にゃんにゃんぱにっく!
人生にはさ、色んなコトが待ち受けてるモノ。それは幸せなことだったり、辛いことだったり、切ないことだったり、笑えることだったり。それを素直に受け入れて、自分の中で噛み砕いてしっかり消化する。それが自分にとって、僕ら子どもにとって成長する為の大切な要素なんだ。わかってる。僕だってイジメを耐えて、そして乗り越えて、親友の幸せを願って…と分かってるつもりだ。でもさ、神様…神様って本当は僕のこと嫌いでしょ?
お盆休みが終わって3日、飽きてるけれど行かなきゃ行けないから家を出た。でもどうしても気分が乗らなくって、授業まで時間があるのをいいことにいつもとは違う道を選択した。それが僕の運の尽き…。
ねぇ、本当に申し訳ないんですが、これはちょっと受け入れられそうにないです。というか、殺す気ですか神様。僕をこんな状況に追い込むだなんて、ねぇ? 不良に絡まれてもいいです、女の子にモテなくていいです、一生チェリーボーイでもかまいません。だから、神様、勘弁して下さい…。
なぜ、なぜ僕が、曲がり角の向こう側でニャンニャン言葉で話す番長を目撃しなくてはいけないのですか!?
深い深い深呼吸を繰り返し、胸を押さえて頭を5回程左右に振った。
-----いや、熱いから僕が幻聴聞いちゃったのかも。もしくは違う人だとか。ほら、今日の予想最高気温は35度。僕の脳みそだってとろけちゃうって…。
一縷の望みを賭けて、そぅーっとコンクリートで出来た灰色の壁から顔を覗かせた。
「全く、しょうのないヤツだニャ。ほら〜がっつくなっていってるニャ?」
190は確実にあるガタイの良い体からは想像もつかないような優しい声に、体を丸くして踞っているあの後ろ頭、本日3度目の確認だけどやっぱり番長だった。白目を向いてこのまま倒れることが出来たらどれほど楽なことか。多分、大きな体に隠れて姿は見えないけど、会話から猫にエサを与えているのだろうことは想像に難くない。ちょっと感心だ。けれど僕のツボは笑いを誘い、お腹の腹筋をこれでもか! と酷使をさせる。もう、すでにツリそうなんですけど。ああ、ツル、ツルってば!!
お腹を抱えてたまった涙をこぼさないように、声が漏れないように必死の抵抗を試みる。
が、それさえも許されないらしい。
「ニャニャ!! ニャーニャ? ニャニャニャン」
-----今、何て話したの!?
ニャン語を理解出来ない僕には決して分からないことを話し始めた。どうする? これが「ご主人様、お帰りになられるんですか?」とかだったら。ヒー、オカしい、可笑し過ぎる!! やーめーてぇえええ!!
もう引きつけを起こして荒い息が漏れ始めた。ヤバいなんて思っても全然止まらない。
「あ、おい。どこ行くんだ?」
曲がり角の向こうでいつものトーン、いつもの話口調で番長が声を出した。
ギャップが酷くってさらにウケていると今度は本当の猫の声。低くってかすれていて、なんともぶちゃ可愛い(番長の後だからかな?)。気がつくと足下で真ん丸と太った体を制止して僕を見上げる三毛猫がいた。ああ、君が番長の恋人かな…? って、ボスじゃないか(そう、もし僕が迷子で参照)。
縦に細く入った瞳孔を見つつ、今なお押し寄せてくる笑いの波を我慢していたらボスが地面を蹴った。
そしてドスっと、おおよそ猫と人間がぶつかった音ではない音を立てながら僕の脚に飛びついて来た。
「お、おい。大丈夫か!?」
-----ヤバい!!
走って逃げたいがボスが僕の制服に爪を立ててくっついていて走れそうにない。というか、普通の猫だったらそのままでも僕は走るけど、重たくて絶対に無理!! 泡食ってボスを引き剥がそうと腕を出した瞬間だった。
切れ長の目と視線があった。
お互いにメデューサに睨まれて石化したかのように止まった。
タイミングを狙ったかのようにボスは爪を引っ込めてズボンを離し、タシっという音を1回だけ立てて、その体からは全く想像のできない身軽さで屋根の上まで登っていってしまった。それでも固まったままの僕ら。
僕はイヤだよ、女の子が相手ならジッと見つめ合うのも悪くはない。けれど、体躯に似合わずニャン語を話す番長とだな、ん、って…ププー。
「ぷ…」
一度声に出しちゃうともうダメだった。お正月、10時になった瞬間、福袋を買いに来た人達がデパート内へどっと押し寄せるように僕の笑い声は止めどなく出てくる。
「あははは、あはははは、む、リ、あはははっはあっはっっっは。く、ぐるし、あははっは、あはははっは!!」
申し訳ないけど、彼の顔色なんて伺うことさえ忘れて本気で笑った。
途中腹筋が崩壊して、立っていられなくなってその場に座り込んで尚笑った。
一頻り笑ってようやく普通に声が出せるように、そうだな5分はかかったかな? あー、オカし。涙を掬いながら影の主を見上げると未だ固まったままだった。引く付く腹筋を抑えて立ち上がる。
「ごめん、耐えられなくって…」
頭の中で「ニャン」を語尾に付け加えながら肩を叩く。あれ? 反応なし。番長、番長?…にゃーにゃ、にゃーにゃ?
