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ヘミソフィア #3

 その週の金曜、僕は学校を風邪だと偽りズル休みをした。

 理由は簡単、休みの日だと詩織に行動がバレる可能性が無きにしもあらずだからだ。

 でもあの子は優しいから「お見舞いよ」なんて言ってプリントと共に何かを持って様子を見に来るだろう。だからタイムリミットは彼女が下校する16時半まで。

 学校の授業が始まる時刻を狙ってバイクに股がった。


 場所は大正駅周辺ではなく、大正駅と僕の家の間の駅…お正月に詩織と一緒に行った神社からバイクで10分程の小さな街。昭和の頃に栄えたまんまといった感じの外灯が小さな小さな商店街の至る所に付けられていて、その下にはこれまたレトロなビニールで出来たお正月につけるようなお団子みたいな飾りがしてある。比較的最近出来たであろうスーパーの駐輪場にバイクを置いて住所の書いてあるルーズリーフを手に街に脚を踏み入れた。

 バイクで通っていた時にも気がついてはいたけれど、人通りが少ない。過疎化が進んだ場所といった感じで、あまり若い人が見当たらない。…普通かも。だって今は平日の午前中、僕ほど若い人は皆学校に行ってるよなぁと考えを改めた。


 各場所にある電柱や案内板を見つつ、キョロキョロしていると白髪のおばあさんが目に入った。

 どうやら陸橋を超えて向こう側に行きたいのだろうけど、おばあちゃん専用のカートと荷物のため、行けないから下にある大きな道を横切ろうとしているようだ。しかし車の流れが途切れない。何より危ない感じだ。

 駆け寄って声をかけた。


「荷物とカートお持ちしますから、一緒に陸橋を渡りませんか?」


 シワシワの顔をさらにしわくちゃにしておばあさんが笑ってお礼を言ってくれた。手すりにつかまってゆっくり階段を上る様子を眺めながら聞く。


「行きはどうやって来られたんですか?」

「孫娘がね送ってくれたんだけど、急に友達が産気づいたとかで…帰りは迎えに来れなくなったんだよ」

「そうですか。でも危ないですから渡るなら横断歩道のある場所を通って下さいね」


 うんうんと頷く顔を見ていたら、陸橋を渡りきってしまった。

 カートに手を添えながらまたゆっくり歩き始めるご老人の横に並ぶ。


「どちらまで行かれますか?」

「師走町なんだけどね」

「僕もそこに行きたいんです。ご一緒してよろしいですか?」


 歩きながら話した。どうやらここら辺は昔から住んでいる人も多いけれど、最近は先程超えた陸橋からこちら側は開発も進み、だんだん賑やかになってきたのだとか。だから新旧住んでいる人が入り乱れているのだそう。

 -----7年前のこと知ってる人に当たればいいけど…。

 一抹の不安が過る。

 ココまで来て成果なしなんて悲し過ぎる。ま、行ってみないと分からないけど。そういえば、おばあちゃんは…。


「あの、聞いてもいいですか? 7年前にここら辺で火事があったと思うんですけど」

「あーあったかも知れないけど私はほら、歳だから。こうみえて98歳で、昔のことはあんまりねぇ。最近はひ孫の名前もなかなか覚えられなくって」


 苦笑して周りを見渡した。

 すでにここは師走町内に入っていて、僕の知りたい詩織の家の、おそらく近くなんだと思う。紙に書いてあった番町を思い出しながら次の角を右かな? なんて思っていたらおばあちゃんも右に曲がり始めた。2、3歩遅れて角を曲がると60代くらいのおばさまがおばあちゃんを見つけて「今から車で迎えにいこうと思っていたんですよ」なんて言い始めた。

 一緒にその人の前まで歩いて会釈をした。

 お礼を言われつつ横目で後ろを見れば空き地。その隣の家って住所的には昔の詩織の家の隣なんだよなぁなんて思いつつも、なんだか直接聞くのは憚られておばあちゃんが家に入るのを見計らって遠い場所から質問を試みる。


