ボディ*シンクロニー
袖に腕を通し左のお腹辺りで一端腕を止め、反対側の襟を整えながら帯を腰に当てた。
シュルシュルと音を立て、2回ほど巻くといい具合の長さになったので解けないようキュッと結びつけた。
「携帯は…」
懐に入れるか、帯に挟むか…財布と合わせると重さがあるのでこちらは帯に、中身をうんと減らした財布は懐に仕舞い込み家を出た。
外に出ると同じアパートに住んでいる2階の人も僕と一緒のような格好をして階段を下りて来た。互いに会釈をして、これまた同じ方向へ脚を進める。長く伸びた影を見ながら携帯を開き、一瞬迷う。夜市に皆で行こうと誘ってくれたのは神無月さん、けれど僕の親友でもある彼女の彼氏は既に一緒にいるはずだ。待ち合わせの場所を確認するならどっちにメールを送るべき?
-----神無月さんでいいか。
パクンと携帯を開いて文字を打った。でもそれだけじゃ味気ない気がしたので、それとなく末長の様子も聞く文章を付け加える。
電波を送信して数分、返信を読んでからお礼と了承のメールを返して、ちょっと時間を間違えたかなとコンビニへ立ち寄った。何冊かの雑誌に目を通して時間が近づいてきたのを見計らって店を出よう…かと思ったけど止めた。本屋以外で何も買わずに出るって言うの実は苦手なのだ。マスカット味のガムを1つ買って袂にそれをしまってからようよう店を後にした。
指定された場所に行けば、神無月さんと親友末長。彼と目が合ったのでにっこり笑って翔るとその向こう側に詩織も二人に向かって走っているのが見えた。
「キャー、詩織っち昨日ぶり〜浴衣似合う〜」
「神無月ちゃん〜、可愛い〜」
ハグをする女の子2人を見下ろした。一応ふざけておこうと末長を見ながら腕を少し広げると「きもいわ!」といつもの突っ込みで一喝された。仕方なく違う言葉を発する。
「末長は甚平なんだ」
「浴衣を一人で着るのなんて僕は出来ないからな」
ああそうかと頷きながら詩織を神無月さんから引き剥がした。程々にしとかないとSな彼氏に嫉妬されるよ?
先に歩き始めたカップルの後ろ姿を追いかける。
「気づいてる?」
「そうだね、間違い探しのように1つだけ違う場所があるから気づいてるよ」
去年の夜市の時と同じ浴衣を着ている彼女に向かって微笑む。違う場所はそう、誕生日に贈った椿の帯飾りがくっ付いていること。
ご機嫌に小指を握ってくるのを受け止める。
と、神無月さんが急に振り返った。
「ヨーヨー釣り競争しよう! ドベは綿菓子をみんなに1つ買うでどうかな?」
「いいわよ。負けないんだから!」
キャーと二人で盛り上がる女子。
-----そんなヨーヨーばっかり取って何するんだろ?
