踊る夜道
3日目。夜の自習時間が始まる10分前、担任の草原先生が入って来てにっこり笑った。
「今日の自習時間は半分の時間で終わらせようと思う」
皆から歓声の声が上がった。
ワっと盛り上がるクラス一同を落ち着かせながら、さらに彼は続けた。
「他のクラスもそうするしな、最後の夜だからな。でだ、今から紙を配るからしたい事を書いてこの箱に入れてくれ。全員のが集まった所で1枚引く。引いた紙に書いてある事を自習時間の残りの時間と自由時間にしようと思ってるんだかが、どうだ?」
目を輝かせてコクコクと頷くと、すぐさま紙が配られて来た。
「出来るのは、外で出来ることか体育館ですることだぞ? どっちの場合でも委員長は俺に報告。就寝前には点呼してもう1回報告をする事。いいな? 節度を持った行為をするように。くれぐれも…事故は起こすなよ」
僕らに指を指しながら部屋を先生は出て行った。
ウキウキして来た。
きっと何を書いたってこのクラスなら楽しめる。さぁ、何を書こう?
「花火は出来ないわよね?」
「花火がないからね。うーん、夜出来る事か体育館でしょ? キャンプファイアーとでも書こうかな?」
「ふふ。じゃあ私は暗闇ドッチボールって書いておくわ」
配られたメモ用紙程の紙にそれぞれしたいことを書いて、委員長が集めて回っている箱に落とした。
全員のが入った時点で、一番前に座っていた子に混ぜさせ、委員長が1枚の紙を皆に見えるように抜き取った。ゆっくり開け、バッと紙を広げた。
「え!?」
詩織が小さく叫んだ。
僕は可笑しくて口を押さえて笑った。だって紙に書いてあったのは…
「じゃあ肝試し大会に決定ですねぇ。コースは…ありましたぁ。この旅のしおりに書いてます地図の、この、ここ! このお散歩コースをくるっと回って帰ってくる…いいですかぁ?」
「「賛成ー!!」」
盛り上げがる中、詩織だけが声小さく「反対」と顔を青くして呟いていた。
「はい、山田くんも引いて下さい」
言われるまま、クジを引いた。
どうやらさっきの自習時間に委員長がコソコソ、肝試しのペアを作るためのクジを作ってくれていたみたいなんだ。で、1〜20まで書かれたペアの相手と決めたコースを回ってくるだけなんだけど。
ゆっくり紙を開いた。
-----1番かぁ。
誰も通っていない夜道を歩くのって正直少し怖い気がする。ま、別に脅かし役なんている訳じゃないし、懐中電灯があるから平気だろう。
「あれ、男子1、女子1…2枚余っちゃいましたぁ」
「あ! 上野さん今、先生に呼び出されてるよ。なんかちょっと家の事情の話だとかで参加出来ないんだって」
「ごめん、田畑くんもちょっと」
「そうですかぁ。なら、いいですぅ。ちょうど男女ペアになるから、皆さん相手を探して下さい。番号が最後まで合わなかった人は前に来て下さい。その人達がペアになりますからぁ」
言われるまま、捜索すれば僕のペアの相手は原口さん。
文化部に所属してて、ちょっと引っ込み思案な女の子かな、イメージとしては。2人でにっこり笑って「よろしくー」なんて言ってたら、背中の服を引かれた。驚いて後ろを振り向くと詩織がいた。
「ユーヤがいい!!」
「や、クジだからさ。原口さんにも悪いし、君の相手にも悪いだろ? ほら、原口さんだって困ってるじゃないか」