「痴態…」
「え?」
「や、山田裕也に、山田裕也に覗かれたぁ!!」
うわーんと泣きながら番長が学校の方へ向かって走り始めた。しかも、僕に覗かれたとか大声で叫びながら。ちょっと待って、そんな言い方したら変な誤解受けるだろ!? 止めて!!
すぐに追いかけたけど、すでに遅くって。というか、当たり前なんだけど僕なんかより彼の方が脚が速い。まだ登校している人達の真ん中で脚を動かしながら喚き散らす。
「山田裕也に覗かれたー!!」
「違う!」
「山田裕也に覗かれたー!!」
「誤解だ!」
「山田裕也に覗かれたー!!」
「皆、あれ違うから!」
「山田裕也に覗かれたー!!」
「止めてってば!」
「山田裕也に覗かれたー!!」
「うーわー!!」
校門を抜ける頃には僕もパニックを起こして番長に向かって鞄を投げた。彼の肩に当たってバシっという小気味の良い音が鳴り、ようやく壊れたアラームが収まった。はー、はーと呼吸を繰り返し、キッと睨む。
「あらぬ誤解を生むようなことは止めてくれる!?」
「の、の…見たくせに言うな!!」
言い方かえたって、もう僕の評判はガタ落ちだ。
周りを見て!! 変態を見る目になってるじゃないか!! 変態(?)は君の方なのに!!
「謝って!!」
覗いた(?)くせに逆切れしたのか、自分でもビックリすることを口走ってしまった。けれど、向こうもパニックなのか「すまん」と謝罪してきた。と、すぐに冷静になる頭。
-----あ、最初に悪いこと(爆笑)したのは僕だったっけ?
彼の足下でグッタリしている自分の鞄の所まで歩き、しゃがみながら僕も謝罪した。だけど向こうはまだ恥ずかしいみたい。顔を真っ赤にして俯いている。まぁそうだろうね、僕だってもし、あんな風に猫に話しかけてる所見られたら恥ずかしいもの。さて、どうするか。
ゆっくり立ち上がりながら、せめてと口を開いた。
「黙っとくから」
「おお。悪いな」
番長もようやく冷静になったのか、あらぬ方向を見ながら応えてくれた。
ふー。
朝から暴走して額に出てきた汗をぬぐいながら大きくため息をついた。全く朝から疲れたよ。肩を落として「じゃあ」と教室に向かおうとしたら引き止められた。
「山田裕也は犬派か? 猫派か?」
「…僕はどっちかっていうと猫より、犬の方が好きかな。何?」
-----だからって別に語尾にワンはつけないけどね。
「知ってるか? そこって女の子の趣味にも繋がるって話」
ああ。
詩織、姉さん、リザ…君がいいって言うコは皆、猫系だよね。あ、姉さんだけは猫科か。たてがみあるもんね、よくて黒豹か。
当たってるかも。でも気をつけて。皆、本物の猫なんかよりずっと賢くて気ままだ。いつの間にか「ヤラレタ」ってことに陥ること、よ〜くあるんだから。
-----って、リザが来たとき用に練習でもしてたの?
彼女はニャン語じゃなくて英語だよ? なんて一人ボケ突っ込みを心の中でするとまた口の端が上がった。
けれどそれはすぐに下がることになる。
僕が下駄箱へと顔を向けると、皆が一斉にサーッと引いた。なんだか腰も引けている。
え?
え?
一瞬訳が分からなかったけど、すぐに理解した。忘れてたけど皆は僕らの変な会話を聞いて、変な目で僕のことを見ていたのだ。そう、あらぬ誤解を受けてる。
「“微笑みのどS”が今度は番長にヤラしいイタズラしたー!!」
「チガーウ!!」