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マイナートランキライザー

 うんと手足を伸ばして、ゆっくりと目を開けた。

 いつもの場所から眼鏡を取って、うつ伏せになりながらケータイを開いた。


「7時半、早過ぎだよ」


 自分自身に突っ込みを入れながら小さくため息をついた。

 今日はお盆を挟んだ1週間ということで僕ら3年生も連休中だ。なのに、どうやら毎日この時間に起きている為、僕の体は早く起きなきゃという風に出来てしまっているようで休みが5日も過ぎたというのに、未だ早朝に起きてしまっている。折角のお休みなのに…勿体ない。悔しさを覚えながらも目を瞑り、2度寝の体勢に入った。そして、気がついた時にはいい具合の時間10時。

 朝の支度をして、受験生らしく机に座った。

 ある程度すると11時過ぎ、そこからご飯を作ってまた勉強して…3時過ぎになったら、自由時間。食料品を買いに行ったり、ネットしたり、ゲームをしたりっていうのがこの連休中での僕の動きなんだけど。

 時計を見れば自由に動ける3時過ぎ。

 さて何をしよう。

 食料品や日用雑貨は一昨日買いに行ったし、ゲームは昨日クリアしてしまった。よし、今日はネットだ。

 パソコンを立ち上げて新聞替わりに情報収集してみたり、ネットサーフィンを楽しむ。いつも見に行っているサイトを回ってコメントを書くためキーボードを打つ。…ゆっくり手を離した。


「まただ」


 顔をしかめて左手で右手をギュっと握った。

 実は、ここ2〜3日前から右手に違和感がある。原因は多分、手の酷使。この休みの期間、父さんに言われた大学に受かる為に赤本を解きまくっている。その時に計算式だとか、自分の間違う癖や何故間違ったかなどをガンガン書いていて、多分普通に授業を受けている時なんかより数倍ペンを走らせているもの。加えてすることと言えばキーボード打ったり、ゲームでしょ? そりゃ僕の指だって悲鳴を上げるよね。

 今打っているのを最後にパソコンの電源を落とした。


「明日いっぱい何もしないでいよ」


 料理以外の手を動かすことを自分の中で禁止にしてテレビのリモコンを押した。 

 で、結局短い僕の休みは最終日。何処に行くでもなく…。ええ、カノジョがいない男なんてこんなモノです。本当は誰か誘って遊びに行きたかったんだけど、お盆休みって結構皆どこか行っちゃうでしょ? 詩織も考えたんだけど…お墓参りがあるかなって誘えなかった。はぁ、こんなのでいいのか高校最後の僕の夏休み…って思っても最終日なんだよね。


 アポなんてないから結局来るのは近くにある本屋さん。

 でも買う物なんて特にない。新刊でも見てみるかと平積みされている本を横目に見ながら歩いていると、体がビクっとなった。姉さんと目が合ったからだ。

 -----今月号は表紙だったっけ?

 自分の目とそっくりな目を見つめる。いつも思うよ、黙ってればいいのにって。ブチブチ文句を言って来ない姉さんを見てれば、弟の僕だって素直に可愛い顔してるって思うもの。全く可愛げってな物がないんだよね性格に。

 すぐさま視線を外して新刊コーナーへ急いだ。

 -----あ、これ面白そう。

 タイトルに惹かれて背表紙を指を引っかけた…少しの違和感。またかと思いつつ、気にせず本を手に取ってパラパラと捲った。それは自分のことを文章に纏めたエッセイ。普段こういうのって買わないんだ。だってブログ見てる気になっちゃうんだもの、なんか勿体なくって。でもなぜか数行読むと面白くなってきて、すぐにカウンターに持っていった。