「グッちゃん、お願い、ユーヤがいいの!!」
「わがまま言わないの!」
たしなめていると、原口さんがクシャリと笑った。
「いいよ。変わろう…こっそりね」
言いつつ詩織の持っている紙と交換を始めた。
パァッと顔が明るくなる黒髪の女の子を見つつ、ため息をついた。原口さんに目を合わせて、合掌する。
「ごめんね、詩織が…」
「いいんだよ。このクラスの人だったら誰とだって楽しいと思うし。それに…2人の仲を裂いたら、詩織ちゃんに悪いでしょ?」
「そういう意味じゃ…」
言葉を半分も聞かないうちに、原口さんは詩織に手を降って「今度ジュース1本ね」とペアの人を探しに行ってしまった。
ジトっと親友を睨む。別に嫌とか言う訳じゃない。
「泣かないでよ?」
「…保証は出来ないわ。だから、ユーヤを選んでるんじゃない」
そう、彼女の弱点“お化けが恐い”を知っているのは僕だけ。別に悪い事なんかじゃないし、女の子なんだからそのくらいが可愛くていいと僕は思うんだけど、負けず嫌いな彼女はそれさえも人に見せるのはイヤらしい。全く、意地っ張りと負けず嫌いもこの域にくると尊敬に値するね。
もしかしたら、僕と付き合っているって言う噂を否定しないのは、こう言う時に役に立つからなのだろうか? そんな気がする。
「じゃあ、1番から順番に行って下さい。3分おきに出発しますねぇ。もし迷子になった時は動かず、携帯で連絡を」
背中を押されて、歩き出した。後ろを振り返ると、坂東と委員長が手を振ってくれていた。
懐中電灯で前を照らしながら歩く。
別段普通の樹林の散歩コースだ。昼に歩けば、木漏れ日とか風とかあって凄く気持ちいいと思う。白樺っていうのかどうかは知らないけど、ちょっと白っぽい木がいっぱい生えている。道はちゃんと舗装されていて、階段だってちゃんと作ってある。全然危険なコトなんてなさそうだ。
後ろが見えなくなった瞬間、詩織が背中にぴったりと引っ付いて来た。
「もう?」
「だ、だって怖いじゃない?」
「肝試しって名前がついてるだけで、別にお墓も建物もないんだよ? ただ夜道を歩くだけだし」
「む、無理よ。もう、その名前がついてるだけで色々想像しちゃうもの」
落ちている枝を踏んだ音がしたら、詩織が飛び上がった。
そしてギュウと強い力で僕のシャツを掴んだ。
-----そんなに掴まれたら、伸びそうなんだけど…。
まぁ、いいとしておこう。ここで突き放したら泣かれてしまうだろう。シャツ1枚くらい捨てようじゃないか。泣かれる方が困るもの。
今にも泣きそうな子をたしなめながら進む。
「平気だって。ほら、星凄いあるよ」
「いい、いいのよ。帰ってから見るから」
「ねぇ何をそんなに想像してるの?」
「…そこに自爆霊がいるんじゃないかとか、ここは実は昔、合戦場だったんじゃないかとか…もう言わせないで!!」
オデコが背中に当たった。
イマジネーション強過ぎだと思う。そんな事言われたって全然ピンとこない。
それよりちゃんと夜道を楽しもうよ。フクロウの声だって普段は聞けないし、朝とは違う山の中みたいな匂いがするし。ロマンチックが好きなんだから、星を見上げてればいいのに。あ、メルヘンだっけ?
にしても、この子は怖がってばっかりで全然話をしてくれない。無言の方が怖くないのかな?
