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君の場合は甘い罠

「な、なんじゃそらー!!」「死ねー!! 山田裕也!!」


 と、板倉くんがぶち切れたのが約1年前。あれから僕はテストがある度、医学部編成用クラスで一緒になる度、ことあるごとに突っかかって来られて正直困っている状態にある。

 かと言って成績を落としたくないし、模試でもどれだけ今の自分が出来るのかをちゃんと知りたいから、手を抜くなんてコトは出来ず…未だ彼とは確執があるような状態を継続している。僕としては、そんなツンケンしないで昔の亮二みたいに苦手なトコロ教え合ったりもっといい関係は作れると思うんだけど、どうも彼は僕のことをライバル視し過ぎてうまくいかない。僕だって努力したよ? 3年生に上がって1ヶ月くらいまでは。でも、どう頑張っても彼との関係は改善の兆しを見られないし、それどころか「馬鹿にしてるのか?」とキレられる始末。だから僕もプーンな感じで「また来たよ」的に扱うようになっていたんだ。

 それは今でも現在進行形で…。


「山田裕也ぁ、今日はついに学校であった全国模試の結果発表の日だな!!」


 -----また来た。

 教室の入り口でキャンキャン騒いでいる彼に目を向けることもせず「そうだね」とだけ応える。しかし彼はそれをいつものことと気にしていない様子で「今回はこそは必ず勝つ!!」と闘志むき出しで喚いて、大きな音を立てて自分のクラスの方へ行ってしまった。


「はー」


 ため息を吐いて、机に突っ伏した。

 前々から感じていたんだけど、今日はっきりした。僕、彼のこと苦手みたい。あの熱すぎるくらいの熱血な感じといい、いちいち突っかかって来るトコロといい…正直言ってやっぱり面倒臭い。ああ、すぐにキレちゃうとこも減点かな。僕、板倉くんは抑えられないみたいだし。

 すると、末長が首だけ動かして珍しく哀れんで来た。


「山田くんも大変だな、可愛い子ならまだ救いようがあるけど、男だしな」

「全くだね」

「大学まで一緒の所受けて来るんじゃないのか? あの勢い」

「うん。何度か大学のことは聞かれたよ」

「げげ。それで山田くんはなんて応えたんだよ」

「…医者を目指してることは言ったよ、そしたら彼も追いかけてくるって言い出して。でも、もう大学までは勘弁して欲しかったから、いつだったかな、なりたい科とは違う嘘の科を応えておいた。だから、まぁ勝手に推測して勝手に違う所いくんじゃない?」


 悪い笑みを零すと親友もそれに負けず劣らずの黒い笑いで「やるな」と褒めてくれた。僕ね、そこで「酷いな」なんて言わない君が大好きだよ。やっぱり持つべきものは気の合う友だよね。はははと高笑いをしてから、談笑に移った。

 そして放課後、席順に名前が呼ばれ、僕らの全国模試の結果が返ってくる。これを実施したのは確か、9月の頭くらいだったか。だから末長が自慢げに見せて来た。


「見ろ、全教科で10点になるように計算して受けたんだ」


 幾ら大学が決まって、どうでもいいからってこの点数は酷いと思った。せめて100点を目指そうよ。突っ込みを入れつつ、自分の成績を眺める。ふむ…なかなか頑張れたんじゃないでしょうか? 続いて大学への評価…第一志望はまぁ、こんなものだろう。第2志望は、よしよし。第3希望は、ええ!? こういうのってアリなんだ、知らなかった。3つ目まで希望する大学は無かったから適当な所を選んで記入しておいたら、初めて付けられたこの評価。ちょっと感心しつつ、机の上に置いた。続きまして、順位表はっと…。


「うぉお!? 山田くん、何コレ!?」


 雄叫びを上げる末長にビックリして冊子から目を離すと親友が勝手に人の大学への評価を見ていた。

 頬を膨らませながら指先から抜き去る。


「見ないでよ」

「成績はいいからいいだろ? にしても、なんだよその評価Sってのは?」(実際の某模試でもこの評価は稀に見ることが出来ますよ)

「僕も初めて見たんだよね。でも悪くないからAの上なんじゃないかな…?」


 言えば、頷いて「もう一度見せろ」なんて言い始めた。何を言っているのか、勝手に見た挙げ句その態度。絶対に見せません、というか、最初から誰にも見せるつもりなんて無いんだから!!

 奪われないように彼の腕を避けていると、末長の腕は2本とも目の前にあるのに評価表が消えた。


「ちょ!!」


 そう、もう一人のイタズラ好きさんの仕業。

 急いで奪い返そうとしたら


「私もS評価を見たいのよ」


 舌を出しながら僕の腕を避けて教室を飛び出した。

 -----嘘!?