 会計を終えて振り返ると見たことのある後ろ姿。

 一心不乱に何やら雑誌コーナーで立ち読みをしているではないか。たまには脅かしてやろうとソーッと近づいて後ろに立った。よしよし、気がついてないみたいだ。膝かっくんをしようと右足だけ前にチョイと出して自分の膝を曲げた。「キャ」なんて言って、体がカクンとなりながら後ろを向いてくるのを期待してたけど、驚かされたのは僕の方。だって一緒のタイミングで膝が曲がって膝かっくん出来なかったんだもの。しかも「重心は反対の脚よ」なんて言われちゃあ、ヤラレタのは僕の方じゃないか。

 ヘッドフォンを外しながら振り返ってくる詩織に、僕は一生この子のコトを出し抜けないのだろうなと思いつつ笑みを零した。


「偶然だね」

「そうね、でも同じような行動取っちゃうみたいだから偶然でもない可能性もあるわよ?」


 確かにね。もし偶然を1/1000の確率とするのならば、僕らが出逢う確率は1/100だったかも知れない。ま、別に統計取った訳じゃないから分かんないけど。

 ま、じゃあたまには僕からでも。


「暇?」


 遊ぼうかと思っていたら首を振られた。


「ジェリーの様子がおかしいから調べに来たのよ。ほら、駅前のペットショップお休みでしょ?」


 立ち読みしていた本を見れば熱帯魚に関する雑誌だった。

 こくこくと頷いて症状を聞けばヒレが固まってしまう病気みたいだ。多分、しばらくフレアリング(ヒレを広げること)をしてないのが原因だろう。


「食塩をさ、100mlの水に一つまみ入れて、あと指を近づけて威嚇させてみたら?」

「100ml…計るものがないわ。塩も…」

「ホテルだもんね。水替えの度貰いにいくのはアレかな? …じゃあうちで看ようか? 詩織がよければだけど」


 言えば喜んで来るという。

 だったらまずはこのまま一緒にホテルまで行くのがいいかな、なんて考えながら踵を返すと詩織の指先が見えた。


「あ、今日そっちは…」

「切ったの?」

「いや、腱鞘炎かも。なんか鈍いっていうか違和感があるんだよね」

「勉強し過ぎじゃないの?」


 反対の手に促して歩き始める。

 休みの間に何処か行ったのか聞こうと思って止めた。すると詩織の方が先に話し始めた。中には両親の話や昔の家のコトは一切出て来なかった。まぁ当たり前と言えば当たり前なんだけど、僕はいつかそういうことを聞かされた時どんなリアクションを取ればいいのだろう。ちょっと悩んだ。

 けど、それ以上に僕は眉をひそめざる得ない状況だ。

 なんていうのかな、これまた違和感。原因は分かっている、だけど今更言えない。というのも「変なの〜」なんて言われかねないからだ。

 ウズウズする体を押さえながら我慢を数分、ホテルの下で待っていることを告げてポーっと青い空を見つめた。うーんと伸びをして体の中に堪った疼きを飛ばす。手をブラブラさせて首を回した。


「よし」

「何が?」


 急に隣に立たれて驚きながらも「なんでもない」と笑って誤摩化した。

 握られる小指を確認して歩き始めて5分。また体の内側からこそばゆいような、なんとも言えない違和感が沸き上がって来た。チラリと隣を見ると笑われた。


「落ち着きないわよ?」

「うん…」


 すでにバレていたのかと恥ずかしい気持ちになりながらも口を開く。もう恥をかいてしまったのだ、ついでにこのウズウズを解消するため言ってしまえばいいじゃないか。言えばきっと楽になる。足を止めた。


「あの…」

「何?」


 けれど、いざ口に出そうと思ったらなんだかやっぱり羞恥心の方が上回って来てなかなか口に出せない。こんなこと…僕なんかが言ってしまっていいのだろうか。なんだか贅沢な感じがして来てさらに言葉が喉につっかえる。

