感染しました…?
「山田くん、山田くん…」
振り向かない。
君からそんな風に呼ばれたってダメって言っただろ? ほとぼりが冷めるまでは。二人で先日決めたじゃないか。
ほら、清純派でもろ好みなあの人の名前から初めてよ。
「滝川クリスティーナが大好きな山田くん」
「何、梅本彩が好みな田畑くん」
にっこり笑って振り返る。二人で「清純派好きめ」、「エロス好きめ」ともう一度さらに念を押してから本題の話へ移る。
男二人して何をやってるかって? 僕だってわざわざこんなお互いの好みの女の人を言い合ってから話を始めるなんてしたくはない。けどさ、坂東から委員長が僕らのことを題材にBL系を書くらしいって聞かされてから、僕らはお互いに取り決めをつくったのだ。彼女のほとぼりが冷める間の期間(夏休み中くらい)は敢えてこういうことをしてみようと。あ、馬鹿だって思ったでしょ!? 僕も思う…。でもさ、やらずにはいられないっていうか、狙われている人間にしか分からない苦労だってあるわけだよ。分かってくれなんて言わない、もう、田畑くんが味方ならそれでいい。…まさかこれさえも罠だったりしないよね!? 考え過ぎ…であってほしい。
はぁ、とため息をついた。
ん? なんでかって、今の状況にもだけど、今日何月何日だと思う?
7月27日水曜、朝の9時チョイ過ぎだよ。なのに僕は大正学園の塀の横を偶然あった田畑くんと一緒に歩いている、制服を着て。そう、前にも言ったと思うけど3年生と言うことで夏休み中にも関わらず特別講座が組まれているから、登校しなきゃいけない。まぁ本当の授業ではないからいつもとは違って朝の会もないし、授業を始める9時半までなら遅刻にはならないからいいけどね。
「あ〜だるいな。俺、指定校推薦だからこんなことしなくても受かるのに…」
「そうなんだ。じゃあ早めに自由の身だね」
「こっち(好みの女の子を言い合うこと)も早く解放されたいんだけどな。全く、広末温子好きな山田くんに関わるとろくなことがない」
「それは僕の台詞。教えてあげたんだから文句言わないで。言うなら元凶の委員長に言ってよね、叶京子がどストライクな田畑くん」
もうあっているのか合っていないのかさえ分からない、お互いの好みを言い合いながら教室に脚を踏み入れた。
と、大きく目を見開いた。
金髪の髪の毛に色白な肌、加えてグレーの色をした瞳を持つ保育園児が教卓の前でみんなに囲まれて椅子を台座替わりにキャッキャとハシャイでいたから。思わず声が出た。
「雪姫ちゃん!?」
「ユーヤ!」
ピョンと椅子から飛び降りてターッと走り込んでくる。そして脚にぶつかって「待ってたのよ」なんて言われた。
-----待ってたって。
「…誰、ここまで連れて来た人は。分かってるでしょ、今から授業で面倒見れないって」
デレデレしていた態度のクラスメイト達を見ると皆そっぽを向いて素知らぬふりをして来た。ははぁ、そんな態度とるわけね。ま、大体察しは付いているけど…チロリと末長のカノジョを見やった。そう、彼女は無類の子ども好きで世話好き。推測するに校門前で立っていたこの子に話しかけ僕を待っていると言われてたまらず連れて来たってトコだろう。ほら、目が合った瞬間かなり狼狽えてる。
もう連れて来ちゃったモノは仕方ないけどね。
ポンと頭を軽く叩きながら目線を合わせた。
「待ってたってコトは、僕に何か用事でもあったのかな?」
「そーよ! お礼ちに来たのよ!」
ゴソゴソとウサギの鞄をかき回して4つ折りにされた画用紙を取り出した。そのまま「はい」と突き出してくる。
