Sentimental Mary
『じゃあ詩織もセンター受けるんだね』
『ええ。点数取れた分だけ上乗せされるみたいなの』
そんな大学受験の話が最近多い僕と詩織の深夜のやり取り。
いつもだいたい詩織がかけてきて寝るまでの間コロコロ二人で笑っている。本当は僕からも電話したいだけど、やっぱり受験勉強しているんじゃないかなとか考えて尻込みし…嘘。実は詩織から電話がくるのをいつも待っているんだよね。かかってくるのが楽しみだから僕からは滅多にかけたりしない。嬉しいじゃない、好きな子から電話がかかってくるなんて。わかるよね、その気持ち。いつもの時間を今か今かと待って、携帯が震える時をじっと待つ。そして音が奏でられて、画面に彼女の名前が表示される。それだけでも嬉しいのに…ボタンを押したら「ユーヤ」って名前を呼んでくれる、その瞬間が溜まらない。心臓かな? 胸の真ん中辺りが浮いた感じになるっていうか、顔も自然にほころぶし、とにかく幸せな気持ちになれる。親友だけど、親友でいるって決めたけど…一人でいる時ぐらいは本心をさらけだしてもいいんじゃないかと勝手に決めて想いをかみしめてる。
だから代わりに彼女から電話がかかって来ないと項垂れて唇を尖らせてウジウジことも多々ある。まぁ最近はかけて来ない時は電話すると「今かけようと思ってたのよ」なんて言ってくれることを覚えたから、僕からでもいいかな、なんて思っている。
今日はいつもの詩織からかけてくるパターンで、通常通りの決まった時間に「じゃあおやすみ」と電話を切った。
充電器に携帯を差し込み、布団の中に滑り込んだ。
「…センター試験ね」
てっきり詩織は私立だから受けないものだと思っていたんだけど、最近はセンター試験ありきの私立大学が増えていて、彼女の志望大学もそれに該当するんだとか。今まであの子からそんな話を聞いたことがなかったから「へぇ」とちょっと感心してしまった。
眼鏡を置いてリモコンに手をかける。
「……」
ある考えが浮かんで…少し、心が揺れた。
詩織には志望する大学にちゃんと受かってほしい。けれど、離れたくない。でも、やっぱり僕は彼女の喜ぶ顔が見たくて…。
キュッと掛け布団を握る。
-----切な…。
でも、僕は次の日から、一瞬思い浮かんだことを実行する決意を決めた。
全ては詩織のために。
自分の中での取り決めがあって早くも今日で10日経っていた。僕は思い浮かんだことを実行させるために時間の開いたときを使って日夜動き続けていて…
むー、と唸ってシャーペンをくるくる回す。
それじゃ飽き足らず顔をしかめて何度か頭をかくと、問題発覚した。
「あ…そっか。ということは数値を考えないと…うわ、素敵な曲線が!!…?…そっか、じゃあここを…」
机に向かってブツブツを呟きながらペンを動かす。普段、勉強する時にこんな独り言なんて話したりしない。ただ、慣れないことをやっていてそうなったのか、それとも僕がこれをする時は声出しながらが癖なのか。わかんないや。そんなことをぼんやり考えながらなるべく早いペースで作業を進めていく。
さらに3日後。
キーボードを一心不乱に叩き続けて、enterキーを押した。
「…と、できた」
ハーとため息を吐いて項垂れた。自己満足とは言え、よくもまぁここまで頑張れたもんだと保存ボタンを押してすぐさま次の作業へ移る。プリンターを起動させ、A4の紙をセットして次から次へと印刷していく。少し厚さのあるそれをファイルに閉じて鞄の中に入れた。
朝学校に行くなりすぐさま手渡そうと思っていたのに、質問に捕まってしまいあえなく断念。出ばなをくじかれると、ヘタレな僕は渡そうと思っているのに休みの時間になる度、声をかけるんだけどなぜだか違う話をしてしまう。多分ね、誕生日とかクリスマスだとか何かしらのイベント事であれば苦もなく渡せるんだろうけれど、ほら、今日って別に特別な日でもなんでもないじゃない? ガムをあげるわけでもジュースを奢る訳でもない。ある意味、僕の手作り…。しかも保証なんて出来る訳でもなく、ただただ勢いで作ってしまったも同然。
人がいるから悪いのだろうかと人のせいにしてみたり、タイミングを見計らうけれど難しくって…。それは、腐りはしないけど有効期限はある訳。しかも早く渡せれば渡せる程効果は上がる(はず)。だから本当は1秒でも早く渡してしまいたい。というか、このなんとも言えない心持ちから早く解放されたい。
自分でもだんだん焦れったくなってきて、貧乏揺すりならぬ、指先でリズムを刻んでしまった。
と、詩織がふいに声をかけてきた。
「…どうしたの? 落ち着きないわね」
僕が滅多にそんな素振りを見せないから不審に思ったのだろう。顔を覗き込んできた。
目が合った瞬間、少し顔を赤らめて伏せてしまった。こんなの、明らかに可笑しいに決まっている。このままじゃ不審に思われる、けれど顔を上げることなんて出来なくって。…っていうか、今はチャンスじゃないのか…? そうだよ。今は授業中、二次試験対策のテストを行っていて、各自、自分にあった問題集や赤本を解いている最中だ。今なら、紛れてしまって可笑しくない…はず。そうだ、イケ、やるんだ山田裕也。ほら、ほら、少しの勇気でいい。勇気がないのなら、作ったなんて正直に言わなきゃいい。ほら、イケ!! 自分を奮い立たせるが如く、心の中で叫んだ。
-----チャンスを活かせ!!
