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Watching over #3


 朝、アラームが鳴る前に目を覚ますと、隣にはまだ小さく息をする聡が眠っていた。

 覗き込んで顔を伺うと、まだ腫れていた。多分湿布を退ければ青あざになっているであろうそれを眺めて立ち上がった。先に制服に着替えて机の中を漁った。

 アラームが鳴り、聡がゆっくりと起き上がる。


「おはよ。パンでいいかな?」

「う…ん」


 寝ぼけ眼で欠伸をしながら洗面所へ向かう彼を見つつ、パンを焼いた。

 -----今日、帰りは一緒に帰った方がいいのかな?

 迷う。彼の問題と分かっていつつも、やはり心配なのは僕だって一緒。

 経験からいって、結構酷い事を繰り返されて来たんじゃないのかなと思う。普通万引きが成功するとまぁ殴られはするけど、聡ほど殴られたりなんてしないし…何より高校が違うのを追いかけてきたって言う所に因縁の深さを感じるよね。だから、多分、今日もあると思う。

 -----相手の制服は…チェックのズボンに紺ネクタイだから、多分ここから2駅離れたトコの高校だと思うんだけど。

 一緒に帰るにしろ、帰らないにしろ状況は変わらないだろう。

 僕がずっと付いててやるわけにもいかない。自分の問題は自分で解決しないと、僕がいなくなったらきっとまた始まる。

 解決する方法は2パターン。

 1つは僕のように和解する。もう1つは詩織の言うように2度と歯向かって来ないようにする。

 両方ともアリ…。でも、詩織の言う彼女が介入するって言うのは…。


「パン、焼けてたから取って来た」

「ありがと」


 机の上に置かれる皿を見つつ、手を出すように指示する。

 クエスチョンマークを出す彼の手のひらに、1つ、キーを落とした。


「この部屋の合鍵。僕、帰るの遅いだろうから、一人で帰って来たときは使うといい」

「…いいのか?」

「うん。別に見られて悪い物は…押し入れの中に閉まってあるけど、まぁ聡は男の子だから別に…」


 クシャリと笑う顔から目を反らして、今日の占いに目を通した。






 

 放課後、質問に必死に答えていると詩織が僕の名前を呼んだ。

 手を動かしたまま返事をすると聡の事を聞き、そして一緒に帰ろうと思う事を言ってきた。手を止める。


「いいけど…以降はして欲しくない」

「どうして?」


 またペンを走らせ、目の前の人物に解き方の詳細を差し出しながら声を出した。


「教育方針の違いだね」

「ユーヤはずっとあのままでいいと思って…ないわよね。わかってるわよ。でも、私は私が正しいと思う事をしたいのよ? それさえもダメかしら?」

「悪くないよ。君は守りたいんだろうけど、でも僕は…。君が一緒に帰るっていうなら、僕も一緒に帰るよ」


 周りの人達が何の話をしているのかと顔を見合わせ始めた。今教えている人を最後に切り上げさせてもらう。

 確か聡は1-Dだと前に話していたことを思い出し、教室に2人で行ってみたが、すでに帰った後だった。

 親友が不安な顔をして、強く小指を引っ張り始めた。

 黙って引かれるまま走る。


「あ」


 詩織が小さな悲鳴を上げた。

 人と人の間に挟まれ、いいように聡の体が翻弄されている。駆け出そうとする体を腕を引いて制した。


「離して!! ユーヤの目は節穴なの!? 聡が、あんなになってるじゃない!!」


 潤んだ瞳に僕は、思わず手を離しそうになる。

 この子は聡を助けるだろう。いや、絶対に助ける。そのために彼女は既に警棒を取り出しているのだ。

 けど、ここで僕が離せば、きっと事態は悪化する…。

 グッと腕に力を込めた。


「昨日のお前を運んでた可愛いねーちゃんのアドレス出せって言ってるんだよ!」


 蹴り上げられる体と言葉に僕の体もピクリと反応した。けれど離さない。聡が…懸命に携帯を守っているのが見えたから。


「私のせいでああなってるのよ!?」

「だとしても、今君が行くって言うのは違うんだよ!!」


 叫ぶと、彼女の体が躍動した。僕の脇に入った瞬間、3きょ(合気道の決め技)がキレイに決まって、体が伸び上がり、苦痛に顔が歪む。自然と手が離れた。


「聡!!」


 声を上げる間もなく、赤いスカートが僕の体から逃げ出した。

 -----今出て行ったら…。

 伸ばした腕は間に合わず、飛び上がった詩織の膝が聡の目の前の人物に当たった。人が地面に倒れる音がし、同時に聡も両膝を付いて折れ込んだ。


「いい加減にしなさいよ!」


 しなやかなに伸びた脚が回し蹴りを喰らわせ、2人目が倒れる。顎に裏拳が炸裂し、脇腹に警棒が当って3人目もなぎ倒された。

 カッとローファーが地面に付く。

 聡に駆け寄り、揺らすと小さく返事をして来た。安堵のため息をつく。

 頭に殴られた痕がない事を確認した後、体をゆっくり起こして背中におぶった。

 その様子を黙ってみていた詩織が、僕を見て顔をしかめて来た。


「やっぱり理解出来ないわ。ユーヤはただ見てるだけしかしてないじゃない? するのは…怪我をした聡を看病するだけじゃない」


 眉毛をハの字にする。


「詩織、聞いておきたい事があるんだ」

「何?」

「聡に対して、同情なんて感じてないよね?」


 言葉に詰まる彼女。

 同情を感じていないのならいい。けど、そうならば昨日からの行動は…。そして、これからは…。

 僕は非情とも取れる言葉を発した。


「イジメから…もう、聡を守らないで欲しい」

「え?」


 大きな目が瞬いた。

 聡をおぶい直してもう1度口を開く。


「気を悪くしないで聞いてほしい。…君の行動は、聡を追い込みかねない」


 湿った空気が通り過ぎ、詩織の長い髪を持ち上げた。

 苛めていたのも、苛められていたのも男の子なら、本来詩織は入って来るべきではない。そう、さっきのがいい例だ。なんて呼び出しされたのかは知らない、途中がどうだったかは知らない。けど、僕らの見た事実は、聡が君を守ろうとしたということだけ。ならば、これ以上この子を関わらせない事が最良だと思う。そしてそれは、僕の考えとも繋がってくる…。