「あの、向かい側は昔から空き地なんですか?」


 言うと一瞬顔が曇った。


「そこはねぇ何年か前に火事になって、そこからずっと空き地の状態よ」

「そうですか」


 やっぱりここで間違いはなさそうだと確信しつつ、持っていたおばあちゃんの荷物を渡すとさらに続けてくれた。


「そういえば、あなた何歳?」

「僕は18ですけど」

「あ〜そのくらいになってるかもね、あの子も。いやね、昔火事になる前に住んでた4人家族のうちの1人の子が多分もう、あなたくらいの年になってると思うの」


 詩織のことだろう。

 黙って頷く。


「そりゃあもう、お人形さんみたいに可愛くてね。フランス人形みたいに髪の毛を長ーくして、歳の割にはそうねぇ可愛いというより美人って感じの子でね。スタイルも良くてスラッとしてたんだよ。性格も元気で活発でいい子だったんだけど…火事の後はねぇそりゃあショゲちゃって。仕方ないかとも思うんだけどね、10歳くらいの子が家もお父さんお母さんも一気に失っちゃってさ。毎日ここに通ってきては泣いてて、可哀想でね。よく家に上げてはアイスやお団子をあげたよ。でも、さらに可哀想だったのが…」

「え?」


 まだ何かあるのかと思わず声を出してしまった。

 おばさまは眉をしかめて「ここだけの話」と声を潜めた。


「噂がね、あの子の耳にまで入っちゃったの」

「…噂ですか?」

「あの子には聞かせないように私もしてたんだけど、全く、どこかの馬鹿が言っちゃったみたいなんだよ。直接、あの子に『詩織ちゃんがあんまりにも美人だから犯人が攫いに来て、いなかったから腹いせに火をつけたんだ』ってさ。あ、詩織ちゃんって言うのはその子の名前なんだけどね、なんでそんなこと年端も行かない女の子に言えるかね。犯人しか分かりゃしないのに、本当か嘘かも分からないものをあの子にふっかけて…それからあの子は来なくなってねぇ」


 その後は普通の世間話をして別れた。

 手を広げれば、いつの間にかうっすら血が滲んでいた。

 -----だからキレる理由を聞いたら泣いたのか…。

 きっと幼かった彼女は誰が言ったか知らない言葉を鵜呑みにし、自分の容姿のせいで両親が死んでしまったのだと本気に取ったのだろう。両親の死=“美人”な自分 と直結して考えてしまったに違いない。だからあの言葉を自分に投げかけられると拒否反応としてキレているのではないだろうか。

 溢れてくる焦燥感。知るだけ知って、これ以上は何も出来ない自分の小ささに打ちひしがれた。

 寂しげな小さな小さな商店街をくぐってスーパーにおいてあったバイクに股がる。


「あ、時間」


 時計を見ればすでに13時を過ぎていた。

 家に戻りながら途中コンビニに寄ってお茶を買っているときだった。着信メロディが流れ始めた。開けば詩織からのメール、書かれてある言葉は<お見舞いの品、何がいい?>と…。

 お茶を元の位置に戻しながら、立ち読みをしている人の隣に移動した。


 僕は彼女に何をしてあげられるのだろう。

 『過去を乗り越えろ』なんて、そんな簡単な言葉…言えない。そんなの他人の自己満足、人ごとだから言える言葉だ。彼女は十分、立ち向かっていっているのだと思う。『頑張れ』なんて言わない、それこそ押し付けがましい不親切な言葉。じゃあ『僕がいるから大丈夫』…? これも違う。あれは僕なんかの関係ない所で発生し、7年という歳月が経過してしまった本当に彼女だけの園。共有しようなんておこがましい。『忘れて』なんて、無理なコトも言わない。

 僕に出来ることは、秘密を知ってしまったことを黙っていること。敢えて何もせず、そ知らぬフリをして偶然のように彼女を過去から守ること。彼女が乗り越えられようが乗り越えられまいが優しく見守ること。

 …キレるのなら触って抑えよう。

 君が過去に傷を負った尖った半球ならば、僕は虐められて傷の付いた凹んだ半球だ。そう、僕らは二つでようやく1人前の球体になれる、不完全な人間と言う存在…。

 誰かが言っていた、本当の完全は球体なんだって。

 でも、そんなのいらない。だって僕らは元々不完全な半球体。唯一僕らのみが作り出せる関係性と言う名のクレーターを紡いでいこう。僕らだけの月のような穴ぼこだらけの球を創造しよう。半球同士が離れてしまわないよう、繋ぎ目が分からなくなるまで隕石を引き寄せよう…。埋める必要なんてない。完全な球体になんてならなくていい。過去があるから今の僕らは傍にいて、傷があるからかみあえた。

 携帯を胸に押さえつけ、ゆっくり息を吐いた。


<もう大丈夫だから、お見舞いの品はいらないよ?>


 色んな意味を込めて送信した。

 

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