踊るラッキースター
初めて委員長に会った時の夢を見た。
あの日と同じ情景が流れていく。会話も一緒。でも、僕は夢の中で悟った。
そう、あの時、僕が詩織と付き合っていないと言って委員長がにっこり笑ったのは、すでにその時点で僕をBL系であればいいと、女の子と付き合っていないという僕をターゲットにした瞬間だったのではないのかと。可愛い笑顔には必ず棘が潜んでいるという事を骨身に沁みながら起き上がった。
周りを見渡すとまだ皆眠っている。
コソコソして歯ブラシやタオルを手に取った。起床時間には少し早いけど、先に行けば混雑する事なんてないのだ。手洗い場に行って顔を洗っていると田畑くんが朝の挨拶をして来た。
「早いね」
「あんまり眠れなかったからな。マジ最悪。ちょっと、あんまり今日は近寄るなよ?」
「言われたくないね。君のせいであんな事になったんだから」
ため息をつくと向こうも口に歯ブラシを突っ込んだまま、大きくため息を吐いてきた。
「山田くんはいいんだ。確固たるカノジョ、詩織嬢がいるんだから」
「あのね…」
「あーあ。俺もアレくらい可愛いカノジョだったら浮気しないのにな」
「……」
呆れてモノが言えないとはこの事だ。
タオルを首にかけて顔を拭く。
「ま、相手が顔の可愛い方の山田くんだったのがせめてもの救いだな。ブッ細工だったら、俺の名声がそれこそガタ落ちだ」
「…じゃあ僕も。田畑くんカッコいい方だから、まぁ相手として不足はないかな」
「ま、女の子がいいけどな」
「女の子がいいよね」
コンタクトを入れて目をパチパチすると田畑くんが鏡の向こうでニヤニヤしていた。
キュと蛇口を捻って後ろを振り向くと肩を組まれた。おいおい、今日はお互い近づかないんじゃなかったっけ? 突っ込みを入れながら何かと聞くと詩織のブラのサイズを聞いて来た。
顔をしかめる。
「知るわけないだろ?」
「いや、その顔は知ってるな!? ああ、山田くんがようやく大人になり…」
思いっきり足の甲を踏みつけた。
飛び上がってケンケンする彼に「近寄らないで!!」と叫んで部屋に戻った。
はぁ、知ってる。ブラのサイズは知ってるけど、言うわけないだろ? 知ってるコトがバレたら、それこそ僕はGo to Hell↓↓。今以上に立場が悪くなる。ああ、詩織の誤解も今日中に解いておかないと。
朝ご飯の時間になって席についていると、僕と田畑くんとは反対に顔色のいい委員長がニュと現れて「並んで食べないんですかぁ?」なんて手榴弾を投げながら自分の席へ行っていた。しばらく委員長の事を怖いと思うだろう。
詩織と目が合うと、挑発するように舌を出された。あれは…多分なんとも思っていない証拠だと思う。ブラックジョークを楽しんでいる様子だ。この場合…彼女は委員長側についたと思っていて間違いないだろう。じゃあ問題は神無月さん達。見ると顔を引きつらして末長を見つめていた。末長なんて狙ってないから!!
向かいの彼に話しかける。
「誤解、解いておいてよ」
「何くれる?」
「…勘弁してよ。親友だろ?」
言うと笑って嘘だと言って来た。信じていいよね?
今日も昨日と同じようにガリガリ勉強をしていく。貴重な休憩時間に板倉くんが僕に何科の医者を目指すかそろそろ教えろと詰め寄って来たので、泌尿器科だと嘘をついておいた。さよなら。きっと違う大学へ行く事だろう。
外でそういえばと田畑くんに賭けのジュースを買ってもらっていると、違う制服の人達が向かい側の建物に入っていくのが見えた。
「他の高校の人達もこういうことするのかな?」
「さぁ、何年生か知らないから。もしかしたら林間学校かもな…おおお!? あのこ、可愛い!!」
「どこ?」
「あれ、ほら、髪の毛お団子にしてる…」
「あー。可愛いかも」
今度は僕の足の甲が踏みつけられた。飛び上がって脚を擦る。
顔を見ればジトっと睨みつけられていた。なんだよ、可愛いって言ったじゃない。え、それがマズかった?
