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ヘミソフィア #2

 記事の内容はタイトルそのまま、ひねりも何もなかった。

 7年前に放火したと思われる犯人と思しき人物が死んでいたという物だった。容疑者ということで年齢以上の情報は乗せられておらず、名前さえ分からなかった。けど、被害者側の名前にははっきりと“虹村”の文字。

 3×5程の記事の大きさだから、まだ誰も気づいていない。それにこの辺りではそこまで珍しい名字ではないから、きっとこれが指す“にじむら”さんは詩織の家庭のことだろうなんて誰も思いもしないと思う。けど、僕にはこれは親友の家に起こったことなのだと確信した。根拠は詩織の態度だけでも十分だけど、加えて言うならお兄さんの「火事」という言葉と亮二の「放火」という言葉。さらに言うならば、ここの部分は地域のニュースを伝える覧。…間違いないと思う。

 記事の中に書かれてある“虹村総一郎”の名前と事件の日付を頭の中にインプットし、新聞紙を丁寧に折り曲げた。


 踵を返して教室に戻り、何事もなかったかのように授業を受けた。

 正直に言って、僕は今、かなり悩んでいる。

 詩織の過去を覗くか、それともこのまま現状維持で誤摩化せる所まで誤摩化すかを。覗くのは好奇心からでも興味からでもなく、純粋に親友の涙とキレるの理由を知りたいから。けれど、その過去を親友が僕に知られるのを拒んでいるのではないかと理性も言っている。でも、何より怖いのは僕が秘密を知ってしまったことを詩織が知った時、僕を拒絶してしまうのではないかということ。


 体育の時間、光り輝く水面をバチャバチャ音と立てて女の子達とふざけ合っている詩織を眺めた。昨日と同じ、泣いたことなんて分かってもいない様子で普段通りキャッキャとはしゃいで笑っている。

 -----僕はどうしたらいい?

 時が来るまで今の状態でいればいいのだろうか。でも、その“時”っていつ来るの? 僕はそれまで待っていられる?

 後ろのプールサイドに気配がして見上げれば末長がにんまり笑って僕を見下ろしていた。


「どうした、女子ばっかり眺めて。尻でも叩きたくなったのか、どS」

「…そうだね、グーで思いっきり引っ叩いてあげたいよ。君を」


 グッと握り拳を作ると顔をしかめられた。てっきり僕の発言に末長がムッとしたのかと思っていたのだけれど、それは思い違いで、「山田くんらしくないな。文が可笑しいぞ。グーでは引っ叩けないだろ?」なんて言われてしまった。

 加えて、


「ほら、話せよ」


 男らしいコトを言いつつ静かに着水してきた。


「ポーカーフェイス、出来てなかった?」

「いや完璧。詩織さんでさえ気づいてないんじゃないのか?」


 それって君の勘ってやつ?

 高性能美人センサーに加え、何やら僕の心情のセンサーまで付いたのかと笑った。


「なんだよ、笑うな」

「ああ。ごめんごめん。…そうだね、じゃあ一つだけ聞きたいんだけど、してはいけないことをするのって…」

「快感」

「S」

「どS」


 はーと呆れのため息をつくと「半分嘘だ」と言われた。じゃあ後の半分は本気なわけだ。やっぱり本当のどSは末長の方だと確信しつつ、次の言葉を待った。


「普通、してはいけないことってリスクがあるからしないんだよな。犯罪だってそうだろ? あ、ちなみに僕は性悪説派だからな。リスクって自分だけに降り掛かってくるわけじゃないからな、難しいトコロなんだよなぁ…。でもまぁ重犯罪じゃなけりゃしていいこともあると思うんだよな。ほら、リスクよりも手に入れたいものが上回る時は」


 さすがSで性悪説派だと感心する言い分。…そんなコト言いながらなかなか神無月さんに手を出せなかったからなぁ。あ、リスクよりも手に入れたい衝動が付いてくるのが遅かったわけね。

 入道雲を見上げながらお礼を言った。


「大人になったら言えよ」

「そう言う悩みじゃなかったんだけど」


 はははと、いつもの高笑いを二人でして視線を詩織に戻した。

 変わらぬ笑顔。いつの日だったか、僕はこの子の幸せを守ろうと人知れず決めたのだ。だったらすることは一つ。リスクは怖い、けれど取り戻せない物なんかじゃない。何より彼女は僕のことを信じきってくれている。だから僕も信じよう、許してくれるって。勝手な言い分、言い訳だってわかっているけれど、リスクなんかより笑顔の方が大切だ。ほら、誰かも言ってたじゃない。「バレなきゃ浮気は浮気じゃない」って、浮気じゃないけどさ。

 それにもう…

 -----あんな顔する詩織を見たくなんてない。




 

