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持ち物検査で得たものは

「おい、今日抜き打ちの検査あるみたいだぜ」


 今日日直当番だった子が教室に帰ってくるなり、喚いた。

 ざわつく教室。僕も教える為に動かしていたシャーペンを止めて顔を上げる。


「マジで? どこまで?」

「服装チェックみたいだけど」

「確かな情報か?」

「多分、職員室の黒板に書いてあったから間違いないと思う」


 皆が「うえ〜」という声を出して喘いだ。

 大正学園は基本、校則が他の高校よりユルく、あんまりこういった検査なんかをされることはない。本当に半年に1回あるかないか位なもんだ。だから結構僕らは自由にやっている。僕で言えば指定の靴じゃなくてスニーカーだし、田畑くんはエンブレムをつけたりつけなかったりだし(着脱可)、他の男子もベルトがカラフルだったりしているし、青柳くんで言えば上のシャツが制服でさえない。カーディガンやセーターも本当は紺や黒がいいらしいんだけど、結構適当に着てるね。女の子はどうかというと神無月さんは可愛いリボン付けてるし、これまたカーディガンやセーターは白かベージュと決まっているみたいだけど皆各々の好きなように着ている。まぁ校則には書いていないけれど詩織のピアスも取っておいた方が良い思う。

 まぁ僕の場合は靴だから見られる心配はないと安堵のため息をついて詩織に目をやった。


「ピアス、あのまんま?」

「ええ。なかなか怖くて外せなかったから。いい機会だから外してもらえるかしら?」


 こっちに耳を向けながら髪をかきあげている。

 椅子を持っていってピアスに手を当て、ゆっくりと力を加えていく。


「痛くない?」

「大丈夫よ」


 グッと引けば金具が外れて、小さなピアス穴が露になった。血も出ていないし、ほぼ完全に塞がっているみたいだ。

 手の中で2つの部品になったものを組み合わせて持ち主に返す。

 -----あ、忘れるとこだった。

 鞄の中に腕を突っ込んで1冊の手帳を出す。そのまま胸ポケットに滑り込ませ、エンブレムの位置を正す。


「末長、変じゃない?」

「頭の中身は変だけど、見た目は可笑しくない」

「ならいいよ」


 末長とお互いチェックし合って、またシャーペンを握った。

 程なくして担任の草原先生が教室に入ってきて、日直の予告通り服装検査が始まった。が、一つ大きな問題があった。実は服装チェックだけでなく持ち物検査もあったみたいなのだ。皆が朝上げた悲鳴よりさらに項垂れた悲鳴を上げる。僕も上げた。入っているのは小説だから取り上げられることまではないだろうけれど、その本でポコンと頭を叩かれる可能性はあるね。末長なんてカメラだから痛いだろう。おおっと、1番持ち物検査されて困る人物を忘れていた。委員長、君だ。僕こないだ見ちゃったんだからね。君のロッカーに溢れんばかりのやおいの本が詰まっているのを。まったくもう、持って帰りなさい!!(もう持って帰ってるのかも知れないけれども…)

 -----でも、出てきたら先生もビビるだろうな。

 口の中だけで笑って次々と服装&持ち物検査をされていくクラスメイトを談笑しながら眺めた。


「服装は大丈夫だな。っと、生徒手帳は?」

「お願いします」


 スッと差し出すとチョイと見ただけで「はいOK」なんて言っている。「続いて山田くんのロッカーは…」と僕の鍵を受け取りながら後ろに向かう先生の後ろを付いて行く。と、なぜだかあくせくしている詩織が横目に見えた。


「お、小説発見。ほい、頭出しなさい」


 言われるまま隣にしゃがむと「本当はこれくらい、いいんだけど決まりだからな」とポンとオデコを叩かれた。

 席に戻っていると、詩織の席の後ろの子の所に何やら白い紙が落ちている。


「何か落ちてるよ?」


 言いつつ拾い上げれば、そこにはピンクのベビー服を着た黒髪で漆黒の目を持つ赤ちゃんの写真。ベビーベッドに寝かせれて、右側を凝視している。その目に映るものは何かは分からないけれど、隣には多分もう1人、赤ちゃんがいることは推測出来た。切れてしまって全体は見えないけれど小さな右足だけ写真の隅に映っている。