 一瞬呆然としたけれど、すぐに脳が反応して僕も教室を飛び出した。

 廊下に出れば飛び上がって赤いスカートが逃げて行く。だから思いっきり床を蹴り込んだ。


「返して!!」

「嫌よ、まだ私見てないもの!!」

「僕の成績だよ!?」

「末永くんには見せて私には見せないなんて酷いじゃない」

「別に差別してるんじゃなくて、彼が勝手に見たの!!」


 言っても詩織は聞く耳持たず、僕の腕をヒラリヒラリと躱して翻弄し始める。短距離走はこっちのほうが早いはずなのに、さすがというかなかなか捕まえられない。時には逆に挑発するように「ほら、こっちよ」なんて余裕も見せてくる。掴めそうで掴めそうにない感じが諦めるという言葉を忘却の彼方へ吹き飛ばす。C組に乱入してみたり、B組に戻って来たりと、もう欲しいエサを求めて走り回る首輪を付けられていない犬状態だ。今なら“取って来い”されたらしちゃいそう。


 と、ついに僕にもチャンスが到来。

 D組に彼女が入った瞬間、紙を持っている指先が入り口に少しひっかかった。力に負けて、か細い指が開いて僕の大切な評価表が空に舞う。急いでそれを掴む為に、脚のバネと腕を伸ばす。けれど空気抵抗のせいで、落ちて来るのが遅れて指が擦る。今度はいつの間にか振り返っていた詩織がジャンプした。しかし自慢の黒髪を靡かせる程の風が通り抜け、1枚の紙切れが運動神経抜群の親友さえあざ笑うかのように空を舞い、紙飛行機のようにスーとあらぬ方向へ下降を始めた。

 着陸予測地点を見て、一気に青ざめた。

 だってそこには、僕のことをライバル視にしてる板倉くんがいるんだもの。訳の分からないことを叫びながら体を突っ込ませたけど…遅かった。

 まるで、しつらえられたかのように彼の机の上に評価表が開いた状態で降り立った。


「な…」

「あの、それは…」


 震える手で白いそれを持ち上げている。

 目を瞑って耳を塞いだ。


「山田裕也ぁ!! D大学に進学するんじゃねーのかぁ!?」


 耳をツン裂くようなでかい声を耳元で出されて、本当に飛行機が通ったかと思った。キーンという、耳鳴りともとれる高音が鼓膜を揺らし続ける。


「ぼ、僕はお前が泌尿器科に行くって言うからD大学にわざわざ進路変更したんだぞ!? なのにT大ってどういうことだ!?」


 ついにバレてしまった本当の希望進学先。

 片方の目だけ恐る恐る開けると烈火の如く激怒した板倉くんの姿が目に入って来た。ついでにソロリと動く詩織の姿も。

 目を泳がせてから、口を開く。


「えっと…それはさ、だから。ごめんなさい!!」


 詩織が評価表を奪い返した瞬間、180度方向転換。今度はD組を飛び出した。

 廊下を脱兎の如く走る。横には親友、後ろには激怒した板倉くん。


「ユーヤ、生徒指導室なら鍵もかけられるわ!!」


 大きく頷いて階段を駆け下りた。そして滑り込むようにして二人して生徒指導室に入り込んで僕が扉を閉めるタイミングに合わせて詩織が鍵をかけた。と、ドアを叩く音と喚くライバル(?)の声。

 もう、僕は走り過ぎて脚がヨロヨロになってしまった。体力の限界だと教員が座る用のソファーにどっかり腰を落とした。すると向かい側のソファーに親友も座った。

 大きく呼吸を繰り返す。


「ねぇ、見てもいい?」

「…もうどうにでもして」


 本当にどうでも良くなって彼女が「こんな評価初めて見た」とハシャイでいるのさえ、ボーッと聞くことしか出来なかった。

 呼吸が整って来た頃、またドアを叩く音…。


「詩織、アレは君のせいだからね。僕は彼と同じ大学なんていく気なんて無かったのに…」

「いいじゃない。二人で大学ランデブーでもすれば」


 私は悪くないなんて感じで頬を膨らませている。

 確かに不可抗力とは言えば不可抗力。だけど、君があんなことさえしなけりゃ僕の大学4年間の生活は静かに暮らせたハズなんだ。

 項垂れていた体を起こして真っ直ぐ向き合う。


「そんなこと言う子にはお仕置きするからね」


 少しビクついた様子を見せる詩織の瞳をジッと見つめる。


「な、何する気?」


 -----何するって、そんなの決まってるじゃないか。

 敢えて目線を体に下ろしてから、目を合わせた。

 そして、ゆっくり口の端を上げてから人差し指だけ立てて唇の前にスッと持っていく。


「内緒…」


 大きな目をさらに大きくする彼女を脅すように、悪い笑みを零す。

 その状態を10秒きっちり継続させると、小さな体がピピっと縮こまった。

 心の中でほくそ笑む。

 もう少しこの状況を楽しんでいたいけれど、まぁあんまりすると子猫ちゃんは懐いてくれなくなる可能性がある…。にっこりいつもの表情に戻して立ち上がり、ベランダに続くドアの鍵を開けた。


「ま、それは次回のお話で」


 言えば、安心しきった顔で後ろについて来る。

 腕を後ろに差し出せば、大人しくあるべき場所に評価表が帰って来た。よしよし。


「ねぇ」

「ん?」

「お、お仕置きの内容って何?」

「内緒だってば」

「えー、何よ、何するつもり!?」

「内緒」


 いつもの笑顔を繰り出す僕に何度も何度もせがむように聞いてくる。だから言ってやる。


「悶々としといてよ」


 そう、これが僕からのお仕置き。せいぜい“お仕置き”は何かを悩んでよ。ついでに僕に一生懸命聞き続ければいい。答えなんて一生教えてあげること無く、弄んであげるから。

 まぁ…お望みとあらば、君専用のスペシャルコースも用意はできますけど、どうする?



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