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男に花束を贈る時

「僕に? ありがとう」


 特に何もしているつもりもないのに貰うのはなんだかな、とは思いつつも受け取らない訳にもいかないのでありがたく頂戴する。お返しは、そうだなぁ今度父さん達に頼んで外国の珍しいお菓子なんてどうだろう。考えつつも頭を下げながら駆けて行く子達に手を振って教室に戻ると、すでにそこはハッカと甘い匂いで満ちていた。香りの正体は京都銘菓“八つ橋”。そう、2年生達が修学旅行とお休みを終え、今日から登校を始めたのだ。だから僕たち3年生の教室はお土産の匂いで満ちている。


「…神無月さんとこも八つ橋か。僕のもそうみたいなんだよね」


 包装された袋を見つつ、すでに手の付けられた陸上部からのお土産を眺めた。


「明日に食べればいいよ」

「じゃあ…ロッカーに入れてていい?」


 皆の了承を得てから自分のロッカーに仕舞い込む。鍵を閉めた段階で、廊下側の席の子からまた呼び出しだと言われた。今度は何だと顔を出した瞬間、体が凍り付いた。なんとか自分を奮い立たせ、素早く体を教室の中に入れてすぐさまドアをピシャリと閉める。

 が、逆にそれが嬉しいのかニコニコしながらドアの隣にある窓を開けて名前を呼んで来た。


「山田先輩、逃げないで下さいよ」


 やだなーとウェーブのかかったアッシュブラウンの髪の毛を、ポールスミソのくっついた腕でかきあげながら顔を覗き込んでくる。止めてよ、どうせ見えるのは青ざめた気分悪そうな僕だけなんだから。

 顔を引きつらせながら用事を訪ねた。すると青柳くんは図々しくもこう、のたまった。


「俺、もうすぐ誕生日なんです」

「そ…れはおめでとう」


 言ったのに彼はシラっとした顔で否定をする。


「違いますよ、俺はちゃんと山田先輩に祝って欲しいんです」

「ああ、そうか。ごめんね気がつかなくて」


 ニッコリ笑って「ちょっと待ってて」と言い、先程かけたばかりの鍵を開けて中から1つの包装された箱を取り出す。そしてさっきまで立っていた場所に戻り、両手で差し出す。


「はい、誕生日プレゼント」

「…山田先輩ってモテないでしょう?」

「そうだね、モテた記憶なんてほとんど無いね(ホモと幼児以外は)」


 見るに見かねると言った表情で“八つ橋”の箱を払いのけている。

 -----人の好意を突っ返すなんて、酷いんじゃないの?

 まぁ君にはこれで十分だ、なんて思って人から貰ったお土産を本気でプレゼントしようとした僕が言えた義理じゃないだろうけどさ。


「ねぇ、詩織先輩酷いですよね!?」

「? …そうね」


 親友に話を振り、同意を得たことににんまりしてくる。

 ちょっと何その勝ち誇った表情。

 詩織も詩織だ、聞いてなかったなら適当なこと言わないで欲しい。責められてる気分になるじゃないか。


「俺にだってアレ、して欲しいんですよ」

「あれ?」


 小首をかしげると彼は照れたように一度鼻を摘んだ。


「詩織先輩の誕生日に、薔薇の花束贈ったって聞きましたけど?」


 教室がシーンとなった。

 マズいと思った瞬間にはもう遅くってケタタマしい叫び声が2-Bを揺るがす。


「何それ!?」

「山田くんクサ過ぎぃ!!」

「薔薇って薔薇って、ウソーン」

「キャー詩織ちゃんいいなぁ」

「ちょ、思ってるようなのと違うから!! 僕の家では女の人に薔薇の花束を渡すのが決まりで、だから、詩織それ知ってるから、爆笑してたから、ギャグで…詩織だってギャグだって知って…」


 慌てて否定をしても皆の誤解は止まらない。

 このままでは僕は女の子に白面でバラを贈るクサい男になってしまう。カッコいいけど格好悪い気がする。「ああ、贈ったよ」と胸を張って言えない自分が疎ましい。というか、青柳くんに詩織は何を話してくれちゃってる訳!?

