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隠れたM性

 君のストレス発散方法は何?

 僕は知っての通り、イタズラをすること。親友の末長も僕にイタズラだとか嫌がらせをするコトで発散してる。坂東は戦隊物のDVDを見まくること、田畑くんはギターを弾くこと、番長は猫と戯れること、聡はゲームで敵を殲滅させること。まぁ人それぞれだ。


 でだ。僕らは今、受験という大きなストレスを抱えている。まぁ末長はもう終わってしまったから別に良いんだけど、未だクラスには僕を含め、苦しい思いをしている人達が大勢いる。中でも今一番カリカリしていると僕が思っているのは神無月さん。近くにいるから尚更わかる、日に日に深まる彼女の不機嫌具合が。多分、彼氏は受験から解放されたのに自分は遊べないってことに加えて、結構そういうことに関しては真面目だからこん詰めてやってると思うんだよね。彼女曰く、部活に入っていてスタートが遅れた分取り戻すと言うことらしいけど、ちょっと無理をし過ぎなんじゃないかと思う。先日の4人での飲み会で和らいだかなとも思ってんたんだけど、息抜きにはなったみたいだけど残念ながら発散までには至らなかったみたいだ。


 授業中の今も、僕の隣の隣で何かを呪うかの如く、ガリガリとペンを動かしまくっている。はっきり言って、病的だ。怖いよ。

 けれど、よく言うじゃない? 触らぬ神に祟りなしって。だから僕は極力、近づかないようにしてたんだ。あ、言ってもちゃんと話しかけるし、いつも通りにしてるよ? でもほら、明らかに危険な時ってあるじゃない。その時は末長や詩織に任せてサーと撤退してたんだよね。

 でもついに、僕は彼女に捕まることになってしまった。

 放課後、皆に勉強を教え終わった途端ににそれは起こったんだ。


「無理!!」


 唐突な雄叫びを上げたのは神無月さんだった。ついに壊れたかと思って顔を上げた瞬間、彼女は不敵な笑みを僕は引きつる笑顔を零して見つめ合ってしまった。これが運の尽き。

 彼女は徐に立ち上がると、後ろに立って僕の頭をゴットフィンガーさながらガッと掴んで来た。ヤバいと思った時には髪の毛ごと後ろにグイと引かれて逆さまに目が合わされた。ニィと唇が弧を描いた。


「山田っちの顔、昔から目を付けてたんだよ、私」


 末長から聞かされた彼女の異端なストレス発散方法を思い出し、大きく目を開けると彼氏を呼んだ。そして後ろ手で押さえつけられる腕。抑えるのは勿論、彼女の彼氏、僕の親友末長。振り返り、慌てて抗議する。


「うら、裏切る気!?」

「僕もさ、あんまりあー言うコトされたくはないんだよ。だからたまには僕の替わりになってくれたっていいだろ?」

「馬鹿言わないでよ!! 君、自宅ででしょ!? ここ学校なんだよ!?」

「学校じゃなかったらさせてやるのか?」

「絶対ヤダ。だいたい君が神無月さんの彼氏なんだから全部処理してあげなよ。関係ない僕を巻き込まないで!!」

「関係ないなんて、山田っち酷い」


 しまったと前を向いた瞬間、いつか僕が詩織に薬を飲ませる為にしたように顎が掴まれた。

 涙目になりながらもう一人の親友に助けを求める。


「し、しおっ、たしゅけて!!」


 言えば傍観を決め込んでいた彼女が動いた。が、それは僕なんかの為じゃなく、敵の為だった。


「神無月ちゃん、私、ユーヤは可愛い系でいいと思うのよね」

「だよね」

「これ、使っていいわよ」

「わーい、ありがとう。じゃ、ありがたくっ」

「やーめーてー」


 叫びも虚しく、僕のオデコや頬、鼻先に神無月さんの指先に載った化粧下地が付けられていく。そう、彼女のストレス発散方法とは、人に化粧を施すということなのだ。昔、神無月さんが詩織をトイレに誘った後、バリッとメイクして帰って来たことがあった。その時はまぁ気分でも変えたいのだろうくらいにしか思っていなかったんだけど、夏休み前くらいに末長から泣きながら携帯がかかって来たことがあった。その時が初めて彼が神無月さんの餌食になった時らしい…。だから僕は恐怖して彼女の機嫌の悪い時には近づかないようにしてた、のに!!

 これ以上はダメだと久々合気道技を繰り出す。が、さっきからうまく躱される。しかも逆に固められてしまった。こんなことをこのクラスで出来るのは…


「ダメよユーヤ、動いたら変になっちゃう」


 そう、僕の親友詩織だけ。


「動かないともっと変になっちゃうだろ!?」


 喚けど叫べど、誰も助けに来てくれない。それどころか面白がって笑いながら周りを囲むだけ。ちょっと、後で覚えてなよ!?


