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Watching over #4


 後ろで詩織も息を飲んだ。


「俺の従兄弟のお兄ぃだ。すげー人望に厚くって頼りになる人なんだぜ? ケンカもすげー強くって…」


 そんなことは知っている。


「お前らも大正学園の生徒なら知ってるだろ、五十嵐番長だ」

「やっちゃってくださいよ!」


 立ち尽くす僕の眼に、190cm近くある身長、厚い胸板、切れ長の目が移る。

 喉を突いて出そうになる言葉を飲み込んだ。替わりに、彼が言葉を発した。


「おい、お前。急に俺の可愛い弟分達を殴ったって本当か?」


 僕は一瞬で全てを察した。

 五十嵐番長は、僕がそんな事をしない人物だってコトを知っている。なのに、敢えて素知らぬふりをして殴ったのかと聞いて来た。という事は、何を言っても戦うという決意の表れだ。それは彼があの子達を信じているから。

 ギッと睨まれる。僕も睨み返す。

 息を吸い、吐き捨てるように言った。


「殴ったよ。顔がムカついたから」


 切れ長の目が少し大きく開いた。

 チラリと横にいる3人の方を見た後、グッと拳を握ったのが分かった。

 -----来る。

 右半身で構えながら、後ろ足に体重をかけた。


「聡。僕が番長なんだだから、わかるよね?」

「うん」


 ゆっくり体重を前脚へと移動させ、左に体が流れるよう、右足で地面を強く蹴った。同時に3人組へ聡が飛びかかっているのが見えた。

 左足で流れた体を立て直し、姿勢を低く一気に駆ける。

 僕の身長と体重は178cm64kg。一方、五十嵐番長は189cm85kg(推定)。20kg近く体重に差があるってことは、ボクシングで言えばヘビー級とウェルター級位違う。パンチ力=S×W…ついでに彼の握力は半端ないから…。まず正攻法では僕に勝ち目がないってことだ。ついでに言うと、詩織みたいに僕は正確に顎や頭に打撃を加えられない。僕の出来る事は、相手の力を利用して地面に叩き付けるか、動けないようすること。


「シッ」


 呼吸音と共に繰り出される拳が耳に擦った。前に一歩出ながら左手で腕を掴み、体に回転をかける。しかし思った以上に浅く、すぐになぎ払われた。脚を踏ん張り、構え直す。が、彼の放った蹴りを左肩で受けてしい、痺れるような感覚が左手を襲う。遅れて痛みが走った。

 -----外れてはないけど、もうこっちは無理。持っていかれた…。

 心臓が脈を打つ度にズキンズキンと蹴られた部分が疼く。

 肩を押さえ、立ち位置が逆になったまま聡の方を見ると、殴られながらも殴り返しているのが見えた。

 あっちはあっちで、もう大丈夫そうだ。が、問題は僕の方。右手一本で何が出来る? もともとは僕は戦闘要員でも何でもない。心優しい一般市民だ。本来なら「もう止めよう」と両手を突き出し、降参したい所。でも番長は僕との戦いをやめる気なんてないようで、大きく拳を振りかぶりながら走って来た。視界の端に、詩織が入る。


「詩織!!」


 僕も走る。

 彼の攻撃をギリギリで避け、親友の元へと翔る。

 後ろで番長の叫ぶ声と方向転換するために、アスファルトを蹴った音がした。

 振り向く事なく脚を出し続ける。目標は詩織の右太もも。


「ごめん!」


 赤いスカートをバッと捲ると小さな叫び声と「うわ」と言う声が聞こえた。構わず黒い警棒を手にかける。

 振り向き様に大きく上下に振って長さを出した。


「ふっ」


 息を吐きながら右足を出し、警棒も流れるように斜め下に叩き付ける。番長の体がピクリと反応し、警棒が手に収まる。瞬間、僕は警棒から手を離した。そう、これはフェイク。本来は…。