「目が肥え過ぎ。だから、可愛い、かも…なんだよ」
“かも”と付け加えたからいけなかったらしい。
うーんでも、確かに僕の目はキレイな女の人に耐性があるのかも知れない。43歳になったのに「こないだ大学生って言う子から「可愛いですね」ってナンパされちゃったのよ」なんて言ってくる見た目も中身も年を取らない可愛い母さんと今や人気モデルNo1にまで上り詰めた姉さんに囲まれて育って、今では超のつく美女、詩織もそばにいる。稀に見る恵まれた環境と言われればそうかも知れない。が、それでも僕は不幸だ。皆、僕より強いし怖い。しかも憎んでしまえないからさらに怖い。いいようにこき使われてるのに、はいはいと言うコト聞く自分も怖い。はぁ。
「行くよ、あんまりじろじろ見てると変な人だと思われるよ?」
「そうだな。後でナンパでも行くか」
田畑くんのことはノリもいいし、頭の回転も速いから好きだけど、女の子にダラしないとこだけは頂けない。ま、いいけどさ。早めに新しいカノジョ作って、僕らの変な噂を払拭してよ。
彼の首根っこを引っ張りながら戻った。
2日目の夜、自由時間。
今日もする事がないのでトランプだ。賭けなしだけど。
と、今日はそーっとドアが開いた。
「夜ばいされてないですかぁ?」
吹き出しそうな内容を言いながら委員長が入って来た。正直に言おう。君の清楚なイメージは僕の中で崩れ去ってしまったよ。好きになるなら委員長みたいな子がいいと思っていたけど、それも無理そうだ。僕らの今の関係はターゲットとスナイパー、しかも質の悪い…。
そんなことあり得ないと言いつつ、今日はちゃんと遊びに来てくれた女の子達に喜ぶ男子を尻目に安堵のため息をついた。だって、今は田畑くんいないんだもの。何でも彼はお昼に見た他校生をナンパしにいくと言って誠二くんと共に出て行っているのだ。はは、残念でした。
「衛クーン、山田っちは変なコトしてこなかった!?」
「アイツはいつも変だ」
毒舌Sカップルを睨みつつ、隣に詩織の気配を感じた。
緩く纏められた髪にはいつかプレゼントした金色のゴム。にっこり笑って気づいた事を合図すると向こうもにっこり笑って来た。
「昨日も思ったけど、よく先生達に見つからずに来れるよね?」
「だって、先生達ったら昨日から夜は飲んだくれてるのよ? 廊下に一人も配置されてないし、見回りなんてする気ないんじゃないかしら?」
今回は18人と人数が多いという事でウノを2つ併せて枚数を稼いで行う。
「賭けは?」
「なし、山田くんがいるから」
頷く男子に女子が目を丸くしているので笑って誤摩化した。カードを出しながら話す。
「ユーヤは賭け事に強いの?」
「そうだね。賭けで負けた事は…そういえば君が初めてかな? ウノ!」
「そういえば初めて会った時賭けしたわね。私もウノ!」
「あれは負けててよかったよ。負けてなきゃ僕は今頃生きてないからね」
笑うと「ふふ」と妖艶な笑み。
まぁあれは賭けというより、半分確信があってからの事だから騙されたといった方がいいのだろうか?
