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Watching over #1


「ひぃい」


 朝っぱらから気持ちの悪い悲鳴を上げたのは僕。

 だって信者(?)が明らかな数で増えていたから。まるで僕を殿か王子のように気を使う1-Aの皆に加え、2-A全員が下駄箱でお出迎えして来ているんだもの…。はっきり言おう、全然嬉しくとも何ともない。これが女の子なら小躍りして喜べるんだろうけど、残念ながら皆同性ばっか。ゲンナリだよ。

 あーもう、上靴くらい自分で取るし、一人で歩けるから道をいちいち開けなくていい。鞄だって一切重くない、って、奪い合わないで!! 壊れるから…。

 この原因は何か?

 忘れないでよ、先週の金曜日、校門前でKENさんと僕とのやり取りあったでしょ? そのせいだよ。聞かなくったって僕には分かってる。

 階段を上る。ゾロゾロと後ろをついて来る子達に顔を向ける事なく話しかけた。


「ねぇ迷惑なんだけど」

「何がっすか?」

「こうやって付いて来られる事が。僕は自分の事は自分で出来るし、一人で歩けるし、ほら、皆引いてるじゃない。今日からテスト1週間前で質問が始まる時期だから、こういうの控えてくれると助かるんだけど」


 質問をしようとB組の教室の前で待っていた子達が僕を見た瞬間笑顔になったのに、後ろを見て顔を引きつらせたのを確認しながら言った。

 クルリと後ろを向くとちょっとだけシュンとしたような子たち。

 不良少年達とはいえ、どこか憎めない所がある。なんだろう、悪ぶってるってだけで、中身は所詮高校1、2年生。…根は悪くないのかも知れない。

 -----言い過ぎたかな?

 少しだけ反省しつつ、もう1度、声をかける。


「気持ちは嬉しいけど、大勢で歩いたら皆も迷惑にもなるし…何か助けて欲しい事があったら言うからさ」


 そう言うとパァッと彼らの顔が明るくなった。

 頭を下げながら階段を下りて行くA組の子達に手を振って、鞄を下ろしてからの質問にしてもらう。

 と、末長と目が合った。


「よぉ、相変わらず男にはモテるな」

「何その、相変わらずって…。そういうこと言わないで、委員長達が来るから」

「だーってなぁ?」

「なぁ…じゃない!!」


 -----末長がどSでしょ、絶対!!

 心の中で悪態をつきながら鞄を下ろした。

 というか、マジで“相変わらず男にはモテる”なんて言わないで欲しい。

 うん、委員長達の事もあるんだけどさ、実は僕が海外生活をしていた時の…ホモの人に求愛された事を思い出すから…。当時僕は15歳、相手は大学2年生。近所に住んでいる人で、僕が家の外で芝生に水をまいていたり、買い物に行くと「Yeah!」なんて言いながら投げキスを飛ばして来てた。最初から最後まで、同性にそんな事されるなんて…と恐怖を覚えていたんだけど、そういうもんなのかなって笑って手を振ってたんだ。けど、ある日僕は気づいたんだよ。彼にピアスが右側一つしかないってことに。あ、日本ではそんなの関係ないみたいなんだけど、アメリカではそういうのちゃんと浸透しててね。ゲイだと右側、レズなら左側にピアスを開けてるんだ(ちなみに夫婦の証として女性が右、男性が左に対をなすピアスを開ける風習なんてのもあるみたいです)。別にそういうの、僕は否定するつもりなんて全くない。好き同士なら同性結婚だってアリだと思っている。

 けどさ、僕には右側にピアスなんて付いてもいないし、サウナに入って足首にロッカーキーを撒いてる訳じゃないんだから、引き込もうとしないで欲しい。でだ。その後、大学生の彼は「君を独り占めにしたい、僕のスイートになってくれ」なんていいながら夜道を走って来たから泣きながら家に入った記憶があるんだ…。


 でだ、彼の他にも何度かそう言う人に好意を抱かれた事がある訳だよ、僕は。多分、そう言う人達の中では僕ってモテるタイプなんだと思う。全然嬉しくない事実なんだけど。そうだろ? 僕は女の子が好きだ。そっちのケはこれっぽっちもないわけ。

 だからさ、冗談でもあんまり言って欲しくないよね。そういう趣味の人達が聞きつけてよって来てもらっても困るから。

 -----どうせなら、女の子にモテさせて下さい、神様。

 ため息をつきながら質問があるという人達を手招いた。


「で、VR= は、こうなるでしょ? で…。あ」


 気がついたらノートがなくなっていた。

 捲ってみるけど開いた所なんかない。仕方なく他のノートを取り出そうとしたら、教えている相手がルーズリーフを出してくれた。お礼を言って説明を続けた。


「待ってるの? 大丈夫?」

「大丈夫よ、すぐなんでしょ? ヘッドフォンしてるから」


 帰り、ノートを買うために本屋さんへ寄った。外で待ってくれると言う詩織を残して文房具コーナーへと急いだ。

 大学ノートを取ろうとしたら、商品の前にペン。不思議に思いつつも手に取ってペンの場所に戻しに行ってみると、今度は消しゴム。

 周りを見渡すと制服の足下だけが見えた。

 -----これって、チャリ行為だよね? 多分…。

 チャリ行為っていうのは万引きをする犯人が撹乱させたりするために使う常套手段。僕も昔、イジメでさせられた経緯があるから、分かってるつもりだ。

 消えた方向をチラリと見ると、手だけが見えた。2本の指で摘まれていたシャープペンシルの芯入れが手の中に包み込まれた。

 -----やるな…。

 ゆっくり歩いて後ろに立ち、止めるために声をかけた。だって、万引きしようとしてたのは…


「止めた方がいいよ?」

「っ!!」

「ここね、防犯装置付いてないって思ってる人多いみたいだけど、付いてるからさ。ね、聡?」


 にっこり笑いながらズボンに入りかけていた手を握ると、下を向いてゆっくり頷いた。

 戻される商品を見つつ、頭を軽く叩く。


「初犯…じゃないよね?」

「……」


 少し手慣れた感じがある彼に訪ねるが、応えは帰って来ない。

 -----自分からするような子じゃないから…理由は僕と一緒だと思うんだけど。

 ため息をつきながら見渡せば、予想通り外でこっちを伺っている影が見えた。高みの見物とはいいご身分じゃないか。ま、でも僕はここでソイツに何か言ってやるなんて行為はしてやらない。これは聡の問題なのだ。

