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Watching over #2


「…はい、いえ。いいんです、僕が泊まっていけばって言ったんですから。迷惑なんてそんな…いえ。はい、聡くんも勉強する気になってるので、はい。下着ですか? 大丈夫です、男同士だから僕の使ってもらいますよ。はい、ありがとうございます。では…」


 ふーっとため息をついて、携帯をポケットに突っ込んだ。


「お母さん、なんて言ってた?」

「うん? 「泊まらせて大丈夫ですか?」って心配してたけど、その顔見せた方が心配かけちゃうからね。なんとか説得しておいたよ」


 湿布が貼られた聡の顔が緩んで、心底安心したような顔になった。

 多分、この子も苛められているという事実をなかなか親に言えないでいる子の1人なんだと思う。だから、僕から提案したんだ。殴られた顔の腫れが収まるまでの間だけでも泊まっていきなよって。驚いたような嬉しそうな顔をしたから、やっぱりそうだと思う。

 顔を伏せる彼を見ると、詩織が声を出した。


「ねぇ…見てなかったからハッキリとは言えないけど、聡、一方的に殴られてたんじゃないの? じゃなきゃあんな短時間でそこまでにはならないわ。強くなりたい、変わりたいって言って来たから私は武道を教えてるのよ? 使わなきゃ意味ないじゃない。ほら…」

「詩織は黙ってて」


 キッと睨んだ。一瞬驚いたような顔をした彼女が僕を睨み返して来た。

 -----僕の時は情けないのも受け入れたくせに…。

 やっぱり教えていると言う親心が詩織の言動をそうさせているのだろうか。それとも、僕がバレンタインの時に戦えたから聡も出来るはずだなんて思っているのかも知れない。大きな間違いだ。僕がイジメを乗り越えられたのは、詩織というファクターを通ったから…。けど、この子の場合は違う。まだ、イジメの真っただ中にいる…味方だってほとんどいないと思っているハズ。まだ、心の準備さえ出来ていない…行く段階じゃない。


「そう言うコトを今言うのは止めてもらえる?」

「どうしてよ。1発ぶちのめしてやればいいのよ、そしたら聡をこんな目に遭わせたヤツだってビビってもう来なくなるわ」

「違うね」

「何が違うって言うのよ。聡、行きましょ。今からでも遅くないわ、アイツらを殴りに…手伝うわ」


 立ち上がる詩織の前に立つ。


「君まで行く気?」

「そうよ。むしろ私が倒してやるのよ、あんな奴ら」

「聡が一人で自発的に行くなら止めないけど、君が介入するって言うなら僕は絶対に行かせない」


 まつ毛が2回、瞬いた。


「ユーヤの言ってる意味、わからないわ。私が倒そうが聡が倒そうが、イジメをやめさせるキッカケになるのは確かよ」

「聡がやるならいい。けど、君が行くのはお門違いもいいとこだ。大間違いだね。これは聡自身の問題なんだから、彼が何かをするって言うのなら手伝えばいい。今は、まだ…戦う気もない子を引っ張りだす事はない」