 詩織を責めようとしたら、目の前にいる人物は曲者で…僕の名前をまた呼び、


「まだ他にも情報ありますけど、どれをバラされたいですか?」


 脅された。

 そしてこっちも忘れちゃいけない。


「なんて言って薔薇贈ったのよ!?」

「薔薇の色は勿論赤だろ!?」

「薔薇を贈った時の詩織ちゃんの反応は!?」


 引く付く口角、引ける腰、引いていく頭の血。パニックを起こした僕は、


「バラバラバラバラ…薔薇薔薇に質問して来ないで!!」


 発音と意味を反対に喚いて、教室を飛び出した。

 脚を繰り出しながら後ろを見れば、笑顔で一人のバイとニヤけ顔のクラスメイト達が追いかけてきた。


「山田くーん、どこの花屋!?」

「山田先輩、俺にもものすごいことして下さい!!」

「山田くん!! 詩織さんになんて言いながら渡したんだよ!?」


 -----もう、最悪!!

 まずは人数を減らす為に両方向から入ることの出来る男子トイレを通り過ぎる。振り向けば女子が減ってバイと男子のみ。

 階段を下り、僕と詩織くらいしか許されないことをやってのける。開けるのは職員室のドア。開けて先生達の目線も気にせず、走って突っ切った。運良くジュゴンはおらず「山田くん、走っちゃダメだぞ〜」なんて軽い注意しか受けなかった。反対側のドアに手をかけ「すみませんでした!」と非礼を詫びてからそのまま扉を勢いよく閉めた。

 もう大丈夫だろうと、左側にある登り側の廊下に腰掛けて息を整える。

 -----最近、走ってばっかりだ、僕。

 ぐったりしていると、扉の開く音…目の前に現れたのは青柳くん。


「やりますね、職員室走り抜けるなんて。クラスメイトさんたちはさすがに無理だったみたいで、教室に帰っちゃいましたよ」


 逃げたいけれど、もう体力の限界。見下ろされる形で「君は?」と聞くことしか出来ない。


「俺ですか? そりゃあ山田先輩への愛の力で…なんて嘘です。さすがに俺でも他の学校ならできません。言ってませんでしたっけ? 俺、この学園の理事長の孫ですよ?」


 ああ、学園物に必ずあるパターンね。でもそれって主人公が男の場合、可愛い子が主役に夢中になるパターンでしょ、普通。好意を寄せてくれてはいるけれど、それが男でバイだなんて、どんな漫画見ても無いだろうよ!! 事実は小説より生成りってヤツ? 奇抜過ぎでしょ!?

 もう精神崩壊しそうになって卑屈に笑うしか出来ない。端から見たらすでに狂ってしまっているかも知れないね。

 と、さらに僕の精神を揺さぶることを彼は言う。


「俺は傷つきましたよ。ただ花をプレゼントしてくれって言ってるのに、喚きながら逃げ回られるなんて。逃げた罰と傷つけた罰を誕生日プレゼントにくっ付けて…キスさせてください」


 あまりの言動に固まってしまった。

 まるで少女漫画の主人公のように顎に彼の手があてがわれ、上へ向かされる。外すことが許されないようにジッと熱視線が注がれた。近づいて来る顔になぜか抗えない。

 僕の記念すべき人生初めてのファーストキスは推定4歳の保育園児…そして次こそはマトモにと思っていたのに、セカンドキスは男のバイだなんて、そんなのありえないでしょ!?

 僕は幼女趣味でもなく、男の子が好きな訳でもなく…

 -----僕が好きなのは詩織ただ一人です!!

 出来ることならば好きな人とさせてくれと、切に願えば神経に電気信号がようやく正常に流れ始めた。これぞ愛の力…?

 バタバタと脚を動かして彼の腕から逃れる。


「ままっま、待ってぇ」

「何ですか」

「バースデーフラワーが欲しいならちゃんとプレゼントする、っていうかさせて頂きますから、これだけは勘弁して!!」


 言えば、先程までの絡み付くような視線からは想像もつかない程の爽やかな笑顔で見下ろしてくる。


「何くれるんですか?」

「スイートピー、花言葉は別離…だけど」


 立ち上がりながら仕返しだとばかりに毒を吐いた。さすがに言っちゃったなと階段を逃げるように駆け上がる。が、想像していた足音が聞こえて来ない。

 ちょっと気になって上の段からソロリと顔色を伺うと超爽快そうな顔で僕を見上げて来た。


「別に花言葉もありますよね、花言葉は私を覚えていて。照れてもいいですか?」


 -----ぽ、ポジティブ過ぎ!!

 思わず首を縦に振った。


 そしてクラスではどうなったかと言うと、僕があまりに青い顔をして戻って来た為、誰も薔薇の花束のことを聞いて来なかった。

 災い転じて…ってやつ? 代償大き過ぎでしょ。



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