全くこの後役に立たないのにと冷めたことを考えていると末長も同じようなことを考えていたらしく、シラっとした目が合った。が、目線が繋がった瞬間、ふふんと笑われた。なんだよ。
「取れないからつまらないって顔してるぞ」
「そんなこと。そこまで言うんだったら末長は僕より取れて当たり前だよね。言っとくけど、僕こういう細かいの得意だからね」
「何を言ってるんだか。ヨーヨー釣り名人の衛に!」
一体誰がそんなあだ名を付けたのか。自分自身で今付けただろと牽制しつつ、二人で同時にプッツンとしちゃいました。しかも1つも取れることなく…萎え。そんな僕らにおかまいなしに神無月さんも詩織もそれぞれ数個のヨーヨーを見せびらかして来た。「仕方ないね」と末長と笑って二人に一つずつ綿菓子を買ってやる。
で、僕は見てしまった。カップルのラブラブ具合を。「あーん」してます、もう二人の世界です。僕も「あーん」なんてするつもりはないけれど、開いた口を閉じることが出来なかったよ。ちなみに隣の詩織も。二人で同時に互いを見て、どこかに視線を泳がせた…。
あ。名前を呼んで視線を導く。
「あれ、買ってあげようか。ドラエポンのお面…」
「私子どもじゃないわよ?」
「あれ被ってたら顔見えないから言われないと思うんだよね、プッツンワード」
「嫌よ。ユーヤだって嫌だと思うわよ? 想像して…私も一緒に想像するから」
言われるまま妄想を働かせる。
「堂々と私はお面を被ってるわ。そして隣はユーヤ、もちろんいつもの如く小指を持ってて…私の体は雪姫ちゃんみたいに小さくないのよ、絶対に子どもだと思われないわ。さぁ周りはどう思うかしら? 」
「…やめとこうか」
「ほらね」
思考を終えて笑うと詩織も笑っていた。
ついでに前を見れば、末長と神無月さんも僕らを見てクスクス笑っていた。
「何?」
「いや、二人のやり取りが面白かったからな」
本当に? なんだか末長の目がイヤらしい気がしてならないのは僕だけだろうか? まぁお祭りに免じて許してやろう。
その後も4人で色々遊んだ。
すると誰かの携帯が鳴り始めた。どうやら神無月さんのだったらしく、彼女はすぐさま巾着に腕を突っ込むと音を消していた。
「食べ物何買う?」
「え? もう食べ物買っちゃうの?」
聞くと末長が神無月さんの背中のとこの帯に刺さっているうちわを僕に差し出して来た。読めと言うことだろう。
「あ、今年から花火大会があるんだ」
「そ。花火は河原の方だから先に食べ物買っちゃおうと思ってるの。花火の途中で抜けるの勿体ないじゃん、混雑する前に…ね!」
どうやら着信があったのではなく、アラームをセットしておいたようだ。全く、神無月さんってそう言うトコロ抜け目ないよね。
とりあえずご飯になりそうな物を買い漁って河原の方を目指した。
すでに結構人が集まっていて…陣取りは難しいかななんて思っていたら、そこは元々地元民で抜け目のない神無月さん。「ここじゃなくていい場所がある」とさらに僕らを歩かせる。到着した場所は花火をあげる会場の真裏にある小さな丘の公園。確かにここなら打ち上げの正面だし、角度的にもバッチリだし、ベンチも付いてある。しかも人はまだ1、2組しかいなくって比較的いい具合のベンチに4人で並んで座れた。
花火に集中したいからと言う理由で先に食べ始め、大会開始10分前にはご飯を食べ終えてしまった。
するとベンチの反対側の端で末長が顔をしかめる。
「誰かガム持ってないか?」
「僕持ってる」
「私も持ってるわ」
「何味だ?」
パッケージは黄緑色だったなと思い出しながら袂に腕を突っ込んで出す。ああ、そうそう。
「「マスカット味」」
「ぶはっ」
声がハモった瞬間、末長が堪りませんって感じを全面に押し出し、吹き出した。それにつられてか、神無月さんも笑い始めた。
口をすぼめて、
「ソコまで可笑しいことじゃないじゃない?」
言うと「オカしいよ!」と神無月さんがさらに声を荒げて爆笑し始めた。詩織と一回、目を合わせてお腹を抱えているカップルを見やる。一体何が可笑しいというのか。変なのはちょっとハモった僕らではなく笑い転げている二人の方だ。ああ、そうそう、人前で「あーん」出来るようになったのもかな。
僕らが呆気にとられていると、ヒーヒー笑いながら末長が神無月さんの巾着袋を掴んだ。
「見せてやるよ、可笑しいとこ。な?」
「みせてやるわ!」
妙に偉そうに二人は神無月さんの携帯を操作し、僕と詩織に突きつけてきた。画面は僕が数時間前に送ったメール。
「これが何?」
「見た? じゃあ今度はこっち。何か気がつかない?」
もう1度操作して僕らにまたもや見せつける。今度は詩織が神無月さんに送ったであろうメール。
見比べろってことだろうと察して、神無月さんの携帯を手に取りながら自分の携帯の送信済みメールBOXを開いた。
口の端が上がった。だって文の書き方と内容が一緒なんだもの。二人とも場所の確認をして、しかも末長の様子を伺う文面だ。鼻で笑うと神無月さんの指が僕の携帯と自分の携帯のある部分を指した。
「さらに、送信して来た時刻も一緒!」
「んぇえ!?」
指し示された場所を見れば確かに同時刻。
「その時、二人はどこにいた? 考えて!」
「えっと…」
「そうね…」
「ストップ!! 動かないで!!」
言われるまま、動きを止める。すると先程とは比べ物にならないくらい爆笑を始めた。何?