「じゃあ本当に賭け事に強いユーヤはラッキースターね」
目を大きく開けた。
可愛いこと言うと思う。
回って来た順番に最後のカードをウィンクしながら1番最初に出した。
「なら、イタズラ好きで騙すのが得意な君はホークスプラネットってとこかな」
「ふふ。いいんじゃない? 2人でラスベガスに飛ぶのも悪くないわ」
詩織も僕に最後のカードを見せつけながら上がりを告げた。
あり…だと思う。
きっと僕らなら、イカサマだってくぐり抜けて強運を呼び寄せ、1日で莫大な富を築く事が出来るだろう。ま、僕の場合大半はボランティアをしている父さん母さんにほとんどを上げちゃうだろうけどね。持ち過ぎは身を滅ぼすから。
とりあえずは。
「じゃあ20歳を過ぎたら行こうか。カジノ」
「そうね、その時はリザも誘いましょ? まぁ五十嵐もいてもいいわ」
苦笑して皆の上がりを待った。
と、詩織の体がピクリを反応した。怪訝に思って彼女の動きを見ていると、ドアの方へゆっくりと歩いて行っている。そして顔を少し廊下へ出した。途端、バッとこっちを向いてウノを終うように言い始めた。
「何ですかぁ!?」
「来てる、先生来てる!!」
「うそ!?」
「時間は…ヤバい、12時過ぎてるぜ!!」
皆慌てふためいて押し入れに、田畑くんと誠二くんの分の布団に、数人の男の子と女の子同様に神無月さんは末長と同じ布団に潜っていったのを見たのを最後に、詩織がスイッチを押して部屋が暗転した。
-----詩織は!?
目の慣れない状態で暗闇を探すが見えない。
「イ…」
オデコに衝撃が走ったと同時に口が塞がれ、背中を布団に叩き付けさせられた。同時に布団と何か暖かいものが被さって来た。見えない、見えないが、分かってる。詩織だ。口元に当てられたている手が冷たいのが何よりの証拠。この6月にこんな冷たい手、そうそういない。
-----早く先生行って!!
心で本気の本気で叫んだ。
じゃなきゃ僕が死にます。ズボン越しでも分かる、脚が半分絡まってます。耳に息が当たります。腕にEカップのアレが乗ってます。だから、脈拍がこれ以上ないくらいに上がってます、あと1分もこんな事してたら、多分心臓破けて爆発します。体も怖くて動かせません。っていうか、息するのも怖いです。だから、息してません。は、早く…苦しい…。
ガチャリとドアが開く音がした。
「うぃ〜、寝てるかぁ!?」
ジュゴンの声がした。明らかに酔っているような様子…なんてそんなことはどうでもいい。
-----早くしないと、ラッキースターは本当にお星様になるからぁ!!
目をギュッと瞑って苦しさを耐える。別に、息なんかしたって悪い事ないんだろうけど、パニックに陥っている僕はそんな事さえ気づかない。だから、脳に酸素がいかない。いかないから考えられない。悪循環を繰り返していると、ようやくガチャリと言う音がもう1度聞こえた。
シーンとなる部屋。
まだ誰も動き出そうとしない。戻って来たら困るからだ。
でも、もう…僕、無理…。
詩織がいる方の腕とは反対側の腕を使ってガバッと起き上がった。驚く詩織を眼下に、荒い息を繰り返した。
「く、苦しかった…」
「…なんで? 息でも止めてたの?」
「うん」
「気配、そういうんじゃ消えないわよ?」
気配とかそう言う問題じゃない。けど、死ぬ1歩手前だったのは分かってる。暗闇に慣れた目で周りを見渡せば、まだ皆隠れている。ため息をつきながら電気を付けるため立ち上がった。と、またガチャリとドアが開き始めた。
-----嘘!?
バッと僕1人置いて布団に潜る詩織。
-----僕はトイレとでも言い訳しろって!? 人数多いって気づくよ!?
身構えると、田畑くん達が顔をしかめながら入って来た。そしてパチリと電気が付けられた。
「何突っ立ってんだ?」
その声と同時に押し入れと布団達が解放された。
「うわ!! な、皆来てたのか?」
「脅かすなよー」
「先生は?」
「さっき下に降りていったからもう大丈夫だと思う」
ハーと皆が安堵のため息を吐いた。
僕も思いっきりついた。
死ななかった事に。