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溢れる水は止められない #2


「あ、あの、君何か勘違いしてない? 僕、詩織のお父さんじゃないんだけど」


 突っ込みどころが多過ぎてどこにしようか迷ったけれど、とりあえず一番大きなボケ(?)に突っ込んでおく。誰かがさらに「そこじゃねーだろ!」と叫んだけど、もう良いよ。どうでも。

 なんだか春のA組の子達に捕まったときを思い出す。あの時も詩織をくれだの言われた気がする。もう1度言おう。詩織は物じゃないし、僕のものでもない。そして僕はオヤジじゃない。


「そういうことじゃないです」


 あ、やっぱり?

 分かっていた答えを確認して笑う。叫ばされたけど、多分いい子だ。

 まぁでも一応言っておこうか。


「あのね、それって僕に言うより詩織にまず言うべきだと思うんだけど」


 そう、惚れたとか付き合いたいとかいうのならば僕に言う前に当人への方が良いと思う。なぜわざわざ僕なんかに報告をしてくるのか。あ、付き合ってると思ってるからか。ということは、奪いたいという宣言ですか? まぁ奪う、奪われる前に僕と詩織は(以下略)。

 …いや、わざわざ僕に言ってくることは、何か目的があるから言ってきたといった方が妥当なのかも。


「そうですね。順番間違えました。詩織先輩、よかったら俺と付き合って下さい」

「な、何考えてんのよー!! 離れて!! 詩織っちが困ってるじゃん!」


 言い終わった瞬間、神無月さんが叫んだ。

 バシっと音を立てて男の子の手から詩織を引き剥がすと、まるで猫が毛を逆立てて威嚇するように怒っている。そして何が目的なの!? と僕が言いたかったことを代弁してくれた。すると男の子は一瞬きょとんとして、


「何がですか?」


 さらに怒り心頭の神無月さんは詩織を守るように腕を回し、


「ただ告白するならいいけど、あんなこと言うなんて、絶対可笑しいじゃん!!」

「可笑しい…?」

「さっきの、山田っちにあんた言ったじゃん!! 「詩織先輩を下さい」って。あれだよ!! 何よ、宣戦布告みたいなことしちゃって」


 捲し立てる。

 するとオシャレボーイはポンと手を叩いて、にっこり笑った。びっくりする程の爽やかスマイルだ、怒っていた神無月さんでさえ黙らせる程の。


「宣戦布告に決まってるじゃないですか」


 言い方は丁寧なのに、少し棘のある言葉で彼は続ける。


「詩織先輩のこと好きなったから我慢出来なくて攫いに来ました。付き合ってるって噂は知ってますけど、別に略奪愛は悪いことじゃないと思ったんで奪いにきちゃいました」








 彼の劇的な台詞は一気に校内を駆け巡り、数時間しか経っていないというのに、放課後にはほぼ全校生徒の周知の沙汰となっていた。

 なぜか、僕があゆむと噂になった時は良い顔をしなかった女の子達も違う意味でざわめきを帯びている。どうやら詩織がどっちの男に付くかをまるでドラマか漫画を見るように楽しんでいるようなのだ。…僕が浮気をするのは悪くて詩織が浮気をするのはOKって解釈しても良いのかな? ちょっと酷くない、その扱い。まるで僕がモテちゃいけないみたいな…。


 はぁと大きくため息をつきながら筆記用具を鞄の中に突っ込んだ。

 僕らは付き合っていないのだから宣戦布告も何も、詩織の答えを聞くだけで良いのに。

 -----本当に面倒なことになっちゃったな。

 もう一度大きなため息を吐いて、医学部編成用の授業を行った教室を後にする。いつもなら教室で詩織が待ってくれているけれど、今日は調べたいことがあるらしく図書館で待ち合わせをしているためそちらの方へ脚を向ける。

 -----そういえば、詩織はどうするんだろう?

 そう、あの後彼は僕にあの言葉は宣戦布告だと言いつつ、その爽やかな笑みのまま「次は体育なんで今日はこの辺で」と行ってしまったのだ。だから詩織が返事(?)をする時間さえなかった。なんというかまぁ、マイペースな子だ。押し掛けてきといて、自分の用事のためにさっさと出て行くなんて…ある意味姉さんと同じ、我が道を進むタイプだと思う。じゃなきゃただの不思議ちゃんってヤツ。


 図書館への扉をゆっくり開き目線を上げた瞬間、息を飲んだ。一心不乱に本を読む詩織の前に、それを柔和な顔をして眺めるお昼の男の子がいたから。

 咄嗟に目を背けた。

 呼び出すなら携帯だとすぐさまドアを閉めようとしたけれど、もう遅くって、詩織がこっちを振り向いた。その瞬間、名前も知らない男の子が僕を見て会釈をしてきた。妙に困惑した。取り合えず同じように会釈をして彼女が出てくるのを待つ。