開いてみれば画が書いてあった。まず右から行こうか、えっと何か丸い物に5本の針金がくっついてて、4本は茶色の地面(推測)に突き刺さっていて、一本は赤い太陽に向かってピンと伸びている。で、丸い物は黒と茶色の模様が描かれていて…あ〜わかった、猫のボスだ。で、真ん中のが金色の髪の毛をしたピンクの服を着た女の子。おお、ちゃんとツインテールになってる。これは自分自身を描いたんだね。まぁここまでくれば最後の人間らしき物はお礼だと言うのだから僕だというのは想像に難くないけどさ…あの、僕は波平じゃないんだからてっぺんに1本って寂し過ぎじゃない? これは将来の僕への予見ですか? それとも警告ですか? 一応言っておくけど、僕の母さん側にはH遺伝子(禿げる遺伝子)は入ってないからね。(H遺伝子はX染色体上のみに存在しているので男性(XY)は母方からのみH遺伝子を貰います/でもストレスでも禿げるので遺伝での問題だけですが)
一応聞きたい…
「これ、雪姫ちゃんと僕とボスの画かな?」
「そうよ!」
「すごく上手にかけたね。ありがとう」
大きな目をパチクリさせ僕の様子を伺っていた彼女ににっこりお礼を言うと喜色満面の顔でさらにグイグイ画用紙を押し付けて来た。おそらくプレゼントなのだろう。もう一度お礼を言うとキャキャと声を上げて笑い、神無月さんに走っていってギューッと抱きつき「えへへ」と嬉しそうにしていた。
「超前衛的な画だな。滝川クリスティーナが大好きな山田くんの頭も」
「うん」
もう一度、髪の毛が一本しか生えていない自分の画を見つつ立ち上がった。
「雪姫ちゃん、どうやってここまできたのかな?」
聞けば一人で来たという。しかも大正学園の制服を着ている人の後を付いて来ただなんて言っている。知らない人には付いて行かないんじゃなかったのかな? まぁ今の問題はそれじゃない。人の後を付いて来たてことは道を知っているから来れたわけではない、つまりこのまま帰せば確実にまた迷子は決定だ。かと言ってここに置いとくわけにもいかない。どうするかな…。
「おうちの電話番号は覚えたかな?」
「えーっとねぇ、にじゅうごのごご、にこにこまんま!」
途中から理解不明な呪文を唱え始めた。うん、覚えてないんだね。
こんなことならマンションの部屋まで送っておいて母親から電話番号でも聞いておけば良かったかななんて思ったけど、まさか送っていったとしてもそこまでするわけもない。
保健室へ預ければと言う意見も出たが、生憎3年生以外はいないので校医はいない。
さてどうしたものかと悩んでいると本日最初の授業の先生、担任の草原先生が僕の後ろに立っていた。雪姫ちゃんを見るなりどうしたのかと聞いてくるので事情を説明すると、
「隣の空き教室で大人しくしてるんだったらいいんじゃないのか?」
と言ってくれた。
幸い、授業も2時くらいまでだし…
「隣の部屋で待っててくれるかな?」
「一人?」
「まぁ…でも授業が終わる度に遊びに…」
言い終わる前にグスグスっと鼻を鳴らし涙を溜め始めた。皆で後ずさる。
そしたらダムが決壊するかの如くもの凄い勢いで泣き始めた。
「ぎゃーん!! ユーヤが一緒にいてくえなきゃ嫌ぁ!!」
あばばばば。クラス一同狼狽えて泣き出した子どもを一斉にあやし始める。先生も一緒になって彼女の気を引こうと必死だ。が、泣き止むどころか更に大口開けてギャンギャン喚く。
マジで困った。あー、あー、どうしよう。
時刻を見ればもうすぐ授業が始まる時間、こんなに騒いでいたら隣のクラスにだって支障をきたしてしまう。あ〜もう、夏休みじゃなかったら校医いたのに…あ。
ポンと手を打って未だ泣き続ける姫に一つの案をだした。
「一人じゃなかったら待ってられるよね、スノープリンスは偉い子だから」
言えばグスンとしゃくり上げながら頷いて来た。
よし、とすぐさま携帯を出した。そして僕の救急隊を呼ぶ、そうA組の子達だ。学校に家の近い人も確かいたし、誰か一人位は引き受けてくれるだろうとコールを試みた。こんな時ばかり悪いとは思いつつもお願いすると、二つ返事で了承してくれた。
姫を抱きかかえてポンポン背中を擦ってご機嫌を取っていると程なくしてレスキュー部隊が到着した。