 パクパクと金魚のように口だけ動かして、ため息をついた。


「どうしたのよ」

「言ってもいいのかなって悩んでるんだよ」

「…もしかして怒らせるようなことなの?」


 首を振る。

 顔を見ると顔が自分でも紅潮して来たのが分かった。俯く。そしてようやく腹を決めた。だってある意味勘違いを起こしている体を叱咤するけれど限界だったんだもの。


「あの、自分で言っておいて悪いんだけど。やっぱりこっちがいい…です」


 さらに顔を赤くしながら右手を出した。

 いつも詩織が僕の小指を握ってくるのはこちらの方。学校の席も右側なら一緒に帰るときも、映画館に行った時も、体育館で並ぶ時も大体彼女は僕の右側だ。そう、詩織が左にいることに僕の体が「違う、こっちぃ」と全身に違和感を覚える程に喚き散らしていたのだ。もう、マジで恥ずかしい。なんで僕がこんなこと言わなきゃいけないんだ。馬鹿馬鹿、僕の体の馬鹿、感覚の馬鹿!! だいたい、本当はレディは男の左側なんだからな!! 僕の脳みその馬鹿馬鹿!!

 頭の中でグルグルしながら赤面して、八つ当たりするようにアスファルトをジーっと見ていたら詩織が笑い始めた。そういう反応するって分かってたけど、されたらされたでちょっとショックというか、安心というか。

 笑いながら左手を離して右側に移動してくれた。そして右手に冷たい感覚。


「いいの? 腱鞘炎かも知れないんでしょ?」

「…違和感あるだけだから平気だと思う」


 適当なことを言って取り繕うと詩織が歩き始めた。だから僕も脚を出す。

 ようやく顔から血が引いた5秒後、僕はまた赤面した。


「実は…私も違和感あったのよね。やっぱり癖っていうかいつもしてるのと違うコトするとダメみたいね」


 こういう現象をなんというのだろう?

 うーん、例えるならバイクや自転車と一緒かなぁ。ほら、友達の自転車に乗ると操作方法は一緒なのに違和感を感じる。で、自分の自転車に乗るとしっくりくるっていうか。水戸黄門様で最後に立ち回りがないと「あれ?」って思うっていうか。久しぶりに食べた母さんのみそ汁みたいな…。コレコレ! っていう感覚かな。馴染む…そう、馴染む!!

 -----って、それほど僕は詩織の右隣というポジションが定番化してたのか。

 なんだか気恥ずかしくなって、ずっと詩織の靴だけ見て歩いた。

 塩入りの水槽にジェリーを浸けてjellyの隣に置く。青い方は急に隣に着た雄にビックリしたのか、それとも先制攻撃のつもりなのか、懸命にフレアリングを始めた。


「8月いっぱいくらいまで預かっておくから」

「ええ。ありがとう」


 水戸黄門様の再放送を見るという詩織にリモコンを渡して、パソコンの電源を入れた。そう、これもいつもの癖。詩織が時代劇を見る時は僕はたいていパソコンを付けてる。何も考えず、マウスを動かしキーボードを打ち込む。途中、社会のレポートをしていないことを思い出したので今度は頭を切り替えて教科書を捲りながら、文字を打った。

 と、視界が真っ暗に。


「…何?」


 見なくてもしっかり自分が考えていることは液晶画面に次々と文字にされているのはわかっているので、視界ゼロの状態でも構わず指だけ動かす。冷たい指が顔から外された。


「ユーヤ、腱鞘炎は?」


 スペースキーを押した瞬間、はた、と指の動きを止めた。

 そういえば、右手に違和感が発生しない。ジッと自分の手の平を見つめ、ある考えに結びついて顔を赤くした。キーボードの上に上半身を伏せて後ろを見ることなく応える。


「マイナートランキライザーを処方してもらったのが効いたのかも」

「まいな?」

「多分ね、ベンゾジアゼピン系だとは思うんだけど…」


 色の落ちた画面の向こう側で詩織が首を傾げるのが反射している。わからなくていい、僕だって適当に応えてる。そうだろ? 言える訳ないもの。

 君がキレて僕が触るのと一緒のようなコトだよ、なんて…。



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