動くと「あ〜」なんて残念がられた。もう、一体なんなの!?
「写メ取ろうと思ったのに〜」
「は?」
眉をひそめると、神無月さんが笑い過ぎで堪った涙を人差し指で掬いながらその理由を教えてくれた。
「二人ってね、何かを考える時の癖が一緒なの!! 詩織ちゃんは考え事をする時、首を傾げて斜め上を見るのが癖」
「山田くんは悩んでる時は腕を組んで下の方見てるけどな、普通の会話の時とか質問振ると、首を傾けて斜め上見てるんだよ」
「僕が!?」
「私が!?」
詩織が思考する時、首を傾げて斜め上を見るのは知ってたけど僕もそんなことしてたなんて…。
-----僕って実はカワイコぶってる?
なんだかそんな気がしてガックリと項垂れた。
「癖って本人も気づかないモノだからな」
-----ああ、だからお面の話の時もさっきのガム出したときも笑ってたのか。僕らがあまりに同じような行動するから…。
ベンチの背もたれに体を思いっきり預けると、苦笑した詩織の顔が視界に入って来た。…僕と同じような行動するのは嫌だって言いたいのかな? 不貞腐れているとさらにSカップルが続ける。
「だから二人はアレだなって言ってたんだよ。長年連れ添った老夫婦…ほら何年も一緒にいると似てくるっていうだろ?」
「ここまで息の合う人達って珍しいなぁって、ね?」
-----老夫婦って…。
付き合ってもいない僕らにそんなコト言われたって…。だいたい僕らはまだピチピチの18歳、長年連れ添うどころか昨年お会いしたばかりですけど? 女の子達の言葉を借りれば、少し、ある意味運命的な出会いをしただけ。ん? こういうところってキレる詩織を抑えられるのと関係あったりするのかな?
-----っていうか、僕の感覚的に言うと…
急に空を切るような音がして、光が弾けた。あまりの爆音と夜空を一瞬だけ昼間に変えた光景に驚いて掴んでいた感覚も一緒に夜空に吹き飛ばされた。回収する暇もなく次々と上がる色とりどりの花火。感嘆の声を上げるカップルと詩織。
ああ、完全に忘れる〜なんて思ってたら、詩織がこっちを見てクスリと笑った。そして首を傾ける。
「今、ユーヤ考え事してたでしょ? ユーヤの角度はこれくらい」
どうやら僕と鏡合わせになったように動作して来たようだ。斜めに目が合う。
「考え事の内容は…そうね、さっきの老夫婦の話ってトコかしら? 違う?」
そうだった気もするけど…
「また考えた。斜め上見てる」
「忘れたことを思い出そうとしてたんだよ」
言えば小指がからまってきた。もう8月だと言うのに冷たい指が心地いい。
視界の端で花火があがる線が出来て、瞬きを終えた瞬間、綺麗な顔にコントラストをつけた。ふいに視線が逃げた。
「考え事するなんて勿体ないわよ。花火綺麗なのに…ねぇ長年連れ添った老夫婦の片割れさん、この場合の常套句は?」
漆黒の瞳を虹色に輝かせながら親友がのたまう。
またパッと夜空に大輪の華が開いて、心臓をビクつかせる程の轟音。そして無数の星を降らせてきた。
-----結局考え事をしなきゃいけないじゃないか。
可笑しくなって僕も上がる花火を見上げた。
「そうだね…4人とも受験生だし、花火にまつわる化学の話でもしようか。花火は大体、金属が燃えて…皆も知っての通り炎色反応を示してあんな綺麗な色を出しているんだよ。リアカーなきK村…ってやつで覚えたアレだね。今上がった緑は確か銅と…」
「「雰囲気ぶち壊しになるから!!」」
Sカップルの叫びも花火と一緒に空に消えていった。