「やっぱり山田っち、肌キレイだよ。ね、委員長」

「そうですねぇ。男の人でここまでなのは珍しいかもですぅ。あ、自然ポイ方がいいと思うので私のリキッドファンで使った方がいいんじゃないですかぁ?」

「えへへ〜、実は狙ってた」


 -----えへへ〜じゃない!!

 可愛く笑ってみせてももう、君たちは悪魔にしか見えません。って、やめてー!! 叫びたいが、顎と頭を抑えられていてもう喋ることさえ叶わない。

 スポンジに染み込まされたファンデーションがトントンと肌に叩き込まれていく。そのままの流れでアイメイクも容赦なくされる。目はしたくもないのに、指示通り動かさないとマジで怖い。ビューラーで目蓋挟まれそうだし、アイラインは下向いておかないと刺さってきそうで怖いし、目を瞑っておかないとラメラメしたの入りそうだし。諦めて目を瞑ってグッタリしていると、気がつけば頬にはチーク、口にはグロスを塗られていた(感触で何をしているかは想像)。

 もう、途中から神無月さんだけじゃなくて他の女の子達も加わってきて、まるでお人形さん遊びになってしまっている。


「髪、髪の毛もしちゃおうよ!! 去年の文化祭の時、番長が被ってたカツラ、まだ隣のどこかに転がってるよね!?」

「私とってくる!!」

「じゃあ私ピン提供するぅ。前髪ちゃんと纏めないと出ちゃうよ?」


 似合わないオールバックにされ、撒かれた髪の毛のヅラが被された。もう、どうなってしまったのか本人でも想像がつかない。

 チーンと目を瞑って項垂れていると目を開けろと肩を叩かれた。

 不機嫌な顔して目を開ける。


「うぉお!?」

「嘘ー、超可愛い!!」

「ちょっと何よ山田くん、ムカつくくらい可愛いんですけど!?」

「美嘉子並み、美嘉子並みだって!!」

「ちょ、山田くん、写メ取らせてくれ!!」

「!! それは止めて!!」


 ようやく詩織の腕から解放され、立ち上がる。が、皆が一斉にブーイングし始めた。な、何!?


「せせせ、折角の可愛さがぁ」

「体見せちゃダメですぅ、肩幅と身長がイメージを壊しますぅ」

「男だもの、仕方ないでしょ?」


 お願いだから座ってくれと懇願され、大きくため息をつきながら座れば、今度は写メの嵐。「1枚500円だから」と牽制しても「ケチケチするな」と勝手に撮られる。必ず、いや絶対だ。卒業するまでに皆をぎゃふんと言わせてやるんだから。心の中で復習を誓い、皆を睨みつける。が、逆効果だったみたいだ。


「ぎゃー、微笑みのどS女バージョン!!」

「山田くん、今なら付き合ってもイイ。なじってくれ」

「男となんて絶対に嫌だ」


 散々弄ばれた後、詩織が鏡を差し出してきた。折角だから見てみろと言う。はぁ、なんで自分が化粧した所なんて見なくてはいけないのか。変な方向に目覚めちゃったらどうするわけ? ないけどさ。

 と、周りのクラスメイト達がどんな反応するから興味津々に見てくる。

 -----ふん、ビックリなんてする訳ないでしょ?

 頬杖つきながら鏡を裏返した。ビックリし過ぎて息を飲んでしまった。


「か、かか…」

「何? 自分で可愛いなんて言うつもりぃ?」


 思わず、どもる僕に神無月さんが突っ込みを入れる。けれど、そんなものはおかまいなしに叫んだ。


「か、か…母さーん!!」


 保育園で泣いた時以来、こんなデカイ声で母さんなんて喚いたのは初めてだ。この歳でそんなコトするなんて、本来ならば恥ずかしさでこの場を逃げ出したいと考えるのだろうけど、それどこじゃなく似てた。詩織の鏡を手から滑り落とす程に。


「そうそう、どこかで見たことあると思ってたのよね。そうよ、ユーヤのお母さんに似てるのよ」


 同意するように詩織がポンと手を打った。

 あまりのそっくりさに声が裏返る。


「はや、早く落として!!」


 が、そうは問屋が下ろさないと言うか、僕の運のなさが更に爆発した。


「ごめん。皆に確認したら、今メイク落とし持ってる人いないみたい…」

「嘘…」


 それから30分間、神無月さんがメイク落しを取って帰ってくるまでの間、僕は母さんとそっくりな顔でいなくてはいけなかった。



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