「早く終わらせてあげたいじゃない!」

「だから、そういうんじゃダメだって言ってるの!」

「…教育方針の不一致ね」

「そうだね、きっと交わる事はないね」


 漆黒の瞳と立ったまま、にらみ合う。

 眉毛がピクリと上がった。僕も、眉間にしわを寄せる。

 と、聡が声を出して笑い始めた。2人で目を大きく開けて振り返ると、聡が中を抱えていた。


「何が可笑しいのよ」

「だ、だって。ぷぷ…教育方針の不一致とか、ふ…夫婦じゃないんだから。ついで言うと、俺、2人の子じゃないからな」


 笑い転げる彼を見て、詩織と顔を見合わせ口の端を上げた。

 肩をすくめる。


「休戦だね、母さん」

「そうね。とりあえず、息子が笑い終わるまでよ、父さん」


 同時に座って、ゆっくり息を吐き出した。


「俺、どっちの意見なんて決められないよ。でも、とりあえず今は行きたくないんだ」

「わかったわ。じゃあ、今日のトコロは勘弁してあげるわ」


 詩織が納得した所で時計を見ると7時半になろうとしていた。

 立ち上がって冷蔵庫の中身を確認する。


「聡、何食べたい? …詩織はどうするの、食べていくの?」

「俺は別に」

「あ、私食べたい物があるのよ。私が作ってもいいかしら?」

「いいけど、材料大丈夫?」


 冷蔵庫の中身を見せるとにっこり笑って「大丈夫」とOKサインを出して来た。一人で作りたいというので、キッチンに残して部屋との敷居のドアを閉めた。

 聡と目が合うと、頭を下げられた。


「気にしないで。僕もさ、イジメられてたから…」

「え?」


 チラリと閉めたドアを見ながら聡の前にゆっくり座る。


「万引きもね、したよ。だからヤるなって分かったし。ま、君が僕の意見も詩織の意見も決められないのなんて分かってるから何も言わないよ」


 でも、決められないだけでも偉いと思う。きっと僕が、イジメを受けていた真っ最中だったら、迷わず詩織の意見に賛成だ。そして一刻も早く鉄槌を下して欲しいと思っただろう。自分を苛めていたヤツがボコボコにされるのを見るっていうのは、そりゃ爽快なこどだろう。それはそれで有り。ありだけど、多分それじゃあ…。

 キッチンから何かを刻む音が聞こえて来た。


「さすがに制服のサイズは合わないからさ、上脱いでくれる? 先に洗濯しようと思うんだけど。もしあれだったら、ついでにお風呂入ればいいよ。Tシャツでいいかな?」


 ご飯を食べたり宿題をしたりしていると、時刻はもう10時過ぎ。

 そろそろ僕もお風呂に入って布団に入りながら本や参考書を読みたい感じだ。布団を敷きながら眠くなったら勝手に転がるように聡にいうと、彼の変わりに詩織が布団の上に転がって来た。


「ちょっと、何やってるの?」

「え? 陣取りよ。布団、二つしかないから、先に場所を確保してるのよ」


 ついでに「私の場所はここー」なんていいながら携帯をポンと置いた。

 ビックリして聡と顔を見合わせて、すぐさま反論した。


「ちょ。何それ? いつそういう話になったの? 僕、今から君を送るつもりなんだけど」

「嫌よイヤー。皆で川の字になって寝たいのよ」

「マジで勘弁して!!」


 布団から引きはがそうと服を掴むとピタと忍者がタコに張り付くように布団にしがみついて来た。

 -----ヤバい、本気だ。

 もし詩織が敵の忍者ならこのまま布団を丸めてポイと捨てたいとこだけど、そんなことは出来ない。さらにいうなら川の字になって寝るなんてのも無理。


「布団2つしかないの知ってるでしょ!?」

「だから、川の字でいいって言ってるじゃない!?」

「僕らが困るんだよ!! 前から言ってるけど、少しは警戒心を持ってくれ!!」


 布団を踏みながらお腹に手を回すとさらに強い力で張り付いた。このままじゃ泊まらせる事になる。いや、それ以上に恐ろしい事になる。今詩織は1つの布団を陣取っている。ってことは、僕と聡が同じ布団に入らなくてはいけない事になってしまうのだ。無理、いくら柴犬だって男だもの。無理。

 ポンと手を打った。


「よし、じゃあ詩織はお風呂に入って来なさい」

「はーい」


 え? という顔をする聡を無視して詩織に服を貸した。

 脱衣所に入るのを見て、彼に説明してやる。決して泊まらせるような事はしないと。


「ユーヤ、ドライアーは?」

「こっちで使って」


 髪を乾かし終わった瞬間、お腹を抱えた。そのまま立ち上がる。


「な、何!?」

「はいはい、帰りましょうね。バイクで送るから体も汚れないし。制服は今日洗っておくから、後日取りに来なよ」

「騙したのね!?」

「騙してない。最初っから僕はこのつもりだったし、泊めるなんて一言も言ってないじゃないか」


 ペテン師だとか風呂風呂詐欺だと騒ぐのを無視して、聡が詩織にヘルメットを被せた。僕も一緒に被せてもらう。玄関のドアを開けてもらって外へ一緒に靴も持って来てもらった。無理矢理履かせ、シートの下に鞄を詰めて詩織をバイクの上に落とした。


「ほら、振り落とされちゃうよ?」

「酷いわ、父さん。私を実家に残して聡と2人だけで楽しもうだなんて…」


 シクシクと泣き真似をしながら腕が回された。

 バイクの鍵を捻りながらたしなめる。


「もうそのシリーズはいいからさ」






 