 立っている所まで走ってくると詩織があの子に手をヒラヒラ振った。口パクで「バイバイ」と言っているのを横目で眺める。

 校舎を出て話が途切れると、親友が徐に口を開いた。


「さっきの子…」

「…昼間のオシャレボーイかな?」

「名前ね、青柳空(あおやなぎ そら)って言うんだって」

「へぇ」

「なんかね、あの子も図書館に調べモノがあったとかでね、一緒にいたのよ」


 聞いてもいないのに、しゃべり始める彼女の話を聞く。

 彼の服はやっぱり指定の物じゃないこととか、髪の毛はもともとのテンパだとか、趣味はスニーカー集めと映画鑑賞だとか言葉が流れていく。

 それより僕は聞きたいことと言いたいことが1つずつある。1つ、まぁその様子じゃまだなんだと思うけど、返事はしてないのか。1つ、詩織は実は結構彼のことを気に入ってるでしょ。

 口に出したいが、詩織のおしゃべりがなぜだか止まらない。話題はそう、彼のこと。あー、青柳くんだっけ? やっぱりかなり気に入ってるね。君ってさ、自分では気づいてないみたいなんだけど気になる人のことを喋りだすと止まらないんだよ? 大好きなカクさんの話しかり、暴れん坊様の忍者みたいな人しかり…。

 もう一つ言いたいこと増えたよ。図書館で会ったのも運命だと少し思ってる…違うかな? メルヘンな君ならきっとそう思っていると僕は推測しているんだけど、そうだよね?

 楽しそうに話す詩織ににっこり笑う。


「じゃあ、今度は3人で帰ってみる?」


 サクランボ色の唇が弧を描いた。




 

 もしかして、僕はすでに罠にはまってしまっていたのかも知れない。

 そうだと思う理由は僕の隣の隣、つまり詩織の隣に青柳くんがいるってこと。昨日の帰りに「今度は3人で」って言ったんだけど、すでに今日、3人で帰ると言う事態になっている。これって、すでに二人の中で取り決めがされていて、あとは僕がひっかかるように詩織が昨日の帰り、わざとペラペラ話したのではないかと言う憶測さえしてしまうよ。ま、そんなことないんだろうけどさ。


 女の子の言い方で言うと“運命”ってヤツなのかも知れない。


 そうだろ? 僕のスニーカーの紐が解けなきゃ、寸前の差で声なんかかけられなかったのだから。

 詩織をホテルの近くまで送って、家は違う駅の最寄りだというので駅まで一緒に歩くことにする。

 さっきまで詩織がいたから彼と一緒にいても全然大丈夫だったけど、二人にされると…何を話していいか分からない。あー、苦手だ。この無言の時間。何か話さなきゃ。

 目を泳がせれば、彼は映画鑑賞が趣味だと詩織が言っていたことを思い出した。

 -----こないだ借りて見た最新作の話題を切り出そう。


「あ…」

「山田先輩。少し、俺の話をして良いですか?」

「どうぞ」

 

 話を振ろうと思っていたら向こうが勝手に話しくれると言う。

 都合がいいと、鞄をかるい直しながら耳を傾けた。


「俺、もともとは山田先輩に憧れてこの大正学園に入ったんですよ。ほら、先輩って話題に事欠かない人物じゃないですか、伝説の男の弟だとかって話もありますし。…けど、俺は“神童”って言われてる山田先輩に一番興味湧いたんです。すげー頭良いって聞いて、尊敬したんですよね。そんな先輩を中学の頃からずっと見てて、そしたら自然と詩織先輩が目に入るようになって。まぁ始めはいっつも二人は一緒にいるなぁ位にしか考えてなかったんですが…気がついたら山田先輩じゃなくて詩織先輩みてたんです。最初は好きって気づかなくって、なんでだろ? なんて思ってたんですが、隣のクラスのあゆむって子と先輩が一緒に歩いてる時、俯いて歩いている詩織先輩見て、本気であの人のこと救いたいって思って、確信しました。好きだってコト。俺は二人が別れたんだと思って実は、1回、詩織先輩に声をかけてたんです、山田先輩がいない時に。でも、その時は「ユーヤが大変な時だから」って相手にさえしてもらえませんでした。俺には何がなんだかさっぱりわからなくって、時間置いてたら、またいつの間にか元の木阿弥になってて。正直落胆しました。何事もなかったかのように振る舞う山田先輩にも、詩織先輩に声をかけたら「誰?」って顔されたことにも。でも、気持ちは変わりませんでした」


 一気に語り上げて、駅の改札口の前で脚を止める。だから僕も足を止めた。

 彼が振り返ると、ウェーブした前髪が少しだけ靡いた。


「俺なら、絶対にあんな顔させません」


 遠くの方で電車のけたたましいブレーキ音が聞こえ、彼の後ろで人々が自動改札を抜けていく。


「もう一度言います。俺が幸せにしますから、詩織先輩を俺に譲って下さい」


 言う言葉は決まっているのになかなか声が出て来なくて、俯く。

 自分のスニーカーを見ながら、薄く口を開いた。


「もともと僕たちは付き合ってないんだ。勝手に噂だけが流れてて、だから僕に許可を求めなくたって…」

「それは俺が詩織先輩のことを誘ってもいいってことですよね」

「…うん」


 変わることのない景色を見つめた。


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