「ごめんね、頼れる人が思い浮かばなくって」
「いいっす」
「山田先輩の頼みならなんだって俺たち嬉しいですから!」
思った以上の人数が集まってくれたことに驚きつつも隣の教室で面倒をお願いした。はーっと、息のあったため息を皆でした。
それからは滞りなく。隣からたま〜に聞こえてくる叫び声にクスリと笑いながら授業を受ける。休みの時間になる度に皆で隣の部屋に様子を見に行くけれど、うまくやっているようだ、スノープリンセスだけ。え? A組のコ達はって? それが…どうやら彼女に馬になれとか教室内で鬼ごっこだとかさせられて、休み時間の度に体力が明らかに削られていた。悪いと思いつつも、おままごとをさせられたというのにウケた。
ようやくお昼ご飯の時間になって隣に迎えに行くと雪姫だけが立っていて、後は皆倒れていた。哀れ。
お昼は購買も開いていないので近くのコンビニへ行くのが定石だ。
普段ならグループ単位で動くのだけど、雪姫がいるため約40人でゾロゾロ歩く。まぁ子どもが大好きな女の子達が相手してくれるからいいんだけどね。
「あと1時間ね」
「うん。あーさすがに悪いからA組の子達の分も差し入れしてあげたいんだけど、荷物手伝ってくれる?」
親友に言うとにっこり笑みを零してくれた。ついでに姫も呼んで好きだと言うメロンパンとリンゴジュースを買い与える。全く、散財だ。
「雪姫ちゃんは山田くんのことが好きなの?」
「しゅきー」
「だから追いかけて来たのね?」
「そうよ! 恋人同士なんだかや、あたいまえでしょ!」
膝の上に乗っかって来て腕を振り回しながら応える彼女。いいけど、ご飯食べにくいんですけど…。体をズラしてあらぬ方向を見てボーッとモグモグしていると末長がニヤニヤして来た。はぁ、だいたい言いたいことは分かってるけれど、聞こう。
「山田くんはあれだよな、ホント、年頃のいい具合の女にはモテないよな」
やっぱり。
僕もそれは自分で自覚していることなんだから敢えて口になんて出して欲しくないのに。
悪態が頭をかすめた瞬間、末長の顔が伸びた。雪姫がこれでもかと彼の頬を引っ張っているからだ。よし、いい子だ。
「そえは私がいい具合じゃないって言ってゆのねー!!」
「けいほだけおあだほい!!」
「なんでしゅってー!?」
僕には理解出来なかった言葉を彼女は理解してプンプン怒りながらさらにもう片方の指で末長の頬を伸ばす。すると本気ではないのだろうけど末長も応戦を始めた。なんだろう、この低レベルな争い。
呆れてため息をつくと詩織と目が合った。彼女の手には雪姫ちゃんからのプレゼントである画。
僕の顔を見てクスリと笑ってくるので唇を尖らせた。
「何?」
「ふふ、可愛い画だなぁって思ってみてたのよ」
「明らかに絵の僕に髪の毛が1本しかないのと見比べて笑ったでしょ。誤摩化さないでよ」
「あら、いいじゃない。これって、もしユーヤが禿げちゃっても雪姫ちゃんは好きでいてくれるってことでしょ?」
「…でも僕はまだフサフサだし、とてもそういう風には受け取れないんだけど…」
「そう? だったらそういう風に受け取ってあげたら?」
肩をすくめていると膝の上のモノが暴れ始めた。
何があったのかと雪姫を見ると今度は僕の頬が伸ばされた。
「浮気ちたやメーでしょ!」
言いつつ、僕の親友の方をバッと見て、あっかんべをしてみせる。
そして宣戦布告。
「お姉ちゃんにも、たち川クリチュチィーニャにも負けないんだかや!!」
「あら、じゃあ私たちはライバルってことかしら?」
笑いながらスノープリンセスの画を返して来た。
耳元で「そうよ!」と騒ぐ彼女の背中をポンポン叩いてなだめる。
ヒューと男子達が口笛を吹いた。女子からもキャーなんてノリノリな黄色い声。
すると、保育園児には決して分からないような艶麗な微笑みをして詩織ものたまった。
「じゃあ私も、禿げても構わないって言っておこうかしら」