-----仕方ない、僕が話題をふってあげるか。
「ピアス、調子はどう?」
「わ、悪くはないわ。腫れも収まったから。やっぱりあの日に開けて正解だったのよ。ほら、痛くてヘッドフォン付けられないじゃない?」
「ああ、全然気がつかなかった。神無月さん気づいてたよ?」
「ええ。一昨日言われたわ」
ザクザク歩く音と僕らの声、たまにフクロウの声がして、なんだか不思議な感覚になって来た。
バイクに乗ってる時とも一緒に放課後帰っている時とも違う。なんて言っていいのかわかんないけど、いつもとはちょっと違う感じ。僕はリラックス状態なのに、後ろでくっ付いている子だけ緊張してる。優越感なのかな? わかんないや。
ポケーッと質問したり、答えたり、いつもしてるような会話を繰り返す。
「あ、折り返し地点だよ?」
「本当? じゃあ後半分ね!」
語尾は強いが、まだ僕の後ろでオデコをくっ付け服を持って僕が歩くようについてくる。
可愛い、と素直に思う。
と、僕のシャツが伸びた。
後ろを振り返ると詩織が足を止めて僕の顔を見上げていた。
「どうしたの?」
「なんか、声、聞こえなかった?」
眉を潜めた。
僕には聞こえなかったからだ。耳を澄ますけど、よくわからない。
「想像し過ぎて幻聴でも聞いたんじゃないの?」
「…だといいけど」
階段を下りながら、歩いていると確かに少し声がボソボソ聞こえて来た。マジで!? なんて思いつつも、詩織が泣き出してしまわないようにゆっくり1段ずつ脚を下ろしながら懐中電灯で声のする方を照らした。
体がビクついた。
「な、何!?」
「ちょ、ゴメン!!」
後ろを向いて詩織の頭を自分の胸に押さえつけて、両耳に手を当てた。
「な、何よ!? 何かいたの!?」
「何でもない。何でもないから、目を瞑ってて? ゆっくり下りようか…」
片方の手だけ外して囁くように言ってまた手で耳をすっぽり覆う。
階段はあと…2段。OK。踵で段を読みながら脚を一歩ずつ下ろして行く。
降りてしまう頃には詩織はお化けが出たと勘違いして、兎のようにプルプルしながら目をギュッと瞑り、僕に体を預けていた。
-----よし、そのまま勘違いしてて!
後ろ向きに歩きながら耳に当てている手に力を込めた。そして、ギョッとした原因の近くまで行って囁きの叫びを出す。
「ちょっと!!」
声をかけると2つの体がビクついた。
一つは昨日のお昼に見たお団子の女の子、もう一つはそう、僕の悪友とでも言おうか、タラシの田畑くんだ。
少し開けた女の子の胸元を見て顔を赤くしながら彼を睨んだ。
「何考えてるんだよ、こんなとこで!?」
「いや…いいかなって」
「よくない!! 一応学校の授業の一貫で来てるんだよ!?」
少し乱れた服を直しながら田畑くんが笑った。
-----笑い事じゃない!
怒った顔をすると彼は眉毛をピクリと上げた。
「自分だって、詩織嬢と何してるんだよ? イチャコラしてるじゃないか」
「違う! 君らを見せないようにしてるの!! 今、皆で肝試し大会してるの、知ってるでしょ? コースここだから、また人来るからね!?」
「えーじゃあ場所変えて…」
「そう言う問題じゃない!!」
地団駄を踏むと詩織の体がビクついた。
-----ヤバい。
またゆっくり歩きながら話しかける。
「せめてこう言うとこじゃないとこでしてよ!!」
「どこだよ」
「知らないよ! とりあえず先生には黙っててあげるから、もうどっか行って!!」
「山田くんいいヤツだな〜。ほら、お礼」
言いながら彼はピッと引きちぎって、小さな袋を足下に投げて来た。
「!! ちょ…最低!!」
正方形の袋に入ったエッチの必需品を脚で道の端に蹴飛ばした。
-----本当に最低!!
詩織の耳から手を外しながら、親指を立てて地獄へ堕ちろとジェスチャーをすると舌を出しながらファックされた。しかもそのまま女の子と闇の中へ消えて行ってしまった。はー。
「も、大丈夫なの?」
「うん…まぁ」
ため息をつきながら前を向いた。
するとまた、後ろにピッタリくっ付いてグイグイ押して来た。だから歩き出す。
「見えたの!?」
「…聞きたい?」
「いい、いい、聞きたくないもの!」
-----それが正解。僕だって見たくなかった…。
すっかり萎えてしまった気分。全く、どうしてくれるんだ。
そのままスタート地点に戻ると、誰もいなかった。多分、全員散歩コースに入ってしまったのだろう。中からたまに声がする。詩織に声をかけると、大きく息を吐きながら座り込んだ。隣に座って、僕も大きく息を吐く。
「ちょっと感動したわ」
「何に?」
「ユーヤに」
「は?」
怪訝な顔をすると、体をピタッと寄せて来た。
思わず顔が赤くなる。
「だって、お化けから守ってくれたじゃない?」
「…まぁ…ね」
頭をポンポンと2回叩いて、空を見上げた。




