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酒の酔い、小悪魔は本性忘れず

 末長に呼び出しを喰らった。

 内容はなんとなく分かっている。だから行くかどうか迷った。けれど、彼は僕を逃がすつもりなんてないらしく、しっかりと携帯を鳴らして来た。抜かりない所が神無月さんに似てきたなぁと思いつつも電話を取るなり声を出す。


『今向かってるよ』

『なんだったら迎えに行ってやろうか?』

『子どもじゃないんだからいい』


 選択教科で僕は書道を彼は美術を選んでいるから別々に屋上へ向かう。

 空へ続く扉を開けて特等席を見れば、紅葉が始まったのか赤くなった桜の葉と末長の横顔が見えた。つま先の方向をそちらへ向けて数歩歩き、隣に並んでいつでも逃げられるように立ったまま背中だけ建物にくっ付けると「座れ」と言われてしまった。ここまで僕の行動はお見通しらしい。ということは…。

 ポケットからミント味の小さなタブレットを取り出して口の中に放り込む。シャカシャカと鳴らせば腕が伸びて来た。手の平に2粒落として親友が眺めているであろう方向に目を向けた。


「誰もいないから、言えるだろ?」

「何を?」

「分かってるくせに誤摩化そうとするのは山田くんの悪い癖だぞ」


 視線を落とすと、向こうの空がぼやけて手すりがシャープに見えた。

 多分、今変な顔してると思う。…変っていうか、あんまり男がしちゃいけない顔だと思う。言おうとは思ってるんだけど、口に出せなくって、でも体は先攻してるから…アヒル口になってるんだよね。末長の顔を見ると目が合って言われてしまった、「男がそんな顔してても可愛くない」って。別にしたくてしてる訳じゃないよ。

 不貞腐れてるのに顔は戻らない。


「あー。わかったわかった。それ、山田くんの照れた時の顔なんだな?」


 そうかも。照れたっていうか恥ずかしいっていうか、葛藤っていうか、ちゃぶ台ひっくり返したいっていうか…まぁそうかも。

 頭の中でグルグルしていると諦めたようなため息が聞こえて来た。

 -----来る!!

 察知して見られないように顔を手で覆った。


「止めてー」

「まだ何も言ってないだろ?」


 返事の替わりにクスンと鼻をすすって合図した。


「全く、僕以上にヘタレだとは思ってたけど、そこまでとは思ってなかった」

「過大評価ありがとうございます」

「言うぞ、いいか? あー、無自覚からの卒業おめでとう、そして自覚おめでとう」

「止めてー」


 やっぱりこの子にはバレていたのだと顔から手を外すことも出来ずにどっかそこら辺の女の子が叫ぶように声を出す。きっと隣ではにんまりと笑った末長が僕のこと見てる。そして「やっぱり山田くんは阿呆だな」と付け加えられた。膝を立てて、敢えて反対方向を向いて頬をくっつける。


「ほら、言ってみろよ。僕は言ってくれるのをしばらく待ってたのに、全然言ってくれないからヤキモキしてたんだぞ。その分はきっちり払え」

「それは勝手に一人でヤキモキしてただけでしょ?」


 未だ紅潮した顔は元に戻らず、それどころか言わされることへの照れと恥ずかしさで更に顔が赤くなっていく。


「僕の目を見ていってみろ」

「イヤだよ。せめてこのまま言わせて」


 男にまでそんな所を求めないでと、やっぱり末長が本物のSだと確信しつつ口を開く。

 が、なかなか声にならない。「うー」と一度呻くも、末長は僕が言うのをずっと待って沈黙を守ったままだ。

 はぁと大きくため息をついてゆっくり息を吸った。


「す、好きみたい。詩織のこと」

「おー言えた言えた。やれば出来る子だな、山田くんも」


 なんで僕は末長に告白なんかしなくちゃいけないのかと、どうしてここまで一人で悶絶しなくてはいけないのかと、考えても考えても答えの見つからないことを必死に考える。あーもう、走ってこの場を逃げたい!! だけど今、自分がしてる顔を誰かに見られるなんて耐えられなくてそれさえも叶わない。また小さく叫びを上げながらグリグリと頭を膝に擦り付けて落ち着くのを待つ。ようやく落ち着いて来たトコロで動きを止める。

