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それでも、


 合宿最終日。

 ようやく午前中のカリキュラムも終わってバスに揺られて大正学園へ向かっている。あー、早く帰ってゆっくり布団で眠りたい。もう今日の夜ご飯はどこかで食べて帰るかコンビニ弁当に決定だ。

 …でも、僕にはなかなか休息の時っていうのは訪れないらしい。

 なぜかって?

 今、ここ、都市高速から降りた場所なんだけど…バスの横に見た事あるバイクが付けてるんだよね。真っ黒の…。そう、詩織のお兄ちゃんこと伝説の男KENさんだ。近日中にバイクの名義変更のために来るとは言っていたけど、まさか今日来るなんて。しかも窓から覗いてる僕に気がついて先に行っていると合図してきた。詩織にメールを送る。


(お兄さん、多分だけど大正学園の校門前にいると思うよ)

(嘘!? じゃあ私、お兄ちゃんが帰るまで居残りしてるわ)


 ある意味お兄さんの事を哀れに思いながらも、ちょっと慌てた。だって、土日に色々用意しようと思っていたから、印鑑しか僕は持っていない。

 -----あ、書類貰うだけかも。

 別に一緒に名義変更をしに行かなくたっていいのだ。僕だけ必要書類を持って陸運局へ行けば事足りる。お兄さんには自分で後日行く事を伝えればいいし、彼だってそのつもりかも知れない。

 バスを降りて解散してすぐ、僕は一目散に校門前に走った。

 フルフェイスのヘルメットを被ったまま、バイクに股がって腕を組んで待っている彼。


「け…お兄さん」

「遅ーんだよ。待たせやがって」


 声をかけると悪態をつきながらバイクを降りている。

 書類入れから紙を取り出し、それを僕に渡しながら「アチー」と言いつつメットの横の部分を持ち始めた。焦って黒いそれを押さえつける。


「ちょ、脱がないで下さい!」

「んでだよ? アチーだろうが!? 蒸れてんだよ!!」


 蒸れてたって痒くたって、僕にはどうだっていい問題だ。言えば怒られるんだろうから言わないけど、でも脱がないで欲しい。だって、ここは校門前だよ? しかも3年生が僕とお兄さんのやり取りをジロジロ見ながら下校している。状況、分かるよね? そう、ここは大正学園の校門前。そして彼は伝説の男。こんな場面、見られたら、もう僕の噂は決定的…噂じゃなくて現実のものと見なされてしまう。

 必死でメットを押さえるが、そこは非力な僕と格闘王の力の差。あっという間に手がはね除けられ、周りにどよめきが起きた。


「ひっ」

「何ビビってんだよ? おら、こっちで必要な書類全部用意してやったからな。ああ、それから、後見人の捺印とか住民票も入ってっから。あとはお前が持っていくだけだ…おい、聞いてんのかユーヤ!?」


 胸蔵を掴まれブンブン揺さぶられたけど、僕の意識は既にイスカンダルまで飛んで行ってしまっていて、しばらく戻ってきそうにない。初めて憧れの人が僕の名前を呼んで来くれたって言うのに。

 -----ん? 後見人!? 僕の住民票!?

 意識が地球へ戻って来た。

 バッと萎びた体を起こして裸の書類を捲っていくと、あった。僕の住民票と…後見人の…

 -----姉さんのだ!!

 そう、住民票っていうのは確か家族しか取れない。しかも捺印とサインはどこからどう見ても、姉さんの物だ。やっぱり2人は交流が僕の知らない所であったのだ。僕の勘は間違っちゃいなかった訳だ。でも…お兄さんが頼んでくれたという可能性もなきにしもあらず、ここは…弟として聞いておくべき所だろう。

 書類から目をゆっくり上げると僕は固まった。


「あぁん?」


 お兄さんが顔をしかめた。

 そんな顔したいのは、僕の方だ。だって、お兄さんの左耳…軟骨部分に詩織が姉さんにクリスマスプレゼントとして送ったはずの十字のピアスが一つ輝いているんだもの…。これはもう、頼んでくれたとか、交流があったとか言う問題じゃない。事態は僕の想像を遥かに超えた場所まで行っていて、取り返しがつかない(?)トコロまで来てしまっているのだ。

 じっと耳についているそれを見ていると、彼は僕の耳を掴んだ。


「見た事あんだろ?」


 -----ややや、やっぱり!?