 1つ、シャーペンの芯入れを手に取った。


「おいで。僕が買って包装から出したのを持っていけばいい。それなら、万引きした事になるからさ」


 バッと顔が上がって潤んだ瞳と目が合った。

 先に歩いてノートと芯を購入して、すぐさま包装紙を引きちぎった。そして、少し待ってから本屋の2重の自動ドアのところへ歩きながら左手で芯入れを包み込む。ゆっくり歩けば、後ろから足音が聞こえて、僕の脇を通り過ぎる瞬間に聡が手の中の物を抜き取って行った。

 外へ続く自動ドアをくぐると同時に、詩織を探すふりをしてキョロキョロする。

 -----アイツらか…。

 大正学園のエンブレムが付いていない制服…チェックのズボンに濃い色のネクタイがしてある。そういえば、中学の時に背の小ささが原因で苛められていたと言っていたのを思い出した。多分、聡は苛めっ子が進学しないこの学園に逃げて来たのだろうけど、見つかってしまったと推測する。まったく、そう言うとこまで一緒だなんて、ある意味運命感じちゃうよね。

 決して気づかれないように顔を確認して親友の元へと歩いた。

 ヘッドフォンを外しながら、彼女の顔が「お?」となったのに気がついて、脚を素早く出した。


「あら、聡じゃない? さ…」


 手で口を押さえた。モゴモゴした後、僕の腕を掴んで詩織が唇を尖らせた。


「ダメ」

「どうしてよ?」

「今、聡は…」


 言葉に詰まった。これっていうのは、きっと苛められた経験のある人じゃないと分からないんだけど、そういう現場を誰かに見られる、気づかれるって言うのはすっごく恥ずかしいんだ。例え、周りからはそういう風に見えていなくても…だ。きっと詩織はそんな経験ないだろうから、話しても分からない。それに…いくら聡がイジメられていた過去をこの子が知っていたって「今苛められてるから」なんて言えない。理由は2つ。詩織は必ず助けるために飛び出すから。もう一つは聡自身がきっと彼女に言われるのを拒んでいるハズ。僕以外なんかに広めて欲しくないに決まってる。


「馬に蹴られるから」

「…男の子じゃない?」

「違うよ、今から告白に行くんだって。だから、放っておいてあげようよ」

「え? でも…なんか…」


 振り向けば、聡がシャツを引っ張られてどこかに連れて行かれている様子が見て取れた。走り出そうとする詩織の腕を掴む。


「ちょ、ユーヤ!! 離して、聡を助けなきゃ!!」

「行っちゃダメだ!!」


 彼女の動きが止まる。どうしてって顔。

 やっぱりわかっちゃいない、苛められっ子の心を。確かに助けてって思う。誰か助けてって毎日思ってる…けど、そんなんじゃダメだってことだって僕らは知ってる。自分がどうにかしなきゃいけない問題なんだって…だから…。


「放っておけないでしょ!? ユーヤだって…じゃなきゃ引き止めないわ。でも、私は私の意思で正しいと思った事のために動くのよ!!」


 手を振り払い、詩織が駆け出した。

 遅れて僕も走る。

 -----何してるんだ僕は。追いついて止めるつもりなんじゃないのか!?

 いつもならすぐに抜き去れるスピードを僕はなぜか追い越せない。わかってる、これは彼の望みでもあるから。助けて欲しいって思ってるのも、事実なのだ。僕だって正しい、詩織だって正しい。もう、どうしたらいいのか分からない。

 本屋の駐車場を抜け、角を曲がると、いつか詩織が僕に「そばにいてほしい」と言ってきた行き止まりに行き着いた。そして、僕らの瞳には、道路に倒れた聡の姿だけが映った。


「「聡!!」」


 同時に叫んで駆け寄り、膝をついて体を揺らす。


「大…丈夫。俺、意識あるから」


 1カ所だけ殴られた顔を擦りながら、体がゆっくり起き上がった。グッと下唇を噛みながら彼の制服が汚れた場所を叩いてやる。

 と、詩織が立ち上がって携帯を取り出したのが見えた。

 聡の腕が彼女を掴む前に、僕の腕が華奢な腕を捕らえた。下に引き下ろす。


「救急車に電話なんてしないで」

「でも…」

「…顔とか頭はあんまり殴られてないんだよね? 痛いとこは…みせて?」


 詩織に後ろを向くように指示した後、ゆっくり立たせ、お腹と背中を確認した。

 -----急所は外れてるし、痣も…筋肉とか骨の上だけ…内臓破裂の心配はなさそうだ。

 そのまま脚の方もはぐって見る。顔をしかめた。


「前の分が随分残ってるけど…今日の方が酷いかな」


 笑うと小さく笑顔を零してきた。

 頭をクシャリとして詩織に声をかける。


「医者に行く程ではないから今から僕の家に連れて行くよ…」

「ええ。私も行って…いいかしら?」


 頷く聡に2人で肩を貸して、ゆっくり彼のペースで歩いた。



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