 体に回転をかけながら左足を振り上げた。そのまま勢いに乗って…振り抜く。

 ドカっという音がして、体にまで衝撃が伝わって来た。


「っ!!」


 蹴ったくせに僕の体の方が負け、よろめく。

 僕と番長の間に音を立て警棒が転がった。ハッとなり顔を見合わせ、すぐさま2本の腕が伸びた。いや、3本だった。

 一番細くて白い腕が黒いそれを掴んだ。


「終わりよ!」


 僕の喉仏に抜き手、番長の首筋に警棒が突きつけられた。動きを止め、目を見開くと太陽のような笑顔。


「なんて…。でも終わりなのは確かだから。自分達に真剣になり過ぎよ?」

「「え?」」

「もう、あっちの勝負はついたから、もういいのよ」


 指を指す方向を追っていくと、男の子達が4人、地面に突っ伏していた。

 はぁーと息をつくと番長も同じようにため息を吐き、僕に腕を差し出して来た。ゆっくり手を取るとビックリするくらいの力で一気に立ち上がらされた。


「悪かったな、肩。ついでにアイツらも」

「僕の方こそ。…やっぱり分かってたんだ」


 体に付いたほこりを払いながら言うと彼はニッと笑って僕の背中を目一杯叩いた。あまりの強さに咽せた。

 そして彼は僕より先に男の子達の元に駆け寄っていった。僕も聡の背中を擦る。すると、番長が笑いながら口を開いた。


「勝負はドローでいいだろ?」


 -----全然ドローじゃなかったんですけど。

 多分、あのままやってたら僕が確実に負けてたね。実は体力も残り少なかったし、知っての通り僕の唯一の攻撃手段後ろ回し蹴りだってあの通り。ドローなんかなワケない。口を出そうと思ったら顎でこっちに来いと合図して来た。黙って体を傾けると耳元で囁かれた。


「詩織のパンツみせてくれたから、ドローだろ?」

「…そういう考え方は持ってなかったよ」


 苦笑して携帯を取り出した。


「おい」


 番長を手で制してボタンを操作し、立ち上がる。

 にっこり笑って冗談めかす。


「大丈夫、僕の救急車呼ぶから」

「は?」


 コールをすると、1回目が鳴り止む前に繋がった。

 電話が終わって数分も立たないうちに、要請した以上の人数がゾロゾロ来て正直ビックリしたけど、とりあえずお礼を言った。何が来たかって? それはね、A組の子達。彼らに言ったじゃない、助けて欲しい事があった言うって。で、3人もの男の子を番長一人で運ぶって言うのは大変だから呼んだわけ。正当な使い方でしょ?


「じゃあ、悪いんだけどお願いね?」

「「はい!」」

「お前ら、俺の言うコトなんてあんまり聞かないくせに…」


 ブチブチ文句を言いながらも頭を下げて来る番長に手を振って、僕も聡をおぶう。

 未だ気絶したままの体は温かくって、やっぱり柴犬だなって思った。ま、今回の一件で僕の中では柴犬(黒、子犬)→柴犬(黒、成犬間近)にランクアップしたけどね。

 かるい直すと、僕の首にヒンヤリとした警棒が当たった。


「忘れてないわよね?」

「な、んの話かな?」


 ギクリと体が跳ね上がりそうになるのを押さえ、目を合わせた。漆黒の目が、明らかに怒っている。誤摩化そうと可愛く「えへ」と笑ってみせたが、これが効力を示せるのは可愛い女の子と小さな子達だけ。到底僕の「エへ」に効力なんてない。

 ヒュと音を立て、警棒が離された。


「ユーヤの誠意が良ーく分かったわ」

「うわー、ゴメン!! ゴメンってば。僕見てないし、番長だって…多分見えてなかっただろうから!!」


 乱暴に揺れる髪の毛を追いかける。


「今日の夕飯は僕の家で食べて行っていいし、僕が作るから」

「…アイス! アイス好きなだけ奢るよ!」

「ねぇ機嫌直して。ハーゲンダッチュだって箱買いするからさぁ」


 何を言っても「ダメね」の一点張り。もう、逆切れするよ? パンツぐらいいいじゃないか!!って。無理だ…。

 うんうん唸っているとすでに僕の家の前。

 ドアの前で詩織がクルリとようやくこっちを向いた。


「一つだけ、教えて欲しいの」

「何?」

「ユーヤはああなるって思ってたから、私が聡を助けるのは止めてっていってたの?」

「…まぁ大体の予想は。でも、番長が出てくる事は計算外だったけど…」


 言うと彼女は「そう」と軽く流して僕のポケットからキーケースを取り出し、ドアを開けてくれた。

 聡を部屋に下ろすと詩織が強めに僕の名前を呼んだ。


「さっきの件なんだけど…」

「スカートの…ね」

「許してあげなくもないわ。さっき言った事、全部実現してくれるなら」


 にっこり笑う天使のような笑顔を見て僕は心底悪魔だと思った。言った事全部だよ? 僕の家なのに夕食作ってあげて(しかも3人前)、アイスも好きなだけ奢ってあげて、ハーゲンダッチュを箱買い…。僕はパンツの“ぱ”の字さえ見ていないって言うのに…あんまりだ。けど、僕が逆らえるわけもなく。


「はい」


 こう応えるしかないわけですよ。


「ま、今回の教育方針は父さんの勝ちね」

「…そうかもね」


 いくらそんなことに勝ったって、全然嬉しくないね。

 ついでに言うと今回一番得したのはイジメが終わるであろう聡でも、アイスを奢ってもらう詩織でもない。もちろん僕なんかじゃなく、棚ぼた的偶然でパンツを見れた番長なんだと思う。

 シット(嫉妬&shit)。

 


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