 決定的な言葉を言われ、またしても意識が宇宙遊泳を始めた。もう、今回は戻ってこないかも知れない。

 と、3回ビンタされた。


「ならわかるよな、値段の付けられねーもの」

「わわわ、わかります!!」


 赤くなった頬でコクコクと頷くと、詩織にそっくりな笑い方をしながら僕を強く押した。2、3歩よろめく。


「バイク、突っ返したらぶっ殺すからな!!」


 顔は笑っているけど、目が笑っていない。

 心で助けてくれと叫びながら、ブンブンと首を千切れんばかりに上下に振った。もう、ここまできてしまったら僕に拒否権なんてないのだ。そうだろ? 世界で一番強いであろう男*KENさんと、世界で一番コワいであろう女*姉さんがタッグを組んで圧力をかけて来ているのだ。誰が断りを入れられる? 僕はアラブの石油王でもイギリスの皇子でもない。権力なんてなければ、力もないのだ。あるとすれば、この身一つとギャンブル運だけ。抵抗なんて出来るわけない。出来る事は2人の幸せを陰ながら応援し、要請されれば彼らのために動くという事だけだ。


「近日中に名義変更しとけよ。ナンバーは変えなくていいんだからな」


 言いながら再びメットを被っている。

 もう、ドナドナな気分なのは僕の方。きっと姉さんの替わりにマリッジブルーを感じる事だろう。そしてきっと一生、僕は2人に頭が上がらないまま人生を送る事だろう。怖い、そんな将来怖過ぎる。

 白目を半分むきかけていると、バイクのエンジン音がし始めた。

 慌てて声をかける。


「あ、詩織はいいんですか?」

「あーどうせ会いたがらないからな。今日の所はもういい、お前の姉ちゃんからこの後呼び出されてんだよ。…行かねーとキーキーうるせーだろ?」


 ごもっともです。

 僕と同じような苦労をしている事に少し安堵を覚えながら頭を下げると、彼は僕の胸を拳で軽くトンと押した。


「じゃあな、兄弟」


 大きく目を見開く間もなく、彼は吹かしながら走り去ってしまった。

 嬉しい、嬉しいけど…

 -----今は嬉しくない!!

 視線に耐えきれず、詩織の待っている校舎へ駆け出した。もう、僕の噂も取り返しがつかない。

 心の中で「うわーん!」と叫びながら教室のドアを開けると満面の笑みで親友が振り向いた。泣きそうになるよ。なんか、癒された。そして冷静になり始める頭。


「あ」


 つい、声に出た。

 今までお兄さんと姉さんの関係に気づかない振りをしていたから、この時初めて気がついた。もし、もし、このままうまくいけばもちろん、僕は本当に伝説の男の弟だ。でも、もう一つ手に入る物がある。そう、目の前の人物、詩織と僕は義きょうだいになるのだ。


「何? 変な顔して」


 言葉をつぐんだ。

 この子はその事に気がついているのだろうか? 姉さんと、自分のお兄さんの関係に…。

 聞きたい、聞きたいけど、それってどうなの? お兄さんから詩織に言うべきな気もする、僕が先に言ってしまってもいいのだろうか? いや、知ったこっちゃない。これは僕らの問題でもあるのだ。

 口を開く。


「ねぇ…もし僕ときょうだいになったらどうする?」


 多分、数年後には現実になってしまうであろうことを口にした。

 すると詩織は首を傾け、斜め上を見ながら思考を始めた。そして、思いついたように手を叩いた。


「それって、近いうちに現実になりそうだから聞いてるのよね?」


 やっぱり彼女は勘がいい。そして頭の回転も速い。

 ゆっくり頷いた。

 誰もいない教室で見つめ合う。もう、憂に10回は秒針が刻まれた。

 サクランボ色の唇の端が持ち上がる。


「それでも私たちは親友よ」


 僕の口も弧を描いた。

 そう、この言葉を待っていた。きょうだいになったって、年を取ったって、僕らの間にある友情は消えてなくならない事を言って欲しかった。だから、僕も言おう。


「きょうだいで親友だよね」

「そうよ。ふふ、でも、どっちがお姉さんかお兄さんか決められないわね。誕生日が同じ日だもの」

「確かにね」


 にっこり笑って手が差し伸べられた。


「帰りましょ? 未来のきょうだいで親友」

「帰ろうか、将来のきょうだいで、ずっと親友」


 手を出すといつものように冷たい指が小指に絡み付いて来た。

 荷物を抱え直しながら、最後に茶化す。


「ま、あの2人がちゃんと結婚すればね。難しそうじゃない? 両方とも我が強過ぎだから」

「言えてるわ。伝説の男の弟さん」

「…守ってね、休み明けは大変そうだから。モデル美嘉子の妹さん」


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