オリエンテーリングの奇跡のおまけ
「どど、どうだったんだ、森の中の美女達は!?」
鼻息荒く、末長が聞いてきた。顔近いよ。
僕の前には詩織と委員長が、学校から支給されたシュークリームをふざけながら取り合っている。美女+美少女。なんとも目の保養になる組み合わせだ。
「見ての通りだよ」
顎をしゃくって末長の視線を目的の場所へ誘ってやった。彼は訳の分からない叫び声を挙げながら、リュックの中から取り出した一眼レフで2人に許可なく激写し始めた。いつも以上に興奮気味の彼を置いて、僕は坂東と苦笑いをした。
詩織は委員長と神無月さんという女の子で始めての友達を作った。それがすごく嬉しかったようで、彼女は一緒にご飯を食べようと提案した。委員長は二つ返事でこちらに来たが、神無月さんは残念そうに「約束があるから」と違うグループに行ってしまった。
「じゃー頂きますぅ」
合唱してにこにこ笑う委員長につられ、僕たち4人も合唱してからお弁当に手を伸ばした。
軽くオリエンテーションの談笑をしながら弁当を食べ終え、草の上でゴロゴロしている時だった。いつもなら五十嵐番長と一緒にいるはずの手下A&Bが僕たちの方へ息を切らしながら走ってきた。
「すみません、あの番長知らないッスか?」
「いえ、あ、午前なら見ましたけど」
「そうッスか。全くあの人すぐどっかフラっと出掛けちゃうから。お弁当の代金俺が払ってるんスよ、全く。こちらの方にお邪魔したら言ってやって欲しいッス、弁当はバスの中にあるって」
そういって、ブツクサ文句を言いながらバスの方へ歩いていくA&B。
……。
「お昼から何しますぅ? あ、でも虹村さん歩けないから…」
「気を使うのなら別のところにして。下の名前で呼んでってば」
「…詩織…ちゃん」
「悪くないわね」
「じゃあ、山手線ゲームしようか。これなら歩かないし」
「山手線ゲーム?」
ルールのわからない詩織に末長が説明しているのを聞きながら、僕はふと立ち上がった。
「? どうしたんですかぁ?」
「え、ああ。ちょっとね。オリエンテーリングをもう1周してくるよ」
「え、え、じゃあ皆で…」
委員長が言い終わる前ににっこり笑った、一人で歩きたいから、と。
-------なんだか胸がざわざわする。
みんなに手を振りながら、森の奥へ入った。さっき1番以外は獣道を通っていたので真新しさを覚える。誰もいないその場所には、木々のざわめきと鳥のさえずりが聞こえてきた。キョロキョロしつつ、適当に道を進んでいく。
地図捨てなきゃ良かったな。今更後悔しても遅いが、そう思ってしまうのは仕方ない。
道を順番通りに進んでいくと、微かな音が聞こえてきた。
「水…滝か」
さっき通った時は道順に通ってなかったから気がつかなかったが、ちゃんとした小道を通ると滝の上に出た。地平線と
いうのだろうか、それとも水平線というのだろうか、川は急にそこでなくなって、遠くの方で水が叩き付けられる音がした。風向きが変われば、水の飛沫がこっちまで飛んできて火照った顔に気持ちいい。それでなくても高原のしかも水辺だ、クーラーのような涼しい風が僕の周りを泳いでいた。
しばらく滝壺や緑いっぱいの景色を眺めていたが、何やら目につくものを発見してしまった。水の中に浮かぶ、赤いもの。
-------木の実が2つ? にしちゃ、大きいような…。
川の中心に浮かぶそれは、だんだん大きさを増し、ただの球ではなく何やら前には白い物がゆらゆらと揺れていた。それは岩にぶつかると回転した。プカぁと浮かび上がる顔。
「ばば、番長!?」
嫌な予感はコレだったのかと思いつつも、急いで滝壺を目指す。
道のない坂道は生い茂った草木や岩に阻まれなかなか素早く降りることが出来ない。邪魔な枝をへし折りながらようやく川辺に付くと、先程発見した所より川下に彼は流されていた。
飛び込もうかと思ったが、体の大きさと体重差を考えると共倒れになることに気がついた。幸いこちらに流されてきているようなので、そこらへんに落ちてあった長いの木を拾い、差し出してやる。
「も、もうちょっと」
木に服を引っ掛け流れに沿ってこちらに誘導してやる。うまくいきそうだ。すーっと流れてくる番長の顔は、数メートル離れた所から見ても顔が青かった。まさか死んでる!?
なんとか岸まで引っ張り上げ、胸に耳を当てた。心臓は大丈夫。
が、閉じた口の上に手をかざしても、かすかな風さえ吹いてこない。つまり息をしてないってことだ。ヤバい!!
番長の鼻を摘んで息を吸い込んだ。
--------ファーストキスが番長でいいのか? いや、でもこのままじゃ。 女の子と思おう…ヒゲが、濃い。ダメだダメだ、人の命がかかってるんだってば。
「んだー!! 息できんわ!!」
「わぁ!」
驚いて摘んでいた鼻を離して尻餅を付いた。番長は目をカッと開き、すばやい動きで立ち上がった。
「こ、このことは…」
「誰も知らないよ、君が行方不明ってこともみんな知らないし」
「そうだな良し。れ、礼なんか言わねーからな、馬鹿野郎が。い、まのは流れに身を任せて息を止めてただけで決して溺れてねーからな!!」
番長はそう言い放ち、ズボンを脱いで絞り始めた。ビックリする程水が出てきた。上の服も同じくすると彼は上半身だけ裸になり、Tシャツを肩にかけた。
「この仮はいつか返してやる」
振り向き様にジロリとこちらを見て、すぐさまどこかへ走っていってしまった。
僕はと言うと、驚き過ぎてさっき尻餅をついた状態から指一つ動かせないまま、そこにいた。
「た、助かったー」
それは彼の命か、僕のファーストキスか。多分、いや絶対、後者だったと今でも思う。