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予告はバッドエンドの始まり #2

「ねぇ」

「多分、私とユーヤが初めて逢った日に絡んできた集団だと思うんだけど…」


 僕が質問する前に聞きたかったことの全てを話してくれた。

 相づちを打ってとりあえず人数を数える。15人…普段の詩織ならイケる…けれど、すでに2人を倒す為に彼女は5人分くらい動いている。このままやり合ったとしても無理だと思う。それに、僕というお荷物も抱えているのだ。もう残された選択は1つしかない。

 生暖かいような雫が頬を伝って、落ちていく。


「僕はさ、人の多そうな駅側が良いと思うんだ。1石2鳥だと思うんだよね、君を送る手間が省けるし」


 斜め後ろを振り返れば、彼女の顔の雫に上から落ちてきた水滴がぶつかってスタッカートを刻んだ。


「いい案だとは思うんだけど、ユーヤが帰れなくなる可能性が高いのよね。泊まっていく?」

「まさか」

「じゃあユーヤの家ね」


 -----バイクで送れって?

 言わんとすることを察して、ため息をつきながら頷く。本当は雨の日の運転なんかしたくない。さっき横滑りをしたとこより、バイクは滑りやすい。それに僕がどうせ運転だ…雨風に曝されるのはほとんどが運転者。

 -----割にあったお返ししてくれるんだろうね?

 巻き込まれたことも一緒に支払ってくれると嬉しいかなと、計算しつつもどうせ返って来ないことは分かっている。いいけどね、先に惚れちゃった方が負けだもの。

 とりあえず僕の今から考えなくてはいけないことはルートの確保と二人の体力。家までは直線距離で約800m程…でもどうせ追われてジグザグに逃げるのだから距離は倍は走ると見ておいて良いだろう。で、この場を切り抜けるには、まぁ走って逃げるのが一番だよね。


「逃げる前に、忘れ物取って来ていいかしら?」

「僕も取るから良いよ」


 言いながら別々方向に体が流れていく。雲の上と同じ色をしたまま地面に華咲かせている傘の柄をを掴み、閉じた。紐を巻き付けることもせず、振り返れば詩織がいつもより鈍い動きで男にローキックを繰り出している所だった。ぬかるんだ地面に繰り出した蹴りを戻すと、茶色のしぶきが上がって彼女のズボンを濡らす。白い肌に落ちてきては弾けて散る雫達を気に留めることもなく、腕が伸びて水たまりの中心にある黒い相棒を掴んだ。

 途端、ギアが5速まで一気に入ったかのように詩織の体が走り始めた。並走するように僕も速度を加速させる。

 警棒が伸び、道を阻む邪魔な腕をなぎ払う。

 男達の脇を駆け抜け、地面を思いっきり蹴った。腰程しかないフェンスに僕は脚を付き、詩織は飛び越える。遅れて着地をすれば、後ろから叫ぶ声。「待て」とか「逃げんな」なんて言っている。そんなこと言われて止まる程僕らは馬鹿じゃない。振り向くこともせず、公園から死角になりやすい小道に走った。








「も、歩いて良い?」

「…そうね。雨でわかりにくいけど、もう追ってきてないと思うから…」


 言葉を聞くなり、脚を動かすのを止め、膝に手を付き下を向いて呼吸を繰り返した。雨の中の疾走がここまで苦しいものだとは知らなかった。というか、持久走、体育の中で一番嫌いなんだよね。大正学園を選んだのも、マラソン大会がないからだし…。

 呼吸を整え上半身を起こせば、少し申し訳なさそうな親友。

 だから傘をゆっくり開いて雨からこれ以上体温を奪われるのを守る。


「今更なんだけど、まぁないよりは良いなかって」

「ふふ」


 脚を踏み出せば隣に寄り添うようにくっついてくる。

 ポツポツと、視界の前を髪の毛から滑り落ちてきた雫が地球に引っ張られていく。

 と、詩織は徐に口を開いた。


「最近、ああいう輩が多いのよ。ほら、私が高校卒業しちゃうでしょ?」

「あー。卒業前のシメってヤツ?」

「そうなのかも知れないわ」


 不良の世界も色々と大変なのだと理解して、それから顔をしかめる。


「学校行く時とかは大丈夫なの?」

「…わからないわ。でも、私のコト探してたみたいだから、これからもああいうことあるかもしれないわね。駅前から引っ越そうかしら」

「学校の近くになんてホテルあった?」


 地理を思い出しながら問う。はっきり言って僕の記憶では一番近いのはショッピングモールの所と、今詩織が宿泊している所から300mくらい離れた所にある所くらいだ。駅向こうにもあるけれど…。