 詩織を送って帰って来ると聡はテレビにかぶりついていた。

 小さく笑ってお風呂からでてもまだ懸命に見ている。前々から思っていたけど、集中力の凄まじい子だと思う。いい? こうやって、トントンと肩を叩いてみても…気づかない。名前を読んでみても…反応しない。ま、番組が終わるまでだろうから、転がって参考書を読む事に没頭した。


「うわっ。いつ帰ったんだ?」

「ん? 結構前からいたけど気づかないからさ」


 パタリと本を閉じてコンタクトから眼鏡に替えて、すぐさま布団に滑り込んだ。


「僕は寝ようと思うけど。…こっちむいて?」


 殴られた方の頬を見る。角度によっちゃ大丈夫な感じもするけど…。まだ明日の朝にならないと分からない範囲だ。僕の場合、殴られた痕が少しぐらいあったって皆「ああ、伝説の男の弟が暴れたんだ」位にしか思わないし、末永達も「詩織さんにやられたんだな」としか考えていないからちょっと位腫れが残っていたってそのまま学校に行ったけど。この子の場合はどうなんだろう。多分、親にもイジメにあっていたことを言えていないのだから友達になんて言えるはずはない。

 -----なんて言い訳させようかな?


「学校どうする? 僕とケンカしたとでも言っておこうか…それとも休む?」

「行く。お母さんに休んだ事バレたら、怪しまれるだろ?」


 それもそうかと頷いて「じゃあ僕とケンカしたって言いなよ」と付け加えておいた。

 驚く彼を尻目に眼鏡を外した。


「結果は、そうだね。ドローかな。詩織が入って止めたとでも言っておけば大丈夫。逆でもいいよ? 詩織が殴った事にしても…」


 笑うと1回布団に潜ってから、目だけ出して(たぶん)小さくお礼を言って来た。

 電気を消すと、柴犬がキュンキュン言い始めた。何?


「俺、豆電球ないと…」


 寝れないって?

 リモコンを操作して豆球だけつけてやる。なのにまたキュンキュン言い始めた。何?


「ここ、誰か泊めた事あるか?」

「あるよ」


 目を瞑ったまま応える。

 これってさ、暗に僕に何かを聞いて欲しいか話して欲しいって言うコトなんだと思う。ほら、またキュンキュン言い始めた。全く、本当に子犬みたいな子だ。

 -----はぁ、分かったよ。

 仕方なく口を開く。

 多分、この言葉が彼は欲しいのだと思う。

 僕だって苛められている時、一嘩に同情されているのは嬉しかったけど悲しかった。惨めな存在なのだと言われているようで。慰められているのに追い込まれているような、そんな感覚に陥れられるのだ。だから、せめて先に言ってあげようと思う。イジメを受けた先輩として。


「先に言っておこうと思っていた事があるんだ。僕は君の事同情なんてしてないし、可哀想だなんて思っていないよ。頑張れとも。まぁ、早めに苛めから抜け出せればいいかなとは思ってるぐらいかな。多分詩織もそんなもんだよ。…それでもいいなら、しばらくこの部屋にいなよ? いい?」

「うん!」


 目を閉じているから顔を見る事は出来ないが、声の調子から、心底喜んでいるのが分かった。

 ふっと笑うと、今度は聡が話始めた。


「山田先輩って、人の心が読めるのか?」

「なんで?」

「だって、俺が言って欲しかった事を言うんだ。詩織先輩がいる時だって、お風呂は入る前だって、今だって」

「読めないよ。言ったじゃないか、僕もイジメ経験者なんだって。だからなんとなく気持ちは分かってるつもりなだけ。もし読めるなら…僕は詩織にあんなに振り回されてないよ。知ってるでしょ? 振り回され具合を」


 声を上げて柴犬が笑う。


「そうだな。しかも天然で振り回して来るから質悪いな」

「だよね。今ここにあの子がいたらと思うと…全く、迷惑被るよ。さっきみたいなのも1度や2度じゃないしさ…今の、詩織には絶対言わないでね。怒るから」

「男同士の約束ってヤツだな、父さん」

「…詩織にも言ったけど、そのノリ、もういいから」

 

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