「…キツいこと言ってゴメン」


 謝ると、彼女は俯いて「そんなことはどうでもいい」と先に歩き始めた。


「詩織は心底優しいから…僕みたいに非情になりきれないんだよ。仕方ないね」


 ビルとビルの合間に落ちていく夕日を眺めた後、背中にいる聡に声をかけながら3人で家に向かった。

 次の日、質問に答えていると僕の携帯が鳴り始めた。

 液晶画面を見れば、詩織だった。

 着信ボタンを押すと、今聡と一緒に屋上にいると言う。眉間にシワを寄せつつ、質問している人に「ごめん」と小さく合図した。


「ねぇ昨日、僕が言った意味分かってる?」

「わかってるわ。でも…私はただ一緒に帰りたいと思っただけよ。守ろうなんて思ってないわ」


 -----嘘つき。

 でも何も言えない。彼女がそう言うからには、僕に止める権限なんてない。

 -----いや、聡はもう戦う気だ。だから、逆パターンかな?

 昨日の夜、彼は僕にどうして詩織にあんなことを言って来たか聞いた。僕の本心は一切言わなかったけど、その代わり、彼の考えを敢えて口に出してみた。すると彼は、キュッと口を一文字結んで言った「俺、詩織先輩より弱いけど、守れるかな?」って。そう、今詩織は自分が聡を守るつもりでいるんだろうけど、聡は詩織を苛めっ子達から守るためにいる。


「もう少しかかるから、待ってて。3人で帰ろう」


 詩織の明るい声を聞きながら、再び赤本を手に取った。

 …正直、詩織の明るい声とは裏腹に、僕の気分は少し沈んでいる。嫌な予感がしているのだ。それは僕が初めから懸念していた事。詩織が介入して欲しくないと思っていた理由に起因している。そして、僕が介入しなかった事にも…。だから、敢えて一緒に帰る事を選択した。


「今日はカレーにしましょ?」

「…また来るのか?」

「何よ、いいじゃない。聡なんて居候中でしょ? ご飯くらい…」


 階段状になった3つの影を見つつ、鞄をかけなおした。

 -----このまま何事もなく帰れますように。予感が外れますように。

 祈る。

 けど、僕が祈る時に限って大抵いい事なんて起こらない。ある意味、僕には予知能力が備わっているのかと、自分でも思ってしまう程だ。

 角から現れた人物にピクリと聡の体が跳ねる。同時に僕は、詩織の腕を後ろに引っ張った。そう、出て来たのはチェックのズボンに紺ネクタイをした聡の苛めっ子達。

 嘲笑するその顔に、嫌な予感が的中してしまった事を確信した。


「おい、聡。昨日はよくもやってくれたな」

「今日はさ、助っ人を連れて来たんだぜ」


 大きく目を見開いて訳が分からないと言う顔をした詩織。

 だから、僕はその理由を囁いてやる。


「これが追いつめかねないって言った理由。そして君の代償…」


 まだ理解出来ない表情だ。苛められた経験ないからわからない? じゃあ、君が不良に絡まれた後どうなった? ソイツらは、自分達より歳が上だったり強いヤツを連れて来ただろ? そう、イジメの世界だってそう言う事があるんだよ。しかもさ…質が悪いのは…。


「あの男です。アイツが俺たちの事をボコボコに殴って来たんだ!!」

「謝っても殴って来たんです。あの背の高いヤツ、やっちゃってくださいよ」


 指を指されたのは僕。

 そう…質が悪いのは、そういうヤツらって言うのは平気で嘘をつくって事だ。

 おおかた自分達が女の子にヤられたなんて言えないから、傍にいた僕がやったと言い放ったのだろう。

 僕の事を心配そうに見つめて来る聡に目配せをした。もう、聡自身が戦う決意を決めたのだからケンカなんて負けたっていい、一緒に負ける覚悟は出来ている、と。

 頷く彼を横目で見やり、さらに黒髪の少女を下げた。


「詩織。今から僕らに何があっても手を出さないで。話がややこしくなるから、分かるでしょ?」


 ようやく察したような顔をする詩織へ向けてにっこり笑った。

 苛めっ子達だって男としてのプライドがあるから嘘をついたのだ。分かってる。同じ男として。

 出来る事なら僕が助っ人とやらを普通に殴って倒して、聡自身も紺ネクタイの3人組をぶちのめすのが一番いい。多分無理だろうことは分かっている。それでも…僕はやるしかない。奴らに聡が戦う準備が出来た事を見せつけるだけでもいいのだ。今は、それだけでも十分だ。だから僕はせめて、助っ人を引きつけなければならない。

 グッと地面を踏みしめた。


「お兄ぃ!」


 手招きをされて角から顔を出した人物を見て、僕は思わず息を飲んだ。

 

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