと温水を繰り返し当て、目の腫れを取るように尽力を尽くした。髪を洗って顔を上げれば目の腫れは頑張った甲斐があってまぁなんとか誤摩化せない程ではなくなっていた。けれど、左側の充血はまだ目立つ感じだ。

 シャワーの蛇口を下に倒しながらため息をついた。


「シャンプー入ったって言おうかな」


 聞かれた時はそう答えようと、心に決めてまた湯船に肩まで浸かった。

 まだ心の中は混沌としていてご飯も食べる気にもならないため、また部屋にこもる。何気無しにとりあえずテレビをつけて気分とは裏腹なバラエティ番組を食い入るように眺めた。CMになる度、何度もチャンネルを回しては同じ番組に戻ってきてを繰り返す。


 なんだかそれさえも限界を感じてきて、携帯を眺めた。

 開くは思いを成し遂げることの出来ない血の繋がった女の子のアドレス。21時になる前に一度声を聞いておこうとボタンを押した瞬間、ガチャリと玄関を開ける音がし、父さんの僕を呼ぶ声が聞こえた。同時に、いじっていたのか1度目のコールが終わる前に出てきた詩織の声が聞こえてきた。


「ごめん、またかけ直すから」


 多分受話器の向こうではハテナマークを飛ばしているであろう。もう一度謝って、携帯を机の上に置いてからドアを開けた。階段を下れば父さんが厳しい顔をして僕のことを待っていた。言われることは分かっているから顔色を変えず導かれるようにリビングに入れば、少し顔色の悪そうな母さんとカーテンで見えないはずの窓の外をジッと見つめる姉さんがいた。ついでに僕がすでに見てしまった双子のシンクロニティー現象の事例を集めた英文の紙束と付箋が貼られたキリンの描かれた僕の赤ちゃんの頃のアルバムが視界に入ってきた。

 演技なんてするつもりなんて無いけれど、普通に歩いて姉さんの隣に腰を下ろした。

 すると父さんと母さんが顔を見合わせてから僕の名前を呼んだ。どちらにとも目を向けること無く、方向だけ合わせると一瞬下を向いた父さんが徐にこちらへ紙の束を押してきた。


「読みなさい」


 一度読んで既に内容は知っているけれど、僕は言われるままもう一度それを読み返した。英文なのに、意味はわかっているハズなのにまるで宇宙語を読んでいるような感覚に陥ってきて目眩が僕を襲う。けれど倒れることも許されず、気分の悪さを押し殺して視線だけを流していく。半分以上捲ったところだろうか、今度は母さんが口を開いた。


「読んで、ユーヤはどう思った?」

「…双子って不思議なことがあるんだね」


 多分、僕が何も気づかなかったら出てくるであろう率直且つ簡潔な感想を述べる。もういいだろうと、バサリとテーブルの上に放り投げた。そして脚を組んでソファーの背もたれに身を任せた。すると父さんが僕の目を見つめながら、今から言うコトを良く聞きなさいなんて言う。耐えられなくなって目を反らし小さく2度頷けば、彼はゆっくり息を吐き出しながら先程の紙束を手に取った。


「昼間に大切な話があると言ったのを覚えているか? お前のことと、その…詩織ちゃんの話だと言ったんだが」


 昼以上に詰まらせながら言語を発している。

 奥歯を噛んで、黙って次の言葉を待つ。握り拳の真ん中にある手の平が焼けるように痛い。


「ユーヤにはずっと言わないといけないと思っていたことがあるんだ。それは、お前が産まれた時からずっと決まっていたことで、18歳になったらと決めていた。理解出来るような歳になるまで父さんと母さんは待っていた。でも躊躇もずっとしていた。けれど、これは親の役目として絶対に言っておかなくてはいけない。お前がどんなにショックを受けて悲しむと知っていていたとしてもだ」


 自分の心臓の音さえ五月蝿いと感じられるこの空間で、コツコツと秒針の響く音だけが何度も聞こえた。


「ユーヤ、お前は双子の片割れだ」


 分かっていたのに、脳内からアドレナリンが分泌されたのか心臓の脈打つ回数がドンドン上昇していく。多分、瞳孔は開ききっているだろう。右手の中が妙にぬるぬると暖かくなった。さらに奥歯をギリギリと顎が痛くなる程噛み締めて、なんとか自分を落ち着かせようと試みる。