伏せた顔をそのまま不自然じゃない具合に斜めにして鞄に手をかけ、
「これ…貰いました」
昨夜突っ込んでおいたファイルを彼女に差し出す。
すると彼女は首を傾げながら僕の指先を軽くした。何度か目を泳がせて、チラリチラリと様子を伺う。何度か紙のめくれる音が聞こえ、詩織の視線が上下に動いているのが見える。その度に浮遊感と不安感が僕を襲ってくる。
徐に唇が動かされた。
「これ、センターの予想問題ってことでいいかしら」
「…うん」
「渡してくれたってことは、貰ってもいいのかしら?」
「うん」
消え入りそうな声で返事をする。
「現代社会、化学、数学。3教科も…大変だったんじゃないの?」
「…解くのよりは難しかったかな。でも、作るのも勉強になったし」
「やっぱりユーヤが作ったのね?」
しまったと思った瞬間、またしてもパチっと目が合った。もう、渡せてしまったことで安心し過ぎて自分からホントのことをバラしてしまった。普段ならこんな簡単なトコロでひっかかったりしないのに!!
あーー!! と、心の中で悲鳴を上げてすぐさま方向転換、机の上に突っ伏した。
隣でクスクス笑う声が聞こえてくる。
もう、顔から火が出そう。穴があったら入りたい。決まりが悪過ぎる。もう、こんなことなら最初から嘘なんてつかず普通に「予想問題作ったから」と渡しておけば良かった。
グリグリとオデコを冷たい机に押し付けて、鼻をすすれば彼女が名前を何度も呼んでくる。顔を浮かせすことはせずに、右目だけで視線をあわせれば、僕の顔から本当に火が出るかと思った。
「ありがとう」
息を飲んで、言いたい言葉を吐き出せずにすぐさま机と向き合いまたグリグリした。そして落ち着いてきた所で小さく言う。
「どういたしまして」
ふーと大きくため息すれば、また小さく笑う声が聞こえる。
だから顔なんて全然上げられない。まぁ詩織のせいだけじゃなくて、まだ僕の顔が紅潮しているからなんだけど…。
はぁ、でも…目的は果たせたからいいと言うことにしておこう。きっと何も言わなくたって詩織は分かってくれてる。僕も君の大学受験を本気で応援している一人なんだってこと。でしょ? だから嘘をついたことをすぐに見破って僕を貶めてきたのだ。だから、恥ずかしがってる場合じゃなくて本当はお礼を言わなくちゃいけない。僕のこと理解してくれてありがとうって…。
顔を上げて視線も上げる。
隣を見れば愛しい想い人。
ゆっくり唇を動かした。
「…あー。山勘、外れても知らないから」
-----バカぁ。そんなこと言いたいんじゃない!!
けれど緊張し過ぎたのか、思いと裏腹に違う言葉が滑り出す。自分自身に飽きれて物も言えない(喋ってますが)。
と、詩織がファイルの中身をジッと見つめて、少しだけ真面目な顔をした。
「そうね、もし外れて大学受からなかったらユーヤのせいにしちゃおうかしら」
「やめてよ。それは僕のせいじゃなくて君の力量不足だから」
「ふふ、じゃあ賭けましょうか?」
「どういうふうに?」
眉をひそめた。
そうでしょ?
自分の大学受験を賭けの対象にするんなんて。ましてや僕の問題が外れて受からなかったから僕の勝ちだんて言われても困るし。勝ったって嬉しくない。けど、やっぱり彼女は僕の規格ないにはとらわれない人間で、とんでもないことを言う。
「もし第一志望に私が行ったらユーヤの勝ち、もしそこ以外だったら私の勝ち」
「…なんか可笑しくない?」
「可笑しくなんてないわよ。私はユーヤに勉強を今までもいっぱい見てもらったんだから、ユーヤのおかげで今の成績があるのよ? それにユーヤのギャンブル運、発揮してもらわなきゃ」
「まぁ、そうだけど」
決まりねなんてコロコロ笑っている。
僕はと言えば案の定複雑で…。
でも、今ある詩織の笑顔が嬉しくて顔をほころばせてしまった。山田裕也18歳、愛ゆえ、ちょっぴりセンチメンタルです。