 すると末長はそれを待っていたかのように笑った。


「笑わないでよ」

「いや、本気で恥ずかしがってる山田くんも面白いなと思っただけだ」

「…言わないでね」

「詩織さんにか?」

「それもあるけど、他の人にも。神無月さんにもだよ」

「当たり前だろ? 気づいてるのは僕だけなんだから、言いふらすのはいくら僕でも憚れる」


 顔を上げると珍しく爽やかな笑顔。なんだかその顔の方が心配なんですけど…なんて言ったら本気でバラされそうだから言わない。

 -----はぁ、本当は誰にも言わないつもりだったんだけど…。

 高性能美人センサーに加え、僕の感情のセンサーも搭載してしまった親友を誤摩化すのは難しいのは分かってた。だから言うのは、末長が最初で最後の人。前に自分で決めた決意と共にそのコトを伝えると彼は驚いたような顔をした。


「だって、僕は詩織との今の関係を壊すつもりなんてないもの」

「山田くんらしいっちゃらしいけど、いいのか?」

「いいの。だから、絶対に言わないでね」


 苦笑して彼は言う。


「騙すなら最後まで本気で騙そう」


 拳同士をコツンと付き合わせた。

 






「友情を確かめ合ったのが今日だよね?」

「おー」

「だったら、これは急じゃない?」

「いや、美羽が久しぶりに4人でって言うし。いいだろ? 今までだってそうだったんだから。急に断る方が可笑しいと思われると思うぞ」


 -----言われてみればそうかも知れないけど。

 なんだか腑に落ちないのは僕だけだろうか?

 少しだけ視線を下げて、それから元の位置に戻す。前にいるのは親友のカノジョと詩織。場所はいつか田畑くんに合コンに付き合わされて来た居酒屋さん。そう、今から4人で飲み会でもしようという魂胆らしい。まぁいいけどね、明日は大正学園の開校記念日でお休みだから。

 でも、詩織には1滴たりとも飲ませません!!


 掘りごたつに案内されて、いつもの具合で座ってから注文する。お姉さんがにこやかな表情で出て行ったのを期に前の女の子2人がキャッキャとコスメについて話し始めた。じゃあとりあえず手でも拭こうかとおしぼりを手に取ってフキフキしていると、末長が少し興奮気味で肩を叩いて来た。何かと言おうとしたら「シッ」と制された。そのまま、無言で顎をしゃくって目線を導いてくる。

 -----!!

 視線が辿り着いた先には、胸元の開いたシャツを着たムッチリ系のお姉さんで、胸がでかかった。って、もしかして僕が目線に入れちゃっただけで違うと恥ずかしいから黙っていると末長が囁く。


「僕はFだと」


 目先のものは正解だったことに安心しつつ、目を細める。


「じゃあ僕は75のEで」

「その線があったか」


 コソコソ話していると神無月さんに睨まれた。聞こえてはいないんだろうけど、不穏な空気を察知したに違いない(というか、罪悪感でそういう風にしかとれない)、冷たい瞳に彼氏共々背筋が伸び上がる。

 二人で男の子だから仕方ないんですと、お互いにしか聞こえない程の声の大きさでハモって、誤摩化すように女の子に媚びへつらった。

 ご飯も食べたし、そろそろ何か飲もうと頼んでトイレに立つ。が、それがいけなかった。

 帰って来たら、詩織が泣いていた。


「ちょ。なんで飲んでるの!?」


 末長が飲ませたのかと聞けば「僕じゃない」と逆に怒られた。じゃあ神無月さんかと聞けば違うと言う。だからすでにしゃくり上げている女の子に聞いた。すると


「おさ、お酒なんて飲んでなんかないわよー」


 うるうるして神無月さんに抱きつき始めた。だったらその目に溜まった雫は何だと問いただしたい。けれど僕に泣かれても困るので席に着きながら机の上を見渡す。ウーロンが2つにオレンジが2つ。

 -----まさか。

 詩織の前に置いてあるストローの突っ込まれたグラスを手に取って少し口に含み、項垂れた。


「これ、ちょっとお酒入ってる」

「嘘!?」


 3人で他の3つを飲んでみたけど、他のは普通のソフトドリンクだった。もしかしたら店員さんがストローが付いてるから間違ったのかも知れない(普通お酒にはストローは付けません)。そりゃストローで飲めば少しでだって酔うよ。ポロポロ涙を零している親友を3人で宥める。