「名前は、し…」

「五月蝿い!!」


 気がつけば立ち上がって産んでくれた両親を見下ろしていた。

 そして停めなく堰を切ったように言葉が溢れ出てくる。


「何が双子だ。何で今まで黙ってたの!? 僕が子どもだから受け入れられないとでも思っていたの!? 産まれた時から言わなきゃいけないことは決まっていたんだったらさっさと言ってくれれば良かったんだ!!」


 そう、もっと早く知っていればこんな思いをしなくて済んだ。好きになることなんて絶対になかった。これ以上の恋心は無いだろうと思っていた心を返して欲しい。これ以上僕の傷ついた心を修復不可能にしないでくれ。

 荒い呼吸を繰り返していると姉さんが優しく僕の肩を掴んで座るように導いてきた。

 視線を落とす親二人を見つつソファーにもう1度腰をかけた。

 謝る母さんに視線を落として小さく「ごめん」と呟く。

 分かってる。知っている答えがどんなに辛いモノだろうと僕は目の前の両親から生まれ落ちた子どもなのだから、聞いてあげなくてはいけない。彼らが用意している結末がどんな残酷なことだと分かっていても。それが僕のことをこの世に存在させてくれた人達への恩返しだから。

 僕が大きなため息をつくのを待っていたかのように父さんがキュと唇を一文字にしてから薄く口を開いた。


「お前の双子のきょうだいの名前は晋也(しんや)。一卵性双生児の兄だ」

「…は?」

「もともとお前達は一卵性双生児の双子の赤ん坊だったんだ。だけど、晋也は産まれたと同時に、死んでしまった。尽力は尽くした、だが、あの子は産声を上げることも一度もせず死んでしまった。死因は…もともと肺に欠陥があったみたいで空気が取り込めなかったみたいなんだ。もし生きていれば、今のを読み書きが出来るようになったら二人に見せてやるつもりだった。お前達双子は唯一無二の存在だと、知ってもらいたくて。けれどお前達は別々に別れてしまった。生と死に」


 -----え、ちょっと待って?

 意味が分からず、目が回ったように父さんの顔がぶれて見える。感覚が一気に薄れてブラックアウトしてしまいそうだ。

 心の中がそれこそ意味が分からない。僕は一卵性双生児の弟…? 詩織は僕の片割れじゃない…? 失意のどん底にあったはずの、理性が壊そうと必死になっていたはずの、恋心が急浮上してきて淡い期待を帯びているのに、もう一方は急に表れた兄さんの所存で暗い暗い井戸の底のようなところに落とされて言いようの無い失望感に苛まれている。


 口だけをパクパクと動かして、両親を見つめると「ずっと黙っていて済まない」と謝られた。

 いや、まず謝らなくてはいけないのはこの場合、僕なんじゃないだろうか。勝手に勘違いをして二人を怒鳴り散らしてしまった。いや、でも僕に双子の片割れがいたことは間違いない訳で、それをずっと黙っていたことも事実で、でも…。パニックを起こした脳内でグルグルしていると父さんが見かねたのか「何も言わなくていい」と言い始めた。多分、思っているパニックとは違うけれど、でも…何も言えず結局押し黙った。


「すぐに理解なんてしなくていい。何となく自分には兄がいたんだということだけ覚えていて欲しい。それだけで晋也も十分なはずだ。もしお前が落ち着いて…許してくれるならば明日にでも墓参りにいこうと思っているんだが」


 ゆっくりと、しかし確実に頷いた。

 それは罪悪感でもなく、パニックからでもなく、なんとなく行きたいと思ったから。もしかしたら僕の後ろには兄さんがいて、僕のことを操っていたのかも知れない。

 -----じゃあ、詩織の話は?

 もう何を言われるのかわからなくて、座っているソファーだけが頼りだ。

 すると僕の思っていることを察したのか、母さんが今度は話し始めた。


「次は私のお話を聞いて頂戴、ユーヤ」


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