 目をパチパチさせて見ていると詩織が顔を真っ赤にさせて立ち上がった。


「わ、私のよ!!」


 言いながらパッと僕の指先から写真をかすめ取っていく。

 席に着きながら頬杖着いて顔を覗くと少し顔を強ばらせてこっちを見てきた。


「最後の1枚なのよ。その…」

「いいよ。言わなくても」


 にっこり笑うと安心したかのように大きく息を吐き、首を傾げて斜め上を見てから少しだけ話題を変えてきた。


「私、可愛かったでしょ?」

「そうだったかな? もう1回見せて?」


 ふざけて言えば頬を膨らませながらも写真を出してきた。と、同時に草原先生が詩織の服装チェックを始めた。だから、一人でぼんやりとその写真を眺める。

 実は…少しひっかかっているのだ、この写真に。何がって言われると困るんだけど…別に画像編集をしているだとかそう言うのじゃなくて、僕の中で何かが引っかかっている。

 頭の中にトレースするように見つめているとロッカーのチェックまで終わった詩織が隣に戻ってきた。


「そこのね、写真の左側…ベビーベッドの左の、わかるかしら。そこ絨毯じゃなくて、多分それスカートなのよね。お母さんの」


 危うく、どっちの? なんて口が滑りそうになってしまった。言葉を飲み込んで「へぇ」と応え、写真を戻した。

 彼女はにっこり笑いながらそれを生徒手帳に大事そうに閉まった。


「お父さんからね、小さい頃貰ったのよ。お守りだって」


 -----ということは、そのスカートは本当のお母さんのものの可能性が高いよね。

 詩織のお父さんの真意が何となく伝わってきて、少し胸が痛かった。どんな心境で“娘”にあの写真を贈ったのだろう。どういう経緯で虹村家に入ったのかは知らない、どうして彼が詩織を貰い受けたのかは知らない、けれど僕の隣にいる子を慈しんで育てていたのだろうことはなんとなく伝わってきた。当の本人はどこまで真実を知っているのかは知らないけれど…。


「じゃあ大切にしないとね」


 腫れ物を触るように、優しく優しく気持ちを込めてトスを上げた。

 






 クラスのほとんどの人が先生にコツンとされ、数人の人が何かしら取り上げられた抜き打ち検査が終わった日の、体育の時間終了後。


「山田くん、これ」

「? 何コレ?」


 教室に戻ると同時にクラスメイトの男子達から1つの紙袋を渡された。


「いや、山田くんってさ、自分の誕生日は言わないくせに俺たちの時には昼に缶ジュースとか奢ってくれるだろ?」

「そうそう。4月中だったって聞いて驚いたんだからな」

「だからプレゼントだよ、クラスの男子皆から。一人当たり100円で出し合ったんだよ」

「日頃勉強も見てもらってるし、あれから1年経っただろ?」


 あれから…?

 記憶の引き出しを開いて去年の今頃を思い出す。そういえば番長から勉強を見てくれって頼まれて、その流れで皆にも勉強を教えるようになったのだ。あれから1年かぁ、長いような短いような。あ、去年もなんか「教えてもらったお礼」とか言ってプレゼント貰ったよね。エロDVDを…。ということは。

 手渡された袋を雑巾持ちにして顔をしかめる。

 -----またエロDVDなんかじゃないだろうね?


「ちょ、何その反応!?」

「酷くね? 摘むとかねぇし!!」

「朝の持ち物検査で見つからないように苦労したんだからな!!」

「そうだそうだ。包装破られたらプレゼントにならないから大変だったんだぞ!?」

「だって、どうせエロDVDでしょ? 持ち方としては正しいんじゃないかな?」


 冷ややかに言うと、頬を膨らませてブーイングされた。


「去年と同じものにするわけねーだろ!?」

「そうだそうだ。俺たちだって進歩してるんだからな!!」

「山田くんが喜ぶように、ちゃんと考えて皆で買ったんだぞ。酷いコト言うな」


 あまりにも真剣な顔に気圧される。

 わかった、わかった。そうだね、あれから1年も経っているのだもの。皆だって大人になるよね。それに持ち物検査から守ってくれたしね。

 きちんとお礼を言って紙袋に手を突っ込む。

 -----あ、本だ。


「な? 去年は山田くんの趣味を知らなかったからさ、何あげていいか分からなかったからあーなったんだよ」

「そうそう。趣味は読書とか知ってれば去年だってそれに見合ったものを俺たちだって買ったんだよ」

「ごめんごめん、疑って。えっと…はは、確かに去年とは違うね。本だし、僕の趣味を理解してる」

「だろ〜?」


 にっこり笑って本を机に叩き付けた。


「なんて言うわけないだろ!? 『逮捕されちゃう☆清純派』、官能小説じゃないか!!」

「ギャー俺たちの好意が!!」

「ヒドーイ。趣味を3つも考慮したのに!! どSの清純派好きで趣味読書な山田くんにはピッタリだろーが」

「別にエロまで読書で求めてないよ!!」


 今日も3-Bは賑やかです。ええ、賑やかすぎるくらいですね、オープンなエロで。

 もう、取り上げられれば良かったのに。



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