 が、これが意外に面白い。前に酔っぱらった時は僕も他の人を看病しなきゃいけなかったからちゃんと彼女の主張を聞いてなかったから何とも思っていなかったけれど、まぁ聞けば聞く程不思議だ。「氷、氷の中にカッパが捕まってるのよ! 助けてあげなきゃ」とか「替わりに私が溺れた(多分カッパの替わり)」とか「何回押してもアラームが止まらないのぉ」と言って鳴ってもいない携帯のボタンをポチポチ押していた。何が聞こえて何が見えて、何を体験しているのか、分からないけれどとりあえず全てが悲しいらしく泣いている。そういえば去年の11月の文化祭の時はアヒルに食べられたとか言っていたなとウーロンを飲みながら思い出した。

 けどさ、この子お酒に弱過ぎだと思う。幾らストローで飲んだからって多分、1口2口しか飲んでないんだよ? それでこの使用とは、呆れを通り越して尊敬するね。

 そろそろお開きにしようと言う段階でも彼女は泣き止まない。いつか歩いた夜道の時のように背中にひっついてしゃくり上げている。


「じゃあ、詩織っちをお願いね」

「変なコトするなよ」

「君じゃないからしないよ」


 カップルに手を振って見送り、ほとんど見えなくなった所で詩織に声をかける。


「帰るよ?」

「うー」

「うーじゃなくて、ほら歩いて」


 促しても彼女は動かない。

 これじゃ家に帰れないと後ろを向いて腕を掴むと先程まで止まっていた涙がまた溢れ始めた。そしてギャーンと大きく口を開けて泣き始めた。

 -----泣かないでよ、僕だって困るんだから。

 思った途端、彼女が確信めいたことを言い始めた。


「ユーヤ、呆れてるわ」

「……」

「呆れてるんでしょ!? 分かってるんだから!!」


 意識がないくせに言うコト言ってくれるよ、全く。ため息をつき、どうせ酔いが覚めたら覚えていないのだからと腕を引きながら本音トークをしてやる。


「呆れてるよ」

「あうー」

「全く、お酒1杯でここまで酔わないでよね、大虎なんだから」

「ぐすっ、うー」

「よく言うでしょ? 飲んでも飲まれるなって。君、将来絶対にお酒で失敗するタイプだね」


 詩織の酒癖の悪さに説教垂れながら歩く。

 顔を上げれば詩織のホテルが道ばたを煌々と照らしているのが確認出来た。もう少しだと、ホテルに付いたらいつものホテルマンに引き渡そうと算段していると急に詩織の脚が止まった。

 振り向けば頬を膨らまして怒りながら泣いている。思わず鼻で笑うとさらにプンプンしながらボロボロ涙を流してきた。そして一言。


「わ、私には良いとこがないって言うの!?」


 別にそんなこと一言も言っていない。

 だからその旨を伝えると理解したのかしていないのか、そこのトコロは定かではない呆れているといったのを根に持っているようで「私の良い所を言って!!」と喚き始めた。でもそのくせ、褒めると呆れてるくせにと納得した様子ではない。

 -----どうしろって言うの?

 さすがに狼狽していると彼女も痺れを切らしたのか、子どもがダタをこねるように暴れ始めた。


「ごめ、言うから、言うからさ!」

「ギャーン」

「ほら、じっとして。イイトコ言うから、じっとしてなさい」


 と、急に大人しくなって暴れなくなった。

 言われた通りにじっと動かず、見上げてくる。顔を反らして大きくため息一つ。

 酒癖の悪さに呆れてるし、振り回し具合にうんざりだし、襲撃だって未だ日に何度と受けることがあるし、怖くたってキレるの抑えに危険な場所に飛び込まなきゃいけないし。はっきり言って、その外見の良さと中身の可愛らしさを差し引いてたとしても、僕じゃなきゃきっと傍にいるなんて1ヶ月も持たない、逃げちゃうね。それでも…


「嫌いになれないとこかな」


 ついでに言えば惚れた弱みとでも言いましょうか? と心の中で付け加えて視線を彼女に戻す。

 夜なのに目が眩むかと思ったよ、その笑顔に。

 どうやら、詩織はこの言葉を待っていたようだ。なるほどね、呆れたって言ったからイコール嫌いに結びついた訳ねと、勝手に解釈してまた腕を引けば今度は大人しくついて来た。

 やっぱり可愛いと思った瞬間、ハッとした。…そう、僕はお酒を飲んでも消えない詩織の天性の小悪魔にひっかかりまくっていたのだ。

 正直、大虎なんかよりずっと怖い。

 そして抜け出せそうにないと思いつつ、まぁいいかと承諾してしまっている僕自身が一番怖い…。


 

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