「どこ行くつもり?」

「場所を替えるつもりなら、ショッピングモールのトコロが良いのよね。けど…」

「けど?」

「方向がちょっと変わっちゃうからユーヤと帰れなくなっちゃうのよね」


 一緒に帰れないことはない。詩織を送ってから家に帰れば良いだけのことだから、まぁ今より少し20分くらい帰りつくのが遅くなるくらいだ。別に労とは思わない、と言おうとしたら、詩織が「一緒に帰れないのはイヤだからやっぱりそっちはなしね」なんて言い始めた。…情けない話ですが、今日の件はチャラで良いと思うんですが、どうでしょう?


「でも、朝の遅刻しそうな時に絡まれるのは面倒よね。多分、駅前で待ってるのよ? 他の高校の人達だから…。せめて駅からこっち側に良い場所ないかしら」


 -----だったら、うちに来ますか? …んぇええ!?

 ついというか、溢れ出て来た自分の深層心理に驚いた。

 ない、ないよ?

 下心なんてない、ただ純粋にそう思っただけだ。

 焦って合わせていた視線を外して、詩織とは反対方向にある、顔と同じ色の紅葉を見た。


「どうしたの?」

「いえ」


 -----あわよくばを考えてすみませんでした。


「変なユーヤぁ」

「いつも変だから」


 キャハハと無邪気に笑う声と雨音をBGMに反省。替わりに代替え案を提出してみる。


「神無月さんのトコロに数日泊まって、しばらく委員長のとこと一緒に登校したら? 帰りは、バイクで送るから」


 言えばポンと手を叩いて、相談してみると言っている。

 色んな意味でホッと胸を撫で下ろした。

 ふと、久しぶりにキレた詩織を見たせいで朝の出来事を思い出した。そう、父さんとのやり取りだ。詩織の名字と漢字まで言った所で明らかに焦ったような様子だった。僕と詩織は、僕が知らない所で実は何かしらの繋がりがあるんじゃないだろうか? そう思わざる得ない反応だった。

 ----もしかしてそれが、キレるのを抑えられる理由?

 そういえば昔、どうして僕がキレた詩織を鎮められるのかを問うた時、詩織は明らかに誤摩化していた。僕もなんだか怖くてそれ以上は聞けなかった。でも、今なら…聞いても僕の心は壊れない気がした。


「ねぇ詩織、聞いても良いかな」

「何、改まって」

「僕が詩織を抑えられる理由を、君は知っているよね?」


 薄く開いた唇が少しだけ反応を示し、顔の筋肉は強ばっていた。大きな目が更に大きくなり、喉が鳴った。

 漆黒の瞳を覗き込めば、小さな僕が映っている。

 今度は彼女が目を反らした。そして彼女ははっきり言い捨てた。


「聞かない方が良いわ」


 どういう意味?


「それって君が理由を知っているってことでいいんだよね?」


 ただ雫が地面に叩き付けられる音と、傘に跳ね返る音を聞く。どのくらい経っただろうか、多分憂に2分は経過した。

 ため息一つ。


「否定しないってことは理由は知ってるってことなんだよね。でも、何故かは言いたくない…ってことだね。いいよ、それで。いつか聞かせてくれるんでしょ?」

「…そうね、そのうち」


 雨の音の中に消えてしまいそうな程小さな声で詩織が応えた。

 -----教えてくれないこともあるってことか。

 これ以上は無理だと判断を下し、いつものテンションへ戻す。そうだね、この場合は田畑くん使用が良いかな?


「酷い、アイアイ傘までしてる仲なのにぃ」


 笑って言えばすぐに表情を戻して詩織がノリについて来てくれた。二人で男女逆転した口調で家までハシャイで帰った。

 心の中に、小さなヒントをひっかけて。

 -----父さんは確実に何か知ってる…。



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