 放課後、詩織をホテルまで送り届けた後、携帯を取り出してコールを試みた。

 相手は彼女のお兄さん。

 自分でもズルいって思っているけれど、かけられずにいられなかった。脚を駅裏に向かわせながら大人しくコール音を聞く。


『おう、どうしたユーヤ』

『…面倒ごとはお嫌いですよね』


 言えば向こうはすぐに察して『さっさと用件を言え』と促してくれた。大きく息を吸う。


『詩織さんのキレる原因を探らせて下さい』

『キレる原因を、か?』


 無意識に瞬きを2回した。

 そして僕も彼と同様すぐに察した。お兄さんは詩織のあの顔を知っているのだと。


『嘘付きました。涙の理由を知りたいんです。キレる原因も、そこにあるだろうと僕は推測してて…』

『やめとけ』

『え?』

『やめとけっつってんだよ』


 向こうで大きなため息をついたのが分かった。

 遠くでどこかの鐘の音が鳴っている。


『いつかお前はここまで来るだろうと思ってた。だからヒントも与えてやってた。だが、お前は保身を考えて俺に電話してきたんだろ? 詩織の過去を見てくれるのは構わねー。けどな、そんなアリに喰わせても腹にたまらねー程のちっぽけな覚悟なんかで大切な妹の秘密を探られたくねー』


 おっしゃる通りだ。

 僕はズルいと分かっていながらKENさんに電話をした。背中を押してもらおうと、心に少しでもシコリが残らないようにと電話をした。けれど、今更後になんて引けない。そこまで覚悟は小さくはない。もう、迷わない。


『…勝手に調べます』


 まだ何かを言っているお兄さんを無視して通話を終了した。ポケットに入れれば何度も同じ曲が流れる。4回目の受信時に、ボタンを長押しして電源を落とした。

 図書館に入り、過去の新聞を閲覧する。朝にインプットしたキーワードを元に何度も何度も各社の新聞紙を捲っては目を走らせた。

 そして閉館20分前、ようやく全体像が浮かんできた。

 要約した事実はこうだ。7年前の冬の深夜、虹村家が火事になった。木造だった家屋は連日の天候により乾燥続きだったため消防隊が駆けつけた時にはすでに半焼状態。救出に入ることも出来ない程燃えていたそうで、3時間後、ようやく消火活動が終了したが中から遺体が二つ発見された。それが虹村総一郎とその内縁の妻、死因は煙…一酸化中毒。そして偶然にもその晩、二人の子どもは友人宅に泊まりにいっていたため無事保護されたと書かれてある。で、原因は亮二の言っていた通り放火と見られているみたいだ。容疑者の名前は、残念ながらこちらにも書かれていない。ただ、マスコミの独自取材での見解では犯人とされる男はその近辺で不審者として扱われていたそうだ。けど、これ以上は新聞からは動機も何も読み取ることは出来ない。


「週刊誌みたいなのだったらもう少し、人の心情とか書いてあるんだろうけど…」


 でっちあげもあるからなぁと、信憑性のないモノは読まないことにした。

 図書館員さんに「もう閉めますよ」と言われて読んだ物を片付けて外に出た。携帯の電源を入れるとお兄さんから5回の不在着信と1通のメール。

 -----<ぶっ殺しにいく>なんて書かれてあったらどうしよう…。

 今更反抗したことが怖くなってテンションが下がった。でも読んでいなかったなんて言ったら言ったで恐ろしい結末が待っている。ゆっくりとメールBOXを開いた。そこには…


<最初からそのくらいの意気込みできやがれ>


 鼻の奥がツンとした。

 

 じっと眺めても瞬かない星を見つめて、動いている光を眺めた。

 あの飛行機はどこから着て、どこに向かっているのだろうなんて感傷に浸りつつ歩みを進めた。

 -----せっかく事件を調べたけど、わからない…。

 今朝の涙の理由はきっと両親の死なんだろうとは憶測する、だけど、どうしてプッツンワードの心当たりを聞いたら涙を零したのかが分からない。もしかして昨日の夜泣いた理由と今日の朝泣いた理由は違うのだろうか? 原点は一緒のトコロにあるという僕の推理は最初から間違っていたのかも知れない。


「振り出しに戻る、かな…そんなことないか」


 少なくとも詩織の過去の傷が7年前の事件であることを捕まえただけでも僕にとっては進歩だ。これに関するものを僕がいる時だけでも注意してみせないようにすれば、少なくとも僕のいる所ではあんな顔をすることはないのだ。今は、それだけで十分だ。

 それに…

 1枚のルーズリーフを引っ張りだした。

 僕は新しい情報を手に入れている…詩織の、昔住んでいた家の住所を。今度はこれを頼りにちょっとだけ話をきけたら…なんて思っている。


「…これってストーカー行為だったらどうしよう?」


 シリアスに耐えきれなくなったのか、そんなことをボヤキながら宇宙を見上げて一人で笑った。

 満月があまりにも綺麗だった。



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